第十三話 「ディメンション」と「少女」
宿屋の自室の扉に「ディメンション」の魔法をかけてみた俺だったが、実際に魔法が発動すると驚いてしまった。
扉の向こうには四畳半程度の広さの真っ白い壁のなにもない空間が存在した。
「自分で出しておいてあれだが、けっこう不気味な空間だな」
真っ白で何もない空間というのは以外と気味が悪いものだ。
俺は魔法の効果の確認のためにもリンゴを部屋の中に入れて扉を閉める。
そして、扉にかけた「ディメンション」を一端解除した。
それから扉を開けたところ、先ほどの白い空間はなくなり宿屋の廊下が広がっていた。
「きちんと廊下につながったか」
廊下につながらなかったらどうしようかと内心心配していた俺だったが、その心配は無用に終わった。
続いてもう一度ディメンションを扉に使う。
魔法のかかった扉をあけると、そこには白い空間が再び現れ先ほど設置したリンゴが確認された。
きちんと魔法が使えることを確認した俺はあることを思いつく。
「扉以外の場所からもアクセスできるかもしれないな」
この白い空間にアクセスする際に、扉以外からアクセスできないかを考える。
まず思いついたのが、自分のリュックをゲートのように使うということであった。
試しに扉に魔法をかけたままリュックにもディメンションを発動させると、魔法は不発に終わった。
どうやら、ディメンションで同時に作り出せるゲートは一つまでらしい。
作れる空間の数、つまりは「アクセスできる空間の数」に制限はないらしいが、空間に通じるゲートの数は一つと決まっているということだ。
なので、俺は扉にかけた魔法を解除してから再度リュックにディメンションを発動する。
「お、リュックの中身が白い空間になっているな」
中をのぞいてみたところ先ほどのリンゴが確認された。
俺はリュックの口に手を入れリンゴを取ろうとした。
すると、俺の手にリンゴが吸い付いてくるような感触がある。
「中に入っているものはイメージどおりに取り出せるってわけか」
取り出すときのイメージは某アニメの「なんとかポケット」に似ている。
あのポケットのような操作感で使えるならば、もしかしてと思い俺は作業台へと向かった。
一人用の学習机程度の大きさがある作業台は本来ならば絶対にリュックには入らないだろう。
しかし、リュックの口に作業台を近づけて無理やりゲートを広げれば、うまいこと作業台をリュックの中に収納できないだろうか?
俺は後先考えずにとりあえず作業台の上にあるものを床へとどかした。
「おし、やってみるか」
リュックの口を広げて作業台へと近づける。
そして、作業台がリュックの中へと入っていくイメージをして魔力を作業台に流す。
すると、「ニュルっ」という擬音がよく似合うような動きを見せて作業台はリュックの中に入った。
「まさか本当にいけてしまうとは……」
半分悪乗りのような感覚で試してみたのだが、思いのほかうまくいってしまい少し困惑する。
リュックの中をのぞいたところ、白い空間に作業台が立っていた。
「問題はこれをどうやって外に出すかってことなんだよな」
とりあえずリュックを作業台の置きたいスペースの近くへともって行き、俺はリュックの中に手を突っ込んだ。
だめもとで作業台を取り出すイメージをしてみたところ、意外なほどあっさりと作業台を取り出し床に設置することに成功する。
「この空間の中では俺が自由にものを動かしたりできるってわけか」
原理はよく分からないがとりあえず便利なので、そういうものだと思って納得しておく。
一通り新しい時間魔法の実験も終わったので、俺は明日に備えて寝ることにする。
明日はエリスさんと街中でいろんな用足しをするということだった。
ついでにエリスさんにこの街のお店事情についても色々と教えてもらおう。
慣れない魔法を一日でたくさん使った俺は、ベッドに入るや否や深い眠りへとついた。
日の出の鐘が外から聞こえてくると俺も目を覚ました。
とりあえず出かける前に荷物を全部リュックに詰め込んで出かけることにする。
一階へと向かい、食堂で朝食をとり終えると俺はエリスさんの待つ研究所へと向かう。
今日も時が動き出した朝の街を一人歩く。
そして、大通りを歩いているときに俺はあることに気づく。
「あれ?今日は空いているな」
この前屈強な男達が行列を為していたお菓子屋さんに、今日は長蛇の列が見られなかったのである。
なんでかなと不思議に思いつつも、空いているならラッキーだな思い少し寄ってみることにした。
研究所にいくまでにはまだ時間の余裕があるので、店内に入ってみることに決めた俺は扉に手をかける。
「あ、いらっしゃいませ」
店の中もガラガラで店内には商品棚を整理している女の子が一人いるだけだった。
白に近い明るい金色の髪の毛をポニーテールにした少女が暇そうにしている。
少女は明らかに俺よりも身長が低く、お世辞にも大人の女性とはいえないような風貌であった。
これが冒険者達の間で噂のアリシアさんかなと思った俺だったが、女の子の様子を見て何かが違うと感じる。
確かに可愛らしい女の子だが、話しに聞いていたような美人というには少し幼さが残っているように見えた。
まじまじと店員の女の子を見つめていた俺に対して、店員の女の子が声をかけてくる。
「お客さんもお姉ちゃんが目当てのお客さん?」
申し訳ないんだけど今日はお姉ちゃんが不在なのと言う女の子に、俺は別にそういうわけではないと返答する。
まさか、半分以上お姉さん目当てだったなんてことは言えない。
お菓子を買ってみたかったけどいつも並んでいて入れなかったと少し嘘をつく。
すると、女の子の少し暗かった顔は花が咲いたように明るくなった。
「お菓子買ってくれるのお兄ちゃん!?」
ああと俺が答えると途端に上機嫌になって、お店で扱っているお菓子について教えてくれた。
他に客もおらず、女の子も暇そうにしていたみたいで、随分と丁寧にお菓子について解説してくれる。
おそらく美人と名高いアリシアさんの妹であるこの女の子も、幼いだけで十分に美少女と呼べる容姿をしている。
歩くたびに後ろでゆれるポニーテールが尻尾みたいで可愛いななどと怪しい感想を抱く。
こんな風にうれしそうにお菓子について喋っている美少女に付きまとわれているだけでも、このお菓子屋さんに入ったかいがあったと思う俺であった。
「それで、いつもは昼前には完売するほどお客さんが来てくれるんだけど……」
どうやら姉のアリシアさんが不在ということで妹ちゃんが店番を任されているらしい。
しかし、姉目当ての冒険者達は姉がいないと分かるなり、お菓子も買わないで帰っていったという。
そのせいで今日の分のお菓子の在庫があまりまくって困っていると少女は嘆く。
どれくらい余っているのか聞くと、今日はまだ一個も売れていないと言う。
「たぶん、今日はずっとお姉ちゃんがいないからもう売れないと思うの」
悲しそうな顔をしてうつむく少女を見て、俺は胸を刺されるような苦しさを覚える。
なんとかしてこの子の悲しむ姿を見ないで済まないかと思ったところあることを思い出す。
(そういえば、最近たくさんお給料をもらっているよな……)
既に財布の中には1万ゴールド以上入っていることを確認する。
どうせこれからも毎日溜まっていくし、最悪ロールバックで無限にリンゴを食い続けられると思った俺は多めにお菓子を買ってあげることに決めた。
「それじゃあ俺がお菓子をたくさん買っていくよ」
財力のある大人みたいなことを俺が言うと、少女は「ほんとう!?」と喜んだように上目遣いをしてきた。
その表情と仕草に体が熱くなるような感覚を覚えた俺は、ちょっと気恥ずかしくなって目を逸らしながら「ああ」と答える。
俺の両手を握り「やったー!」と跳ねる少女は、どうせ誰も買わないで廃棄するのはもったいないという理由で全品半額にしてくれるという。
だからたくさん買っていってと上目遣いで懇願する少女に俺は完全に打ちのめされる。
ひとつひとつの商品は高くとも200ゴールド程度の値段なので、半額ならば100品買っても1万ゴールドを超えない。
店内を見たところ100品も商品はないように思えるので、ここは一つ調子に乗ることにした。
「全部買っていくよ。甘いものが好きな同僚が多いから」
嘘です。俺に同僚は今のところエリスさんとケインズさんの二人しかいません。
しかも、ケインズさんが甘いものを食べるかどうかなんて知りません。
「ほんとうにいいの!?もし本当に買ってくれるな助かるよ!」
驚きながらも嬉しそうな顔をしていると思ったら、申し訳無さそうに困惑した顔で「でも、消費期限があるから全部は難しいかも……」という。
しかし、その点に関しては問題ない。
なぜなら俺には大正義「ディメンション」があるからである!
あの空間の中に放り込んでおけば腐ることはないので、急いで食べる必要がないのである。
それならば、せっかく半額にしてくれるこのチャンスを生かさない手はない。
なんだか幼い少女を騙して値切る悪人の屑のような真似をしている気がして、逆にこっちが申し訳なくなってくる。
消費期限の問題は「魔法のリュック」があるから大丈夫とテキトウなことを言って少女を安心させる。
「それなら大丈夫なのかな?本当に買ってもらっていいの?」
最後の念押しと来たところで、俺は購入する意思表明をする。
俺が「何でも買ってあげるよ」と言うおじさんの気持ちを分かってしまった瞬間だった。
お金を払ったらこの子が喜んでくれると思ったら、迷わずに払ってしまう辺り俺も将来気をつけなければと思う。
全部で8300ゴールドほど払った俺は、少女と一緒にリュックへとお菓子をつめていく。
購入したお菓子にはクッキー等の焼き菓子からプリンやケーキまであった。
中でつぶれないかなと少し心配ではあったが、どうやらリュックの中で整頓されているようだった。
在庫がすべて掃けた少女は「お兄ちゃん大好き!!」と俺の腕にしがみついてきた。
しばらく腕にくっついていた少女だったが、少しすると恥ずかしそうに謝りながら離れる。
元気で素直な可愛らしい少女にくっつかれていた俺も、なかなかに犯罪チックな状況だなと余計なことを考えていた。
これが幼さ特有の天然ではなく、計画的犯行であったとしたならば孔明も驚くほどの策士である。
そのあと少し少女と喋り、「また来るね」と言って少女が手を振るお菓子屋さんを後にする。
少女は名前をサーニャといい、やはりアリシアさんとやらの妹であるとのことであった。
俺は先ほど買ったクッキーを一枚食べながら研究所へと向かった。
「ん?このクッキーうまいな」
思いのほかおいしく、ついつい食べながら歩いていると研究所の表にある薬屋のカウンターにエリスさんが立っているのが窓の外から見えた。
俺は扉を開けて店内へと入っていく。
「お、来たかクロノ君」
俺に気づいたエリスさんは、出かける準備をしてくるから中で待っていてくれという。
とりあえず店内の店番はケインズさんに任せることになり、俺とエリスさんはまず魔法協会へと向かうことになった。




