表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
2章:子と弟子と
62/207

62:傍に付いている



 制御出来ない闇。それは今まで自分の中に抑えていた膨大な魔力が壊れた蛇口のように溢れ出し、一切の制御が効かなくなった魔法の成り損ない。ルナはそれをろくに操作する事が出来ず、ただやみくもに闇を広げる事しか出来ずにいた。相変わらず魔王の紋章は紫色に輝き、何かを訴えるように脈打っている。その度に腕を浸食している闇は広がり、遂には顔にまで亀裂のような跡が出来てしまった。

 この姿だけはアレンには見られたくなかった。自分が本当はアレンとリーシャとは違う魔族で、忌み嫌われる魔王の力を持っているのだと改めて認識され、自己嫌悪に陥ってしまうのだ。ルナは呆然としてるアレンを見て今すぐこの場から消えたくなり、闇の中に隠れようとした。


「待てルナ! ……落ち着け」

「……ッ、お父さん」


 ルナの僅かな動きに気が付き、アレンは手を伸ばしてそう訴える。ルナの性格なら責任を感じて一人で逃げてしまうと察し、先手を打ったのだ。ルナもアレンに呼び止められたらついつい救いを求めてしまい、動きを止めてアレンの方を振り返った。ルナの顔半分に入っている亀裂のような跡はビキビキと音を立てて更に広がる。


(これは……魔力の暴走か。まだ自我は残ってるから、最悪の状態は免れたな)


 今起こっている現象とルナの症状を見てアレンはそう判断する。

 魔力の暴走は何も珍しい事ではない。むしろ膨大な魔力を持つ子供こそその症状になる可能性は高く、シェルだって一度は魔力の制御が出来なくなって困っている時期があった。だがまさかここまで広範囲に影響を与える程の暴走は初めてである。やはり魔王の素質が高いという事を現しているのだろう。アレンはそう判断しながらどうこの現象に対処すれば良いかを考えた。とにかくルナは責任感も強い為、刺激するような事は避けなければならない。でなければ彼女は心を閉ざしてしまうからだ。


「良いかルナ、とにかくまずは落ち着くんだ……怖がる必要はない。この闇はお前の魔法だ。お前が操れる物なんだ」

「で、でも……私っ……」


 アレンは出来るだけ優しい口調でそう伝える。この魔法に脅威はなく、何ら怯える必要はないのだと。だがそれでもルナは自分の魔法の危険性に気づいているのか、それで安心するような事はなかった。むしろ罪悪感を感じているのか両手を胸の前に寄せ、怖がるように身体を震わせる。

 ルナは気付いている。この魔法がどれだけこの森を浸食しているかを。木々を飲み込み、全てを闇に染め、支配している。その気になれば飲み込んだ物を粉々にする事も切り刻む事も出来る。それくらいこの闇魔法は恐ろしい物なのだ。ルナは諦めたように目に涙を浮かべ、ポツリポツリと喋り始めた。


「お父さん……私、ピクシーを攻撃しちゃったの……クロが傷つけられたのを見てついカッとなって……それで、自分でも知らない魔法が発動した」


 ルナは自分がこの状態になってしまった時の事を明かす。手をプルプルと震わせ、それこそ叱られる事を怖がる子供のように身体を小さくする。闇に覆われて亀裂の入った顔も相まってその姿は壊れた人形のようであった。


「そしたら、ピクシーが動かなくなっちゃったッ……私、やっちゃいけないって教わった事をしちゃったの……!」


 ドルンと周りの闇が揺れ動く。ルナの感情と同調しているように大声を出すと闇がざわめき、アレンの周りにも闇が近づいて来た。やはり今のルナは非情に不安定な状態になっている。不安定になったから魔力が暴走したのか、魔力が暴走したから不安定になっているのか分からないが、どちらにせよ危険な状態には変わりない。特に自分が教えていた事を破ってしまった事の罪悪感からその後悔は大きいのだろう。アレンは松明を握り締め直し、ルナに近づく為に一歩前に足を踏み出した。それを見てビクッとルナは肩を揺らす。


「ルナ……お前は悪くない。確かに俺はむやみな殺生は駄目だと教えたが、お前はクロを守る為に行動したんだろ?その行動は間違っていない」

「…………ッ」


 否定するような事はしない。旅人や商人からすればピクシーを害虫と判断する者も居るが、子供のルナからすれば例え虫の命を奪ったとしても大きな罪悪感を抱く。明確な敵意を持つ魔物を倒すのとは訳が違うのだ。それに今回はルナにその気はなく、事故に近い形で起こってしまった。それがなお彼女を苦しませるのだろう。


「良いかルナ。お前はきっと今悩んでいるんだろう。自分の制御できない力に、強大過ぎる魔力に苦しんでいる……悲しいが、俺はその気持ちを分かってやる事は出来ない」


 アレンには魔法の才能はないし、魔力も人並みである。故にルナの気持ちを本当の意味で理解する事は出来ない。強大な力を持つ者の悩みを共感してあげる事は出来ない。その事から彼は悔しそうに拳を握る。


「だが、それでも俺はお前を拒絶するような事だけは絶対にしない。お前の苦しみを分かってあげられるようになりたいし、助けになりたいとも思ってる……」


 アレンはまた一歩前へと進んだ。しかしそれ以上先の闇だと松明の明かりだけで退ける事が出来ず、僅かな闇がアレンの足元にへばりついた。泥のようにそれはくっ付き、アレンの身体を闇へと引きずり込もうとする。しかし彼が歩みを止める事はなかった。ルナは静止の声を掛けるが、アレンは進み続ける。そして近くまで寄ると、そっとルナに手を差し伸べた。


「だから一人で悩まないでくれ。お父さんが傍に付いているから……」


 アレンは少し辛そうに表情を歪ませながら無理して笑顔を浮かべ、ルナを安心させるようにそう言った。そんな彼の姿を見ると、ルナも目に光を取り戻す。


「お父さん……」


 ルナの顔に入っていた亀裂の跡が薄っすらと消えていく。同時に手から揺らめいていた闇も消えていき、森全体を覆っていた闇もズルズルとルナの足元の影へと戻って行った。

 先程まで辺り一面を覆っていた闇は完全に消えて戻り、豊かな自然へと戻る。ルナの身体も元に戻ると、急に彼女は身体中の力が抜けるような感覚を味わい、地面に倒れそうになった。それを慌ててアレンは受け止め、支える。


「ッ……ありがとう……お父さん」

「子供は親に心配を掛けさせるものさ。ルナが不安に思う必要はないよ……俺は絶対に、お前を見捨てない」


 ルナは目から涙を流し、震え声でかろうじてそう声を出した。その言葉がごめんなさいではなくありがとうだった事にアレンは嬉しく思い、彼女を抱きかかえて頭を撫でてやる。するとルナは今までにないくらい子供らしく泣いた。


 それからしばらくルナは泣き続け、ようやく気持ちが落ち着いた時には鼻水を垂らし、目は真っ赤に腫れてだらしない顔になっていた。普段の大人しいルナとは思えない程感情を表に出していた為、こんな顔のルナを見られるのは珍しいだろう。アレンはよしよしと最後に頭を撫で、ルナをゆっくりと地面に下ろした。


「……落ち着いたか?」

「うん……ありがとう。お父さん……」


 スンと鼻をすすってルナは目元を擦り、アレンに改めってお礼を言う。すると闇がなくなったのを確認して遠くからクロが駆け寄って来た。その姿を見てルナもぱあっと表情を明るくし、飛びついて来たクロの事を受け止める。


「クロがこの場所を教えてくれたんだ。ルナの所に来れたのはクロのおかげさ」

「そっか、クロもありがとうね」

「ワフ!」


 クロもルナの無事が嬉しいのか、ペロペロと顔を舐めて喜びを訴える。ルナも嬉しそうにクロの毛並みを撫でまわし、お礼を言った。

 実際今回アレンがルナの所にすぐさま駆け付けられたのはクロのおかげであり、もしもクロが道案内をしていなければアレンがルナを発見するのはもっと遅れていたかもしれない。そうなった場合この現象はもっと酷い事になっていた可能性もあるのだ。その事からアレンもクロに心から感謝した。


「ルナー! あ、父さんも居る!」


 その時ふとリーシャの声が聞こえて来た。見ると遠くからリーシャとシェルがこちらに向かって走って来ており、リーシャはアレンの存在に気が付くとブンブンと勢いよく手を振るう。どうやら彼女達も異変に気付いてここまでやって来たらしい。アレンはもう大丈夫だという意味で手を振り返した。

 それから四人は無事村へと戻った。そこでは既にピクシーの悪戯も終結しており、家へ戻るとアレンはリーシャから森で何があったのかを聞かされた。妖精王に遭遇した事、今回の一件は彼が原因だった事、そして一応は事件は終わったのだという事を知り、アレンもそれには安堵した。実際のところ妖精王なんて存在が出て来てはただの村人の自分がどうにか出来る範疇ではない為、無事解決したのなら何よりであった。


「ふー、疲れたぁ……」

「お疲れ様です。先生」


 家のソファに深く座りながら腕を伸ばしてアレンは疲れたように息を吐く。あの後ピクシーの事を説明する為に村長の所に行き、何とか良い感じの言い訳をして誤魔化して来た。だがそれだけでは村人は安心できないので、一応どこも異常がないかと村人達の所を見て回ったのだ。アレンは元冒険者なので何かしらの処置を取るような行動を取らなければならないのだ。原因を知っている為、アレンは意味のない確認作業を取っている時複雑な気持ちだった。

 そうしてようやくそれも終わり、アレンはシェルに淹れてもらったお茶をほっとした表情で口にしていた。その姿はまさしくおっさんと言った感じである。


「シェルも大変だったな。まさか妖精王なんて奴に目を付けられるなんて」

「え、ええ。でも自分の本音に向き合う事が出来たので、良い経験が出来たと思います」


 自分がもしもその妖精王なんて人物と出会ったら石ころのようにぞんざいに扱われるだろう。そう思いながらシェルに聞いてみると、意外にも彼女はそこまで落ち込んでおらず、むしろ前向きで以前よりも瞳に迷いがなくなっていた。少なくとも最近悩んでいたシェルよりもかなりさっぱりとした表情をしている。その事にアレンははてと疑問に思った。


「あの……先生、実はお話があるんです」


 ふとシェルがアレンの向かい側の所に立つと、急にかしこまってそんな事を言い出して来た。シェルがこんな気合の入った表情をする時は何かしら重要な用がある時だ。アレンも思わず沈めていた身体を起こし、視線をシェルの方に向ける。彼女は相変わらず立った体勢のまま、どこか緊張してるように表情を強張らせていた。


「ん、どうした?」

「えっと……実は私、もう調査の仕事が終わっちゃってて、本当はいつでも協会に戻れるんです」


 深呼吸した後、シェルはそう告白する。自分の仕事がとっくに終わっていた事と、いつでも村を離れる事が出来る状態だという事を。これはつまり自分が今まで嘘を吐いて村に居座っていたと明かす事であり、これだけもシェルにとっては言うのを躊躇う事であった。だが彼女はもう決めたのだ。アレンに全てを伝えてから後悔しようと。故に退かない。


「えっ、そうなのか?」

「は、はい……」

「じゃぁシェルは村を出るつもりなのか?協会に戻る為に」

「その事でなんですけど……」


 アレンは別に怒った様子は見せず、むしろ残念そうな顔をする。単純に冒険者の頃良く付き合った友人が居なくなってしまうという事から寂しく思ったのだが、ダンに言われた事もあってアレンは変に意識をしてしまった。そして確認を取るようにシェルに尋ねる。ここからが彼女にとっても本番であった。シェルはこほんと咳払いをしてから改めてアレンと視線を合わせる。


「先生。私はリーシャちゃんとルナちゃんの助けになりたいと言いました。その言葉に嘘はありません……けど、私が最も優先する気持ちはそれじゃないんです」


 心臓の鼓動がうるさい。顔が真っ赤になっていないか気になる。シェルは不安げに胸の前に手を当て、何とか口を動かす。本当に今にも逃げ出したい気持ちになるが、ここで止めたら何も変わらない為、必死に言葉を続けた。


「私は、先生の傍に居たい。先生の隣に立ちたい。昔からそれが私の本当の願いでした……その思いは今も変わりません。だからお願いします。私をこの家に居させてくださいっ……」


 シェルは頭を深々と下げ、そうお願いをした。自分の思いを伝え、遂に本音を明かしたのだ。緊張で喉はカラカラになり、シェルは恐る恐る顔を上げてアレンの事を見る。拒絶されるだろうか、気を遣われるだろうか、どのような事をされても逆に罪悪感を抱いてしまう。シェルはそんな気がした。だが意外な事にアレンの表情は明るい物だった。


「なんだ、それくらいシェルなら全然構わないさ。いつも世話になってばかりだからな。シェルさえ良ければ好きなだけこの家に居てくれ」

「えっ……?」


 アレンの言葉を聞いてシェルはポカンとした表情をする。思わず口をあんぐりと開けてしまい、間抜けな顔をしてしまった。一方でアレンは全然気にしていないように笑っており、どこかズレた感覚をシェルは味わった。


(ひょっとして……これは伝わってない?)

「実際俺だけの力じゃリーシャとルナを守るのは大変だと思うからさ、シェルみたいな頼りになる子が居ると助かるよ」

「あ、有難う御座います」


 この感じからして伝わっていないと察したシェルはどうするべきかと悩んだ。しかしアレンに頼りにされていると思うとついつい顔が綻んでしまい喜びが顔に出てしまう。一応この家に好きなだけ居て良いと言われたので、当の目的は果たせたと言えるのだが、いかんせんシェルは素直に納得する事が出来ずにいた。


(まぁ、良いか……これから意識してもらえるよう頑張れば)


 きっとアレンからしたら自分はまだ後輩冒険者であり、娘のような存在にしか思われていないのだろう。その事は分かっている。この歳の差だ。その認識を変えるのはとても難しいという事も理解している。ならばこれからゆっくりとそれを変えて行けるようにすれば良い。シェルは前向きにそう考え、ニコリと微笑んだ。


「これからも宜しくお願いします。先生」

「ああ、宜しく。シェル」


 シェルの言葉にアレンも微笑んで答える。それは優しい微笑みで、まるで父親のような暖かい物であった。それがいつか別の感情の物になってくれる事を祈りながらシェルは空になった湯呑を下げ、新しいお茶をアレンに手渡した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ