76:ちょっと付き合ってくれる?
その後、アレンとシェルは森へと訪れていた。そこはエレンケルが眠っている山奥とは反対方向で、下山する時の道のりである。アレンは辺りを警戒するように見渡しながら進んでおり、シェルも愛用の杖を手に持ちながらその後を追う。
「あの、先生……何をされるおつもりなんですか?」
歩ている途中、シェルは少し躊躇うように顎を引きながらそう尋ねる。
アレンからのお願い事に対して「もちろんです」と自信満々答えた手前、彼女はそのお願い事がどんな内容なのかを聞けずにいた。とりあえず言われた通り森の中まで付いて来たか、アレンは変わらず何かを確かめるように辺りを見渡している。
「ちょっと幾つか用意しておきたい事があってな……ん、この辺で良いだろう」
木々が密集している所の前に立ち止まるとアレンは木に触れながらそう言う。どうやらこの辺りに何か用事があるらしい。彼は確認が終わると満足げに頷き、シェルの方に顔を向ける。
「用意、ですか?」
「ああ。警戒用の柵だけじゃ足りないと思ってさ……古典的だが、幾つか罠を仕掛けておこうと思ったんだ」
アレンのお願い事は要するに盗賊達用の罠の設置だ。一応村では警戒態勢を取っており、柵も用意しているがそれだけでは足りない可能性がある。そもそもそれではエレンケルを守る事には繋がらない。だからアレンは盗賊達を抑制出来る罠を設置する事にしたのだ。
「なるほど。盗賊を撃退する用の罠ですね」
「そういう事だ。で、シェルにはその作成の手伝いをしてもらいたんだが、良いか?」
「はい。それくらいお安い御用です」
もう一度アレンがそうお願いをすると、シェルはまた力強く答えて見せた。
二人は早速罠の製作に取り掛かる。アレンがいつも使っている魔物用の罠から、冒険者時代に使っていた魔法用の罠も。これにはシェルにも手伝ってもらい、幾つか設置魔法を仕掛けた。本来この作業は時間の掛かるものなのだが、アレンはシェルの手伝いもあったおかげで効率良く進んだ。
設置魔法を仕掛けている途中、アレンは一息尽き、肩を回す。シェルも持って来ていたタオルで額に浮かんだ汗を拭った。魔力が尽きる程ではないが、それでもある程度の消費によって身体に疲れは出る。ふとシェルは顔を上げ、木に手を向けて魔法を発動し続けながらアレンの方に視線を向ける。
「しかし、盗賊達はここまで来るでしょうか?私が先生の村を見つけられたのは殆ど偶然ですし、容易ではないと思いますけど」
「まぁ、それもそうかも知れんがなぁ……」
シェルがこの村を見つけられたのはアレンと似た剣技を持つ少女が居たという情報があったからで、それも寄り道ついでに山奥を調査しただけなので殆ど偶然である。山奥に竜が居た事すらリーシャとルナが森を探検してようやく見つけられたくらいなのだから、霧の盗賊団がここまで来るのは相当難しいだろう。何より森に徘徊している魔物で手一杯のはずである。
「リーシャ達の話だと森に入り込んでた盗賊は三人だそうだ……だが俺が確認しに行った時、盗賊の死体は二人分しか見つからなかった」
「----ッ!」
アレンの言葉を聞いてシェルは目を見開く。
リーシャ達の話によると盗賊達は魔物に襲われ、そのまま追い掛け回されたそうだ。リーシャはその後どうなったかを確認しなかった為、アレンが森に様子を見に行ったのだが、その時リーシャの情報と死体の数が一致しない事に気が付いた。
「魔物が食べてしまったという事もあるし、見つけられない所にあるだけかも知れないが……用心しておくに越した事はないからな」
アレンはそう言うと複雑そうな表情を浮かべて頬を掻きながらリーシャにこの事を伝えた時の事を思い出す。
死体の数が一致しない事を知るとリーシャはとても暗い表情をしてアレンに謝って来た。自分のせいで村に迷惑が掛かるかも知れない。確認を怠ったせいで盗賊団の本隊にここの事を知られてしまうかも知れない。そう不安に思っていた。だがアレンは別に気にしなかった。何よりリーシャに死体の確認なんてして欲しくないし、本来なら子供に盗賊の相手をさせる方がおかしい。むしろ森を荒らしまわっていた盗賊の事を教えてくれただけでも十分だ。
アレンは木に向けていた手を戻し、木に魔法陣が浮かび上がった事を確認すると身体を起こす。彼は小さくため息を吐いた。
「よし、こんなもんだろう」
「お疲れ様です。やっぱり先生は手際が良いですね」
「ハハ、大魔術師に褒められるんなら、俺の腕もまだまだ捨てたもんじゃないな」
シェルからタオルを受け取り、アレンが笑いながらそう言うとシェルもクスリと小さく微笑む。もう一度木の振り返り、魔法陣を確認すると満足そうに頷く。
「それじゃ、村に戻るか。付き合ってくれて助かったよ、シェル」
「いえいえ、先生の為ならこれくらい何てことないです」
それから最後の確認も終え、罠の事が悟られないようにカモフラージュもするとアレン達は村へ戻る事にした。アレンもシェルに罠の設置を手伝ってくれた事のお礼を言い、設置魔法の発動は意外と大変なのにシェルは全然気にした素振りを見せず、むしろアレンの助けになれた事に嬉しそうだった。
村に戻り、家に帰ると何故かリビングではリーシャとルナだけでなくシファとダイの子供達が集まっていた。その様子を見てアレンは「なんで?」とキョトンとした表情を浮かべていた。
「シファ、ダイ、何してるんだ?」
「あ、アレンおじ様お帰りなさいー」
「す、すいません師匠……勝手に家に上がって」
アレンが帰って来た事に気が付くとシファは普段通り律儀にお辞儀をし、ダイは勝手に家を上がった事を申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや別に全然構わないけど……」
「父さんお帰りー」
「お帰りなさい、お父さん」
リーシャとルナはアレンの元に駆け寄り、抱き着きながらお帰りと声を掛ける。シファとダイの方に意識がいっていたアレンは二人の勢いに押され、少しよろめきながらも受け止めて笑みを浮かべる。
「ああ、ただいま。リーシャ、ルナ……で、何で家にシファとダイが居るんだ?」
「エレンケルの事を教えてあげてたの! 二人共竜の事気になってたから」
「べ、別に気になってたんじゃなくて……後学として知っておこうと思っただけよ! リーシャ」
リーシャが説明すると突然シファが顔を赤くし、ブンブンと首を左右に振りながら訂正する。
シファは山奥に竜が居る事をリーシャから教えられた時から竜の事は気になっており、けれど危険である事も十分承知している事から積極的に関わろうとしなかった。リーシャが竜に会いに行く時も必死に引き留める程である。しかし竜のエレンケルが優しい竜であるという事を知ると気になり始め、とうとうリーシャ達から聞き出し、こうして家に集まっていたのである。
「あら、皆お揃いで。待っててね、今お茶淹れるから」
「あ、有難うございます」
シェルもリビングに入ってくると子供達が集まっている事に気が付き、お茶を用意する為に台所へと向かって行った。アレンも荷物を置くとソファに座り込む。するとダイが近づいて来た。
「先生は竜に会いましたか?」
「ああ、今朝話もしてきたよ」
「へぇ、エレンケルってどんな竜なんですか?」
どうやらダイも竜のエレンケルの事は気になっているらしく、会って来たばかりアレンに色々質問して来る。アレンもせっかくなのでエレンケルの見た目や性格などを話し始めた。気付けばシファも目を輝かせてアレンの方に顔を向けており、近づいて話を聞いていた。
それからリーシャとルナも加わり、シェルが持ってきてくれたお茶と菓子を口にしながら聞く子供達にアレンは竜の話をする。
「まぁ気さくで優しい竜だったよ。何と言うか村長と似てる感じかな……竜と話してるより人と話してるのに近かったかな」
朝エレンケルと話した事は伏せ、エレンケルがどんな雰囲気だったかをアレンはやんわりと伝える。流石に盗賊達の事を話す訳にはいかないので、そこは伏せておいた。リーシャもルナもエレンケルの事は知っているはずなのにアレンがする話を嬉しそうに聞いており、そうして時間は進んで行く。気付けば陽も傾き始めていた。そろそろ家に帰した方が良いと判断したアレンはシファとダイに帰る準備をさせ、玄関へと移動する。
「それじゃ、今日は有難うございました。アレンおじ様」
「色々お話ありがとうございます。また剣の稽古宜しくお願いします。師匠」
「ああ、二人共気を付けて帰るんだぞ」
家の外までシファ達をお見送りをし、アレンはそう声を掛ける。二人も律儀にお辞儀をしてそうお礼を言い、各々の家の帰り道を歩いて行った。
二人の姿が見えなくなるとアレンは家の中に入り、扉を閉める。シェルは丁度テーブルの上に置いてあったカップやお皿を片付けているところだった。三人もそれを手伝い、お皿などを台所へと運んでいく。
「ねぇお父さん……エレンケルは、他に何か言ってなかったの?」
「んー?」
お皿を運び終わった後、ソファに座って一息つこうとしていたアレンにルナが近寄り、そんな事を尋ねて来た。その質問の意図がよく分からず、アレンは首を傾げる。
「ほら……私達の事とか……そういうの……」
ルナは指をもじもじと動かし、顔を俯かせながらそう尋ねる。
彼女が聞きたい事は要するに自分達勇者と魔王に関する情報を言っていなかったか、という事だ。やはり心配性の彼女は気になってしまうのだろう。アレンは考えるように自分の髭を弄り、ルナの方に顔を向ける。
「いや、特に言ってなかったな」
「そっか……ごめんなさい、変な事聞いちゃって。私シェルさんのお手伝いして来る」
アレンがそう答えるとルナは頷き、すぐに話を切り替えてシェルの居る台所の方へと向かって行った。その後ろ姿を見送り、アレンはテーブルにあった数日前の新聞紙を手に取って広げる。すると横からお皿を運び終えたリーシャが戻って来た。
「父さん、ルナと何の話してたの?」
「ん、エレンケルとの話についてな。勇者と魔王の事を言ってなかったか聞かれたよ」
「そうなんだ……やっぱり、気にしてるのかな……」
リーシャは最後にボソリと何かを言ったが、アレンにはそれが聞き取れなかった。彼女は何か深く考えるように口元に手を当て、台所に居るルナの方に視線を向ける。そしてしばらく黙っていると、急にアレンの方に身体を向け、髪を揺らしながら首を傾けて口を開く。
「ねぇ父さん、今からちょっと稽古付き合ってくれる?」
「ん、今からか?……まぁ良いけど」
急に稽古に付き合って欲しいと言われ、アレンは意外そうに目を見開く。
リーシャが突然稽古して欲しいと言うのは珍しくないが、こんな暗い時間にやりたいと言うのは少し妙である。だが本人はやる気があるようなので断る訳にもいかず、アレンはソファから立ち上がって新聞を元あった場所に戻すとリーシャと共に庭へと向かった。ルナ達にリーシャの稽古をして来ると言ってから。




