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72:盗賊達



 森の中では今日もまたリーシャとルナが竜のエレンケルの所に訪れ、彼の話を聞いていた。長生きしている為エレンケルは色々な知識を有しており、時には遠い昔にあった物語を聞かせてくれる為、リーシャも退屈しなかった。ただしルナはリーシャのようにエレンケルの傍に寄ろうとはせず、相変わらず遠くにある岩の上に腰を下ろし、そこで距離を取りながら話に耳を傾けているであった。エレンケルは別にそれを気にせず、やたらと近づいては鱗を触って来るリーシャとの会話を続けていた。


「へー、じゃぁ魔族の国って今は王が居ないって事?」

(うむ……もちろん名前として魔王という物は存在するが、その玉座に座ろうとする者は居ない。皆その椅子を欲し、争い合っているからだ)


 リーシャは切り株の上にちょこんと座りながら足をぶらつかせ、はるか上の方にあるエレンケルの顔を見上げながら魔族達の話を聞く。

 エレンケルは暗黒大陸にも行った事がある為、魔族の情報にも詳しいらしい。リーシャも魔族についての知識は興味があった為、うんうんと頷きながらその話を聞いていた。ただし聞こえてくる声はエレンケルの口からはではなく、頭に直接響いて来る念話だが。


(魔王候補というのは知っておるか?)

「うん! 魔王の素質がある人達の事でしょ?」

(左様……紋章に選ばれずとも王としてふさわしい力を持ち、器を持つ者達。確かにその力は儂でも侮れん)


 エレンケルが魔王候補の事を話題上げるとどこか別の感情を見せるようにグルルと喉を鳴らした。その微妙な変化にリーシャは気が付いたが、わざわざ追求しようとはしなかった。余計な事に突っ込んでエレンケルを怒らせるのが嫌だからだ。


「ルナみたいに強い人達かぁ……そう言えばお面祭りの時の人も魔王候補なんだっけ?」

「うん……確か、名前はレウィア……だったと思う」


 ふいっと顔をルナの方に向け、リーシャは急にそんな質問をする。ルナは少しビクっと肩を振るわせた後、思い出すように頬を掻きながらレウィアの名を口にした。

 幽鬼を思わせる儚げてどこか不気味さを思わせる漆黒の魔族。それでいて力はアレンと大魔術師のシェルを簡単にあしらう程の実力者。あんな魔族が他にも居ると思うとルナは自然と恐怖してしまった。自分でも敵うかどうか分からない敵が複数居るのだ。レウィアは中立的な立場だったから良かったが、もしも魔王の自分の命を狙う魔王候補が現れれば次はないかも知れない。そんな恐怖にルナは悩まされていた。


(ゆめゆめ気を付けよ……魔王候補達にとってうぬは花の蜜のようなものだ。匂いに釣られてやって来たあ奴らが、その小さな命を奪ってしまうぞ)

「…………」


 脅す訳ではないがエレンケルは重苦しい声でルナにそう忠告した。その事はルナ自身も深く理解しており、きゅっと拳を握り絞める。

 魔王候補達は手柄を欲している。他の魔王候補達を黙らせるくらいの功績と名誉があれば魔王になれるからだ。その為には何が必要か?答えは、魔王を倒したという事実だ。例えルナが子供だとしても魔王の紋章を持つ者を倒したとなればそれはすなわち魔王よりも実力が上という事の証明となる。単純な話であるが、力こそが全てと考える魔族にとってはその証明が何よりも重要なのだ。故に高い地位を望む魔族からすればルナは恰好の餌であり、誰もが付け狙うだろう。


「ところでさー、エレンケルは身体に矢とか刺さってたけど、誰にやられたの?」


 ふとリーシャは首を傾けながらエレンケルにそう尋ねる。見つけた時に傷口に刺さっていた矢は明らかに人型種族が作った矢だ。つまりエレンケルは動物や魔物ではなく、人型種族にも襲われていたという事である。その事がリーシャは気になっていた。


(嗚呼、これはまぁ……蟻が群がったようなものだ……霧の盗賊、と名乗っていたの)

「……!」


 エレンケルの言葉を聞いてリーシャはピクリと肩を揺らし、反応を示す。遠くで岩に乗っかっているルナも視線をエレンケルの方に向け、僅かに動揺した素振りを見せた。

 霧の盗賊団と言えば最近聞いたばかりの名前だ。霧のように現れ、姿を掴む事が出来ず消えてしまう盗賊団。それが最近この辺りに出没しているらしい。意外な関係性にリーシャとルナも自然と警戒心を高めた。


「盗賊にやられたの?」

(傷口、はの……あ奴ら、儂の鱗や牙を狙っているようだ……クク)


 自分が狙われていると知りながらもエレンケルは別に怒っているような素振りなど見せず、むしろ自分の身体の部位が金となり、それを人間達が狙っているというのを滑稽に思っているようであった。


(存外数が多かったのでな……余程金が欲しいのか、儂の事をずっと付け狙って来た……流石にここまで追い掛けて来んとは思うが……)


 エレンケルが言うにはかなり長距離の移動を行った為、この地域には来ないだろうと思っているらしい。しかし霧の盗賊団は西の村の付近で目撃された。決して遠いとは言えない距離である。この事にリーシャはルナと顔を見合わせ、何かに気付いたように顔を頷かせた。


(そっか、霧の盗賊団が目撃されるようになったのはエレンケルの事を探してるからで……村を襲ったりしないのもそれどころじゃなかったからか)


 リーシャは霧の盗賊団が目撃されるようになった理由と、彼らの妙な行動の真相に気が付いた。それと同時に彼らがこの場所まで辿り着く危険性がある事にも気が付く。この山に村がある事はあまり知られてなく、魔物が多い事から寄り付く人は滅多に居ない。だがだからこそ竜の隠れ場所として盗賊達が目を付ける可能性があるだろう。


(一応父さんに報告しといた方が良いかな……)


 しばらく顎に手を当てながら考えた後、リーシャはそう結論を出した。

 ここで色々考えたところで結局子供の自分に出来る事は少ない。いくら勇者と言えど何でもかんでも力で解決出来る訳ではないのだ。それならば大人のアレンと情報を共有して解決策を出してもらった方が良いだろう。そう判断し、リーシャは一度盗賊団の話題から思考を切り替える。

 それからまた長い間お喋りをした後、キリが良くなったところでリーシャは切り株からぴょんと立ち上がり、立てかけていた聖剣を手に取って腰に携えた。


「それじゃエレンケル、またお話聞きに来るね! ルナはどうする?」

(魔を統べる子はどうやら儂に話したい事があるようだ)

「あ、そうなの?」

「……うん、ちょっとね」


 帰ろうと思ってリーシャがルナにそう尋ねると割って入る様にエレンケルが念話にそう伝えた。リーシャが意外そうな顔をしてルナの方を見ると、彼女はどこか複雑そうな表情を浮かべて手を握り絞めていた。それを見てリーシャはエレンケルに何か大事な話があると理解し、静かに身を引いた。


「そっか、じゃぁなるべく父さんに怒られないよう早めに帰って来てね!」

「分かった……」


 ルナの事はルナ自身に任せ、リーシャはそう言うとエレンケルにも別れの挨拶を言ってからその場から立ち去った。

 腰に携えた聖剣の鞘をしっかりと手で握り絞めながら彼女は植物が生い茂る森の中を軽々と歩いて行く。そんな中彼女は一度立ち止まり、自身のブロンドの髪を弄ってある事を考えた。


(ルナ、エレンケルに何を話したいんだろう……?)


 恐らくは軽い話ではないのだろう。それはあの真剣な顔つきを見ていれば分かる。だとすれば魔王に関しての事だとかその辺りの事が妥当だろう。リーシャはそう考え、僅かに歯を食いしばる。

 ルナはきっと悩んでいるのだ。自分の力の制御の仕方や己の宿命への向き合い方、それらに苦しんでいる。出来る事なら自分も力になりたいが、勇者と魔王では決定的な違いがある。その事をリーシャは理解しているからこそ、自分がルナの助けになれない事を悔やんだ。


「ん……?」


 そんな風にリーシャが一人で葛藤していると、ふと足元に視線が行った。何故ならそこに見慣れない足跡あったからだ。しかも魔物や動物の足跡ではない、しっかりと人間の足の形をした靴の跡であった。


「これって……人間の足跡?」


 しゃがみ込んでよく観察し、リーシャはそれが人間の足跡であるかどうかを確かめる。やはり見間違いではない。どこからどう見てもこれは人間の物である。よく見れば辺りにも幾つかその足跡が確認出来た。村に旅人が来た話も聞かないし、妙だと思ってリーシャは首を傾げる。

 しばし考えた後、彼女は盗賊の事もある為、足跡をもう少し調べる事にした。他にも痕跡が残っていないか辺りを確認し、周りを見渡す。


(靴の形状は旅人がしてる物と同じ……何かを探してる?足跡がばらついてるし……数は二人か、三人……)


 残されている痕跡から幾つか情報を引き出し、リーシャは数分前までここに居たであろう人物達を推測する。

 恐らく厚い装備をしている人達。武器も所持しており、歩き方も旅人よりも山慣れしている。何人かは怪我をしているのか、血の跡も発見した。ここまで調べたところでただの旅人ではないという事が分かる。単純に森に迷い込んだだけか、何か目的があってこの森にやって来たのか。いずれにせよリーシャはこの人物達の事が気になった。


「ちょっと調べてみよっと」


 村に戻る前のちょっとした寄り道。リーシャはそう考えて足跡の人物達の事を調べてみる事にした。それに本当に森に迷い込んで困っている人達だったら放っておけない。リーシャは痕跡を追いながら森の中を駆けた。

 しばらく歩くと戦闘の跡を発見した。辺りを駆けずり回った後と、草木に飛び散っている血。血がまだ固まっていない為、つい先程までここで激しい戦闘があったのだ。恐らく相手は魔物だろう。魔物は逃げ出したのか、姿を確認する事は出来ない。リーシャは更に駆けた。そして草むらを退かして先に進むと、そこには魔物の死骸があった。


「……ッ」


 大柄な猪型の魔物。リーシャも何度かこの森で遭遇した事があったが、この魔物はそれ程凶暴ではなく、草食である為他の動物や魔物を困らせるような乱暴な魔物とは違う。その為ルナに懐いている事もあったが、その魔物が今、リーシャの目の前には無残な姿で息絶えていた。


「かわいそうに……」


 リーシャは駆け寄り、魔物の身体にそっと触れる。傷は剣でつけられたもので、身体中に刺し傷が残っていた。乱暴に何度も何度も突き刺したのだろう。その時がどれだけ苦しかったかを想像し、リーシャは歯ぎしりをする。

 もちろんリーシャだって魔物を倒す。倒さなければ自分が死ぬし、多くの命が失われる。だが魔物だって動物と同じであり、生き物なのだ。森の中で生態系を作り、自分達の環境の中でバランスを保って生きている。必要以上の殺生はご法度。何より温厚な魔物を食う訳でもなく殺すような事は絶対にしない。リーシャが自然と剣の柄に手を伸ばし、強く握り締める。すると近くの草むらが揺れ、そこから黒いマントを羽織った男達が姿を現した。


「はぁ……はぁ……あの猪野郎、どこいった?」

「流石にあれだけ刺したんだ。もうくたばってるだろ」


 息を荒くしながら男達はそう言い、汗を流しているのにも関わらずフードを深く被ったまま顔を見せようとしない。

 それは明らかにこの森に似つかわしくない怪しい恰好をした連中であった。マントの下には分厚いチェストプレートが装備され、手には長く鋭く伸びた刀剣、手首や脚に何本ものナイフを装備し、まるで何か大戦でもしようとしている雰囲気であった。


「あ?何でこんな森に嬢ちゃんみたいな子が居るんだ……?てか、猪やっぱ死んでるじゃねぇか」


 男は魔物の傍に居るリーシャの事に気が付き、意外そうに目を見開く。他の男達もリーシャの方に視線を向け、どうしてこんな森に女の子が居るのかと疑問そうな顔をしていた。


「おじさん達、誰?」


 リーシャは手にしている聖剣を隠すように身体の向きを変えながらそう尋ねる。至って普通に、偶々通りかかった女の子を装うように。だが既に彼女は気が付いている。この男達こそが今噂の霧の盗賊団であり、この魔物を殺めた犯人である事を。


「はっ、俺達は霧の盗賊団さ」

「馬鹿が。ガキに言ってもしょうがねぇだろ……まぁ良い、こいつぁついてるぜ」


 盗賊の一人が自慢げに自分の事を指差しながら隠そうともせず霧の盗賊団である事を明かす。それを嗜めるようにリーダー格らしき男が注意し、ふとリーシャの方に視線を向ける。リーシャが後ろに隠している剣の事はまだ気が付いていない。すると彼は手にしていた血だらけの剣をリーシャに向け、歪な笑みを浮かべながら口を開いた。


「おい嬢ちゃん、怖い目に遭いたくなかったら俺達を嬢ちゃんの村に案内しな?」


 リーシャの眼前で剣をチラつかせ、盗賊の男は脅すようにそう言う。否、脅しているのだろう。だがリーシャからすればそんな隙だらけで構えられても全然恐怖は感じず、一瞬で剣を弾き飛ばせるだけの射程範囲でもあった。男はその事に気が付かず、ただ笑っている。リーシャはそんな彼を見て大きな黄金の瞳をぱちくりとさせ、はぁ、と呑気な声を漏らした。


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