6 燃ゆるものとその想い
角度の付いた山道をスピードを付けて駆け抜けていく。途中からぐねぐねと曲がる道を渡るのが無性に嫌気が差してショートカットを試みた。
何も跡のない場所は自然が作ったボコボコ道なだけに身体が激しく揺さぶられる。なんとか振り落とされないようにハンドルを制御していれば人の騒ぐ声が林の中でも聴こえてきた。
人がわらわらと集まっている。そこで初めてひまわり畑が燃えているのが現実なんだと思い知らされる。太陽の畑は火の海と化していた。先に到着していた猛者達は懸命にバケツリレーを行っていた。入口付近の消化を終えバケツチームは外堀をスプリンクラーを持っている人は川にホースを伸ばして山カーブを描いていた。2チームに分けて確実に消火活動に当たっていた。
「えぇい!本土から派遣される消防車はいつになったら来るんじゃあ!!いつも一台はこちらに待機する手筈がどうなんだ!!!」
長老の一部が若い衆に食いかかる。都市にいる人はひょろひょろしているがこの島の方々は仕事に対し生涯現役を誓う人が多いため、筋肉もある。細身の子は軽々と持ち上げられている。
「し、申請したのですが何年もこんな事態がないし。ちょうど数時間前に他で大火事が発生して駆けつけていった矢先がこれじゃあ誰が悪いかなんて……!!」
呆然としている場合じゃない。
対立や喧嘩を止めるのも仕事のうちだ。
「玄治さんも晴時君も落ち着いて下さい!
いま、手を止めたら被害が拡大する恐れがあります。会場は幸い、山で隠れていますが炎の色は赤。いつ山陰から漏れて大騒ぎになるか分かりません。消防車が駆けつけるまで僕達がやるんですよ」
そう宥めようにも彼等も必死なのはわかる。
昔から咲いているひまわり畑は、人々にとって大切な場所であり守りたいという気持ちが暴走しているだけなのだから。
「でも、もう駄目だ!火の手が思った以上に強い!!このままだとようやく炎を消した花にさえ燃え移って全滅するかもしれん!」
状況は絶滅的、頑固でしかめっ面な玄治さんも泣いていた。あのひまわり畑は紅炎の海。
葵さんと過ごしてきた思い出が走馬灯のように巡り普段では考えつかない行動に移っていた。帽子を投げ、チョッキも脱ぎ捨てて。
「むっ!?何をしてるんだ!!」
制止の声を耳にしながら川と海の境に飛び込んだ。深く沈み込んだ身体は途端に重くなる。耳の詰まる音に逆らうように水面へ顔を出す。
ぐっしょりと全身を水に浸してバケツ一杯に水を汲み上げて……雑草を握りながら登り、燃え上がっているひまわり畑へ迷いなく特攻する。
「駄目だ!戻ってきてくれ!!」
「駐在さん!!」
「早まるではないぞ!若造!!!」
様々な年代の人の声が、悲鳴が反響する。
口からは笑がこぼれ、たくさんの太陽をあの細い腕に抱くその姿を思い浮かべた。
神話を交えた小さな言葉の一つ一つ。
今までの、彼女との記憶。
そんな声なんてどうでもよかった。
10輪、いや1輪。たとえ蕾でも良い。
彼女の愛した太陽の花が1輪でもあればやり直せる。
被った水が瞬く間に蒸発して肌を灼く痛みがびりびりと走る。そんなのはどうでもいい。
「────消えろっ!!!」
目の前にあるこの1輪だけでも救いたい。
お願いだ!!
消えてくれ────っ!!!!
その一瞬だけ、彼女が泣いていたように感じられたのはなぜだったんだろう。
目の前の花に水をかけたその瞬間に、自分自身の時間がまるで止まったような。そんな錯覚を覚えざる得なかった。