2 互いに味わうお昼時
それは降ってきた幸運、いや青天の霹靂。
どんな平和でとても退屈な日常にもイレギュラーなことも起きるようで。今日は珍しく探される側の彼女がこちらの職場に顔を出してきたのだ。
「明彦さん。こんにちは」
彼女から挨拶とばかりに大きな太陽を机に忍ばせていた濡れタオルで切り口を巻く。落ちないように使わなくなった靴紐でゆるく結び籠の中に入れた。駐在所に置いた太陽はまだまだ元気だ。
「お昼ご飯、ご一緒しませんか」
彼女からのお誘い。断る理由なんてない。
それに今は昼時で仕事も立て込んでいない。
チャンスだ。でもダメだ、今は職務中だ。
駐在員として建前で断ったらカッコ悪いけど個人としてお誘いに乗るにしてもそれでは……と思い悩んでいる内に彼女は籠からお弁当と水筒をガサゴソとテーブルに並べていた。
食べましょう、と暗に言われた。
無言の圧力を感じる。これは逆らえない。
「……いいですよ、一緒に食べましょう」
ごめんなさい、下心が勝ちました。
奥で感激の悲鳴が聴こえたと思ったら腕を引っ張られ、ストンと椅子に座らせられ、自分より少し高い温度が左側にやってきた。
「私は明彦さんの隣で食べますよ」
お弁当箱から出たのは不思議な巻物。
それは米ではなく、麺で出来ている。素麺?え?と自分が混乱しているうちに魚型の醤油差しに入っていた麺つゆが小さな器に流れればその出汁の香りがふわりと広がり食欲をそそった。
「ふっふっふ、明彦さん。興味津々ですね」
備え付けの冷蔵庫から冷茶を引っ張り出している為にその姿は見えてないが声からして彼女はとても楽しそうだ。ついでに今日のお昼ご飯を取り出す。冷やし中華は暑い日には持ってこいだ。彼女は普段と違う悪戯っ子のような口調に変わり「食べたいですか?」と箸に挟んだその摩訶不思議な食べ物が小さな口に吸い込まれていく。
「その冷やし中華を半分こして下さるなら考えますよ」
彼女は冷やし中華も好きのようだ。普段よりも茶目っ気溢れる満面の笑み。時間が経ってまぁまあ固まった麺をほぐしてから汁を注いでズルズルと麺を吸い込み始めてからそう言われ、驚いた。
「……か、間接キスになってもよいのなら、さしあげますよ?」
突然の申し出。気になっている異性からの交換条件、これは顔に熱が集まっても仕方が無い。奪われるように自分の食べかけが彼女の口に吸い込まれていく。いつもなら意識しない唇が汁に濡れてがとても艶めいて。あ……これは、やばい。見てはいけないものを見てしまった気がする。
「明彦さんも食べてください?はい、あーん」
なんなんだ、この地獄と天国の落差は。
……彼女と深い仲になれたのならこういう事もしてくれるのかな。と暴れだした自分の心臓と恋心をなんとか宥めながら、不思議な気持ちで昼食を味わうこととなったのはこれが最初で最後となった。