表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/207

69:竜エレンケル



 ある日の午前中の事、いつものようにルナを引っ張って原っぱに来ていたリーシャはシファとダイから不安そうな顔で詰め寄られていた。その理由は今村で話題になっているある事であるとリーシャも容易に想像する事が出来る。


「ねぇリーシャ、本当なの?山奥に竜が居るって」

「えー?ああ、うん。そうだよ」


 シファが不安そうに自分の腕を掴みながらそう尋ねてくるのに対してリーシャは別に隠そうともせず簡単に肯定した。それを聞いてルナはちょっとくらい隠すような不安にならない言い方をしてよと内心で思った。

 今村では山奥に竜が居るという話題でいっぱいだ。元々村の外に出る事がない為村人達が竜の寝ている所まで間違って入り込んでしまうという事はないが、それでも竜がこの村にやって来るのではないかと怖がっている。今にも巨大な怪物が火を吹いて舞い降りて来るのではないかと気になって仕方がなく、だからこそシファも竜の発見者であるリーシャに本当に竜が居るのか確かめようとしたのだ。


「ちょっと大丈夫なのそれ?竜がこの村を襲いに来るって事ない?」


 普段は気丈なシファもエルフ特有の長い耳を震わせ、不安げに腕を掴んでそう質問する。

 やはり彼女達からすれば伝説上の生き物が突如現れたという事は異常事態を示し、自分達に害をなす者と考えてしまうようだ。実際アレンも竜の事は警戒している節があり、その生き物がどれだけ強大な存在かを想像する事が出来る。だがやはりリーシャとルナは勇者と魔王だからか、いまいち村人達とは危機感に差があった。


「大丈夫だよー。竜も怪我してて大人しく眠ってるし、父さんが竜は頭が良いって言ってた。だから理由もなく私達を襲うような事はないよ」

「だ、だったら良いけど……」


 竜はただの魔物と違って高い知能を持っており、古い本では意思疎通が可能だという記録もある。もちろん誰もそれを実践する勇気はないが、少なくとも森で暴れ回る魔物達よりは大人しいはずだ。リーシャもアレンからそう教えられていた為、安心させるつもりでシファとダイにそう伝える。一応それを聞いてシファはひとまず納得したようだったが、それでもまだ完璧に不安が払拭された訳ではなさそうだった。


「リーシャ達は今日も竜の様子見に行く気なのかい?」

「うん。大分怪我もよくなってるからそろそろ目を覚ますかなーと思って」

「はぁ?! あんた達竜の居る所に行ってるの? ばっかじゃないの!」


 ダイは師匠であるアレンからも竜が居る事は聞いており、リーシャ達がその様子を見に行っている事を知っていた。そしてその事を質問してリーシャが元気よく答えると、シファは信じられないように目を見開いて大声を上げた。隣でルナがビクンと肩を震わせる。


「食べられちゃうわよ?! 私達なんて子供なんだから一飲みよ?!」

「大丈夫だってー。もしかしたら草食かも知れないじゃん」


 シファはリーシャの肩をガッと掴みながら心配そうにそう訴える。しかし楽観的に考えているリーシャはちっとも気にした様子はなく、竜に食べられる可能性も持ち前の前向きな考えでかなり無理やり大丈夫だと思い込んでいた。

 そんなこんなで結局シファの必死の訴えも通用せず、遊びが終わった後リーシャとルナは森に入って竜の様子を見に行く事にした。リーシャは念の為聖剣を所持し、軽い足取りで険しい山道を登って行く。ルナもその後にいつも通り付いて行った。


「竜そろそろ起きるかなー?ちゃんと息してたし、あれって死んでる訳じゃないんだよね?」

「うん……皮膚の部分はもう殆ど治癒してたから、もう目覚めてもおかしくないはずだよ」


 少し先を言って根っこに飛び乗り、クルクルとその場で回転しながらリーシャは後ろのルナにそんな質問をする。ルナは相変わらず少し下に視線を向けながら一定の速さで歩き続け、静かに質問に答えた。


「でもリーシャ……シファの言う通り実際竜は私達よりも何十倍も大きいし、私達が下手に近寄ったら危険かも知れないよ?」


 ふとルナは顔を上げて遠慮気味な様子でリーシャにそう言った。それはルナからすれば精一杯のお願いであり、注意喚起でもあった。

 自分とリーシャがその気になれば竜とも渡り合えるかも知れない。自惚れではなく、勇者と魔王の力はそれだけ強大なのだ。だがだからと言って自分達はまだ子供の身体であり、竜だって油断すれば一気に火炎で消し炭にされてしまうかも知れない。ルナはそう慎重に判断し、やはり出来る限り注意はした方が良いと結論を出していた。だがそれを言ったところでリーシャが聞き入れてくれない事も十分承知している。

 ルナは本当は竜の所に行きたくなかった。あの姿を見ているとある事を連想してしまうからだ。その思いを口にする事はなく、そんな暗い表情を浮かべているルナを見てリーシャは駆け寄り、ちょんと頬を指で突いた。


「まぁ確かに?危ないかも知れないけど……でもまずは話し合ってみないと。そうじゃなきゃ相手がどんな人なのかも分からないじゃん」


 リーシャからすれば何故周りがあんなにも竜を怖がるか分からなかった。単純に知識がないだけかも知れないが、リーシャはあくまでも竜を理解出来る存在と認識しているのだ。そこがやはり一般人と勇者の認識の差なのだろう。人々にとって竜は自分達では絶対に敵わない怪物だが、勇者のリーシャにとっては手の届く範疇の存在なのである。魔王であるルナもそこは共感する部分があり、多少はリーシャの言っている事を理解しながらもまだどこか不安そうに胸の前で手を握った。


「……優しい竜だと良いね」

「そうだねー。そもそもあの竜って雄なのかな?雌なのかな?」


 リーシャの言っている事にも一理ある。いずれにせよ村の近くに竜が居るという状況は村人達も不安なはずな為、何らかの対処はしなければならない。その為にもあの竜がどのような存在なのかを見極める必要がある。リーシャとルナは竜に関しての他愛ない話をしながら森の中を進んで行った。

 しばらく歩き続け、竜が居た山奥の中へと辿り着く。しかしそこでリーシャとルナは脚を止め、目を見開いた。何故ならそこにはあの竜の姿がなかったからだ。


「あれ……竜は……?」


 思わずリーシャは駆け出し、辺りをキョロキョロと見渡しながら竜の姿を探した。地面には僅かにへこんだ跡があり、竜が居た事を証明する草などが押し潰された痕跡がある。という事は移動したという事だ。


「ひょっとしてもう飛んでちゃったのかな?」

「どうだろ……でも這ったような跡もあるし……」


 後ろからやって来たルナは顔を覗き込みながらそう言う。リーシャもその考えはあったが、口元に手を当てながら彼女は更に地面を調べた。竜が飛ぶというなら実物を見た事はないがそれなりの痕跡が残るはずだ。少なくとも突風が巻き起こったような小枝や石が吹き飛ぶ痕跡があるはずである。だがそのような物はなく、代わりに長い何かが這ったような跡が残っている。恐らくこれは竜の尻尾だろう。竜はここで立ち上がり、どこかへ歩いて移動したのだ。


「あっ……そう言えば今日、父さんが森によそ者の魔物が入ったかも知れないから気を付けるように、って言われてたんだった」

「えっ……」


 実はアレンがいつも通り朝森の様子を調べる為に見回っていると見慣れない足跡を発見したのだ。その形状からして恐らく大型の魔物だと推測され、アレンは念の為リーシャに森に入る時を気を付けるように注意をしていた。ひょっとしたら竜の匂いを嗅ぎつけてやって来た凶悪な魔物かも知れない。だがリーシャはその事をうっかり忘れてしまっていたのだ。


「じゃぁ竜はその魔物に気づいて移動したのかな?」

「かも知れない……とりあえず一旦父さんに報告しに戻ろっか」


 竜が移動したとなれば目覚めている事は確実、それも竜を狙っている魔物も居るかも知れない為、今この状況で森に居る事は危険だろう。ひょっとしたら竜が魔物ともども自分達の事を炎で燃やしてしまうかも知れない。冷静にそう考えたリーシャは一度村に戻ってアレンに報告する事にした。そして身体を起こして方向を村の方に向けると、突如リーシャに向かって何かが飛んで来た。


「----ッ!」


 いち早くリーシャはそれに気が付き、素早く聖剣を引き抜いてその何かを斬り飛ばす。だが確かな手応えは得られず、代わりに剣に何か白いベタベタといた物がくっ付いていた。


「うわっ、何これ?剣がベトベトになっちゃったよ」

「蜘蛛の糸だよ……! まさかそれって……あっ……」


 ルナはそれが蜘蛛が放った攻撃用の糸だと見抜き、嫌な予感を覚えて糸が飛んで来た方向を見る。すると何や嫌な物でも見てしまったかのように顔を青くした。リーシャも剣に付いている糸を取ろうとブンブンと振り回しながらルナが見ている方向を見る。すると顔から急に血の気が引き、腕の動きを止めて硬直してしまった。


「チキチキチキ……」


 それはアレンからすればただの魔物と認識出来ただろう。現に彼は一度森に出たその魔物を討伐した事がある。リーシャやルナだってその小さい方は家でも見た事がある。別に大して害もない為、気にした事もないむしろ可愛げのある生き物。だが今目の前に居るその巨大な魔物は腹の部分は大きく丸く膨れ上がり、歪な形をした顔に無数の目玉が付いており、長過ぎる八本の脚、何より黒々としたその装甲のような皮膚は気味の悪さを引き立てている。

 蜘蛛型の魔物。巨大蜘蛛。生えている木々と同じくらい脚が長く、リーシャ達のはるか上に顔があり、彼女達も見上げてやっとその全貌を捉えられるくらいであった。そして出来ればその姿を認識したくなかった。


「き……きっ……気持ち悪ーーーーッ!!」

「……ッ!!」


 リーシャは今までにないくらい大声で悲鳴を上げ、ルナは言葉を失ってあまりの恐怖から身体を痙攣させていた。それくらい子供の二人にとってその巨大蜘蛛は気持ち悪い存在であった。何十個もの目はリーシャ達の事を捉え、その無数の目で見つめられる度に全身の鳥肌が立ったのが分かった。そしてその巨大蜘蛛は悲鳴を上げているリーシャ達へと襲い掛かり、その長い脚をカサカサと動かして向かって来た。


「キシャァァアァァア!!」

「うわっ、うわっ! 来た! ルナ、魔法でおっぱらって!」

「……~~ッ!!」

「ルナー!」


 飛び掛かって来た蜘蛛の脚を何とか躱してリーシャはそう頼む。しかし肝心のルナは怖がって後ろに下がってばかりで、魔法を使う余裕など全くないようだった。混乱で冷静な思考を失ってしまっているのだろう。リーシャもリーシャで剣に蜘蛛の糸が絡まってしまっている為、斬れ味が落ちている。これではあの細長い脚を斬り落とす事すら出来ないだろう。

 再び蜘蛛が長い脚を槍のように鋭く伸ばしてリーシャを攻撃する。リーシャはそれを跳躍して華麗に交わし、岩の上に飛び乗って蜘蛛から距離を取った。


「ッ……避け切る事は出来るけど、これじゃ攻撃出来ない……!」


 流石は勇者なだけあって押される事はないが、それでもリーシャは苦しそうに唇を噛みしめ、額から一筋の汗を流した。

 兎にも角にも巨大蜘蛛が気持ち悪すぎる。おまけに歪な形をしており、リーシャが届く範囲で攻撃出来る箇所は脚しかない。それも剣に糸が絡まっているせいで攻撃する事が出来ない。


(いっその事衝撃波で吹き飛ばしても良いけど……それであの蜘蛛が破裂したら……)


 別にリーシャも完全に攻撃手段がない訳ではない。聖剣の力を引き出して黄金の衝撃波を放てば剣に絡まっている糸も引き裂き、巨大蜘蛛を攻撃する事も出来る。だがその場合、山に巨大なクレーターを作り出す程の衝撃波を蜘蛛に浴びせたらその蜘蛛はどうなるだろうか?恐らく死ぬだろう。そしてその身体は弾け飛び、辺りに蜘蛛だった物が飛び散るはずだ。リーシャはそれをどうしても見たくなく、必殺の一撃を放つ事が出来ずにいた。


「キシャアァァァアア!!」

「あっ……!」


 その時、巨大蜘蛛とリーシャが睨み合っているとリーシャを仕留めるのは面倒だと思ったのか、巨大蜘蛛が脚とカサカサと動かしながら方向を変えるとルナの方を見た。ルナは恐怖で固まって木の傍によって動けなくなっており、それを好機と思った巨大蜘蛛は気持ち悪い声を上げながらルナへと襲い掛かった。リーシャはしまったと思い、すぐさま聖剣の力を解放しようと構えを取る。だがその時、その場に一つの巨大な影が舞い降りた。


「ゴァアァァアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 突如現れたその影は巨大蜘蛛よりも二回り以上大きく、巨大な腕を振るって蜘蛛を抑え込み、蜘蛛の細い八本の脚を小枝のように簡単にへし折った。そのまま影はその鋭い牙で蜘蛛の腹に噛みつく。蜘蛛の身体から緑色の液体が飛び出した。


「キシャァァァァ……ッ!!?」


 蜘蛛は掠れた悲鳴の声を上げ、暴れ回る。しかし脚を折られ、腹に噛みつかれている蜘蛛はろくに抵抗する事が出来ず、そのまま拘束されて腹を噛み潰され、ピクピクと痙攣し始めた。ろくに抵抗しなくなった蜘蛛を見てその影は獲物を仕留めた事を確信し、ゆっくりと蜘蛛の腹から牙を引き抜く。そしてその真っ赤の瞳を光らせながら、リーシャとルナの事を交互に見た。


(おやおや……これは……選ばれし光の子と、魔を統べる子か……何とも奇妙な組み合わせよのぉ)


 その声はどこからか発せられる訳でもなく、リーシャとルナの頭の中に響いて聞こえて来た。年老いた男性のような覇気のない声。何か特徴がある訳でもなく、むしろ優しい雰囲気のする至って普通の声。だがその声を聞いた瞬間リーシャとルナは信じられないように顔を上げ、その影の瞳を見た。影は優しく微笑むように目元を緩ませる。


(嗚呼、儂とした事が、まずは礼と名乗らんといけなかったな……)


 その身体は土や泥で薄汚れ、一見するとただの岩のようにも見える。だがその巨大な身体は何重もの鱗に覆われ、背中には胴体よりも大きな翼があり、長い尾は地面に垂らされ、同じく長い首にその先にある顔からは二本の真っ黒な角が生えている。その姿を一言で言うなら怪物。だがその表情は不思議と優し気に彼女達の目に映り、血のように真っ赤な瞳は惹き込むように輝いていた。


(傷ついている儂を介抱してくれて有難う。儂の名は〈エレンケル〉……この地で五百年は生きているただの歳よりの竜だ)


 伝説の生物、エレンケルと名乗るその竜はその長い首を垂らして律儀に二人の頭を下げ、お礼を伝える。その姿はつい先程巨大蜘蛛を噛み殺したとは思えない程落ち着いていて、人間的であった。リーシャとルナは完全に混乱し、呆然と口を開けている。ようやく正気に返った時にはリーシャは竜に駆け寄り、その鱗にぽんと手を触れていた。竜はそれを見てクツクツと口を動かした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ