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朝凪が連れていく  作者: 百瀬ゆかり
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8 素直じゃない種明かし

ひまわり畑全焼事件からすぐ、私は情けなく倒れてしまった。火の手がおさまった畑に駐在員が倒れていたら誰だって騒ぐだろう。目が覚めた時には自分は村長宅の一室に寝かされていて、その後には診療所の医師に火傷や擦り傷の処置を施されて。精神的疲労による夏風邪だろうと診断されたが実際のところ精神的に参っているのか本当に風邪かなんて鈍った頭ではわからないものだった。



寝込んでから数日も立った頃、村長が部屋に来た。迷惑をおかけしましたと起き上がって言おうとすれば村長には見舞いに来ただけだから無理をするなとかえって叱られてしまった。


キンキンに冷えた麦茶を渡されてから、村長は机の側に座った。ちびちびと口に運んでいると重く咳をする。何か言おうとしているらしい。



「そういえば疑問だったのだが、明彦君。

君はどうして、ひまわりを腕に抱えて皆に配っていたのか教えてくれないかい。……その、皆が気になっていてね」


なぜ、と言われても。村長が不思議がっているのかよくわからなかった。僕は、彼女から貰った花を無限回収してしまえば手が回る数を上回り爆発したからだ。


「いつも巡回する際に葵さんからいただいたので、おすそ分けになればと思っての事です」


「【葵】?」



村長の眉間に皺が寄る。何か触れてはいけないものだったのだろうか。……非常に気まずい。

村長でも知らないとなると島以外から来ている人と認識されていたのだろうか。



「その女性は黒髪で、白いワンピースを着て将来は植物学者になりたいと言っていたかい」



────知っていたのだろうか?



「そうか……」


村長は口を閉ざした自分の行動で納得したのか静かにため息を落とした。


「村長?それはどういう意味ですか」


村長は顎髭を指で弄りながら話を始めた。

なぁに、年寄りの昔話は多少なり美化されているからちょっとした読み物と思って聴いてくれと口を挟ませないようにそれを語り出した。




数十年か前。気も長くなる時間の中。

村長がまだまだ暴れたい盛りの子どもだった頃。



ご近所に植物学者を志していた年上の女性がいたらしい。その人はひまわりが好きで毎年畑を耕しては種を蒔き、祭直前で太陽のような大輪の花を咲かせては村中を驚かせていたと。



姓は日向(ひなた)名は(あおい)

その日向家で夏頃、庭に咲いた太陽が咲いた時に名前がその花を体現する人になるようにと名付けられたという。


勉学に励むあまり、ひまわりの世話以外では外にほとんど出ないので肌はいつも白かったという。



彼女は進学する前に島で猛威を奮った流行り病に倒れ数年間闘病をしたものの体力が病を押しのける事無く亡くなった。


彼女は亡くなる直前に。


「私はきっと人じゃなくなってもここに居るよ。名前が日向葵、漢字を置き換えれば向日葵になる人間だから……。そうすれば私は寂しくない、そう、寂しくなんかないもの……」



最期まで彼女は微笑んでいたという。

まるでそれは予言だったかのように翌年から手入れされていない荒れた畑に大量のひまわりが野生化して咲き始めたのは。


最初の3年間こそ島では日向の(ひなたのかい)とも呼ばれていたがいつからか、その現象はひまわりの君が夏を運んできたと言われるようになったという。



「まさか、既に人じゃなくなった彼女に会っている人間がいるとは思わなかったよ。もう数十年も昔にもうとっくに飽きて成仏してるとばかり思っていたよ」


「既に……魅入られていたんですね」



手に力がこもる。布団は皺がよる。

まるで、夏の熱に浮かされていたんだと実感してしまってただでさえ頭が回らないのに思考能力は更に低迷し始めた。



「少なくても彼女は救われたんだよ。

恋も知らずに肉体を捨て、ひまわりの同一化してまでこの世界に留まっていたのだから……。幽霊や思念体とか普通の人間の肉眼が捉えられるものじゃない。君に出逢えるまで彼女は独りだったかもしれん」



「……それでも」


「おう」


「僕は、彼女の事が好きでした……」



「ひまわり畑で倒れる君を見た時には確信しておったよ。今まで多くの人間を見てきたが失恋した瞬間は初めて見たね」



彼女にはもう会えない。

それでも、今度は私が彼女のやっていた事を引き継いで行けば……きっと、いつかまた逢えるじゃないかと思った。


そう思ったら、ぐるぐると歯車が回っていくように体の中で暴れる想いが形をなしていくのを感じられた。



「村長」


「なんだい」


「野暮なことをお聞きしますが“月が綺麗ですね”とはどういった意味なのですか」



「……ああ、君にそんな事を言っていたのか」


そんなこと?そんなこととはなんだ?

村長の目元はほころび、その目は優しさをまとっていた。



「確かに世代の違いでは確かにわからないかもしれん。ある文豪が生み出した古風の言葉だからね、知らなくても無理もない。月が綺麗ですね、というのはあまりにも遠回しの言葉。そこに込められた意味は────」







『あなたの事を愛しています』




それは、村長の声ではなく。姿がないのに彼女に直接言われたような気がした。

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