65:工房作り
鬱蒼と木々が生い茂り、夜の闇によって暗闇で覆われている森。そこでは武装をした何十人もの男達が松明を手に持ちながらある獲物を追い掛けていた。男達の表情は険しく、余程の大物を追い詰めている事が伺える。
「そっち行ったぞ! 矢で仕留めろ!」
「右だ! 尻尾に気を付けろ。直撃だと骨をやられるぞ!」
男達は互いに指示を出し合いながらその獲物を追い詰めていく。獲物は草むらや木々に姿を隠しながらどんどん森の奥へと移動していき、その大柄な体格からは想像出来ない程俊敏に動く。闇を利用し、姿を溶け込ませているのだ。男達はそれに困惑し、ものの見事に獲物を見失っていた。
「うぐぁ……!」
「くそっ……! あんな傷だらけなのにまだ動けるなんて……!」
直後闇の中から巨大な尻尾が飛び出し、男達の仲間の一人に直撃する。走っているせいでろくに構える事も出来なかったその男は紙屑のように吹き飛ばされ、地面にぶつかってゴロゴロと転がって行った。すぐさま他の仲間が尻尾が飛び出した方角に矢を放つが、獲物は再び闇へと姿を消してしまう。すると暗闇の一部から僅かに淡い光が灯った。それを見て男達は何なのかと疑問に思う。
「まずい! ブレスだ!!」
男の一人がその光の正体に気が付き、すぐさま仲間達に回避するように指示を出す。男達は慌てて方向転換してその場から逃げ出そうとするが、暗闇に灯っている小さな光は巨大な炎へと姿を変え、その場へと溢れ出た。
「ゴァァァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
怪物の低い唸り声と共にその場が火炎で埋め尽くされる。いち早く気が付けた男達は何とかそれを回避出来たが、逃げ遅れた仲間達は全員その炎に飲み込まれ、あっという間に塵となってしまった。やがて辺り一帯は残り火で明るく灯り、獲物はその背中にある巨大な翼を広げると夜空へと飛び去って行ってしまった。残された男達は息を荒くしながらそれを見上げ、目つきを鋭くする。
「……逃げられましたね」
「仲間も半分以上やられた……だが奴も手負いだ。そう遠くには行けまい」
男の一人がボスらしき人物にそう声を掛ける。目つきが悪く髭を生やしたその男は悔しそうに拳を握り絞めるが、獲物の状況も冷静に分析し、追い掛ければ仕留められると判断すると邪悪な笑みを浮かべた。
「必ず捕まえて奴の牙、爪、鱗を売りさばいてやる……我らが〈霧の盗賊団〉がな」
小さくそう呟き、男は部下に全員を集めろと指示を出す。部下の男もそれに従い、生き残った仲間達に声を掛け始めた。彼らは〈霧の盗賊団〉。大陸の至る所に支部を設置し、巨大な組織を確立している極悪集団。行商人から金品を略奪し、街を襲って金目の物を頂戴する。騎士団を敵に回しても多くの支部が存在する為根本を断ち切る事が出来ず、その盗賊達は今だに活動を続けている。そんな彼らの現在の標的は金品やお宝ではなく、生き物。それも伝説級のある種族であった。
霧の盗賊団のボスはその歪んだ顔を更に歪に引き攣らせ、汚れた歯を見せる。彼の目は今まで見た事もないようなお宝を見つけたように輝いていた。しかしその瞳の奥には邪悪な欲望が潜んでいる。
◇
村で行う建築はそう難しい事ではない。木材で骨組みを作り、板を張って簡易的な空間が出来上がれば良い。ましてや今回は家の隣に小さな工房を建てるだけである為、必要な費用も材木も少なく済む。アレンは慣れた手つきでトンカチを動かし、工房の建築を行っていた。隣ではシェルも手伝っており、慣れない重労働に四苦八苦している。
「シェル、別に無理しなくて良いんだぞ」
「いいえ、私が我儘言って工房建ててもらってるんですから、お手伝いくらいして当然です」
シェルは力仕事が苦手な為、時折木材に指を挟んだりとドジな面を見せていた。それを気遣ってアレンは声を掛けるが、シェルは大丈夫ですと無理やり笑みを作って平気な振りをする。そんな彼女の目はちょっとだけ涙目になっていた。アレン側からすればせっかくシェルに村に居てもらうのだから彼女が仕事をやりやすいよう工房を建てるくらい別に構わない。実際建てるのも簡易的な物であり、大魔術師が満足出来るような上等な物を作る事が出来ない。むしろ恐縮するのはアレンの方であったが、シェルは別に気にした素振りを見せず、むしろ木で造られた簡易的な工房でも気に入っていた。
「んじゃそこの木材取ってくれ」
「はい、分かりました」
アレンは首に巻いてあるタオルで汗を拭きながらシェルにそうお願いをする。シェルも頷き、アレンが指示した細めの木材を手に取ると彼に手渡した。
既に工房も半分以上は建築が進んでいる。元々そんな難しい構造の建物を作る訳でもなく、アレンの家を改築する形で工房を作っている為、作業はスムーズに進んだ。アレンは改めてトンカチを手に取り、木を叩く。すると丁度村長が様子を見に現れた。
「ほっほ、作業は順調かの?アレン」
「ああ、村長。見ての通りだよ」
現れた村長の質問にアレンは手を動かしながら答える。
シェルは村長が来た事に気が付くと予め休憩用に用意していたお茶を取り出し、それを村長に差し出した。村長はお礼を言ってそれを受け取り、近くの切り株を椅子代わりにしてお茶に口を付ける。その間もアレンは必死に手を動かし、木材の接合部分を繋げ合わせる。
「リーシャちゃんとルナちゃんはどうした?あの子達ならこういう事も手伝いたいと言い出しそうじゃが……」
「二人はまだ子供だぞ、村長。それに今は森を散歩中さ」
ふと村長はいつもアレンの傍に居るはずのリーシャとルナが居ない事に気が付く。彼女達が優秀である事からつい建築作業も手伝うだろうと思った村長はその事を尋ねるが、アレンは苦笑しながら首を横に振った。皆忘れがちであるがリーシャとルナは子供である。確かに二人は森に入って魔物を倒せるくらいの実力があるが、それでも建築作業のような重労働をこなせる程の身体はまだ出来上がっていない。その事を思い出し村長もそうだったなと言いながら額を叩いた。
「ところで何しに来たんだ?見に来ただけなら手伝ってくれよ」
「お前さんはこんな年寄りに手伝わせるつもりなのか?」
「村長ならあと五十年は長生き出来るだろうよ」
「ほっほっ、言ってくれるのぉ」
ある程度工房が完成した所でアレンは一度その場から離れ、村長の方を向きながらそう声を掛ける。軽い冗談の言い合いは二人の姿からして父と子のようにも見える。横ではシェルが微笑ましそうに笑顔を浮かべながらその光景を見守っていた。そしてアレンも休憩を取る事にして村長の隣の切り株に腰を下ろし、シェルが用意してくれた冷たいお茶を飲む。暑い中健康的な汗を流し、疲れたところで飲む冷たいお茶は格別であった。するとアレンと村長は世間話を始め、最近の外の様子の話題を出した。
「そう言えばアレン、最近外の方では盗賊団が出ているらしいぞ。先週も旅商人が襲われたと西の村の者から聞いた」
「そりゃ物騒だな。この森に近づく盗賊はそう居ないと思うが、警戒しないとな」
話題は最近外の方で事件になっている盗賊の話となる。金目の物を持っていそうな人物を襲って奪ったり、集団で街を襲撃して金品を略奪する厄介な連中。一応騎士団等が掃討に当たっているが、やはりこのご時世そういう連中が消える事はないらしく、いくら捕まえたところで新たな略奪者が現れる。アレンはこの村が狙われないかと不安に思い、僅かに眉間にしわを寄せる。
「その人達の特徴とかって聞いてますか?例えば変なシンボルを付けてたりとか……」
「ふむ?ああ、そう言えば確か……」
盗賊団の話題にシェルも加わり、盗賊団についての情報を尋ねる。シェルも大魔術師として見逃せない部分があるのだろう。何よりこの村が襲われた時の事を想定し、少しでも敵の情報を知っておこうと思ったのだ。質問された村長は髭を弄りながら考えるように視線を動かし、目を見開いてある事を思い出す。
「霧がどうたらとか言っていたの。盗賊がそう叫んでたとか」
村長は思い出すように頬を掻きながらそう言う。その言葉を聞いてアレンとシェルは顔を見合わせ、目を細めた。霧という言葉だけでその盗賊団がどういう組織なのか理解したのだ。
「〈霧の盗賊団〉……」
「面倒な連中が現れたな……」
霧と盗賊で関連性があるとしたら一つしかない。霧の盗賊団である。普通の盗賊団とは抜きん出てその規模は大きく、至る所に拠点を作って騎士団の追跡から逃れている裏の組織。彼らが出没したと言うのはアレンとシェルにとってあまり嬉しい事ではなかった。
「なんじゃ、知っておるのか?」
「冒険者の頃にちょっとな。奴らはダンジョンに潜ってる冒険者を襲ったりとか、綿密な計画を立てて奇襲を仕掛けて来るかなり悪質な連中なんだよ」
実はアレンも霧の盗賊団の一員とは遭遇した事があり、彼らはダンジョンという危険な場所にも関わらず潜り込み、お宝を見つけた冒険者を襲ってその金目の物を横取りしていたのだ。幸いアレンはその時はパーティーを組んで行動していた為、霧の盗賊団の一員を退ける事が出来た。だがもしも一人の時に襲われていたらという不安は未だに残っており、アレンは霧の盗賊団が出没した事を知ると不愉快そうに拳を握った。隣でも普段は優しい笑みを浮かべるシェルが神妙な顔つきになっており、唇を僅かに噛んでいる。
「ここまで活動範囲を広げて来たんでしょうか?昔はもっと王都周辺に集中していたはずですけど……」
「どうだかな……あいつ等はそれこそ霧のように広がって掴む事の出来ない連中だ。何か目的があるのかも知れないが」
アレンは口元に手を当てながら思考する。
霧の盗賊団がここまで活動範囲を広げたという可能性は低い。わざわざこんな辺境の土地まで範囲を広げるメリットがないし、盗賊団もそこまで手を広げられる余裕はないはずだ。それに本格的に範囲を広げたならもっと出没情報が出ているはずである。そしてもう一つの理由は彼らの行動の特徴。普通の盗賊団はめぼしい所に拠点を作り、そこを主軸にして周りの村や街を襲い、金品を略奪する。だが霧の盗賊団の場合はその規模から数々のグループに分かれており、そのグループによって目的が違う。今回霧の盗賊団が現れたのはどこかのグループが何らかの目的があってこの土地までやって来たと考えるのが一番可能性が高いだろう。
「大丈夫です。何かあったとしてもすぐに私が対処しますので」
「おお、シェルさんがそう言ってくれるなら安心じゃ。何せあの大魔術師様じゃからの」
アレンが深く考えて悩んでいるとそれを心配したのかシェルが拳を強く握り締めながらそう宣言した。それを聞いて村長も安心し、うんうんと顔を頷きながらシェルにお礼を言う。
確かにシェルが居れば安心だ。今の大魔術師のシェルなら例え霧の盗賊団が相手だとしても簡単に一網打尽にする事が出来る。それはアレンも信頼していた。だがもしも盗賊団の目的がリーシャとルナだったとしたら話は別である。例え僅かな異変だったとしても子供達に危害がないよう、アレンは十手先まで予想しておく必要があった。そんな風にアレンが顔を険しくして考えていると、後ろの方から何者かが走って来る音が聞こえて来た。
「父さん父さんー!」
ふとアレンが顔を後ろの方に向けるとそれはリーシャであった。彼女は今朝ルナと共に森の散歩に出かけたはず。いつもの事だから昼くらいに帰って来るだろうと思っていたが、今回は少し様子が違う。どこか慌てている節があり、それに異変を感じたアレンも切り株から立ち上がった。
「リーシャ、どうかしたのか?ルナはどうした?」
「父さん大変なの! 一緒に来て!」
「えぇ?」
アレンの近くまで来るとリーシャはアレンの服の袖を引っ張り、一緒に来るように訴えて来た。ろくに詳細も教えてくれない為、アレンは困った表情を浮かべる。チラリとシェルと視線を合わし、彼女は行ってあげてくださいと笑顔を浮かべて伝えると、アレンは申し訳ないように頭を下げてからリーシャに引かれるがまま走り出した。
「早く早く!」
「わ、分かったよ。一体何があったんだ?」
リーシャは慌てているが命の瀬戸際という程焦っている訳でもなく、ルナに何かが起こったという事でもないらしい。一切状況が読み込めないアレンはそのまま前を走るリーシャの後を追い、森の中へと入って行った。




