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68:西の村での思い出


 山を下りている間はリーシャとルナは居ても立ってもいられないという様子だった。二人共この辺りの場所に来た事がない訳ではないのに、まるで初めて来た所のように緊張した素振りで辺りをキョロキョロ見ているのだ。そんな二人にしては珍しい子供らしい姿にアレンは微笑み、手を繋いでやりながら山を下り続けた。

 そして山のふもとまで辿り着き、また長い道のりを歩くとついに一行は西の村へと到着した。アレンはつい最近来たばかりなので大した感想は抱かなかったが、初めて別の村に訪れたリーシャとルナは興奮で瞳をキラキラと輝かせていた。


「ほら着いたぞ。ここが西の村だ」

「「わぁー」」


 山奥にあるアレン達の村と違って西の村は平原の中心を軸に広がっており、羊や牛も飼っている為牧場が設置されている。リーシャとルナはそれを見て案の定はしゃいでいた。


「父さん! 牛! 牛と羊がいっぱいいるよ!」

「ああ、リーシャはこういうの見るの初めてだな。西の村では牛とかを飼って育ててるんだよ」

「へー、何でー?私達の村ではそういう事しないのー?」


 初めて見る光景にリーシャは興奮して気になって仕方がないようだった。村の事や牧場の事などを質問しまくり、アレンを困らせる。その横では大人しいルナも興味ありげな瞳で牛達の事を見ており、ぎゅっとアレンの袖を掴んでいた。


「おぅアレン、また来てくれたのか。ん、そっちの嬢ちゃん達は?」


 そんな風に村の入り口で騒いでいるとアレン達の事に気が付いた村人の一人がやって来た。その男はいつもアレンと物々交換をしているおなじみの男で、彼は手を振りながらアレンの事を歓迎した。そしてリーシャとルナの存在に気が付き、気になったように二人の事を見つめる。


「ああ、今日は娘達を連れて来たんだ。こっちがリーシャで、こっちがルナ」

「こんにちはー」

「こんにちは……」

「おおこんにちは。アレンお前ようやく子供達を連れて来てくれたのか。と言うか二人共お前の子供とは思えない程美人だな~」


 アレンはニカッと笑いながらリーシャとルナの肩を掴んで二人を紹介する。すると男は驚いたように目を見開いて二人の事を交互に見た。前々から彼はアレンに子供達を見せてくれとせがんでいた村人の一人であり、ようやく子供達を見れた事に感動したように拳を握っていた。そんな彼を見てリーシャは面白がるように笑みを浮かべ、ルナは照れているのかアレンの後ろに隠れるように下がった。


「西の村がどんな所か見せて上げたくてな。それで今日連れて来た」

「そりゃ嬉しいねぇ。二人共ウチの村を楽しんでってくれ」

「うん! そうするー」


 今日の目的の一つはリーシャとルナに外の世界がどんな所なのかを知ってもらう事である。西の村はアレン達の村とは違う所が多くある。それを知ればより多くの事を学ぶ事が出来るだろう。

 という事でアレン達は男に村を案内してもらう事となった。西の村は牧場も有していて結構広い為、リーシャとルナは迷子にならないように手を繋いでその男に付いて行った。


「うちの村は旅人や冒険者がよく訪れるんだ。ここから先に行った所にある街に行く為の中間場所として経由する人が多くてな。だから店とかも色々あるし、宿屋もある」


 男は村の中を案内しながら西の村の特徴をリーシャとルナに聞かせてくれた。何故この村がこんなに大きいのか、アレン達の村と違って店などが多く設置されているのかなど、リーシャ達が質問した事にも丁寧に説明してくれた。するとリーシャはなるほどーと言って目を輝かせ、楽しそうに笑った。


「あ! 父さん、アクセサリー屋さんがある!」

「ああ、せっかくだから欲しいのがあったら買って良いぞ」

「良いの!? 行こうルナ!」

「う、うん……」


 初めてのお出かけなのだから何か記念になる物が欲しいと考えたアレンは二人にそう言い、それを聞いたリーシャはルナの手を引きながらアクセサリー屋へと入って行った。その相変わらずの行動力の速さにアレンは呆れたように笑みを零した。


「リーシャちゃんの方は元気が良いなぁ。村でもあんな感じなのか?」

「そうなんだよ。森にも一人で入っちゃうくらいで、注意しても聞かないんだ」

「ハハハ、流石は冒険者の子供ってとこか」


 リーシャの元気の良さっぷりに男は感心したようにそう尋ねて来る。アレンもそれに答え、困ったように手を上げた。

 リーシャの元気の良い所は村でも好印象を抱かれている。やはりリーダー気質なところがあり、どこか人を惹きつける魅力を彼女は持っているのだ。だからと言って今は森の中に居る竜に会いに行くくらい怖いもの知らずなので、もう少し落ち着いて欲しいというのがアレンの本音であった。


「ところで、最近何か変わった事はなかったか?魔物達の様子が変だとか、そういうの」

「ん?ああ、そうだなぁ……」


 ふとアレンは顔を男の方に向けてそんな質問をした。

 今回アレンの元々の目的はリーシャ達を西の村に連れて来る事ではない。霧の盗賊団の情報や山奥に竜が現れた事からその異常を調べる為に情報を集めに来たのだ。

 男はアレンの言葉を聞いてふむと顔を傾け、顎に手を置きながらしばし考えた。


「強いて言うなら近くの洞窟に盗賊が住みついたって事かな。別に盗賊くらい珍しくはないが、ちょっと変な奴らなんだ」

「……!」


 早速出て来た盗賊という言葉にアレンはピクリと肩を揺らして反応する。確かに男の言う通り盗賊が現れる事は珍しい事ではない。最近変わった事の中で出て来る話題ではないだろう。だが霧の盗賊団が出たという情報が流れたこの時期に盗賊と聞いたら意識せざる得なかった。


「変って……どういう意味だ?」

「まぁこの村にも冒険者が居たりするから警戒してるだけなのかも知れないが、全く盗みもしないし村を襲ったりしてこないんだ。村の何人かが洞窟付近に盗賊達を見たってだけで、何もしてこない。変な話だろ?」


 男曰く盗賊達はただここから先の森の中にある洞窟を住処にしているだけで、不審な動きをする素振りが全くないらしい。確かにそれは盗賊団らしくない。盗賊達がそこを拠点としたという事は付近に何らかの目的があり、その可能性として一番に上がるのは村を狙っているという事だ。盗賊にとって大した武力も持たない村を襲うのは最も効率が良い略奪方法である。にも関わらず何もしてこないというのは別の意味で不気味である。


「しかもだぜ、あろう事か盗賊の下っ端みたいな奴が村にお使いに来たんだよ。たくさんの食料を買って行ったんだ」

「なんだそりゃ……?盗賊が金を払ったのか?」


 男は思い出し、笑い話のように盗賊のした事を教える。アレンも流石にそれには首を捻り、何故盗賊がそんな事をしたのかと本気で疑問に思った。

 盗賊が食料を必要としているのならば盗賊らしく奪えば良い。彼らはそうやって生きている人種だ。それをしないという事は、何か大きな理由があるのかとアレンは髪を掻きながら考える。


(騒ぎを起こしたくないからか……?それとも、村を襲う余裕すらないって事か?一体何が起きてる?)


 出来れば確かめに行きたいが、それで変に盗賊を刺激したら西の村に迷惑を掛ける事になる。それに敵がどれ程の勢力なのかも分かっていないのだ。向こうは洞窟を拠点としている。罠の準備や周囲の偵察も怠っていないだろう。それをただの村人である自分がたった一人で調べに行ける訳がない。アレンはそう判断し、ひとまずこの情報だけでも村に持ち帰る事にする。


「父さん父さん! これ買って良いー?」

「ん、もう決めたのか?おぉ、可愛いリボンだな。ルナもそのお揃いので良いのか?」

「うん……これが良い」


 しばらくするとリーシャとルナがアレンを呼び、気に入った細い紐のリボンを指差した。どうやらリーシャは白色のリボン、ルナは黒色のリボンでお揃いにするつもりらしい。アレンは二人らしいなと思いながらそのリボンを購入した。


「ありがとう父さん! 大切にするね」

「私も……ありがとう、お父さん」


 買ってもらったリボンを大切そうに持ちながらリーシャとルナはそう言う。別に高い買い物でもないしそこまで大袈裟に言われるとアレンも何だか申し訳なくなったのだが、二人の嬉しそうな表情を見ているとそんな事も気にしなくなった。

 それからアレン達はまた男に案内されながら村を見て回り、牧場では牛に触らせてもらえた。リーシャは初めて見る動物に興奮し、自分よりも何倍も大きい牛を相手に全く怖がる事なくべたべたと触っていた。魔物に好かれるルナも別に牛の事は怖がっていなかったが、一応汚れない為に少し離れた所でリーシャの事を見守っていた。

 村を回っている最中にリーシャはふとある店の前で立ち止まった。そこは道具屋であり、薬や冒険に役立つ道具を売ってくれる店であった。アレンも冒険者だった頃はよくこういう所にお世話になった為、つい懐かしく思って店の看板を眺めていた。


「ねぇ父さんー、このお薬買っちゃ駄目かなー?」


 ふと店の前でざるに載せられている薬草を見てリーシャがそんな事を尋ねてくる。ちょっと遠慮しているような素振りで、恐らく先程買ってもらったばかりなのにまたねだるのはわがままかなと考えているのだろう。アレンからすれば別にいくらでもわがままは言ってくれて構わないし、薬草くらい大した値段ではない。だが疑問に思う事はあった。


「薬草が欲しいのか?どっか怪我でもしたのか?」

「ううん、あの竜に効くかなーって思って……」


 どうやらリーシャは山奥の傷ついたあの竜の事を気にして薬草を買いたいと思ったそうだ。

 優しい子である。普通の人なら竜など見たら悲鳴を上げて逃げ出すと言うのに、リーシャ達は傷ついた竜を見て真っ先に自分に報せ、助けようとした。そして隣の村に遊びに来た今でも竜の事を気に掛けている。アレンは感心し、そっと彼女の頭を撫でた。


「うーん、流石にこれくらいの量の薬草じゃ竜には効かないかな……でも心配ないさ。言ったろ?竜は再生能力が高いんだ。すぐに良くなるって」


 心配そうにしているリーシャを安心させる為にアレンは改めてそう教える。あくまでも人間達が使ってる薬草が竜に効くかは分からないし、買って行ったところでどうやって竜に使ってやれば良いのかも分からない。それに竜は自己再生ですぐに復活するはずだ。リーシャが余計な心配をする必要はなかった。


「分かった! じゃぁ竜が元気になったら今日の牛さんみたいにいっぱい触ろ!」

「そ、それは勘弁してくれ……」


 アレンの言葉を聞いて元気になったリーシャはにぱぁと笑顔になりながらそう言う。

 あの竜に敵意があるかどうかは分からないが、流石にサイズ比が違い過ぎるのでアレンはそれだけはやめてくれとお願いした。リーシャは未練がありそうな不満げな顔をしていたが、竜が危険だった場合はやめる事を承諾してくれた。優しい竜だったら触る気満々という事ではあるが。

 その後もアレンの情報も順調に進み、村での用事が大体終わった頃には空も薄っすらと橙色に染まり始めて来ていた。村の門の所まで男に案内してもらい、そこで別れるとアレンはリーシャ達の方を見る。


「どうだった?初めての外の世界は」

「すっごい楽しかった! 牛さんにも触れたし、色んなものいっぱい見れた!」

「私も、楽しかった……同じ村なのに私達の所とは全然違って、凄い新鮮だった……」


 リーシャもルナも大変満足したようで二人の喜びを表す態度にはかなり差があるが、アレンが見る限りでは二人共同じくらい喜んでいる様子であった。それを見てアレンも満足そうに顔を頷かせる。

 どうやら当初の目的通り二人は外の世界の素晴らしさを知ってくれたようだ。今までは自分達の正体の事もあり彼女達は外に出る事を躊躇っていた。だが次からは怖がらず前を進むようになってくれるだろう。アレンはそう確信する。


「ねぇ父さんー、またお出かけする時付いて行って良い?」

「ああもちろんさ。ルナもそうしたいか?」

「うん……」

「じゃぁ決まりだな。次はシェルも誘って街にでも行こうか」


 アレンはまた一緒にお出掛けする事を約束しながら門をくぐり、自分達の村への帰路についた。リーシャは買ったばかりのリボンで早速自分の髪を結い、ルナは胸元のリボンを取り換える。リボンを変えただけだが新鮮な気持ちになり、二人はぱぁっと笑顔になった。アレンもそれを見て自分の事のように嬉しくなり、優しい笑みを零した。


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