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71:入り込んだ靄



 翌日の朝、食事の時間にリーシャ達は早速アレンに竜が目を覚ました事を伝えた。本当は昨日の内に伝えたかったのだが、アレンは村の会議で夜遅く帰って来た為、先にシェルだけに伝えていたのだ。その為初めて竜の報せを聞いたアレンは口に運んでいたパンを思わずテーブルの上に落とし、口をあんぐりと開けて驚いていた。


「竜と話せた……?それは本当か?リーシャ」

「ほんとだよー! なんか優しいおじいちゃんって感じで、色々教えてくれたの」


 思わずアレンが尋ね返すとリーシャは畑で採れたばかりの新鮮な野菜を食べながら満面の笑みでそう答える。

 伝説の生き物と言われるだけあって竜は特別な存在だ。魔物とも違うその生き物はまだまだ研究が進んでおらず、未知な部分が多い。そんな中研究者でもないリーシャ達が竜と意思疎通を取る事が出来たという報せはアレンにとって衝撃に近い驚きであった。シェルもこの話を聞いた時は初めかなり驚いており、思わずむせてしまう程であった。


「どうやらその竜のエレンケル……さん?は傷を癒すつもりであの場所に居るだけで、近くに村がある事すら知らなかったらしいです」

「そうか……それはまぁ不安が一つ減って嬉しいと言うか……とにかく優しい竜で良かったよ」


 シェルもアレンが淹れてくれたコーヒーを口にしながら昨日リーシャ達から教えてもらった情報を伝える。

 大人の二人からすればリーシャ達が竜と意思疎通が取れた事も興味深いが、何よりその竜に脅威がないと分かった事の方が重要であった。村人達が信じてくれるかは分からないが、それでも竜が村を襲う気がないと伝えれば村人達もある程度は安心してくれるだろう。


「でもリーシャ、昨日は森によそ者の魔物が居るかも知れないって注意しただろ?ちゃんとルナにも教えたのか?」

「えっ……あ、いや……それは、そのー」


 案の定リーシャが特に警戒もせず森に入った事はアレンに見抜かれてしまい、その事を注意される。リーシャはバツが悪そうに食事の手を止め、指で頬を掻いた。その隣の席ではルナがやっぱり叱られちゃったとリーシャと視線を合わせていた。


「やれやれ、リーシャは相変わらずだな。まぁ今回は二人共無事で良かったが、次からはちゃんと気を付けるんだぞ」

「はーい。ごめんなさい、父さん」


 いくら二人が勇者と魔王という特別な存在だとしてもアレンにとっては大切な娘である。親として心配するのは当然だ。その心境はリーシャも十分理解している為、本当に気を付けるようにしようと心の中で誓った。素直にごめんなさいと謝り、リーシャはまた朝食の手を進める。その姿を見てアレンはやれやれと首を振った。

 朝食を食べ終えた後、リーシャとルナはお皿を運び、アレンとシェルがいつものように皿洗いを行った。その間リーシャとルナはソファに座って待っており、昨日の竜の事で色々話し合っていた。そんな中、ふとリーシャは思い出したかのように台所にいるアレン達の方に顔を向け、口を開く。


「ところで父さん、父さん達は昨日村長の家で何の会議をしてたの?」


 村の会議は何か重要な事でない限り行われない。基本自由な村な為、会議なども定期的に行われる訳でもなく、何か問題があったら村長がアレンに伝えるくらいしか動きがなかった。しかし今回は村人の大人達が集まり、村長の家で会議をするという事態にまでなった。その事に好奇心旺盛なリーシャは嫌でも気になってしまい、思わず尋ねてみる。アレンは皿洗いを続けながら顔だけリーシャ達の方に向けて答える。


「ああ、前も話したろ?近くで盗賊が目撃されてるって……その事でちょっとな」


 以前にも村長が話していた盗賊団、その事について少々気になる事があった為、西の村の情報も共有する為に一度全員で集まったのだ。まだ脅威が確認された訳ではないが、それでも用心するには越した事がない。何よりアレンの場合は勇者と魔王であるリーシャとルナを気にする必要があった。


「今の所大きな事件がないんだが、西の村付近に拠点を構えてるっぽいんだ。ひょっとしたらこの近くにも数人潜んでるかも知れない。だから二人もいくら強いからと言って森に入る時は気を付けなさい」


 本当は外出も控えて欲しいくらいなのだが、リーシャがそれを聞いてくれるはずもないし、アレン自身も実際はあまり抑圧するような事はしたくない。ならば出来るだけ警戒するようにしてもらおうという事で注意だけ伝える。最悪ルナなら冷静な判断が出来る為、アレンは彼女にブレーキ役になってもらおうと考えていた。


「はーい、分かった」

「うん、気を付ける……」


 アレンの注意を聞いてリーシャは元気よく手を上げて応え、ルナもコクンと小さく頷いて返事をする。これで本当に分かってくれているのかと少し不安になりながらもアレンは二人を信じる事にし、ニコリと微笑むと皿洗いに意識を戻した。






 黒いフード付きマントを身に着け、腰には歪に曲がった剣を携えた明らかに普通の冒険者とは違う雰囲気を放つ男達。誰かに見られている訳でもないのに彼らはフードを深く被り、顔を見えないようにしながら警戒するように森の中を慎重に歩いてる。何かを探しているのか、時折キョロキョロと周りを見渡していた。


「は~……もう何日も歩き回ってばっかじゃねぇか。まともな飯もろくに食ってねぇ……これじゃぁ干からびちまうぜ?兄貴」

「うるせぇ、黙って奴を探せ。ボスの命令なんだから仕方ないだろ」


 此処は丁度西の村とアレンが住む村の中間地点の森。まだアレン達が住んでいる村の森程木々が生い茂っている訳ではないが、日差しを通さないくらい枝葉が伸び、先は闇に包まれている。平坦な道も少ない為、いつどこから魔物が出て来るか分からないような状況であった。そんな場所で人数はざっと五人程か、黒マントの男達は疲れたようにため息を吐きながら歩き続けている。


「やっぱりあの村襲って食料をごっそり奪えば良かったじゃないかぁ?下っ端におつかいさせてちまちま食料を買うなんて、盗賊のする事じゃねぇよ」

「それもボスの命令なんだから従うしかない……分かってるだろ?俺らは今騒ぎを起こす訳には行かないんだよ。良いから黙って探せ」


 男の一人はそんな事を言いながら皆の一番前を歩いている男にそう不満を垂れる。兄貴と呼ばれていたその男はうっとおしそうにその男を睨み、自分達の役目を全うするように指示した。男はへいへいと言って手を広げ、いい加減な態度で持ち場に戻る。

 彼らは最近噂になっている〈霧の盗賊団〉、の下っ端達である。極悪非道で知られる彼らは現在西の村の近くにある洞窟を拠点としており、近隣の村から食料を調達したりして生活していた。本来なら盗賊らしく村を襲って食料を奪えば良いのだが、実はそれが出来ないある理由があった。

 彼らは今ある生き物を追っている。それは伝説の生き物として人々から恐れられており、中には勇者や魔王ですら敵わない程の個体が居ると言われている〈竜〉である。普通なら誰もが驚き、そして呆れるだろう。たかが盗賊が、軍隊程の規模もない集団が竜などを打ち取れる訳がないと。だが少なくともこの男達はそんな事をちっとも考えていなかった。


「せっかく奴は弱っていたんだ……もう少しでやれる。絶対見つけ出して、奴の爪や鱗を売りさばくんだ」


 ギリッと拳を握り絞め、先導している男は瞳の奥を燃やしながらそう告げる。

 竜はまだまだ解明の進んでいない生き物で、その価値は裏の世界でも非常に高い。普通に売っても高い値段が付く竜の爪や牙も、裏の学者に渡せば城が買える程の大金が渡されるのだ。ましてや竜そのものを仕留めたとなればその金額は倍以上に跳ね上がる。盗賊団にとって竜の死体とは宝の山に匹敵する秘宝なのである。故に今は騒ぎを起こす訳にはいかない。自分達はただでさえ名の通った盗賊団であり、騎士団でも呼ばれたら竜退治どころではなくなってしまう。ましてや竜を追い詰めている事を知られれば横取りしようとする輩も出て来るかも知れない。彼らはそう考えて食料を調達する時も普通に村で購入し、目を付けられないようにしたのだ。最も霧の盗賊団と知られていればその時点で誰かが騎士団に報告するかも知れないが、それでも騒ぎを起こして大勢の騎士達がやって来るよりはマシだろう。

 彼らは必死になって周りを確認し、竜の痕跡などがないかと探す。ただしその動きはゆっくりと慎重で、なるべく音を立てない静かなものであった。何故ならばもしも気配を隠していた竜に誤って遭遇してしまった場合、彼らに待っているのは死だからだ。一度戦ったからこそ分かる。竜に顔を向けられれば一瞬で視界は火炎に包まれ、逃げる間もなく燃やし尽くされる。彼らは自分達の仲間がそんな風に次々と死んでいくのを目にしていたのだ。故に嫌でも慎重にならざる得ない。ならず者である彼らでも死ぬのは嫌だからだ。それに、この森には竜以外にも脅威がある。


「ウォォォオオオオオッ」

「うおっ……! 出やがった!」


 突如盗賊達が歩いている近くの木々が揺れたかと思うと、ズシンズシンと重たい地響きを鳴らしながら巨大なトロールが現れた。全身が脂肪の塊のようにブクブクと膨らみ、着ている服は何かの動物の毛皮なのか杜撰な腰布を巻いており、身体は土気色で汚く、泥や土も付いている。何よりその醜い顔は常に目が下を向いており、何を考えているのか分からない表情を浮かべている。

 木々の影のせいで気付くのに遅れ、盗賊達は慌てて剣を引き抜いた。だが一人運悪く出て来たトロールの近くに居た盗賊はトロールの丸太のように太い腕によって吹き飛ばされ、近くにあった木に痛々しい音を立ててぶつかり、崩れ落ちるとそのまま動かなくなった。


「くそっ……怯むな! トロール程度なら俺達の数でもやれる! 後ろを取れ!」


 仲間がやられた事よりも自分達の戦力が一つ減り、その分の負担が自分に回って来てしまう不満から盗賊は舌打ちをする。そしてすかさず仲間に指示を出してトロールの背後へと移動しようとした。しかしトロールは意外にも俊敏に立ち回り、大きく脚を開いて体勢を変えると、走っていた盗賊の一人を鷲掴みにして遠くへと投げ飛ばした。飛ばされた盗賊は悲鳴を上げ、その悲鳴も段々と遠くなっていき、最後は一際大きな悲鳴を何かが潰れるような嫌な音と共に途切れる。


「うぉぉぉっ!? 助けてくれ、兄貴!」

「ォォォォオオオオ!!」

「くっ……弓を使え! 奴の目を潰すんだ!」


 段々と仲間が少なくなっていき、調子をこいていた盗賊も慌てふためきながらトロールから距離を取る。次の獲物を捉えたトロールはその盗賊の後を追い掛け、ズンズンと地鳴りを起こしながら手を伸ばす。その間に指示を聞いていた他の盗賊が弓を取り出し、矢を放つとトロールの顔面に突き刺した。目に当たりはしなかったものの、トロールは僅かに怯んで動きを止め、うめき声を上げる。


「今だ……っ! 一斉に掛かれ!!」


 その隙を狙って兄貴分の盗賊はすかさず大声を上げ、周りにも指示を出しながらトロールへと走り寄る。分厚い皮膚に覆われた脚を突き刺し、トロールがよろめいた所を更にもう片方の脚も剣で突き刺して地面に倒し、動けなくなっている所を全員で身体中を突き刺した。しばらくの間トロールはうめき声を上げながら腕を動かして抵抗しようとしてたが、やがて首も刺されるとピクリとも動かなくなり、完全に沈黙した。盗賊達は念には念を入れてもう一度剣で突き刺し、本当に動かない事を確認するとようやく剣を引き抜き、その場に腰を下ろした。


「はぁ……はぁ……くそ、ようやく死んだか」

「きっつい……これでもう四匹目だぞ?一体どうなってんだこの森は?魔物だらけじゃねぇか……」


 兄貴分の盗賊は額から流れ落ちる汗を拭い、もう一人の方の盗賊も疲れたように肩を落としながら兄貴分に不満を訴える。

 実は彼らは最初この森に来た時十人以上は数が居た。竜を捜索するのだから最低でもそれくらいは居ないと危険だろうとボスが判断したのだ。しかしいざ森に入ってみればそこは魔物の巣窟で、強敵ばかりがうろついている危険な森であった。そのせいで今では盗賊達の数は半分以下になり、兄貴分の盗賊もその事実に苛立つように拳を地面に叩きつけた。


「とにかく……竜を探し続けるぞ。手ぶらじゃボスの所に戻れねぇ」

「マジかよー。俺達まで死んじまうぜ、兄貴ー」


 例え仲間の数が半分以下に減ろうと、何の手柄もないままボスの所に戻ればどっちみち殺されてしまうかも知れない。兄貴分の盗賊は辛そうに決断を下し、もう一人の盗賊は相変わらず不満を述べていた。しかし兄貴分の盗賊が立ち上がると他の盗賊達も渋々立ち上がり、剣に付いた血を払って鞘に戻すと再び森の中を捜索し始めた。

 全ては竜を見つける為、伝説の生き物を仕留め、大金を手に入れる為……盗賊達はただその為だけに危険な場所へと脚を踏み入れる。その先には、竜と肩を並べる程強大な存在が居る事も知らず。



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