第九話 エリスさんの講義
今回も少し説明っぽいです。雰囲気を楽しんでいただけると幸いです。
図書室のような場所でエリスさんによる「無詠唱」の講義が始まった。
「当然のことだとは思うのだが、クロノ君は魔法に関してはさっぱりの素人であるという認識で間違いないな?」
俺に対する魔法講義は「俺が魔法について無知である」という前提の確認から始まった。
こういった、お互いの認識のズレを少しでも無くしていこうとする授業スタイルは分かりやすくて好きだ。
日本で経験した授業では、先生が簡単だと思って軽く説明した部分が一番難しいなんてことも少なくなかった。
こんなところでもエリスさんの優秀さが垣間見える。
「あと、ユリウスが書いた魔法書に関しては気にすることはないぞ」
ユリウスとは俺の持っていた魔法書の著者であり、エリスさん達の同期研究者であるという。
どうやら、ユリウスさんが書いた本の内容は王立学院の中でも極めて難解であると評判らしい。
なので、王立学院の研究者はおろか、魔法科の学生ですらない俺が読むことは不可能であるとのことだった。
例えるなら、算数の足し算を習ったばかりの小学1年生に対して、
「1+1が2であるとは限らない」
と数学者が数論の話題を投げかけるようなものである。
しかし、魔法の分類や基本的な認識に関してはあの本の通りで間違いないとのことだった。
「だが、基本的にあの本は「一般専門書」「応用専門書」を越えた先の「研究専門書」とでも言うべき本であるから、少し定義が難しかったりするのだがな」
どうやらエリスさんの話によると、「詠唱」をする際にいちいち魔法文字である「ルーン」の構成などを意識している魔法使いなどいないという。
それどころか、「ルーン」の存在を認知している魔法使いの方が遥かに少ないという。
王立学院の魔法科では、とりあえず魔法を使えるようになれば卒業できるらしい。
魔法科の授業で教えてもらえる「詠唱」魔法というのは、あらかじめ研究者達が解析して使いやすいようにルーンを弄繰り回した定型文であるという。
生徒達は詰め込み教育が如く、ふたすら魔法例文を暗記させられる日々が続くことになるらしい。
それゆえ、王立学院魔法科の「研究生」になって初めて「ルーン」の存在を知ることになるんだとか。
だが、「研究生」課程まで学院に在籍する生徒はほとんどおらず、だいたいはその前段階で卒業して魔法使いとして就職していくという。
王立学院では「学院生」「研究生」「王立研究員」というようにステップアップしていくらしい。
なので、魔法は使えるが仕組みは良く分からないというのが一般的な認識だという。
現代日本人が「パソコンは使えるが、どういう仕組みで動いているのかはよく分からない」ということによく似ている。
少しパソコンに異変が起きると故障したと思ってしまうことに似た現象は、異世界の魔法使いの間でも起きているという。
「そもそも「無詠唱」を扱える魔法使いが極端に少ない原因としても、魔法がどういった仕組みで発動しているのかよく分かっていないというのもあるんだ」
「詠唱」や「魔方陣」と違って、魔法を発動するためのフォーマットがない「無詠唱」では、1から10までを全部自分で組み立てなければならないという。
そして、そのために必要な魔法に関する知識や、根本となる魔力の話をまずは講義で扱っていくという。
「まず、そもそも魔力とは何であると思うか?」
エリスさんは俺に魔力とはなんぞやと問う。
これに対して、俺は少し考え込む。
簡単に考えると「魔法を扱うための燃料」という認識である。
RPGゲームなんかで言うところのMPにあたるものだろう。
しかし、先ほどの説明から考えると、この考え方ではおそらく「詠唱」はできても「無詠唱」はできないだろう。
なので、少し考え方を変えてみることにした。
エリスさんが本の中で、無詠唱について
「全身の血液の流れとは逆方向に流れる魔力の流れをイメージし、その魔力を少しずつ外部に流すイメージ」
がポイントと書いていたことから考えると、魔力とは体内に存在しているエネルギーの一部であると仮定することが出来る。
であるならば、一応理系の高校生であった現代日本人の感覚からすると、魔法にも「エネルギー保存則」のようなものが適応されるのではないかと思う。
つまり、「魔法を撃つための燃料」という概念は「魔力エネルギーが魔法エネルギーとして変換される」ことによって説明できると考えられる。
さらに、甚大な魔力量でなければ、強力な魔法は使えないという記述が本にあったことからも「魔力は量的な概念」であると推察できる。
また「属性魔法」や「補助魔法」が無から有を生み出しているわけではなく、魔力を消費することで発現していることの証明にもなる。
他よりも世界に干渉する「時間魔法」は魔力の仕事量が多いので、膨大な魔力を使うということにも納得がいく。
そして、絶えず体内に存在はしているが、普遍的なものではないと言う点でも血流に似ている概念だと思った。
ここまで考えた俺は、いつまでもエリスさんを待たせるわけにいかないので、とりあえず今考えていることを伝えてみることにした。
「確信は持てないですが、魔力とは普遍的に存在しているものではなく、絶えず生成消滅しているエネルギーのようなものなのかと思います。
なので、、体の中にあるものに例えると「意識」や「思考による産物」というよりは「血液」が一番近いのではないかと考えられます。
体内に満たされていて、流れを感じるという表現からも固体ではなく液体のようなイメージを感じます。
あれ?ていうことは、魔力は量的なだけではなく、質的にも個人差があるってことなのか?魔力にも「濃い」「薄い」とかがあるのか?」
エリスさんに返答する俺は、いつの間にかあれこれと考え始めて自分ワールドに突入し始めた。
「戻って来いクロノ君」という言葉で我に返った俺は、やれやれと頭に手を当てるエリスさんへと向き直る。
「だいたいどころか、ほとんど正解だよクロノ君。たったあれだけの情報からここまで推理するとはな。本当に君は優秀な弟子だな」
嬉しそうに顎をなでるしぐさがなんだか可愛らしいエリスさんは、無詠唱について話を続ける。
血液のように体内を循環している魔力だが、この流れを感じることができないと無詠唱を扱うことはできないという。
なので、まずは俺に魔力の存在を感じてもらうことから始めるという。
「方法としては、薄めた私の魔力をクロノ君の体内に送り込む。それによって、無理やり魔力の流れを感じてもらう」
どうやら、エリスさんが俺の体に魔力を流し込むことで、俺の体内に流れる魔力流を知覚させるらしい。
結構荒っぽい方法であるが、悠長に詠唱からコツコツとやってる時間は無いので、感覚で覚えろということだという。
「それじゃあ早速はじめていくぞ」
そう言うや否や、エリスさんが両手の手のひらををそれぞれ俺の方へと向けると、俺も手のひらを向けた。
エリスさんの小さくて柔らかい手のひらと、俺の手のひらが合わさる。
その瞬間、手のひらの中を温かい何かが通り抜けたような感覚がした。
温かい感触は腕から肩へ、そして全身へと広がっていく。
「なにか、体の中を通り抜けるようなものを感じます……」
俺が現状を説明すると、「それで間違いない」とエリスさんは答える。
そこで一旦魔力を流すのを止めようとしたエリスさんは、少し顔を赤くして俺の顔の方を向いた。
「魔力を流すのと一旦中断するから、手を離してもらっていいか?」
どうやら気づかないうちに、手に力が入ったのかエリスさんの手を握っていたのだった。
エリスさんは目を少し逸らして「別にクロノ君に手を握られたくないわけではないぞ」とよく分からないフォローをしてくれた。
素直にすみませんと謝り、無詠唱のレッスンは次のステップへと進む。
「次は、体内に流れている穏やかな魔力の流れを自分の力で感じてみてほしい」
俺の体を流れる魔力を感じ取る段階へと進んだようだ。
さきほどやったように、エリスさんの魔力が体内を通り抜けた感覚を思い出す。
たしか、温かいお湯のようなものが体中に満たされていくような感じだったな。
俺はなんとなく、体内でポンプ的な役割を果たしている心臓から魔力が全身にいきわたるイメージを作る。
すると、エリスさんのものほどではないが、わずかに温かい液体の流れのようなものを体内に感じた。
「これか。さっきよりは弱いけど、確かに流れを感じます」
俺がそう告げると、エリスさんはまた少し驚き「まあ、クロノ君なら不思議なことでもないか」と呟いた。
どうやら、こんなにすぐ魔力の流れを感じ取ることが出来るとは思わなかったらしい。
一般的な魔法素人は、エリスさんの薄めた魔力を流し込まれた時点で「魔力酔い」を起こしてしまうという。
「魔力酔い」とは、自分の許容できる限界の魔力量を超える魔力を体内に取り込んだときや、体内の魔力が無くなったときに起こる現象らしい。
貧血のような症状を起こし、しばらく気分が悪くなり魔力が使えなくなるという。
「クロノ君は魔力量が学院の魔法使い達に比べてもかなり多いようだな」
俺の素の魔力量はかなり多いとエリスさんが言う。
魔力を感じてからしばらくは起き上がれないだろうと思っていたが、倒れるどころか自分の体内の魔力を感じ取ったことには驚いたらしい。
しかし、薄めてなお「魔力酔い」を引き起こせるほどの魔力をもつエリスさんも相当な魔力量の持ち主なのだろう。
これでとりあえず無詠唱の練習をする準備は整ったというので、早速無詠唱についての話を始めるらしい。




