第八話 朝の大通りを二人で
エリスさんは俺に
「無詠唱の使い方を覚え、無適正魔法を使ってもらう」
と言った。
どうやら、古代幻想魔法である「時間魔法」の使い方など誰もわからないし、そんなやばい代物を使えるという設定で研究者登録するのも問題だと言う。
そこで、属性魔法や補助魔法の適正が無くても使える裏技のような魔法である「無適正魔法」を習得することになったのだ。
無適正魔法とは「魔力をそのまま放出したり、操ったりする魔法」の総称であるという。
他の属性魔法のように、魔力を使い炎や水などを具現化させるものとは異なり、魔力そのままをぶつけたりする魔法であるらしい。
その特性上、「詠唱」や「魔方陣」では扱うことができないので、「無詠唱」の技術が必須であるという。
「どっちにしろクロノ君には無詠唱以外の選択肢が無いわけだから、後々「時間魔法」が使えるようになることを視野にいれて、無詠唱を使えるようになるしかない」
そういうわけで、ひとまず俺は無詠唱の習得をすることになる。
明日からエリスさんが無詠唱のやり方を教えてくれるらしいので、このあとは宿に戻ってゆっくり休むということになった。
エリスさん達にお礼を言い、研究所を後にした俺は宿へと戻る。
朝方研究所へ来るときに降っていた雨は既に止んでいたようだ。
雨上がりの夕焼けが美しく映える大通りには、フードを取ってマントだけ装着している人々が多く行き交う。
いい匂いのする屋台を横目に、俺は宿のある方向へと雨に濡れた道を歩いた。
宿へと戻ったときには、既に夕飯時の頃合だった。
扉を開けてすぐに、食堂の良い匂いと喧騒に包まれる。
部屋に戻って荷物を置いた俺は、夕飯を食べに食堂へと向かうことにした。
いつものように貴重品だけ持った俺は一階へと向かおうと思ったのだが、ここで一つ疑問が生じる。
「どう考えても財布に入っているゴールドの総額よりも、ポーション一本の方が高価だよな……」
俺が財布として使っている布袋の中には数千ゴールドが入っている。
しかし、それに対し、部屋に置き去りにされるポーション達はそれ一本で10万ゴールドの価値があるのだ。
宿に泊まっているほかの冒険者達はどうしているのか気になるところだ。
とりあえず、それほど荷物として嵩張るわけではないのでリュックをもって部屋の鍵を閉める。
あちこちに置かれているお湯入りの桶で少し狭くなった廊下を進み、一階へと向かうことにした。
それなりに込み合っている食堂で、俺は空いているテーブルへとつく。
椅子の背もたれにリュックをかけメニューを読み、辺りを見回す。
俺はいつもと同じおすすめディナーを頼むべく、忙しなく働いているウエイトレスの女の子に注文をお願いする。
すると、呼びかけに気づいたツインテールの少女は、ささっと俺の机の方へ向かってきた。
「なんだか今日は機嫌がよさそうですね!」
少女は、何かいいことでもあったのですか?と笑顔で聞いてくる。
それに対し、新しい仕事がうまくいったのと、新しい魔法の師匠ができたと俺は答えた。
「魔法ですか!すごいですね!クロノさんは魔法が使えるのですか?」
目をキラキラさせて魔法について聞いてくる少女であった。
俺は、今は使えないがそのうち使えるようになるかもしれないと返す。
少女は俺の目を見つめて「がんばってくださいね!応援してます!」と言うと少し顔を紅くして、注文を取って戻っていった。
夕食を食べ終えた俺は、宿の手続きを済ませ、桶と湯をもらい部屋へと戻る。
その際に、他の冒険者達は貴重品の管理などはどうしているのかと女将に聞いてみたところ、
「うちでは金庫の貸し出し等は行っていないから、各自で管理してもらっているよ。幸い今のところ盗難事件が起こったことは無いね」
ということだった。
まあ、冒険者ギルドに加盟している人間しか利用しないこの宿で犯罪行為を犯したら、あっという間に足がついてしまうだろう。
そういった意味でも、あんまり心配する必要はないと言われた。
部屋に戻り、リュックを作業台の上に置き、いちおうポーションや薬を作業台の下へと隠しておく。
そして、体を綺麗にした俺は明日に備えて早く寝ることにした。
今日起きた出来事を思い返しているうちに、俺は眠りへとついていた。
カーテンの隙間から差す日光が俺の顔を半分ほど照らしている。
日の出の鐘の音が窓の外から聞こえてくると同時に、俺は目を覚ました。
今日は研究所でエリスさんに「無詠唱」について教わるという約束がある。
俺は出かける準備を済ませ、朝食を取るべく食堂へと向かう。
昨日の朝に比べると活気のある食堂で朝食を取り終えた俺は外へと出た。
エリス魔法研究所へと向かう大通りを歩いていると、道沿いの小さなお店の前に屈強な男達の行列が出来ていることに気づく。
「なんだあれは……」
一瞬武器屋か何かのタイムセールかと思った俺だったが、よくよく看板を見てみると「魔法のお菓子屋さん ユーフォリア」と書かれていることに気づいた。
そもそも、武器屋のタイムセールというのもよく分からんよな。
店主の頑固親父が客を煽り、それを受けて屈強な男達がワゴンの中から商品を奪い合うという地獄絵図を思い浮かべて少し笑ってしまった。
「クロノ君は一人で笑ってて変な奴だね」
くだらない妄想を展開してニヤニヤしてた俺は、背後から誰かに声をかけられた。
驚いて振り向いた先には、流し目で軽く上目遣いをしているエメラルドグリーンの髪の毛の女の子がいた。
俺より背の低い女の子の知り合いなんて、宿屋のツインテールの子以外にいたかななんて思って呆けていたところ、女の子は頭に手をあててなにやら困った様子になっていた。
「あれ?クロノ君が停止してしまったぞ。これも時間魔法適正の影響なのか……?」
困ったときに頭に手を当てる癖と、何かが起きたときには必ず原因の分析を始める生粋の研究者魂を見せられたところで、俺に流れていた時が再び動き出した。
主張が強すぎない薄緑の髪にサファイアのように透き通った蒼色の瞳、困ったときのしぐさと口調から、俺はこの女の子が「エリスさん」であることに気づいた。
しかし、昨日は座っていることが多かったので気づかなかったが、エリスさんは俺よりも拳二つ分くらい背が小さい。
「すみません、少し考え事をしていたみたいです」
俺は反応が遅れたことを詫びると、エリスさんがボソリと「やはり、誰か分からなかったのだな……」と言ったのが聞こえた。
少し悲しそうに拳を握っているエリスさんに、「いやいやそんなことは無いですよ」と言う俺だが、若干目が泳いでいたらしく、即効で嘘だとばれる。
「いつも子供に間違えられるし、研究発表会の時も会場がざわつくのだよ……」
どうやら、エリスさんは背があまりにも低いということでいろいろと苦労しているらしい。
確かに、この世界の女性の平均身長からするとあまりにも小さいので困ることも少なくないのかもしれない。
そして、エリスさんのこの特徴的な口調も子供に見られないようにするために形成されていったものなのだと考えられた。
しかし、エリスさんは研究者として座っているときは大人っぽく見えるが、普段の立ち姿は日本人の俺からしても、背伸びして大人っぽく見せようとがんばっている中学生くらいの子供にしか見えない。
平均身長の低かった日本人の俺ですらそうなのだから、異世界人からしてみたら尚のことそう見えるのだろう。
だが、そんなエリスさんの振る舞いと外見のギャップがなかなかに萌え要素となっている。
おそらくは、子ども扱いしてくる人の中にはエリスさんの反応を楽しんでいる人も少なくないのだろう。
俺はとりあえず話題を変えようと思って、さきほど一人で笑っていた理由を説明することにした。
「ふふふ、確かにそれはおかしいな」
悲しそうにしていたエリスさんの顔が、柔らかい笑顔へと変わったのを見て俺はホッと心をなでおろす。
俺は続けて、エリスさんに違う話題を提供していくことにした。
「エリスさんは甘いものとか好きなんですか?」
やはり、女の子であるのか甘いものは好きだという。
それなら、お世話になっていることだし、今度お菓子でも研究所へ買って持っていくというのもいいかもしれないな。
研究所へ向かってエリスさんと歩きながら他愛も無いことを話す。
女の子と二人でおしゃべりしながら街を歩くなんて芸当をなんとかこなした俺は、
「あれ?なんかこれって恋人みたいじゃね?」
などと童貞感丸出しの妄想を繰り広げる。
俺が自分の世界に浸っていると、エリスさんから話しを続けてきた。
どうやら、エリスさんは魔法協会の窓口に行って、俺の魔法研究者登録の段取りをしてきたという。
なにからなにまでやってもらって非常に申し訳なく思っていると、
「これからクロノ君にはたくさん活躍してもらうことになるから気にするな」
と言われた。
そんなこんなで研究所へとたどり着いた俺達だった。
お店の入り口から入った俺達に、ケインズさんが挨拶をしてきた。
「おや、クロノ君もいっしょだったのか。とりあえず、店番は俺がやっておくから」
店の奥の研究所へと向かっていくエリスさんに俺もついていく。
小さくて、可愛らしい姿のエリスさんの背中を見ながら、エリスさんについていろいろ知ることができてよかったなと思う俺だった。
そのうちケインズさんともいろいろ話してみたいなと思いながら歩いていると、研究所の図書室のような場所に着いた。
「それじゃあ、早速「無詠唱」についての講義をはじめようか」
向かい合うようにして席に着いた俺に、教師役が様になっているエリスさんの個人授業が始まった。




