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8:リーシャの答え


 女王は勇者であるリーシャに熱い視線を向けていた。まるで長年探し求めていた物にようやく辿り着いたような、そんな満足そうな瞳。否、実際に彼女はリーシャの事を探し求めていたのだ。


「ずっと貴方様を探しておりました……まさかこんな辺境の森の中に居たとは……」

「ふぅん……それで、私に何の用?」


 一方でリーシャは精霊の女王と対面しても何の感動も得られなかった。確かに昼間にあった小精霊達は可愛かったし、触ってみると力が沸き上がるような気がした。勇者である自分に利がある存在だという事は理解出来た。だがそれだけだ。リーシャの中では精霊とはそれだけの存在であり、家族であるアレンやルナの方がずっと大切な存在であった。だからリーシャは女王に対しても何の興味も見せず、冷めた視線を向けた。


「お迎えに来たのです。貴方様はこんな所に居るべき人ではありません。選ばれし勇者である貴方様にはもっとふさわしい場所が……」


 女王は身体を起こして再び宙に浮きながらリーシャの質問に答えた。

 勇者であるリーシャにはもっとふさわしい場所がある。こんな山の中ではなく、勇者として最大限の力が発揮出来る場所があると。しかしリーシャはそれを聞いても表情を変えず、何の反応も示さなかった。


「ふーん……それだけ?悪いけど私はこの村が好きだから。ここから離れるつもりはないわ」

「なっ……?! 貴方様は勇者なのですよ?魔王を退ける力を持つ唯一の人間。貴方には宿命が……」

「そんなの知らないし。確かに私は勇者だけど、今の世界って平和じゃん。わざわざ私が出る必要なんてないでしょ」


 リーシャの答えを聞いて女王は信じられないと一瞬表情を強張らせた。

 勇者として生まれた者には特別な力とその宿命が課せられる。つまりリーシャも生まれた時から自分の運命を理解しているはずなのだ。だというのに彼女はその役目を放棄すると言った。こんな事は歴代の勇者を見て来た女王にとって初めての反応だった。故に困惑する。


「ど、どういうおつもりですか……?やはり、あの人間の男に毒されてしまったのですか?こんな田舎に住む薄汚い人間……ましてやあの男は魔王すらも手中に収めようとして……」

「父さんの悪口をそれ以上言ったら、私は貴方を許さない」


 リーシャの反応を見てアレンが何かしら入れ知恵をしたのではないかと考えた女王はアレンを蔑むような言葉を述べた。

 女王は小精霊達を通してアレン達の生活を覗き見ていたのだ。そしてリーシャが勇者である事を見抜き、同時にルナのとてつもない魔力から魔王である事を感じ取った。その二人を手中に収めているのだから、アレンは何かしら企んでいるのではと考え、女王はアレンを蔑んだのだ。

 しかしそれは過ちだった。一瞬リーシャからとてつもない殺気が飛び出した。子供ながらも勇者である彼女から離れた殺気は女王を震わせ、辺りを舞っていた小精霊達も散ってしまった。


「……ッ! も、申し訳ありません……しかし貴方様は選ばれし勇者! 人々の希望なのですよ!?」

「だから知らないって。私はルナの事が大好きだし、大切な妹を傷つけるような事は絶対にしない。だから勇者の役目なんて全うしない」


 女王は何とかリーシャに勇者としての役目を全うしてもらおうと説得するが、リーシャはそれに一切応じなかった。

 彼女にとってルナはまさしく妹のような存在。ずっと一緒に過ごして来た大切な人である。そんなルナを魔王という理由だけでリーシャは裏切るつもりはない。その確固たる決意は数年前からリーシャはしていた。今更女王の呼びかけくらいで心変わりするような事はなかった。


「だいたい私とルナが外に出ないからこそ、人間と魔族は睨み合ったまま手を出さないでいる。そこで私達が出たら正に火に油でしょ」


 今の世界は人間と魔族もお互いに手を出さない拮抗した状態が続いている。大昔に勇者と魔王が相打ちになって一つの大陸が消し飛んで以来、お互いに被害を恐れて睨み合ったままでいるのだ。そこで勇者と魔王であるリーシャとルナがどちらかでも現れたら、その国は一気に相手の大陸を攻め込もうとするだろう。

 

 女王は憎き魔族を滅ぼしたいという気持ちからリーシャに戦争に勝ってもらいたいと思っていた。故に戦争が起こる事など当然と考えている。だが平和な村で育ってきたリーシャからすれば、何故わざわざ自分から戦争を起こそうとするのだろうかと疑問に思ってた。そこが二人の決定的な違いであった。


「魔族を滅ぼしたくはないのですか?奴らは悪。根絶やしにしなければ……」

「私はルナと過ごしていて魔族なんて人間と何ら変わらないと思った。魔族だから悪、なんて私は決めつけたくない」

「……ッ!」


 人間ならば誰もが思うはずである魔族は悪。しかし勇者であるリーシャは全くそんな事は感じていなかった。

 実際魔族というのは様々な種族が居るが、結局は亜種族と同じ、見た目が少し違ったり、魔力量が違ったりするくらいである。それ以外はこの世界で生きる種族と何も変わらない。たまたま歴史の流れから彼らが悪と思われるようになってしまっただけだ。

 女王は諦めたように小さく息を吐いた。冷たい風が吹き始める。


「そうですか……どうやら貴方様には本当に戦う意志がないご様子……」


 これ以上の説得は不可能と女王は判断する。

 本当なら勇者を導き、王都やこの村よりももっと大きい街にリーシャを連れて、もっと勇者としてふさわしい教育を受けてもらおうと思ったが、それは叶わないと分かった。それならば手段を変えるのみ。女王は目つきを鋭くした。


「でしたら、力づくで連れ出すしかありませんね!」


 豹変した女王は翼を大きく広げると辺りの小精霊達に命令してリーシャに襲い掛からせた。辛い選択ではあるが、勇者本人に付いて来る意思が無いのならば仕方が無い。いくら勇者と言えどまだ子供。精霊の女王の自分ならば十分抑え込める。そう女王は考えていた。


「……ほいっと」


 しかしそれもまた過ちであった。リーシャは一切動じる事なく、向かって来る小精霊達に手を向けると静かに手の先に力を込めた。それだけで、向かって行っていた小精霊達はピタリとその場で静止した。


「良いの?勇者に付き従う貴方達が、私に歯向かって?」

「なっ……まさか、もうそこまで勇者の力を使いこなせるように……ッ?!」


 女王は驚愕の表情を浮かべる。何故なら今しがたリーシャが行った事は、本来ならば勇者が精霊の女王である自分の元で修行して身に着ける力のはずだからだ。

 勇者は人々の希望。同時に精霊の加護も授かっている特殊な人間。その力は極めれば精霊すらも操れるようになり、それはすなわち魔力の根源である精霊を自由自在に、攻撃にも回復にも使えるという事である。

 普通ならばそのような技は上級の精霊の元に長い指導を経て学ぶ技のはずである。だがリーシャはまだ子供にも関わらず、その技を駆使して見せた。


(父さんからリスや鳥みたいな小動物を手なずける方法を教えてもらったからね。その要領で精霊も簡単に操れる)


 余裕の笑みを浮かべながらリーシャは指を動かして止まっていた小精霊達を自分の元へと集める。

 リーシャは森で過ごし、アレンから動物達との触れ合い方を学んでいた。小精霊達ともその要領で触れ合ったら、すぐに自分の言う事を聞いてくれたのだ。流石は私の父さん、と思いながらリーシャは笑みを浮かべる。


「まさか……あの男が教えたのですか?一体あの男は何者……?!」


 しかし事態を飲み込めない女王はリーシャが高度な技をもう身に着けているのだと思い、それを教えたのはアレンなのではないかと推測した。あながち間違っていないが、厳密には違う。しかしその事を知らないリーシャは満面の笑みを浮かべる。


「そうよ。私の父さんは凄い人なの。貴方なんて全然相手にならないんだから」

「……くっ!」


 失策だ。勇者であるリーシャよりも先にあの男を対処しておくべきだった、と女王は後悔する。まさかただの村人だと思っていたアレンがここまで勇者を手なずけているとは思わず、女王は改めて恐怖する。一体あの男は何者なのかと?

 

(勇者と魔王を同時に育て……ここまで実力を積ませるなんて……あの男の目的は一体……?!)


 本来ならば勇者一人を育てるだけでも大変な事である。育てるだけならまだ簡単だが、問題はその成長性。

 勇者は正に百年に一人と言える程の才能を秘めている。故にその才能を最大限まで伸ばせるほどの教導が出来る人間はそう居ない。勇者ならば一人でも強くなる事が出来るし、魔物と戦っていれば勝手に強くなる。だがその才能を活かした成長をするには他者からの教えが必要だ。故に勇者が現れた場合は王都で歴戦の騎士や王宮魔導士からの教えを受けるように指示を出している。それくらいの施設と人員が居なければ勇者は制御出来ない程の才能を秘めているのだ。

 だが、それをこんな辺境の村で、ましてや魔王という勇者と匹敵する力を持つ子供まで一緒にアレンは二人を育てた。それも二人の力をとてつもなく強大にしながら。


(あの男は……この大陸どころか、世界を支配しようとでも考えているのですか……?!)


 勇者一人でも城一つを崩壊させる程の力を持っている。それを魔王も。強大過ぎる二人を一緒に育てるなど、一体どんな目的を以てしてそんな事をするのか?考えた末女王の頭に浮かんだのは最悪の予測だった。もしもそんな事が起れば……人間の国の危機だけではない。全ての種族が危険に晒される。女王は光の身体でも分かるくらい表情を真っ青にした。


「分かりました……今回は引きましょう……ですがまた、お会いするでしょう。その時こそ貴方を勇者として……」


 今自分が相手しているのがどれだけ強大な存在かを理解した後、表情を暗くしながら女王はそう言って身を引いた。リーシャがその気になれば精霊である彼女など簡単に消滅させる事が出来る。それを恐れた女王今回説得する事は不可能だと理解し、その姿を消した。続いて小精霊達も姿を消し、残されたリーシャは小さくくしゃみをする。


「……くしゅん! …はぁ、面倒くさい人だった」


 流石に真夜中の外は寒いため、女王が居なくなった途端リーシャは肩を震わせ始めた。このままだと風邪引いてしまうかなと不安に思って振り返ると、そこにはリーシャを待っているある生き物が座っていた。


「……何よクロ。私が本当にあの精霊に付いて行くと思ったの?」

「ワン」


 そこに居たのはダークウルフの子供、クロであった。別に飼っている訳ではないのだがクロはルナに懐いている為、時折家の庭に居たりする。きっと今回もルナが恋しくて庭に居たのだろう。リーシャは両腕を抑えながら少し寒そうに息を吐きながらクロの事を見つめた。


 魔物としての本能か、それとも単純に見ていただけなのか。それにしては都合よく現れたようにもリーシャは思える。本来勇者であるリーシャは魔物に真っ先に狙われる存在。今クロに襲われないのはルナの大切な人だからと分かっているからなのか。一度クロに噛まれた思い出がある為、あまりクロに近寄れないリーシャはまるで悪友にでも話し掛けるようにクスリと笑みを浮かべながら口を開いた。


「言ったでしょ。私は父さんとルナが大好き。ここを離れるつもりなんて全然ないし、勇者の役目なんて知ったこっちゃないもん」


 ポケットに手を突っ込み、つま先で地面を突きながらリーシャは呟くようにそう述べた。言葉を喋らないクロがそれを理解しているか分からないが、クロははっはっと舌を出しながらリーシャの事を見上げ続けていた。


「それに、姉は妹を守るもんだからね。私がルナを裏切る訳ないでしょ」

「ワン!」


 何よりリーシャはルナの事が大好きである。例え魔王であっても守る。それくらい大切に思っている。だから満面の笑みを浮かべながらリーシャはそう言い切った。それに賛同するようにクロは吠える。


「さてと……そろそろ家に戻ろっかな。このままだと風邪引いちゃうし。また明日ね、クロ」

「ワフ」


 いい加減寒くなって来たのでリーシャは肩を震わせながらそう言い、最後にクロの頭を撫でようとした。だがやっぱりまた噛まれるのが怖くなり、手を引っ込めるとさっさと家の中に戻って行った。残されたクロもまた今日は住処に戻ろうと考え、その場を去った。


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