第十話 無詠唱の講義
エリスさんの手は柔らかかったな、などと思いながらも講義はいよいよ「無詠唱」の内容へと進んでいく。
魔力酔いを起こさずに平気な顔をしている俺を見たエリスさんは、早速説明を始める。
「まず、「詠唱」と「無詠唱」の決定的な違いであるが……」
一旦「魔方陣」については置いておくとすると、「詠唱」と「無詠唱」が根本的に違うものである理由を教えてくれた。
魔法書にも書かれていた通り、「詠唱」は魔法的な命令を備えた文字である「ルーン」によって魔法構成を組み立てるという。
一方、「無詠唱」は設計図無しでいきなり魔法を発動させるというものである。
例えるなら、「詠唱」は様々な形のブロックパズルを組み合わせて作った建物であり、「無詠唱」は粘土をこねて作った建物ということだ。
「詠唱」では設計図どおりに魔法を組み立てれば、ほとんど同じ魔法を再現することが出来るという。
反対に、「無詠唱」は使い手の技術の精度が高ければ高いほど、強力な魔法や繊細な魔法を扱えるという。
しかし使い手の錬度が低い場合、魔法の再現すら出来ずに終わる結果となる。
「学院で教えている「詠唱」魔法は例文を読み上げるだけだから、魔法の発動率は100%なのだよ」
しかし、あくまでもこれは「詠唱例文をきちんと読み上げた上での発動率」である。
詠唱例文を覚えていなかったり読み間違えるとアウトらしい。
だが、このことからより浮き彫りになる無詠唱の難しさである。
無詠唱では、魔法のイメージがきちんとできたとしても魔力を練ることに失敗するとすべておじゃんになってしまうということだ。
考え方としては、魔法の条件設定後の操作が「オートマチック」か「マニュアル」かの違いのようなものである。
なので、無詠唱での魔法発動は「マニュアル操作」の精度が鍵となってくるのだという。
ちなみに、エリスさんは既存の属性魔法や補助魔法ならば、無詠唱で100%の精度を再現できるという。
「とりあえず無詠唱をしてみないことには始まらないから、早速クロノ君にも無詠唱を実践してもらう」
エリスさんはそう言うと立ち上がり、後方にある壁際の棚の中から一冊の本と金属製の分厚く大きな板を取り出してきた。
それを両手で胸の前に抱えてゆっくりとテーブルの方へと戻ってきたエリスさんは、再び席について説明を続ける。
「こっちの本が以前私が書いた「無適正魔法」の説明書だ。そして、こっちの板が「魔法吸収板」だ」
差し出すように俺の方へと本を滑らせる。
板の方は俺から見て右斜め前辺りに立てられた。
どうやら、この板は魔法研究をする際に使うものらしく、ぶつけた魔法を吸収してくれる役割があるという。
街の城壁なんかにも、防衛のためにこの板の材質が使われているという。
「無適正魔法の本は自習用としてクロノ君に貸しておくから、宿に戻ってからでも読んでおいてほしい」
今は講師役のエリスさんがいるので、とりあえず口頭で教えてくれるということだった。
エリスさんが始めに俺に教える魔法として選んだものは極めて単純なものであった。
「クロノ君に今から教える魔法は、無適正魔法の中でも一番簡単なものだ」
その簡単な魔法というのは、「自分の体内の魔力を勢いよく体の外へと飛ばす魔法」であった。
エリスさんから魔法についての手短な説明を聞いたところ、戦闘アニメなんかでよくある「エネルギー弾」みたいなものを手のひらから放出するイメージが浮かんだ。
「その名も 無適砲 である!」
なんだかちょっとあれなネーミングセンスだが、エリスさんは気に入っているのか少しドヤ顔で平らな胸を張っているように見えた。
エリスさん曰く、「無適正」と「無敵」をかけた名前であるという。
無適砲は単純で初歩的な魔法だが、極めるとそれだけでドラゴンを絶命させられるほどに強力な魔法になるという。
また、体内から対外へと魔力を放出するシステムからも汎用性が高い魔法であるのだとか。
無適砲の仕組みを応用した魔法の中には、相手の魔力を無理やり吸い取る魔法や、他人に魔力を分け与える魔法があるという。
「やり方は簡単で、先ほど感じた魔力を手のひらに集中させて打ち出すだけだ」
魔力の流れを感じることが出来た俺にならば問題なく扱えるはずだとエリスさんは言う。
ただ、慣れていないうちは暴発したときのためにエリスさんが側で腕に防護の補助魔法をかけておいてくれるという。
なんだか物騒な単語を聞いた俺は少しビビッてしまった。
「それでは吸収板に向かって打ってみようか」
そういって俺の手首に防護魔法をかけたエリスさんは、机に立てられた魔法吸収板を指差す。
早速魔力の流れを意識し始めた俺は、手のひらに魔力を集めようとする。
しかし、ここで一つ問題が生じる。
「あの、手のひらに集まった魔力がどんどん体の中へと広がって逃げてしまうのですが」
俺の手のひらに集まった魔力がどんどん別な場所へと流れていってしまうのだ。
それに対して、エリスさんは「ビンに蓋をするようなイメージで魔力を閉じ込められる」という。
早速アドバイスを実践するべく、手首に蓋をするようなイメージをする。
「おっ!本当に魔力が逃げなくなったぞ」
すごいぞ!本当に蓋をしたみたいになった!
なんだかこの状況が新鮮で面白くなった俺は、調子に乗って次々と魔力を閉じこめていく。
魔力が手首から指先にかけてぎゅうぎゅうに詰まったところで、俺はあることを考え付く。
(これ以上魔力は入っていかないが、魔力を圧縮して詰め込んだらもっと入るんじゃないか?)
程なくして、俺ワールドは危険な領域へと突入する。
既に当初の目的など忘れて、手に詰め込んだ魔力をつぶして圧縮するようにしてひたすら魔力の純度を高める。
なにやら手のひらが虹色に光り始めた段階で俺はふと我に帰った。
「あれ?この後どうするんだっけ?」
魔力をためるだけ溜め込んだ俺は、エリスさんの「なに!?虹色だと!!?これはまずい……」という声で無適砲の試し打ちをしている最中だったことを思い出す。
そこで俺は「せっかく念願の異世界一発目の魔法だから盛大にいこう」と思い、もう片方の手にも同じように魔力をためる。
両手ともに虹色に輝きだした俺の様子を見て、エリスさんはなにか吹っ切れたような顔をして、
「私がなんとかするからクロノ君は魔法吸収板に無適砲を撃つことだけ考えてくれ」
という。
それを聞いた俺は、厨二病患者のようなテンションで人生初の魔法に挑む。
「すべてを破壊しつくせ! アルティメットインパクト !!!!!!」
エリスさんの考えた「無適砲」がスタイリッシュな魔法名に思えるほどにあれなセリフを叫んだ俺は、遂に魔法を発動することに成功する。
手のひらから解き放たれた虹色の魔力は、さらに輝きを増して魔法吸収板へと飛んでいく。
そして次の瞬間、隣町まで聞こえるのではないかと思えるほどの爆音と、視界がホワイトアウトするほどの発光とともに魔法吸収板が粉々になった。
最後の瞬間には完全に消滅した魔法吸収板を見て、エリスさんは「まさかこれほどまでとは……」と青い顔をしていた。
どうやら、エリスさんは俺の両手が虹色に光った時点で、全力で魔法吸収板の周りの空間に「魔法障壁」を無詠唱で展開していたという。
エリスさんが言うには、これほどの魔法障壁を使ったのは「古龍」と戦った時以来らしい。
研究室にいたケインズさんも、爆音を聞いて図書室のような場所に駆けつけてきた。
「大丈夫か!!?いったい何が起こったんだ?」
いちおう無事な俺とエリスさんを見て、ケインズさんは肩をおろして安心していた。
しかし、壁際においてあった魔法吸収板がなくなっていることに気づいて怪訝そうな顔をしている。
「クロノ君が、「虹色級」の魔力で 無適砲 を打ったのだよ」
それも両手でと付け加える。
ケインズさんはそれを聞いて唖然とする。
エリスさんの説明によると、魔力にも質を見分ける方法があるらしい。
魔力を練ったときに出てくる光の色によって判別しているという。
「ハハハ、いったい何者なんだよクロノ君は……」
乾いた笑いを顔浮かべるが、目は全く笑っていないケインズさんが少し怖い。
そんな時、ちょうどお昼の時間を知らせる鐘の音が外から聞こえてきた。
「とりあえず、昼休憩としようか」
エリスさんの一言でこの場は一時中断ということになった。
エリスさんが用意した軽食を取りながら、俺達3人は先ほどの事故について話していた。
「クロノ君は魔力量が多すぎるということと、魔力の質を高めることが非常に上手いということが分かった」
エリスさんが言うには、一般的な魔法使いと比べ、俺は魔力量が異常に多いという。
さらに、高等技術であるはずの「魔力圧縮」の精度が異常だという。
異常尽くめでちょっと不安になる俺だったが、別に悪いことではないと聞いて安心する。
むしろ、「魔力圧縮」をここまで上手にこなす魔法使いは学院の教員や研究員の中にもなかなかいないという。
もちろん、エリスさんとケインズさんはこなせるらしい。
この二人の優秀さは、おそらく俺の想像を遥かに超えた領域なのではないかと思った瞬間だった。
午後からは魔力のコントロールについて練習しようということになったが、あっさりと魔力をコントロールしてしまった俺に二人ともまたしても驚く。
とりあえず、講義はひと段落して無事に「無詠唱」と「無適性魔法の初歩」の習得を終えたので今日は解散ということになった。
研修費のようなものとして昨日と同じ報酬を受け取った。
「魔法も使えるようになったから、明日はいろいろと手続きを済ませたい。だから明日は一日付き合ってくれ」
とエリスさんに言われる。
いよいよ魔法研究者として登録されることが決定した俺は、明日に備えて早めに宿へと戻ることにした。




