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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
4章:魔王候補アラクネ
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89:黒い本



 季節の変わり目。少し肌寒さを覚えるようになる時期。村では変わらず農作業着姿のアレンが畑仕事を行っている。育てた野菜が強風などで駄目にならないよう、風を防ぐ板を建てたり、簡易的な屋根を設置したりと様々な工夫を行っている。特に気を付けなければならないのは虫だ。寒くなって来たとは言え向こうも十分な栄養を摂取する為に食料を狙っている。中には昆虫型の魔物も居る為、そう言ったのは特に作物を食い漁るので注意しなければならない。


「ふぅ……やっぱり少し寒くなって来たな。最近は風も出て来たし」


 野菜に虫がくっ付いていないかを一つ一つ確認しながらアレンはそう呟く。ふと立ち上がれば、吹いて来た風が自分の老体を虐めてくる。彼はブルッと身体を震わせ首に巻いていたタオルをきつく巻き直した。その時、ふと彼の視線に先に一匹の虫が横切って行く。


「おっ……」


 出て来たかと思って身構えるが、妙な事にその虫は目の前にある青々とした野菜には見向きもせず、土を這って移動していく。やがて作物には一切口を付けず、その虫は畑を去って道へと出て行ってしまった。その様子を見てアレンは不思議そうに首を傾げる。


 またこれだ。以前にもこんな事があった。野菜を食い散らかしている虫が居ないかと思って確認すると、虫は居るのだが野菜には目もくれずに畑を横切って行く。いつもなら野菜の葉を穴だらけにしていくというのに。


「まさか野菜が不味いって訳じゃないよな…この前だって収穫したやつはちゃんと美味かったし」


 もしや虫が見向きもしない程自分の畑の作物が不味いのでは考えるが、少し前に収穫して食卓に出した料理はリーシャもルナも美味しそうに食べていた。問題が野菜にあるとは思えない。

 では、何故虫達は畑の作物を食べなくなったのだろうか?観察してみた限り虫達は全員同じ方向に向かっている。その動きは周りの事など目もくれず、ひたすら真っすぐだ。もしかしたら虫達が去っていく方向とは反対の場所に、何かよからぬ物でも湧いているのかも知れない。昔から虫はそういった異変に敏感だ。だとすれば、食料を摂取しておく暇などない程一大事、という事なのだろうか?そんな妙な事を考えてしまい、アレンはその不安を誤魔化すように髪を掻いた。


「う~ん、なんか嫌な風だ……」


 ふと吹いて来た生暖かい風を肌で感じながらそう愚痴るように言葉を零す。

 こういう時は大抵嫌な事が起こる前触れだ。質が悪いのは、それが実際に起こるまでどんな事態になるか分からないという事。預言者でもない自分に未来を予知する力はない。アレンは小さくため息を吐いた後、もう一度畑を確認してからその場を後にした。


 家に戻るといつものようにシェルが家事をしていた。普段の魔術師の格好ではなく、村人達が着たりする私服。模様や装飾がある訳でもなく、黒のスカートに白のシャツを着た質素な恰好だ。その上からシェルはいつも身に着けている白フードを羽織っている。


「ただいま」

「お帰りなさい、先生。畑仕事は終わりですか?」

「ああ、天気も問題なさそうだし、切り上げて来た」


 手にしている荷物を置きながらアレンは今日の事を報告する。シェルをそれを聞いている間も手を動かし、散らかっている荷物を整理していた。もう殆ど慣れているらしく、恰好も相まって本当にこの家の主婦のように思える。


「リーシャとルナは?」

「二人共今日はシファちゃん達と遊んでます。お家に行くって言ってたので、もうちょっとしたら帰ってきますよ」


 子供達の事を確認し、荷物の整理が終わるとアレンは少し考えるように顎に手をやる。

 普段なら外遊びをするリーシャ達がわざわざ友達の家に行っているという事は少し長めの遊びをしているという事だ。それならば多少時間はあるはずである。


(だったら丁度良いかな……)


 今なら例の話をしても大丈夫だろう。そう考えてアレンは自分の部屋に移動すると、引き出しに入れておいた黒い本を取り出した。金の刺繍で文字が刻まれた分厚い本。レドの屋敷で見つけた例の本だ。それを手にしながらアレンは居間へと戻ると、シェルもアレンが手にしている黒い本に気が付き、作業の手を止めた。


「あれ、その本どうしたんですか?先生」

「ちょっと婆さんの屋敷の方でな……シェル、この本読めるか?」


 アレンはそう言ってシェルに黒い本を手渡す。シェルはそれを丁寧に受け取り、古い見た目をしているからか傷をつけないようゆっくりと本を開いた。そして数ページめくり、しばらく黙ったまま本を見つめていた。やがて考え込むように口元に指を当てながら彼女は口を開く。


「これは……随分と古い文字ですね。それも見た事もない種類です……申し訳ありませんが、私には解読する事が出来ません」


 シェルはしばし本に書かれている文字を見つめた後、そっと本を閉じ、何かを満喫したように大きく息を吐いてそう言った。そして力になれない事を悔しがっているのか、申し訳なさそうに頭を下げる。


「ああいや、良いんだ。別に急ぎって訳でもないから」


 落ち込んでいるシェルを励ますようにアレンは慌てて手を振ってそう言葉を掛ける。

 自分だって長年冒険者として色々勉強してながら読み取る事が出来なかったのだ。こんな事でわざわざシェルが気にする必要など全くない。そして次にアレンは少し言い辛そうに一度口ごもってから、ある事を伝える。


「図々しいお願いなんだが、これを魔術師協会の方で解読してもらうって事は出来ないか?ひょっとしたらこの本に書かれている事がルナの助けになるかも知れないんだ」

「ルナちゃんの……?」


 後ろ髪を掻きながらそう言い、この本の解読が何故必要なのかを説明する。

 自分が昔レド・ホルダーからこの本を読まされた事、この本には魔力の操作について記述されている可能性がある事、そしてそれがルナが魔力を操作する助けとなるかも知れないと思っている事を伝える。あらかたの説明を伝えると、シェルは再び本に視線を向け、そっと撫でるように手で触れた。


「なるほど……そういう事でしたか。それなら私も喜んで協力します」


 ルナの為と言うのならばシェルも断る理由がない。シェルにとってもルナが自分の魔力の操作が出来るようになるのは嬉しい事だ。故に全力で応じて見せよう。そう彼女は決心する。


「ですが、多分これは魔術師協会の本部に頼んでも簡単には解読出来ないでしょう……何分古く、種類も年代も不明な文字ですから」


 シェルは本の表紙に刻まれている文字を見つめながらそう告白する。

 彼女にだってある程度の知識はある。古代文字の事も少しは知っているし、全てを解読出来る訳ではないが書かれている文字がどのような種類なのか予測する事は出来る。故に今自分が手に持っている本はそう簡単には解読出来ない物だという事も理解していた。


「だったらどうすれば良いんだ?」


 魔術師協会でも解読出来ないとなるのならば困った話である。言い方からして解読が絶対に不可能という訳ではないらしいが、多くの時間を必要とするか、もしくは解読出来るかどうか分からないというのが現状らしい。アレンも流石にそれでは困るというのが本音であった。


「そうですね……確か〈青の大魔術師〉、彼女は異種族の歴史や文字を研究しています。彼女ならこの本の解読も出来るかも知れません」


 シェルは魔術師協会に所属している魔術師の一人一人の能力を思い浮かべる。そしてこの本の解読が可能そうな人物が一人居る事に気が付いた。シェルと同じく大魔術師の称号を持ち、青の名を授かった女性。

 青の大魔術師である彼女は魔術の研究を幅広く行い、中でも異種族の魔術の研究も行っている。その過程で歴史が文字にも目を通し、古代文字の解読なども行っていた。シェルは彼女ならばと同胞の名を口にする。するとアレンがピクリと眉を動かし、反応を示した。


「青の大魔術師……?それって〈ファルシア〉の事か?」

「えっ、知ってるんですか?彼女の事を」


 アレンが青の大魔術師の本名を口にすると、今度はシェルが驚いたように目を見開き、顔を上げてアレンの方を見る。アレンも別に隠すような事ではない為、正直に答えた。


「昔ちょっと付き合いがな……まぁ仕事で会ってたくらいだし、そんなに仲が良い訳でもないんだが」


 長年冒険者を務めていただけあってアレンの交友関係は広い。むしろシェルはアレンの最後の頃の弟子である為、シェルが知らないようなアレンの知り合いはたくさん居る。その事に彼女は少しだけむず痒しさを覚え、手をきゅっと握り絞める。


「そうか、そう言えばファルシアはそういう研究をしてたな……でもあいつは国王の預言者として仕えてなかったか?」

「はい、彼女はその実力を見込まれ、国王に勧誘されたんです。その時は私もまだ大魔術師じゃなかったので、先生の方がお詳しいのでは?」


 そう言われてアレンは額に指を当て、昔の記憶を掘り起こす。

 確かアレンが冒険者として大分熟練者になった頃、青の大魔術師であるファルシアの引き抜きが行われたのだ。何でも預言の力に国王が目を付けたとか。そして魔術師協会も王宮とのパイプを作っておくという理由でそれを承諾し、ファルシアは魔術師協会に所属しながらも国王の右腕として仕える事になったのだ。


(魔術師協会は結構そういう所は抜け目ないからな……当時はその流れに乗じて冒険者から魔術師に鞍替えする連中がいたっけ)


 王宮とのパイプが出来るという事はそれだけ大きな後ろ盾が出来るという事。当時は魔術師協会に所属すれば美味しい汁が吸えるのではと考え、魔法に覚えのある冒険者は皆魔術師協会に転属しようとした。もちろん協会に所属するには難しい試験があり、知識もしっかりとないといけない為、腕っぷししかない冒険者達は殆どが試験に合格出来なかったが。


「となると王都まで会いに行かないといけないのか……国王の側近に会うって中々難しくないか?」

「私も行けば多分大丈夫ですよ。ただ問題は、ファルシアさんが会ってくれるかどうかですが……」

「う~ん……あいつとはあくまで仕事上の付き合いって感じだったし、ひょっとしたら嫌われてる可能性もある」

「えぇ……先生とファルシアさんってどんな関係だったんですか……」


 アレンが頬を掻きながらバツの悪そうにそう告げると、シェルも苦笑しながらそう言う。

 アレンは冒険者の仕事としてファルシアと共に行動した。その際のファルシアの言動は典型的な魔術師のそれで、常に上から目線であった。そういう扱いにはアレンも慣れている為、別に気にしなかったが、自分から会いに行こうとすれば向こうが拒絶する可能性がある。それを不安に思い、アレンは小さくため息を吐く。

 その時、玄関の方から足音と話し声が聞こえて来る。恐らくリーシャとルナが帰って来たのだろう。アレンはシェルから本を受け取り、懐へと入れる。


「とりあえず、この話はまた今度しよう。まだ魔力操作の本って決まった訳じゃないから、ルナにも言わないでくれ」

「分かりました。先生がそう言うなら」


 そう言ってからアレンはさっさと自分の部屋に戻り、引き出しを開けて本を元あった場所へと隠す。その間に玄関の扉が開く音が聞こえ、リーシャとルナの話し声が大きくなってきた。

 しっかりと引き出しを閉めると、アレンは何事もなかったように部屋を出て二人が居る玄関へと向かう。


「ただいまー、父さん」

「ただいま、お父さん」

「ああ、お帰り。リーシャ、ルナ」


 玄関ではいそいそと靴を脱ぐリーシャと、丁寧に靴を脱ぎ、向きを揃えているルナの姿があった。その手には何やら包み紙が握られている。そこからはほのかに甘い匂いが漂っていた。


「父さん見て見てー、シファのお母さんがクッキー焼いてくれたの!」


 靴を脱ぎ終わるとリーシャがパタパタと可愛らしい足音を立てながらアレンに近寄り、包み紙を開いて中を見せながらそう言ってくる。すると確かに包み紙の中には丸い形でいい焼け具合色のクッキーが数枚あった。


「お、おおー、シェーファの奴が焼いたクッキーか……絶対苦いんだろうなぁ」


 アレンはリーシャが差しだしてきた一枚のクッキーを手にし、匂いを嗅ぎながらそう呟く。

 エルフの彼女は苦い物が好きで、料理は上手いのだが作る物は自分好みの苦い味付けの物が多い。昔お菓子を作ってくれた時もそのあまりの苦さにダンと一緒に苦しんだものだ。そんな事は知らず、リーシャは満面の笑みを浮かべている。


「一緒に食べよ! 父さん!」

「……ああ、分かったよ。二人共手を洗っておいで。それから食べよう」

「「はーい」」


 そんな顔をされたら断る訳にも行かない。アレンは渋々頷き、二人の頭をぽんと撫でてからそう言った。リーシャとルナはニコリと微笑んで頷き、言われた通り手を洗いに部屋を移動する。そして残されたアレンは自分の手の平の上にあるクッキーを静かに見つめ、一齧り口にする。

 思わず舌先が痺れた。

 


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