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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
4章:魔王候補アラクネ
85/207

85:親友なんですから



 魔族の味覚は人間と比べると少し違う。

 彼らは暗黒大陸という過酷な環境で生き抜く為に毒性のある食べ物でも食し、自らの力へと変えていく事によってどんな状況でもエネルギーを補給できるようにした。そんな食生活をしている内に味覚も変化し、味の濃い物や少し変わった食べ物を好むようになった。もっとも普通の食べ物が食べられない訳ではないし、彼らも日常では普通の食事を取っている。ただ好みがそう言った食べ物だということに過ぎず、暗黒大陸に住んでいる魔族達ならば当然そんな事をいちいち疑問には思わない。

 ただしルナのような幼い頃から人間の環境で育った子の場合は少し特殊だ。日常で食べる料理はさして問題にならないが、自分で料理を作る際には魔族の本能が薄っすらと影響して味付けを変えてしまったりする。彼女自身は人間の味覚に慣れてしまっているせいでその味を変だと感じ、不思議に思う。そんな事も起こってしまうのだ。


 レウィア・ウル・ルーラーもまた魔族のその特徴を色濃く受け継いでいる。魔王候補という立場は当然力がなくてはならない。それも魔族達を率いる程の圧倒的で、生半可な覚悟では持てない力が。故にレウィアは人の倍以上のエネルギーを補給しなくてはならないのだ。


 魔王城の中にある庭園。そこでは禍々しい城には似つかわしくない美しい植物が生い茂っており、木々は青白い実を、蔓の先には大きく赤い実が成っている。レウィアはその内の一つに目を付けて腰を下ろし、実をもぎ取る。そして少しだけ齧ると、表情を曇らせた。


「……まだ青かったかな」


 思わず顔を顰める程の酸っぱさ。魔族の味覚ならこれくらいでも良いが、まだ実は熟しきっていない。これでは栄養も十分に補給出来ない。


「魔法を使って育てると変な味になっちゃうし、出来れば自然に育てたいけど、やっぱり空がなぁ……」


 そう言って彼女は腰を下ろしたまま上を見上げる。植物に光を当てる為に天井が吹き抜けとなっているそこは暗雲の空で覆われており、変わらず薄暗いまま。調子が良い時は眩しい程の日差しが入り込む事もあるのだが、最近は暗雲が続くばかりである。

 彼女は身体を起こすと悩むように髪を掻きながら手に持っている実を見つめ、しばらく考えた後静かに自分の服のポケットに入れた。


「というか……こんな事しか出来ない今の自分の状況に凄いイライラする……」


 ふとレウィアは自分の額に手を当て、うんざりとした表情を浮かべる。

 この庭園はレウィアが少しずつ手入れをして作った物で、植物なども自分で調達してここまで育てた物だ。ここで育った実などは町でひもじい思いをしている子供達に配給している為、レウィアも枯らさないよう注意深く手入れをしている。ただし植物は放っておいても育つし、手が外せない時は使用人に任せているので、レウィアがここに来る時は植物の育ち具合を確認する時だったり、時間が出来て心を落ち着かせたいと思ったりした時である。今の状況はその後者だ。彼女は人間の大陸に侵入したアラクネを止めたいと思っているのに、それを止める手立てがない。今の彼女はただ待つしかないのだ。


(せめて何か進展でもあれば、落ち着いて庭園の手入れも出来るのに……)


 何も全くする事がない訳ではないが、今一番欲しいのはアラクネの情報。それを放った影鳥達が集めてくれている。レウィアが今出来る事はその帰りをただ静かに待つだけなのだ。だがただぼーっとしているだけでは気持ちが落ち着かない為、彼女はこうして庭園を訪れていた。

 出来る事なら一刻も早く影鳥達に情報を持ち帰って来て欲しい。その願いが通じたのか、庭園と廊下が繋がっている出入口から慌ただしい足音が聞こえて来た。レウィアがそれに気が付いて出入口の方に顔を向けると、そこには彼女の部下である魔族の男が走り寄って来ていた。


「レウィア様!」

「……!」


 ようやく待っていた情報が届いたとレウィアも男の方に近寄る。走って来ていたらしい魔族の男は老齢の事もあって少し疲れたように息を荒くしていたが、レウィアの前に立つと一度咳払いをして背筋をまっすぐにして立った。


「何か分かった?」

「はっ……アラクネの大体の位置が掴めました」


 レウィアの質問に男も頷き、庭園の横に置いてある丸テーブルの方へと移動した。レウィアもそれに続き、テーブルの上に引かれた大陸の地図に目をやる。そして男は地図に描かれているある場所を指差した。


「この場所って……」

「はい……あのお方が住んでいる村と同じ地域です」


 男が指さした場所。その近くにはルナが住んでいる村がある。厳密には大陸の地図上から見てなので近くではないし、十分距離があるはずだが、それでも同じ地域と言うのはあまりにも不穏過ぎる。特にアラクネのような大規模な移動が出来る者の場合はその影響度は高いと言える。


「くっ……やっぱりアラクネを止めに行くしか……」

「それは駄目です。貴方様がここを離れれば誰がか弱い民を守るのです?それにその事が知られてしまえば他の魔王候補も黙ってはおりませぬぞ」

「……ッ、だけど……!」


 レウィアは声を震わせながら拳を握り絞める。

 何も出来ない。何の行動に移る事も出来ない自分に怒りが沸き起こる。例えここでアラクネが人間の大陸に勝手に侵入したと告発しても誰もそれを罰しようとはしない。むしろ魔王を打ち倒したなんて功績を持って帰ってくれば、たちまち彼女は魔王として認められてしまうだろう。レウィアは自分の動悸が段々と早くなるのを感じ取っていた。らしくもなく自分が焦っているのを肌で感じ取っていた。


(私は……どうすれば……)


 バレないように人間の大陸に行く事すら難しいのだ。前回は入念な準備をしたおかげで目立たずに済んだが、今回はそんな時間はない。それにアラクネを止めるという目的がある。その時はきっと戦闘になってしまうだろう。そんな派手な事をすれば当然他の魔王候補に知られてしまう。そうレウィアは冷静に考え、自分が今いかに手詰まりな状況かを嫌でも再確認した。


「何かお困りですか?」


 その時、今度は庭園の出入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえて来た。考え事をしていたレウィアは思わずビクッと肩を震わせて振り返ると、そこには幼馴染であり宰相秘書のシーラの姿があった。


「シーラっ……どうしてここに?」

「今日は庭園の係がお休みですので、代わりに私が」


 どうやらシーラがここに来たのは偶然らしい。レウィアは隣に居る男に目線を向けると、下がるように無言で伝えた。彼もそれを察し、一礼すると庭園から去って行った。そしてレウィアは改めてシーラの方に顔を向け、気が抜けたように思わず小さなため息を零す。


「……また何かあったんですか?」

「……アラクネの現在地が分かった。ただそれが、ちょっと厄介な場所で……何とか止めに行きたいんだけど……」


 レウィアの不安そうな表情を見てシーラは何かを察し、そう尋ねる。レウィアもシーラなら何か助言をくれるかもしれないと思い、少し躊躇うように頬を指で掻きながら現状を説明し始めた。ただしルナの事は伏せ、アラクネを引き戻したいという目的だけを強く伝える。


「私が出れば他の魔王候補に口実を与えてしまう……そうなればこの国はまた混乱の渦に飲み込まれる。それだけは、嫌なの……」


 ルナを助けようとすれば国が犠牲となる。国を優先すればルナが危険な目に遭ってしまうかも知れない。大切なものを守りたいと思っている彼女にとってこの現状はあまりにも残酷過ぎた。世界が言ってきているのだ。どちらを犠牲にするか選択しろと。いくら魔王候補と言えど一個人に過ぎないレウィアにはこの選択肢はあまりにも重すぎた。


「なるほど……つまりレウィアは他の魔王候補に知られず、隠密で人間の大陸に行きたいって事ですね」


 レウィアの大体の目的を聞き、深く追求せずシーラは納得して顔を頷かせる。そして彼女も考えるように腕を組み、その真珠のような白い瞳を静かにレウィアの方に向けた。


「でしたら人間の大陸に行く秘密のルートがあります。そこは私しか知らないので、他の魔王候補に知られる事もないでしょう」

「……!」


 突然シーラは意味不明な事を言い出す。否、意味は分かるがその言葉は本来宰相秘書が一人の魔王候補に言っていい言葉ではない。今までシーラはレウィアと宰相秘書と魔王候補という関係でも親友として親しく接していたが、それでもある程度の線引きはしていた。それ以上は肩入れとなると判断し、今まで規則を破らないようにしていたのだ。だが今の発言は明らかにレウィアを助けようとしている物であり、同時に魔王候補のアラクネを邪魔する発言であった。これが意味する事は当然、規則違反である。


「レウィアが城に居ない間も私が根回ししておきます。宰相秘書の言葉なら彼らも信じるでしょう」

「シーラ……でも、それは……」


 シーラは別に気にした素振りを見せず、淡々と話を続ける。

 彼女はレウィアが城に居ない間でもそれを悟られないようにしておくと言ってくれた。実際一人一人城に居るかどうかを探るような輩は居ないだろうし、他の魔王候補がレウィアを探していてもシーラが適当に誤魔化しておいてくれればいくらでも言い訳できる。それに中立である宰相秘書の言葉なら彼らも逆らう事はないはずだ。むしろ余計な波風は立たせたくないと考えるだろう。まさに理想的な計画と言える。だが、レウィアには一つ気がかりな事があった。


「本当に良いの……?」

「ええ、もちろんです。それに言ったじゃないですか……」


 レウィアはシーラに一歩近づきながらそう尋ねる。思わず無造作に前に出した手は何かに縋るように指が伸びていた。そんなレウィアの手をそっと掴み、シーラは優しく笑い掛ける。


「私達は親友なんですから……何かあったら助けるのは当然ですよ」


 この計画には当然リスクがある。いくらアラクネを止める為と言えど勝手に人間の大陸に行った事は罰せられるし、他の魔王候補との関係も益々険悪になるだろう。中でも特にリスクを負っているのはシーラである。本来なら中立の立場に居なくてはならない彼女はレウィアに明らかに肩入れし過ぎている。このような事が知られれば宰相秘書を辞めさせられるだけではない、より酷い罰を、中には殺そうとする過激な輩も出てくるだろう。そんな危険を払ってまで助けようとしてくれる彼女にレウィアは頭を下げた。


「有難うっ……シーラ」


 レウィアは深く深く頭を下げて心からお礼を言う。シーラは「幼馴染なんだから当然ですよ」と言っているが、レウィアには感謝してもしきれない程であった。

 そして計画が決まり、だとすれば早く行動しなければならないと判断したレウィアはすぐに自室へ戻って準備をする事にする。シーラもその間に下準備をしておく必要があると言って一旦分かれた。

 レウィアは駆ける。大切な妹を守る為に、その瞳に漆黒の炎を宿しながら。



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