4 火花が咲く夜
しばらくは祭りの準備に追われ、朝から晩まで島中を走り回る。太陽と月の追いかけっこが何十回も繰り返されるとあっという間に祭りの夜となった。
島とはいえ、本土と島を結ぶ屈強な橋のおかげもあるのか田舎とは思えないくらいに人が集まった。主に神社を主体にしてたくさんの出店が並び幅広い世代がハメを外して盛り上がっていた。
大人になると気を張り、仮面を被らなくてはならない。このわずかばかりの時間は子どものようにはしゃいでも罰には当たらないだろう。……たまに、外し過ぎて気を悪くする奴も少なからずいるといのがたまにキズだな。
「あら、明彦さん。見回りお疲れ様、さぁさ冷たいお茶をどうぞ」
射的を担当する静江さんから麦茶をもらう。ちょうど茶を切らしていて都合が良かった。その横でポンポンと高めの弾ける音がとても心地いい。不用意に身を乗り出す悪い子にはお叱りを飛ばし、コルクの弾を一生懸命詰め込む子どもに射的のコツを教え込んでいる。
「明にぃ、ぼくからも〜」
隣で綿あめを売ってる屋台裏からルミ子さんにべったりなお孫さんからバケツを貰った。至って普通の緑色のバケツ。なんでバケツ?
真意はわからないが静江さんの真似をしたかったのだろうな。ありがとう、と告げるとキャッキャッと飛び跳ねながら屋台裏に消えていった。
行くところ行くところで捕まっては食べ物を貰い、途中で渡されたビニール袋にはたくさんの食べ物が詰め込まれていく。ようやくひと通り回りきってから本土から派遣された警官にバトンタッチをする。ついでに貰いものを半分以上押し付けた、自分悪くない。身軽にしたかった。それは嘘つかない。
少なめにした手持ちで、心待ちにしていた彼女の元へ足が急ぐ。浮き足立っているのがわかる。
「……お待たせしました」
待ち合わせ場所に指定した御神木の下で彼女は待っていた。白いワンピースに紺色のカーディガン。目が合った瞬間に手を振ってくれた。
「仕事しながらで……すいません」
「こちらこそ、わがまま言ってしまったんですからおあいこですよ」
人の波にまぎれながら、屋台を回る。
流れに逆らう部分に差し掛かりここぞとばかりに彼女の手を握れば、その細い指が絡まってくる。ある程度小休憩を挟みながら回ると南の島から出てきたという流浪の硝子細工職人のアクセサリー店に足を止めた。
「いらっしゃい」
「明彦さん、これは?」
葵さんはどうやら硝子細工を目にしたのは初めてのようだった。裸電球に照らされた硝子達はキラキラと煌めき、幻想的な世界を生み出していた。
「硝子細工ですよ。たまに地方に行くと民芸品として販売されている事が多いものです。ものにもよりますがどれも職人の手から生まれた美しい作品たちです」
指輪、ペンダントに置物……。
どれも愛らしいし、本当にどれも魅力的だ。
「その子になら……これを」
職人が手渡してきたのは、半透明の硝子のペンダントだった。ひまわりの花びらのような形をしていてまさに葵さんにピッタリだった。
「これを下さい」
上乗せした金額を払いすぐに彼女の首元に掛ける。白いワンピースの上に踊る黄色混じりの花びらは色を増した。
「まいど。硝子なので大切にして下さいね」
職人は満足そうな顔で送り出してくれた。
ふと時刻を確認する。花火の打ち上げの開始までの時間があまり残されていなかった。
「葵さん、少し急ぎます」
再び彼女の手を取り、高台を目指す。
神社へ繋がる階段を駆け上がり、登り切ったその瞬間に背中の方から大きな花が咲き始めた。音と光はズレるものの、咲いた瞬間に至る所からはた〜まや〜、か〜ぎや〜と呼び声が聞こえてくる。何も無い広い空は綺麗だ。
都会で見るよりもずっと、輝いている。
「……きれい」
素直に感動している。心から。
自分の都合で振り回してしまい心から申し訳ないと思いつつ、彼女は少なからず喜んでいると思えば幾分か救われる気がした。
「また来年、見れたら良いな」
何処かその横顔に寂しさが顔を覗かせる。
上手い言い回しが思いつかない。それでもすかさず、口からこぼれたのが。
「見ましょう。また誘いますから」
格好のつけられず、飾り気のないこの一言。
この関係の名前が変わったとしても絶対に、僕は誘うつもりだった。
「ふふ、約束ですよ?」
遠い約束に対して彼女は微笑む。
しばらく、咲き続ける花火を眺めていると。不意に襲う違和感、心の奥をざわつかせ落ち着かなくなる。
「……葵さん、いますか」
すぐに返ってくる返事がない。なぜ?
いつもならすぐに返ってくるのに。
「……葵さん?」
もう一度、呼んでみる。
それでも彼女の声が聞こえない。
「あ、おい……さん……?」
遂には耐え切れず、ばっと横を向いた。
触れていたはずの温もりも消え、そこに彼女の姿は無かった。
さっき首にかけた硝子細工のペンダントは石畳に叩きつけられていて、その水のような表面にはヒビが走っている。
なぜ、彼女は消えてしまったのだろうか。
まるで元からそこにいなかった、かのように。
ザァーと風が肌を撫でていく。
不安を心から掻き立てながら、不穏な空気を運んでくる。この不安はどこから来ているのだろうか。