67:家族でのお出かけ
朝、アレンは遠出の為の準備をしていた。頑丈なブーツに水筒に干し肉、それらを用意してアレンは最後にいつもの護身用の剣と短剣を手に取った。錆びていないか刃こぼれしていないかを丁寧に確認し、満足げに頷いて鞘に戻す。その様子をリーシャとルナはソファの後ろから顔を出しながら眺めていた。
「父さん、どこか行くの?」
「ああ、またいつもみたいに西の村に行って来るよ。夕暮れまでには帰って来る」
アレンの遠出は然程珍しい事ではない。元冒険者という事もあって外での移動は慣れており、よく西の村との交流の為にアレンは村の特産品などを持って出掛けて行く。だがリーシャとルナはアレンの言葉を聞いて首を傾げた。
「何で?西の村にはこの前も行ったじゃん」
「今回はちょっと別の用事なんだ。外の方で確認したい事があってな」
実はアレンは先日も野菜を担いで西の村に物々交換をしに行ったばかりであった。にも関わらずまた行こうとしている事にリーシャ達は疑問に思う。アレンはその事を認め頬を掻きながら答えた。今回の目的は物々交換ではなく、もっと別の事。だがその詳細を二人に教えようとはしなかった。そして荷物の準備を終えるとアレンは二人の方に顔を向け、ある事を尋ねた。
「二人も来るか?西の村でもリーシャ達の顔を見たいって言ってる奴が居るんだが……」
「えー……でも私達は……」
「…………」
途端に顔を低くしてソファに隠れるような体勢を取るリーシャとルナ。それを見てアレンはやはりか、と思う。
アレンはいつも遠出をする時リーシャとルナに一緒に来るかと尋ねていた。だがその度に彼女達は複雑そうな表情を浮かべてそれを断る。最初アレンはそれを単に怖がってるだけか、遠慮しているだけだと思った。だが二人が勇者と魔王である事を確信してからはそれは別の理由があるのだと予測した。彼女達は自分達の正体が明るみになる事を恐れ、人気の多い所をなるべく避けているのだ。今にして思えば村に兵士達が来た時に警戒していたのはその為だったのだろう。試しにアレンはその事を追求してみる事にする。
「二人共、ひょっとして自分達の正体がバレる事を気にしてるのか?」
「……ッ!」
「……う、うん」
指摘してみると予想通りルナはビクッと怖がるように肩を揺らし、リーシャも暗い表情を浮かべて素直にそれを認めた。それを聞いてアレンは申し訳ない気持ちになる。二人は自分が思っている以上に勇者と魔王である事に責任を持っていたのだ。この力が外に広まってしまった時、どれだけ世界が揺らいでしまうか。それを冷静に分析し、この村から出ないという事を二人は決断した。アレンは本来そういう事にも気にするのは親の自分の役目なのに、と後悔するように拳を握った。
「偉いな二人共、ちゃんと考えていて。悪かったな、気遣ってやれなくて」
「やっ……お父さんは悪くないよ。私が……魔王だから……」
アレンはちょいちょいと手招きをして二人を近くに寄らせ、そっと頭を撫でてやりながらそう謝罪する。するとルナはすぐにそれを否定し、弱々しい言葉ながら弁解した。
ルナの場合人間達の希望である勇者のリーシャと違い、忌み嫌われる魔王である。その為自分が魔王だと知られてしまった時の周りの反応を怖がり、より村から出るのを恐れていた。これは自分が悪い事。自分が魔王だから人々の希望であるリーシャにも自分と同じような目に遭わせている。ルナはそう考えていた。だからアレンにまで暗い顔をされるのは絶対に嫌だった。
「だけど前に兵士に手を確認された時何も言われなかったよな?ひょっとして幻覚魔法を使ってたのか?」
「うん、ルナの魔法で紋章を隠したの」
アレンは前に一度リーシャ達の手を確認したジーク隊長の事を思い出した。その時はアレンもただの痣だと思っていた為ジーク隊長も気にしなかったのだと思っていたが、リーシャとルナが本物の勇者と魔王と分かったからには紋章を見間違うはずがない。ならば何故ジーク隊長は見逃したのかを考え、二人が幻覚魔法を使ったのかと推測を立てた。それを聞いてリーシャもルナの事をチラリと見ながら真実を明かす。
アレンは感心した。幻覚魔法は難易度の高い魔法であり、対象者にそう思い込ませる為に色々と工夫をしなければならない。それなのにあの時ルナは周りに兵士達が居るのにも関わらず、彼らが違和感を覚える事もなく幻覚魔法を成功させたのだ。
「他にも……結界魔法とか感覚操作魔法も使ってる。この前紋章が光ってからちょっと調子悪いけど……」
「ああなるほど、それで魔力を抑えてた訳か。ちゃんと勉強してるな、ルナ」
「……うん」
ルナは自分の腕を抑えながら他にも魔法を使っている事を明かした。
当然魔力というものはきちんと制御しなければ駄々洩れになって外部に影響を与えてしまう。シェルくらいになればそんな操作造作もないのだが、ルナは先日の暴走の件で分かる通りまだ制御し切れていない。それでも少しでも膨大な魔力を隠す為に結界魔法などを使って周りに影響を与えないようにしていたのだ。感覚操作魔法はその僅かな魔力漏れが気付かれないようにする為の保険である。
アレンはそれを聞いてなるほどと納得いったように手を叩き、ルナが自分が教えた事を彼女なりに組み合わせて使用していた事に感心し、褒めるように頭を撫でた。するとルナは少し照れたように頬を赤くし、口元を緩ませる。
「それだったら問題ない。後は少しシェルに手伝ってもらえば大丈夫だ」
「え……でも……」
「リーシャとルナも外の世界に行きたいだろう?本当は見てみたい物とか、行ってみたい場所とかあるんじゃないのか?」
「「…………」」
アレンの言葉にリーシャとルナは迷うように押し黙る。
外の世界に興味がないと言えば嘘になる。二人にとって山の外は未知なる場所であり、アレンから冒険者だった頃の話を聞かされて毎晩外の世界はどうなっているのだろうと想像するくらいであった。本音を言えば行ってみたい。紋章を幻覚魔法で消せた時からその思いは抱いていた。だが勇気が足りなかった。本当に自分達が外の世界に出て良いのかと迷い、二人共怖がっていたのだ。
そんな悩んでいる彼女達を安心させるようにアレンは肩を掴み、優しく笑みを浮かべて口を開く。
「大丈夫、何があっても俺が二人を守るよ」
断言出来る訳ではない。もちろんアレンは二人を守る為に命を賭ける覚悟があるが、それでも妖精王や魔王候補のような存在がまた現れれば二人を守り切れる自信がない。だがそんな一抹の不安で二人がこの村から出られないというのも我慢できなかった。二人にはもっと外の世界の事を知ってもらいたい、きっと外の世界には彼女達を魅了する様々な物があるはずだ。アレンはそれを教えて上げたかった。だから今回だけは、少しだけ見栄の張った嘘を吐いた。リーシャとルナはその言葉に安心したように表情を和らげる。例えアレンにとっては見栄だとしても、子供の二人からすれば親の言ってくれる言葉は何よりの救いであった。
こうしてリーシャとルナは初めて村の外に出る事となり、外着の準備をした後シェルの所へと向かった。シェルは出来上がったばかりの工房の調整を行っており、質素なその工房内の模様替えを行ったりしていた。工房なので余計な家具などはなく、机と椅子が一つずつ置かれているだけでそれ以外は魔法陣が描かれた筒紙が大量に置かれている。そこでシェルは魔法書を手に持ちながらグルグルと歩き回っていた。
「え、リーシャちゃん達と西の村に行くんですか?」
「ああ、シェルも行くか?」
「……いえ、私は工房の調整があるんで、三人で楽しんで来てください」
アレンはリーシャ達と西の村に行く事を伝える。リーシャ達の正体を知っているシェルは最初意外そうに二人の事を見ていたが、やがて何かを納得したように笑顔を浮かべ、手に持っていた魔法書を机の上に置くとアレンの方に視線を戻した。
「それでシェルにはルナに補助魔法を掛けてもらいたいんだ。魔力操作の」
「ああなるほど……そういう事ですか。分かりました。それくらいならお安い御用ですよ」
アレンは大体の事を説明し、うっかりルナが魔王だという事がバレないよう念を押しておく為に魔法を掛けておいて欲しいと伝えた。元々ルナは結界魔法などで魔力を防ぎ、いざという時は幻覚魔法で紋章を見えないようにしている。だがこれだけではルナにいざ何かあった時魔法が解除されてしまうかも知れない。その僅かな可能性にも対応出来るようにしておくのだ。
「それじゃルナちゃん、こっちに来て」
「うん……」
シェルは横にあった椅子を前に置き、ルナに手招きする。ルナは素直にシェルの近く寄り、指示された通りに椅子に座った。それからシェルは純白の杖を取り出し、小さく息を吐き出す。少し長めの詠唱を唱えるとシェルの持っている杖の先から淡い青白い光が灯り、それが雪のようにルナに降り掛かった。ルナはその光を瞳を輝かせながら見ている。
「これは……?」
「ルナちゃんの魔力の流れを抑える魔法。それと結界魔法を強める作用もあるから、これでルナちゃんが魔王だって気付く人は居ないよ」
ルナの質問にシェルは指を立てながら丁寧に説明する。
今回シェルが使ったのはただの補助魔法だ。ルナが元々自分が魔王だと知られない為に使っていた魔法を強化しているに過ぎない。ただしこの魔法のおかげで不安定だったルナの魔力は落ち着き、結界魔法も強化される事によって感知能力が高い人物と出会っても魔王だと気付かれないという利点はある。これならルナも安心して外に出られるだろう。
「でも気を付けてね。完璧な魔法って訳じゃないし、紋章を見られたら一発でバレちゃうから。うっかり包帯が取れないようにして」
「うん、分かった……ありがとう、シェルさん」
だがこの魔法はいつまでもルナに掛かっている訳ではないし、あくまで応急処置に過ぎない。その事をシェルは深く注意し、ルナも真剣に聞いていた。そして頭を下げてお礼を言い、椅子からぴょんと飛び降りる。魔法が掛かっているからかルナの動きはどこか軽やかだった。そこでふと椅子を元に位置に戻しているシェルが思い出したようにアレンの方に視線を向ける。
「でも、先生もこの魔法使えますよね?何でご自分でやらなかったんですか?」
「補助魔法はシェルの方が得意だろ。俺の場合だとうっかり解けちゃうかも知れないからな」
シェルはそう言えばとアレンに補助魔法の事を指摘する。すると彼は髪を掻きながらバツの悪そうに答えた。
アレンも補助魔法は使えるには使えるが、それでも専門という訳ではない。知っての通り彼の魔法はどれも極めたものではなく、ある程度使えると言ったレベルの物だ。そんな中途半端な魔法ではもしかしたらという事もある為、アレンは最善を尽くす為に元々補助魔法が得意であったシェルを頼る事にしたのだった。
「それじゃ、行って来る」
「はい、お気を付けて」
こうして無事ルナの魔力の方の対策も済み、三人はいよいよ西の村へ向かう事となった。家の戸締りをしっかりしてから村の道を歩き、その途中で出会った村人達に西の村に行って来ると伝えながら門を目指す。そしていざ村の門に到着すると、ふとアレンは横にリーシャとルナが居ない事に気が付いた。振り向いてみると二人は門の前で立ち止まっており、村と外の境界線を越えられないでいた。
「どうした?二人共」
「えへへ……ちょっと緊張しちゃって」
「いつも森にはよく行くのに……こうして村を出るのは別世界に行くみたいで……」
アレンが尋ねるとリーシャは恥ずかしそうに頬を掻きながら答え、ルナがちょんちょんと両手の人差し指を合わせながら答える。どうやらまだ緊張しているらしい。当然の事だ。二人からすれば外の世界に行くという名目で村の門を超えるのは初めての経験なのだから。未知という物は魅力的であると同時に恐ろしい物でもある。もしかしたら自分達が当たり前のように過ごして来た日常が壊れてしまうかも知れない。そんな気持ちに彼女達はなっているのだろう。
「大丈夫さ。西の村って言ってもそんな遠い訳じゃないし、いつも森の中を散歩してるのとさして変わらない。むしろ面白い物がたくさん見れるぞ」
珍しく子供らしい仕草をする二人を見てアレンは面白がる。今の彼女達は本当にただの幼い女の子と言った感じだった。とても勇者と魔王の紋章を持つ選ばれし子供とは思えない。だが本来ならこれが普通の事である。初めての事に怖がり、戸惑い、足が竦む。そんな子供達の背中を押すのが親の役目だ。アレンは二人にそっと手を差し出した。
「おいで。リーシャ、ルナ」
「うん!」
「ん……」
アレンの声を聞いて二人も表情を明るくし、リーシャは元気よく返事をして駆け出し、ルナも相変わらず大人しくはあるもののリーシャに続いて門を超えた。そしてアレンは二人と手を繋ぎながら山道を歩き、三人の姿は森の中へと溶け込んで行った。




