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81:暖かい家族



 辺りは静けさで包まれている。つい先程まで罠で翻弄され、盗賊達の悲鳴で埋め尽くされてたとは思えない程、その森はいつも通りだった。

 アレンとシェルは倒れている盗賊達を一人一人見下ろし、完全に再起不能かを確認しながら森の中を歩いていた。遠くから盗賊達の悲鳴も聞こえて来ないので、ひとまずは決着は付いたのだろう。アレンはそう判断してふぅと小さく息を吐いた。すると白フードを被り、生き残って隙を狙っている盗賊が居ないか警戒しているシェルがふとアレンに疑問を投げ掛けた。


「それで先生、盗賊達の処分はどうなされるおつもりですか?」

「自然に任せるよ。強い者に権利があるのがこの山のルールだから」


 シェルの質問に対してアレンは肩を竦めて答える。

 彼らは力で強引にこの山の中に入って来た。つまり魔物達の弱肉強食の世界に自分達から足を踏み入れたのだ。ならばその最期もそのルールに則って終わらせるべきである。例えそれがどんな悲惨な最期かが容易に想像出来たとしても。


「ですがまだ生き残りが居たらどうします?」


 まだ不安は残っている。シェルはそれを首を傾けながら指摘する。アレンもそれは理解しており、面倒くさそうに頬を掻いた。


「そればっかりはどうしようもない。一応あらかた確認したから逃げ切った盗賊は居ないと思うが……それでもこの山から無事に脱出する事は出来ないだろう」


 流石にこれだけ数が多ければ一人二人くらい逃がした盗賊が居るかも知れない。そもそも向こうが最初どれだけの戦力でやって来たのか確認していないのだ。人数確認をする事も出来ない。

 それでもこの森には凶悪な魔物がたくさん潜んでいる。ましてや入り込んだ際に散々魔物達と戦い、その返り血を浴びた盗賊達なら問答無用で魔物達に狙われるだろう。つまり生きて帰るのは至極難しい。


「じゃぁ、大体は決着が付いたという事ですね」

「そうだな。ひとまずこれで盗賊達が竜を狙ってるっていう不安はなくなった」


 アレン達の最大の目的は竜を探しにやって来る盗賊達という不安を消す事である。その目標は見事達成されたと言えよう。元々問題はなかっただろうがこれでエレンケルも小さな悩みを抱えずに飛び立つ事が出来るはずである。


「でも先生、私に任せてくだされば盗賊ぐらい私で何とか出来ましたよ?わざわざ先生が出るまでもなかったと思うんですが」


 服に付いた埃を払いながらシェルはおもむろにアレンにそう尋ねる。

 いくら霧の盗賊団と言えど所詮はただの盗賊。大魔術師と言われるまでの実力を持ったシェルなら彼らを退ける事など造作もない。現に彼らはシェルが仕掛けた罠魔法に簡単に餌食になっていた。シェルの魔力が持つまであれを仕掛けておけば罠だけでも盗賊達を仕留める事は可能だっただろう。だが今回アレンはそれをしなかった。シェルの身体を無理させない為の処置でもあるが、彼は手で肩を抑え、首を回しながらその疑問に答える。


「そう言うな。シェル一人に任せたら俺の格好が付かないだろう?」

「あれ、先生にもそういうお気持ちがあったんですか」

「俺も男だって事だよ。おっさんになってもな」


 アレンは照れくさそうに自身の髭を弄る。その様子を見てシェルは口元を手で覆いながらクスリと笑った。

 何てことはない。要するに男としてアレンはシェルに全て任せっきりというのが嫌だっただけだ。いくらシェルが大魔術師で実力があると言えど、アレンは彼女の師匠なのである。弟子に全て任せるというのは情けない話である。


「それじゃ、村に戻るとするか」

「はい、先生」


 確認を終えた後、アレンはそう言ってシェルと共に村へ戻る事にした。いつまでもこの場に居続ければ血の匂いに誘われてやって来る魔物と遭遇してしまう。二人は少し速足で森の中を歩いて行った。




 二人の姿が見えなくなり、暗闇の中に消えると当たりの草木が静かに揺れる。転がっているのは動かなくなった盗賊達の山。剣や短剣が散らばり、黒く汚れた血で染め上げられている。するとそんな場所に似つかわしくない神秘的な雰囲気を漂わせる一人の青年がその場に降り立った。その青年は薄緑色の髪を指で払い、辺りの様子を見渡して薄っすらと笑みを浮かべる。


「……へぇ、勇者ちゃん達のお父さんがここまでやれるとは」


 妖精王。彼は今の今までアレン達の様子を観察していた。別にちょっかいを掛けるつもりはなく、エレンケルの事も関わっているので本当に様子を見に来ただけなのだが、彼は少し気になったように自身の頬を掻く。


「まさかこんな綿密な作戦を立てるとはね……流石は勇者ちゃんと魔王ちゃんの親をやっているだけある、と言うべきか」


 彼は地面に転がっている盗賊の一人を足で蹴りながら感心したようにそう呟く。そして次に設置魔法が仕掛けられてあった木々に目を移した。

 今回のアレン達の仕掛けた罠魔法。これらは盗賊達の行動原理をしっかりと推測し、計算されて設置された物であった。いくら山の構造を把握しているからと言って本来罠など簡単に避けられてしまうはずだ。抜け道などいくらでもある上に、盗賊達は大勢居るのだから。しかしアレンは彼らがどの道に逃げるか、どのような罠を使えば効率的に盗賊を減らせるか計算していた。だからこそ、今回の盗賊達は本当に全滅したのだ。


(……でも、普通の冒険者ならこんな事は、思い付かないはずなんだけどねぇ)


 つぅっと指で頬をなぞりながら妖精王はそう疑問を抱く。僅かに引っ掛かる、些細な事。別段気にしなければ何ら問題はない事なのだが、よくピクシーを使って冒険者達を観察している妖精王はどうしても意識をそれに向けてしまった。

 アレンの計算によって盗賊達は見事に全員罠に掛かった。だが果たして、そんな事が本当に可能なのだろうか?全員の行動を予測して罠に誘導するなんて事が常人の人間に出来るのだろうか?

 妖精王は僅かに顔を顰めた後、しばし考えたが思考を中止し、またいつもの表情に戻る。そして指を軽く振るい、盗賊達の山をあっという間に始末してしまった。彼は小さく息を吐き出した後、自身の背中に生えている四対の羽を動かす。


「まぁ僕には、どうでも良い事か……」

 

 薄っすらと笑みを浮かべながら彼は相変わらず何を考えているか分からない不気味な雰囲気を醸し出し、宙を歩くようにふわふわと浮いて行く。そしてそのまま消えていき、森はまた静かな時間を取り戻した。

 








 盗賊達とのひと騒動があった次の日、アレンはリーシャとルナと共に竜エレンケルの所へと訪れていた。リーシャとルナはいつも通りエレンケルとお話をする為に、アレンはエレンケルの調子を確認する為に。そして出来ればリーシャ達には知られずに盗賊達の事を伝えようと思っていた。だがエレンケルは既にその事を知っていたらしい。竜特有の感覚でもあるのか、何らかの手段で知ったのか、どのように知ったのかは分からない。


(どうやら手間を掛けさせてしまったようだな。保有者よ……感謝する)

「……あんたは何でも知ってるな」

「えーなにー?父さんなんかしたのー?」


 会うなり頭を下げてお礼を言って来たエレンケルにアレンは驚きを超えてため息しか出なかった。竜という常識が通じない相手には理由を望んだところで無駄な事だ。

 アレンの隣ではリーシャがぴょんぴょんと飛び跳ねており、会話に混ざりたがっていた。盗賊の事を話す訳にもいかないのでアレンは何でもないよと言って彼女の頭を撫で、落ち着かせる。


(うぬのおかげで儂も憂虞なくこの地を離れる事が出来る。本当に心から感謝する)

「そうかい。それは何よりだよ」


 エレンケルにとっても盗賊団が追って来ないという情報は有難いものだった。確かにただの盗賊の集まりなど完全復活したエレンケルならば壊滅させる事など造作もない。それこそ虫を踏みつぶすのと同じくらい簡単である。だがそれでもそういう輩は叩けばいくらでも出て来る。いちいち倒したところできりがない。むしろ痕跡が残り、竜を狙う輩が増えるばかりだ。故にアレンが代わりに退けたとなればエレンケルは何の痕跡も残さず飛び立つ事が出来る。非常に有難い事であった。


「えー、エレンケルもう行っちゃうのー?もっと居てよー」

「じゃぁ……もう傷は治ったの?」


 エレンケルがこの地を離れるという事を聞くとリーシャは彼の方に顔を向け、まだ居てくれとお願いする。ルナの方は冷静で、相変わらずリーシャの後ろに居ながらエレンケルに傷の具合を尋ねた。すると彼は大きな身体を動かし、その大地の上に立った。


(嗚呼、うぬらのおかげでな。故に儂はもう行かねばならぬ……うぬらには世話になり過ぎた)


 エレンケルが脚を動かしただけで大地が軽く震える。辺りの草木が揺れ、近くに居たリーシャとルナもよろめく。改めてその巨体が周囲にどれだけの影響を与えるかが実感させられる。ふとアレンはエレンケルの傍に近寄った。まだ彼に聞く事があるからだ。


「ところでエレンケル。お前の鱗を剥いだ奴は一体何者なんだ?」


 アレンが発した質問に隣に居るリーシャとルナが首を傾げる。

 エレンケルの身体には二種類の攻撃を受けた痕跡が残っていた。一つは霧の盗賊団が行った矢の跡。もう一つは何か強い力で無理やり食い千切ったかのような鱗を剥がした跡。主にエレンケルが休眠を余儀なくされたのはこの傷が原因である。とても盗賊団が行えるような攻撃の質ではなかった為、事態が落ち着いた今、アレンはそれを改めて質問しようと思ったのだ。


「まさか盗賊達にやられた訳じゃないだろう?」

(……左様。あのような蟻共では儂の鱗を剥ぐ事はおろか、傷つける事すら不可能だ……)

「なら一体誰があんたの鱗を剥いだ?」


 エレンケルが僅かに目を細めたのを見てアレンは彼があまり言いたくないのだと察した。いつもなら余計な詮索をしない彼だが、今回ばかりは竜の鱗を剥ぐ程の存在の為、どうしても気になった。もしかしたら盗賊団以上に厄介な敵が居るかも知れないのだ。情報は多いに越した事はない。

 エレンケルはしばし迷うように首を曲げる。だがやがてアレン達の方に視線を向け、念話で話を続けた。


(嗚呼……うぬらには教えておかなくてはなるまい。特に魔を統べる子は、その名をしかと心に留めておくのだ)


 エレンケルの瞳がルナを捉える。その視線を受けてルナも思わず唾を飲み込んだ。何か聞いてはいけない言葉を聞くような感じがし、彼女は前に居るリーシャの服の袖をそっと掴んだ。


(儂の鱗を喰らいし者は黒緋の蜘蛛、暗闇より這い出てくるその名は〈アラクネ〉。かの魔王候補の一人だ)

「----ッ!!」


 エレンケルの言葉を聞いた瞬間、その場の全員が息を飲む。ルナは思わず立ち眩みがし、その場から落下するようなショックを受けた。


「なっ……魔王候補って、あの魔王候補か?」

(左様……気を付けよ。運命の子らよ。奴は既にこの大陸に足を踏み入れている。暗闇から得物を虎視眈々と狙っておる)


 大人のアレンでも腕を震わせ、思わず聞き返さずにはいられなかった。否、一度魔王候補と戦ったからこそその恐怖がどれだけ物なのか想像する事が出来た。レウィアの時は彼女に明確な敵意がなかったから良かったものの、竜の鱗を剥ぐような凶悪な魔王候補では話が違って来る。出来る事ならば会いたくない、アレンはそう願ったが、心のどこかではそれが叶わない事を理解していた。


「…………っ」

「心配するな。ルナ」


 恐怖からか、リーシャの後ろで縮こまっていたルナがその場に倒れそうになる。するとアレンがいち早くそれに気が付き、彼女の肩を掴んで支えるとルナを励ました。


「どんな敵が来てもリーシャとルナは俺が守る……まぁ、単純に力では勝てないだろうが。それでも二人を危険な目には絶対に遭わせない」


 アレンには絶対的な自信がある訳ではない。むしろ不安しかなかった。レウィアと戦った時は彼女は手を抜いていた。それでもアレンは決死の攻撃を仕掛けても敵わなかったのだ。そんな実力の相手達に何の特別な力も持たないアレンがまともに戦える訳がない。だがそれでも彼は諦めるつもりは毛頭なかった。例え無茶でもリーシャとルナを守ると誓ったのである。それに敵わないのならば、それはそれで方法もある。むしろアレンはずっとそうやって自分よりも上の実力の者達と戦って来たのだ。彼の瞳にはまだ光が灯っていた。


「私も父さんのお手伝いする! 魔王候補だってルナには指一本触れさせないんだから」

「リーシャ……」


 リーシャもぴょんと飛び跳ねて手を上げながらそう主張する。それを聞いてルナは胸の奥が暖かくなるような気持ちを感じた。一人で抱えていた悩みが軽くなり、自然と表情が和らぐ。


「私も……もう諦めたりしない。自分の力を制御して、戦う……!」


 ルナは胸の前で手を握り絞め、小さな声ながらも強い口調でそう宣言する。

 彼女はまだ自分の力を完全に制御出来る訳ではない。未だに自分の力は怖いし、出来る事なら使いたくないと思っている。だがそれではただ逃げているだけだ。ルナは前に進み、例え困難だろうと立ち向かおうと決意する。その表情は今までにないくらい強気であった。

 エレンケルはそんな彼らの様子を見てそっと瞼を閉じる。恐らく彼が人間だったら今頃満面の笑みを浮かべていたであろう。


(うぬらは……誠に暖かい家族だ。その心意気ならばきっと黒緋の蜘蛛を退ける事も出来るだろう)


 最初の頃は不安がっていったルナの顔も今では希望に満ち溢れている。恐怖から背を向けず、しっかりと視線を向けている。リーシャも改めて覚悟を決め、アレンも二人を守る事を心から誓っている様だった。最早自身が何か言葉を掛ける必要はないだろう。エレンケルはそう判断し、瞼を開けると翼を広げ始めた。アレン達が巨大な影に覆われ、辺りの木々が大きく揺れ動く。すると今まで渇いた土や泥で土気色だったエレンケルの身体にヒビが入り始め、固まった土が零れ始めた。太陽の光によって鱗が反射し、エレンケルの身体が紅く輝き始める。


(改めて名乗ろう。我が名は赤竜エレンケル。うぬらに受けた恩、いずれ必ず返すと約束しよう。それまではしばしの別れだ)


 今までは土で汚れていた鱗は本来の色を取り戻し、赤色の鱗が光り輝く。その姿は美しく、竜という巨大な生き物でありながら一つの芸術品のような完成度を誇っていた。リーシャとルナもその姿を見て思わずほぅとため息を零す。

 エレンケルはその背中にある巨大な翼を上下に動かす。突風のように辺りに風圧が巻き起こり、エレンケルはズンと重い音を立てて地面から跳躍する。次の瞬間には彼の姿は上空へと移動していた。あれだけの巨体が凄まじい速さで空を飛んでいき、あっという間に小さくなっていく。太陽の光によって照らされるエレンケルの身体はまるでもう一つの太陽のようであった。

 アレンはリーシャとルナの頭をぽんと撫でながらそれを見送り、リーシャとルナもばいばいと手を振りながら見送った。

 

「あーあ、見えなくなっちゃった……」

「凄いね……あんな大きいのにあそこまで凄い速さで飛べるなんて」

「竜が飛ぶ際は念力を使ってるって説もあるからな……聞いておけば良かった」


 エレンケルの姿が見えなくなるとリーシャとルナはちょっと落ち込むように残念そうな顔をする。アレンもせっかく竜と会話出来るという貴重な体験が出来たのだから、もっと色々聞いておけば良かったと今更ながら後悔した。


「さてと……それじゃ帰るとするか。二人共お昼ご飯何が良い?好きなの作ってやるぞー」


 気持ちを切り替え、アレンは頭をぽんと撫でながらそう尋ねる。すると暗い顔をしていた二人は途端に明るい表情になり、アレンと共に歩き始めた。


「私お肉食べたい! よーく焼いたやつ!」

「私は、旬の野菜が食べたいな」


 リーシャとルナはアレンの横に立ち、それぞれ要望を伝える。それにアレンは満面の笑みで応えて見せた。

 上空にある太陽は静かに輝いている。その眩い日差しは、アレン達家族を暖かく包み込んでいた。



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