77:闇夜の勝負
外に出るとすっかりそこは真っ暗闇に覆われており、空気は冷たく、まるで氷の中のよう。数歩先に出れば魔物でも出てきそうな不気味さもあり、村の中だというのにそこは別世界のようであった。頼りになる明かりは家の中から漏れている僅かな光だけ。こんな時間に外に出ようと考える者はあまり居ないだろう。そんな中、リーシャとアレンはそれぞれの得物を手にしながら庭に足を踏み入れる。
「ん、真剣でやるのか?」
「うん。やっぱり本気でやりたいからさ」
「はは……お手柔らかに頼むよ」
リーシャがいつも使っている真っ白な刀身の剣を手にしているのを見てアレンは僅かに顔を引き攣らせる。どうやら彼女は軽く木剣を撃ち合うような模擬戦ではなく、真剣勝負をお望みらしい。一応アレンの武器もあるから問題ないのだが、彼からすればこんな夜に彼女の剣技を受け止めきれるかが不安だった。
リーシャの実力は最近益々上がっている。しばらく真剣勝負はしていなかった為、果たして勝てるかどうかも怪しい。それでもアレンは彼女の親として、師匠として恥ずかしい所は見せる訳にはいかないと考え、己の武器を手に取る。
「よし、俺も格好悪い所は見せられないし、全力で行くぞー」
「もっちろん! そうじゃなきゃ意味ないし」
アレンも剣と短剣を腰に携え、槍を手に取る。それを見てリーシャは嬉しそうに飛び跳ね、準備運動を始める。アレンも肩を回して身体を捻らないようにほぐし、準備運動を終える。それが終わると二人は対峙し合い、リーシャは純白の剣を、アレンは槍を構えた。
しばし二人は黙ったまま視線を合わせ、獲物を握りしめたまま動かない。相手の出方を伺うように姿勢を低くし、いつでも動けるように体勢を整える。
いつもの昼間とは違う、辺りが闇に埋め尽くされている空間。少し後ろに下がれば自分の姿はその闇に包まれ、相手は自分を見失うだろう。
次の瞬間、リーシャがブロンドの髪を靡かせながら飛び出した。それを見てアレンはすぐさま槍を横に払う。アレンの身長の二倍はあろう槍は簡単にリーシャを捉えるが、彼女は姿勢を低くし、鋭い穂を避け、アレンの懐まで一気に入り込む。
「----シッ!」
リーシャの細い腕からは信じられない程の速さで剣が振るわれる。アレンはすぐさま後ろに下がってそれを躱し、再び槍を払う事でリーシャを吹き飛ばす。だがリーシャも宙を軽く舞い、すぐに姿勢を整えると地面に難なく着地した。
「むぐっ……!」
アレンの槍を見てリーシャは忌々しそうに頬を膨らませる。
彼女にとって槍は強敵だ。まだ子供のリーシャは当然リーチが短い。どんな敵だろうと戦い方は突進し、懐に入る事によって相手を自分の射程範囲内に入れるしかない。だがアレンのように槍を向けられるとそれが難しくなる。誤って突進して穂に突き刺されば洒落では済まない。
「もー、槍うっとおしー」
「そりゃこれがこの武器の特徴だからな」
リーシャの言葉を聞いてアレンは苦笑し、肩を竦める。その間もしっかりと槍は彼女に向けており、距離を詰められないように対峙している。
アレンの集中が全く切れない事を悟り、リーシャも別の手段であの槍の射程を突破するしかないと考える。そして彼女はその場で地面をつま先でトントンと蹴ると、再びアレンに向かって駆け出した。アレンも槍を突き出し、リーシャを牽制する。しかし今度は避けようとはせず、むしろ彼女の速さは増す。そして槍に触れる直前で彼女は跳躍し、槍を踏み台にする事によってアレンの真上へと飛んだ。
「----ッ!」
一瞬で上空に移動したリーシャを視線で追い、アレンは真上を向く。彼女は剣を握り絞め、そのまま落下の勢いを利用して強い一撃を放とうとしているようだ。だがアレンも槍を回避される事は予想していた。踏み台にして上空に移動されるとは思わなかったが、彼はすぐさま槍を手放し、腰にある剣に持ち変える。その直後にリーシャがアレンの頭部目掛けて剣を振り下ろし、アレンも剣を横に構えて受け止める。
「ふんっ……!!」
「----っぉお!!」
ギィンと鈍い音が響き、火花を散らしてリーシャが剣を引くとアレンの足元に着地した。そしてすぐさまアレンの足目掛けて剣を横に払う。その攻撃に感覚でアレンは気が付き、反射的にジャンプして躱す。
(リーシャの奴、いつもより攻撃が鋭いな)
着地してすかさずアレンも剣を振るう。リーシャは小柄なのを良い事にゴロンと転がり、それを簡単に避けて見せる。
アレンはリーシャの一撃一撃に鋭さがある事に違和感を覚えていた。もちろんいつものリーシャの剣にも鋭さはあるのだが、今回はただ速いだけではなく凄みも感じ取れたのだ。アレンは剣の達人という訳ではないが、長年の冒険者の勘でその事だけには気付けていた。だがその凄みが何なのかは分からない。自分にはそれをただ受け止める事しか出来ない。アレンは手を汗で滲ませながら剣を強く握る。
(だからと言って、俺も負ける訳にはいかん……!)
覚悟を決めてアレンも走り出す。受けに回っていてはリーシャの鋭い剣を躱し続けるのにも限度がある。攻めなくてはいけないのだ。
リーシャも向かって来たアレンを見て剣を構え、突進する勢いで走り出す。ぶつかる直前で二人は剣を振るい、それが鍔迫り合いとなって激しく火花を散らした。しかしすぐにリーシャは剣を斜めにズラし、アレンの剣を弾く。アレンも負けじと剣を持ち直し、リーシャの純白の剣に自分の剣を叩きつける。彼女の額に僅かに汗が浮かんだ。
(勝つんだ……父さんに……!)
アレンの剣を弾き、リーシャは心の中でそう叫ぶ。
彼女にとって父親のアレンは大切な存在であり、同時に越えなければならない師匠でもある。稽古をする度リーシャは本気でアレンを倒そうと思っているし、常に全力で挑んでいる。だが今回の思いは一段と強かった。魔王のルナの苦難、そして外敵との戦闘、リーシャはそれを経験して皆を守らなければならないと感じた。なまじ勇者である自分の責任でもある為、その思いは特に強い。だからこそ普通の人間であるアレンも守りたいと考え、リーシャはいつも以上に彼の事を超えたいと願っている。だがその思いはアレンも同じである。例え自分が何の特別な人間ではないと分かっていても、アレンは二人の父親なのだ。力が足りないと分かっていても、その資格がないと思っていも、アレンはリーシャとルナの事を守りたいと思っているのである。故に彼も剣を振るう。その一撃に自分の強い思いを込めながら。
二人の剣が闇夜でぶつかり合う。光り輝く一撃がアレンの剣を強く弾き、アレンは思わず手を離してしまった。剣が宙を舞い、地面に突き刺さる。その一瞬を逃さずリーシャはアレンに剣を突きつけようとする。
「これで……--!!」
取ったーーーーそうリーシャは言葉を続けようとする。だがそれを言い終える前にアレンは冷静にリーシャの剣を僅かに顔を右に動かして除け、逆に懐から取り出した短剣を彼女の喉に突き立てる。リーシャの身体が硬直し、額に浮かんでいた汗が流れ落ちる。二人共しばらくその体勢のまま動かず、やがてリーシャが弱々しくその場に座り込んだ。
「えへへ……やっぱり父さんは強いや」
「ふぅ……いやいや、今のはかなり危なかったよ。正直剣だけの勝負だったら負けてた」
負けたけれどリーシャは楽しかったように笑みを浮かべ、アレンもギリギリだった勝負に疲れたように肩を落とす。
お互いの全力を掛けて勝負するという条件の為、アレンは多様な武器を持って挑んだ。その上で勝利したが、もしも剣一本の勝負だったら結果は分からなかっただろう。リーシャの成長を純粋に嬉しく思いながらも、その実力が自分では抑えきれない物になっている事に複雑な気持ちになる。
「んで、何か話したい事でもあるんだろう?どうかしたのか?」
「え……?分かってたの?」
「そりゃまぁ、父親だしな」
アレンは剣先を地面に付け、体重を掛けながらそう尋ねる。するとリーシャは驚いたように目を見開き、口をぽかんと開けた。
流石にアレンも長年父親として過ごしているだけあって子供が何をしたいのか大雑把な事は気づく事は出来る。最も普段明るいリーシャの僅かな変化に気づくのは難しいし、ルナも顔に出さない所があるのでいつも絶対に気付ける訳ではない。特に二人とも責任感が強い為、アレンに迷惑を掛けないよう隠す素振りもある。だが今回はリーシャ本人もアレンに話したい事があった為、その雰囲気には気付く事が出来た。
リーシャは剣を鞘に戻し、ふぅと一息吐いてからおずおず口を開く。
「あのね……話したい事ってルナの事なの」
「ルナの事?ルナに何かあったのか?」
ルナの事についてという事でアレンはピクリと反応し、真剣な目つきでリーシャの事を見つめる。ルナの場合は魔王の事など色々難しい面がある為、慎重にならざる得ない。
「ルナ、自分の力の事について悩んでるでしょ?一応は乗り越えようって決めたんだけど、それでもやっぱりまだ気持ちの整理が付いていないの」
リーシャはルナの話した事をアレンに伝え、彼女がどれ程の責任を抱えているかを教えた。もしもの時はルナが自分の事を殺してくれと言った事は明かさなかったが。その際リーシャは歯痒そうに自分の腕を強く握り締めた。
「だからルナは、エレンケルの事を自分と重ねちゃったんだよ。そして分かっちゃったの。村の皆の反応を見て、竜みたいな強大な力を持った者を見ると周りはこう思うんだ……って」
リーシャは顔を俯かせてそう言う。その言葉を聞いてアレンも「ああ」と複雑そうな表情を浮かべた。
確かにアレン自身も竜を恐れる素振りを見せてしまった。それはかつて竜との戦闘を経験したからこその自然な現象だったのだが、近しい力を持つルナには疎外感を覚えてしまったのかも知れない。その事についてアレンは後悔するように自分の額を叩く。
「ああ、それは……しまったな」
「もちろんそれは当然の反応だって分かってる。竜の中には凶暴な竜も居るし、むしろ恐れるべき事なんだけど……でもルナは……」
リーシャは弁解するように手を振ってそう言うが、やはり最後には声が小さくなってしまい、言葉を続ける事が出来なくなる。彼女も一般の反応の事は理解しているが、それでもルナ側の気持ちを考えると完全に同意出来る訳ではないらしい。どちらか片方が絶対正しい訳ではない。両方とも間違っていないだけなのだ。
「ねぇ父さん。私もう分からないよ……どうすれば良いのかな?」
普段明るいはずのリーシャは急に泣いているのか笑っているのか分からないぐしゃぐしゃの顔を浮かべ、髪を掻きながらそう尋ねる。それは彼女の必死の助けを願う声であった。アレンはそれを見て唸るように両腕を組み、首を捻る。
「そうだな……すぐに答えを出すのは難しい。答えがあるのかも、分からない……だがまずリーシャに必要なのは、あったかい飲み物だ」
「え……?」
ようやく顔を上げて答えたかと思うと、アレンは意外な事を口にした。その言葉がどういう意味なのかリーシャはいまいち理解出来ず、目をぱちくりさせる。アレンは剣を地面に刺したままにするとリーシャに近寄った。
「二人ばかりに悩ませてごめんな。これからは俺も一緒に考えるから、あまり落ち込まないでくれ」
「父さん……」
アレンがすぐに答えを出す事は出来ない。リーシャとルナ程力がある訳でもないし、エレンケルのように達観した考えを持っている訳でもない。だがそれでも二人の傍に居て一緒に考えて上げる事は出来る。逆を言えばそれしか出来ないが、それでも何もしないよりはずっと有意義だ。
「すぐに皆が分かり合える事なんて出来ない。この村だって最初は色々苦労したんだ。他種族が共存するのは難しいからな。でも今は、皆仲良くこの村で暮らしている」
アレンはリーシャの肩に手を乗せながらそう説明し始めた。アレン自身も村長から聞いた話に過ぎないが、それでも歴史としてきちんとそれは残っている。苦難と困難の歴史。それを乗り越えたからこそ、今の状況が出来上がるのである。故に逃げる事は出来ない。
「ゆっくりで良いんだ。そんなすぐに全てが変えられる訳じゃない。まずはどうすればルナの悩みを解決させてあげられるか……考えよう。一緒にな」
アレンの言葉を聞くだけでリーシャは暖かい気持ちになった。彼が言っている事はあくまでそうありたいと願っているに過ぎないが、それでも一緒に居てくれるだけで嬉しかった。拒絶せず、共に悩み苦しもうと言ってくれるだけで掬われた。落ち込んでいたリーシャの表所は相変わらず弱々しいが、それでも笑みを浮かべ、薄っすらと涙目になりながら口を開いた。
「うん……ありがとう、父さん」
「こっちこそ。話してくれて有難う、リーシャ」
リーシャはアレンの傍に寄り、そっと抱き着く。それをアレンも受け止め、彼女の頭を優しく撫でた。
この問題を解決するのは難しいかも知れない。アレンが思っている以上に道は険しく、困難は多いかも知れない。だが彼は子供達を見捨てるような事だけは絶対にしない。必ず彼女達を守り抜く。アレンはそう心の中で改めて己に誓った。




