第七話 日本から来た男
エリスさんに「お前は何者だ?」と問われた俺は、現在果てしなく困惑していた。
挙動不審になり、
「いや、あの……」
とか言いながらおろおろしている俺を見て、エリスさんとケインズさんがなにやら話している。
「我々は君がたとえ何者であったとしても迫害はしないし、身の安全は保証する」
エリスさん達は俺の様子が演技ではなく、素のものであると理解したらしい。
何か特別な事情があると察知した二人は、俺に危害は加えないと確約した上で、話を聞かせてくれないかと頼んできた。
エリスさん方は俺の事情を知ったところで悪いようにはしないような気がするので、俺は自分の事情をこの人たちに話すことにした。
ちょっと軽率すぎる気もするが、長い付き合いになるのだから隠し通せるものでもないと思ったのも事実である。
自分が日本からやってきたということ、とりあえず冒険者として暮らしていること、何故か分からないがすべての言語が読めて解釈できること。
他にも、拾った魔法書を読んだところ「時間魔法」にだけ適正があったことなども話した。
俺が「時間魔法」について話した瞬間、エリスさんたちに流れる時が止まったような錯覚に陥る。
「時間……魔法だと……?」
エリスさんもケインズさんも驚きのあまり、間抜けな表情をして固まっている。
さすがに笑える状況ではないので、「そうです、時間魔法です」とかテキトーに相槌を打っておく。
しばらくして復活したエリスさんは俺に時間魔法が使えるのかたずねてきた。
「いや、それが使えなかったからショックだったんですよ」
俺が使えなかった経緯を話したところ、ある事実に気がつくことになる。
確か、俺が「無詠唱」の項目を見ていたときにある魔法研究家の説明を参考にしたはずだ。
「もしかして、あの魔法書に書いてあった「魔法研究家エリス」ってエリスさんのことですか?」
そう、「魔法研究家エリス」がエリスさんだったのである。
エリスさんの話によると、おそらく俺が拾った本は研究所の同僚が書いた本であり、その人の持ち物だという。
俺が本を返したほうがいいかと聞くと、研究所に置いておいてもらえると助かるといわれた。
「そうか、君はずいぶんと特殊な人間だったのだな」
エリスさんは、
「今までの不思議なクロノ君の行動にも納得した」
と嬉しそうにしていた。
わけの分からない説明をする俺に対して警戒心や、疑いの心を持つことは無かった。
そこには、謎が解けたことに対する喜びがあるだけだったようだ。
古代魔法なんかを研究するほどの研究家なので、頭のおかしい説明や現象程度ならば、驚きはしても拒絶することはないとのことだった。
「理解できない現象があるならば、それを理解すればいい。恐ろしく強力な性能があるならば、それを研究活用しない手は無い」
非常に研究者らしい見解を見せるエリスさんに、俺は少し惚れてしまいそうになった。
せっかく仲良く慣れそうな関係になれたというのに、俺は正体がバレてしまったことで拒絶されてしまうのではないかと思ったのだ。
この世界に転生してから、ずっと一人で生きてきたように感じていた俺はなによりも他者から嫌われることを恐れていたように思える。
しかし、エリスさんは俺を拒絶することはなかった。
しかも、異世界に住むクロノではなく日本からやってきた黒野を受け入れてくれたような気がした。
その事実に安心した俺は、この数日間で溜め込んでいた感情が溢れ出し、エリスさん達の前で恥ずかしながら泣いてしまう。
「おいおい、泣かれたら困ってしまうよ」
両手を頭に当てておろおろと困った様子をするエリスさんと、それを見て笑っているケインズさん。
そして、腕で涙をぬぐっては袖を濡らしている俺という、よく分からない構図のまま少し時間が経った。
ひとしきり泣いてスッキリした俺は、エリスさん達に謝る。
「いきなり泣き出してすみませんでした」
二人ともそのことに関しては気にしていないらしく、それを聞いて俺はまた泣き出しそうになっていた。
しばらくして、場の空気も落ち着いたので、エリスさんは先ほどの話の続きをはじめた。
エリスさんは、このまま俺をこの世界で放置しておくと、後々何か問題に巻き込まれそうだと言う。
そこで、俺さえよければ、エリスさんの弟子という設定にして研究者として登録することができるという。
つまり、エリスさんが俺の後見人というかケツ持ちのような存在になってくれるということだ。
そうすることで、俺の身に何か問題が起こった際に、エリスさん達が表立って対処することが出来るという。
「君の持つ言語能力はそのまま腐らせておくには惜しい。君は身の安全と地位を得て、私は君に言語能力を使って仕事を手伝ってもらう。お互いに悪くない条件だと思うぞ」
俺はエリスさんの提案を受けて、少しその内容について考えてみた。
もし、俺がエリスさんの弟子となる提案を受け入れたらどうなるのだろうか?
まず、冒険者生活はしばらく休業することができ、代わりに安定した「魔法研究者(補佐ではあるが)」という地位が手に入る。
さらに、外部の人間から俺の能力を悪用されそうになった時に守ってもらえる。
その対価として俺が支払うものは、研究の手伝いとその他言語能力を使った仕事をするというものである。
あれ?これって交渉として成り立って無くないか?
拡大解釈すれば、俺は苦労せず手に入れた能力で仕事を手伝うだけなのに対して、エリスさんは俺の命に対する責任を負うってことだろ?
いかんでしょうこれは。
「ちょっと俺に有利すぎる条件じゃないですか?これ」
俺はエリスさんにそこまでしてもらうのは申し訳ないと言う。
しかし、エリスさんは「そんなことは気にするな」と言って退かなかった。
また、言語能力を使った仕事というものに「王立学院の授業助手及び講師」というものも入っているらしいので、それなりに扱き使われる予定ではあるという。
少しガチトーンで「俺を扱き使う」というエリスさんに恐怖を覚えたが、それを横で見ていたケインズさんが笑いながら、
「昔っからエリスは本当にお人好しだもんな」
といってエリスさんの肩を叩く。
それに対し、エリスさんはあれこれと言い訳をしながら少し恥ずかしそうにしていた。
どうやら、昔からエリスさんは困っている人がいると放っておけない性格であるらしい。
学生時代に行った実験で、マウスを仮死状態にして行う実験の際に
「実験後にねずみが処分されるのはどうにもかわいそうだ」
と言って、小動物を仮死状態から復活させる魔法を開発して自分のペットとして飼っていたらしい。
もはや聖人か何かではないかと思うレベルでエリスさんは人が好いということが分かった。
その後も、小動物を延命する魔法を開発したらしく、ペットの「チュー吉」はまだ御存命らしい。
最近はチュー吉に死の機会を与えるべきなのかどうかという倫理的な問題で悩んでいるという。
そういうわけで、俺はエリスさんの弟子として近々「魔法研究者」として「魔法協会」に登録されることになった。
「魔法協会」とは、冒険者ギルドのように、魔法使いや魔法研究者達のための互助組織であるという。
基本的に魔法が使える人間であれば誰でも登録できるらしい。
例外として、魔法研究者として登録するには色々と難しい審査を通り抜ける必要があるという。
そのため普通は王立学院の魔法科を出ることが最低限必要であるという。
しかし、そこはエリスさんの弟子として登録することで問題なく突破できるという。
だがここで、ひとつ問題が生じる。
そう、俺は魔法が使えないのである。
魔法が使えれば簡単に登録できる「魔法協会」も、魔法が使えないのでは話にならない。
しかし、エリスさんもそのことは分かっているので対策は考えているという。
「対策があるってことは、俺も魔法が使えるようになるのですか!?」
遂に魔法習得の時が来たのかと思い、俺は魔法書を見たときのように興奮を隠せない。
俺に適正がある魔法は「時間魔法」だけであったので、おそらく「時間魔法」を習得するのだろう。
そのために必要な「無詠唱」も、実際に使うことが出来るエリスさんが教えてくれるので問題ないだろう。
あとは、「時間のイメージ」だが、俺の場合は難なくクリアできるはずだ。
やったぜ!いよいよ俺も魔法使いデビューってわけか!!
異世界に転生したからには魔法を使ってみたいよなやっぱり!
フタバ草拾いはもう卒業だぜ!今まで支えてくれてありがとなフタバ草!!
だがしかし、俺のそんな妄想は半分正解で半分間違いであった。
エリスさんは俺の興奮交じりの質問に対し「ああ」と答えたが、それに続く言葉は俺が思っていた回答とは少し違った。
「クロノ君には「無詠唱」を習得してもらって、「無適正魔法」を使えるようになってもらう」
おい待て、なんだそれ?




