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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
2章:子と弟子と
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55:悪戯好きの妖精達


 机の上に置かれたいくつもの資料とにらめっこをしながらシェルは難しい表情を浮かべている。手に持っている羽ペンはかれこれ数分間全く動いておらず、積まれている資料を確認しては次のを手に取る作業が続けられていた。


「う~ん……やっぱり難しそうだなぁ」


 くしゃくしゃと髪を掻きながら疲れたように息を吐き出し、シェルは悔しそうに呟く。

 何とか村に住み続ける為の理由を見つけようとシェルはこれまでの村での調査の資料を漁り、一から調べ直したのだ。これで何かしら打開策が見つかるのではと期待したが、結果は残念ながら収穫なし。シェルの抵抗は相変わらず平行線を辿っていた。


「はぁ……どうしよう」


 羽ペンの羽の部分を口元に当て、シェルは悩む。出来る事なら村には居たい。アレンの傍に居たい。だがその理由をアレンに告白する勇気はないし、だからと言って何の理由もなしに居座り続ける度胸もない。シェルは自分の意気地なさが嫌になり、不満そうに羽ペンを握り絞めた。

 すると後ろから扉のノック音が聞こえて来た。シェルがはいと返事をすると扉が僅かに開かれ、そこからひょこっとリーシャが顔を出して来た。子供らしい可愛らしい動作である。思わずシェルも先程までの悩みは忘れ、羽ペンを机に置いた。


「シェルさん、今良い?」

「ん、どうかしたの?リーシャちゃん。別にこれと言った用事はないけど……」


 シェルが忙しくない事を確認するとリーシャはちょこちょこと部屋の中へと入って来た。リーシャの服は汚れても良い外出用の服装で、腰にはアレンに買ってもらった聖剣がぶら下げられていた。この時点でシェルはおやと思い始める。


「ちょっと付き合ってほしい事があるの。父さんには内緒で」


 しーと口元に指を当てながらリーシャは小声でそう言う。

 アレンは畑仕事で今家には居ないが、それでも彼女が気にしているという事は余程重要な用があるんだろう。シェルはそう判断し、何か悪戯でもするのだろうかとそんな疑問を抱く。


「良いけど……先生には内緒でってどういう事?」

「森に入るんだ。シェルさんとならそんな長くはならないはずだから、父さんにもバレないはず」


 どうやらリーシャはシェルを森に連れて行きたいらしい。アレンには内緒でいう事は許可を貰っていないらしい。という事は普段散歩程度にうろついている付近の森ではなく、より深い場所かそれ以外の場所の用があるという事だろう。そんな所に一体なんの目的があるのかシェルは疑問に思う。とりあえずこの場はリーシャの言う通りにしよう。特に深く考えずシェルはその申し出を承諾し、別に家にアレンが居る訳でもないがそろりそろりと外へと出た。外では何故かルナが待っていた。ルナは外出用の服装はしておらず、いつもと同じ黒いワンピースである。そして胸にはリーシャと同じく色違いの羽の装飾を付けていた。これは服が違っても必ず付けている。


「じゃぁルナ、留守番お願いね。父さんが帰って来ても上手く誤魔化しておいてよ」

「うん、頑張る」


 どうやらルナは付いて来ないで家で待機らしい。リーシャ達が戻ってくる前にアレンが帰って来ても言い訳出来るようにしておく為らしいが、ルナの性格からしてきっと嘘を吐いてもすぐバレてしまうだろうとシェルは思った。

 こうしてシェルとリーシャの秘密の外出が始まった。こうして思い返すとリーシャと二人きりで外に出たのは初めてかも知れない。リーシャは大抵いつもルナと二人だったり、アレンと一緒に居る事が多いので外出したとしても二人きりという事はあまりない。だからなんだという気もするが、アレンには内緒で外出という事もあってシェルは少しだけ緊張していた。

 森の中はいつものごとく静かで薄っすらと涼しく、葉の隙間から日差しが差し込んで幻想的な雰囲気を醸し出していた。こんな美しい光景でも一歩道を外れれば魔物と出くわす可能性もある。シェルは気を引き締め、手に持っている純白の杖をいつでも構えられるようにしながら先へと進んで行った。


「リーシャちゃん、どこまで行くの?」

「もっと奥ー。秘密の場所だから結構行くの難しいの。村の子供達も知らないんだよ」


 しばらく黙って森の中を進み続けたが、いっこうにリーシャの立ち止まる様子はない。尋ねて見ると目的地はまだ大分先のようで、しかも行くのは結構困難な場所らしい。魔物が出る森でそんな時間を喰うような事をしてれば当然危険だ。だからアレンには内緒なのかとシェルは勝手に納得し、黙ってリーシャの後を追った。

 リーシャは小柄ながらも木の根っこなどをひょいっと躱し、枝が密集している場所なんかも剣で一掃して簡単に通り抜けて行く。リーシャが案内している為必然と彼女が先頭になって道づくりをしているのだが、シェルよりも明らかに動作が多いはずなのにちっとも疲労している様子がなかった。それどころかいつもの散歩と何ら変わりない様子で鼻歌を口ずさみながら進んでいる。シェルはあくまでも魔術師の為、元冒険者と言えどそこまで体力がある訳ではないので若干疲労していた。ある程度まで進んでふぅと息を吐き、目の前でどんどん進んで行くリーシャの後姿を見る。流石は勇者と言うべきか、子供ながら恐るべき身体能力である。

 そうして半ば引っ張られる形でシェルはリーシャの森の奥へ奥へと連れて行かれた。途中から坂になって来たのでけわしい坂道を上る。どうやらリーシャは山の上の方に向かっているらしい。段々と霧も出て来て、かなり深い場所まで来てしまった事が分かる。シェルはこんな所に子供だけで来たのかと若干リーシャの事が怖くなった。


「着いたー!」


 鬱蒼と生い茂っている草むらを抜け、リーシャは少しだけ開けた空間がある崖へと辿り着いた。シェルも遅れてその場に辿り着く。追い付いた頃にはすっかり彼女も疲れており、額から流れる汗を手で拭った。


「ここって……」


 そこは何とも神秘的な空間であった。山の一部分だけが崖になっているようでまだ上り坂は続いており、この空間は洞穴のような構造になっていた。おまけに入り口部分は蔓や草が生い茂っているせいで中々この場所を見つける事が出来ず、通り抜ける事すらも困難である。そして何よりも目を奪われたのは崖の先に見える広大な景色であった。アレン達が住む村も、近くにある西の村も、遠くにある街も全てが見下ろせる。まるで自分が神様にでもなったようで錯覚をシェルは抱いた。


「良いでしょここ。前にルナと探検してる時に偶然見つけたんだ」

「……凄いね。村も、街も、全部見渡せる……」


 青々と広がる自然。深い森が続いている所もあればどこまでも広がっている草原に、地平線まで続く雄大な大地。ここから景色を見ていると自分がちっぽけな存在に思えて、思わず足元がふらつく。そんな感覚を覚えながらシェルはその景色に釘付けになっていた。確かにこれは秘密の場所としての価値がある。リーシャも頬を掻きながら満足そうな表情を浮かべていた。そしておもむろに景色の方に顔を向けると、神妙な顔つきになりながら口を開いた。


「あのね……私、シェルさんの事好きだよ。私とルナの正体を知ってても気にせず優しく接してくれるし、父さんの事を好きでいてくれてるから」

「えっ……え?」


 突然の言葉にシェルは思わずリーシャの方を向き、手で顔を覆う。自分の想いを簡単に口に出して言われた為、恥ずかしくなったのだ。まさかリーシャの口からこんな話題を振られるとは思わなかった為、驚きと混乱でシェルは顔を赤くする。


「シェルさんを村に居させる為に色々考えたけど……やっぱり私そういう回りくどいのは面倒くさいから、直接言うね」


 リーシャは子供であるはずなのにその姿はシェルにはどこか大人びていた。話し方と言い、落ち着き方と言い、彼女は普段の明るいはしゃいでいる時の性格とは違って急に大人っぽくなる時がある。シェルは目の前の少女が自分よりも年上の女性のような錯覚を覚え、思わず目をぱちくりとさせた。そしてリーシャは自身の願いを口にする。


「この村に居て欲しい。私とルナが、そう願ってるから」


 リーシャはただ純粋に、それこそ子供が親におねだりをするようにシェルにそう願った。その言葉を聞いてシェルは思わず手を胸の前置いた。それは悩んでいる時や不安な時にする無意識な動作であった。


「リーシャちゃん……」

「だってさ、シェルさんと一緒だと凄い楽しんだもん。ルナも魔法の事教えてもらう時嬉しそうだし、父さんもシェルさんと話してる時は冒険者の頃とかの話題で盛り上がってる。シェルさんが居るから、楽しいんだよ」


 リーシャの言葉はとても暖かく、純粋に本音を言っているのだという事が分かる。それだけ彼女にとってシェルという存在は大きな物となっていたのだ。家族と言っても過言ではない。だからこそリーシャはただ素直にシェルに思いを伝える事にした。難しい事を考えるよりそれが一番気持ちが伝わると思ったから。

 思わずシェルは目頭が熱くなる。子供の純粋な言葉がこんなにも胸に刺さるのだとは思わず、目元を手で覆った。きっと今自分は大人なのも関わらずだらしない表情をしてしまっているだろう。アレンの隣に並ぶ為にもしっかりしないといけないとずっと考えて来たのに、そんな意地が一瞬で崩れ去ってしまう程、リーシャの言葉は心に響いた。シェルは嬉しさから浮かんだ涙をそっと指で拭った。


「私はシェルさんに村に居て欲しい。ルナもそう思ってる。子供なんだもん、我儘言うよ。自分の思いだけ押し付けちゃうんだから」

「っ……ふふ、リーシャちゃんらしいね」

「もっちろん! そこが私の良い所って父さんが褒めてくれたんだ」


 一方的な押し付け、言いたい事だけを言った。リーシャがした事はそんな事だというのに、シェルの心に抱えていた悩みはふっと軽くなったような気がした。何の解決にもなっていないし、それどころかむしろシェルがよりプレッシャーを抱える羽目になるはずなのに、何故こんなにも気持ちが軽くなったのか?シェルは疑問に思ったが、リーシャの満面の笑みを見ているとそんな事すらどうでも良くなり、釣られて笑った。


「そうだね……うん、私もリーシャちゃんを見習わないとね。いつまでもうじうじと悩んでたって仕方ないし、諦めるか進むか決めなくちゃ」


 勇気を取り戻したシェルは顔を上げ、リーシャを安心させるように彼女の頭に優しく手を置く。きっと自分は難しく考えすぎていたのだ。昔から一人で悩んでばかりでちっとも前進しない。冒険者の頃の友人であるナターシャに教えてもらったはずだ。シェルは静かに瞳を瞑って気持ちを固める。決着を付けよう、この問題に。


「有難う、リーシャちゃん」

「どういたしまして」


 シェルはリーシャの頭を撫でながらお礼を言う。そして最後に崖から見える光景を目に焼き付ける為に景色の方へと顔を向けた。ここから見える村は森に囲まれていて、普段生活している場所がどのような構造になっているのかがよく分かる。こうして見るとやはりここは辺境の土地ではあるが大自然に囲まれていて良い場所だ。王都のような華やかな所も良いが、自然が満ち溢れている方が心が落ち着く。そんな感想をシェルは抱いた。

 それから二人はしばらくの間景色を眺めたり他愛ない会話をした後、そろそろ戻らないとアレンに外出がバレてしまう為、帰る準備を始めた。


「それじゃぁそろそろ戻ろっか」

「うん」


 心なしか肌寒くなり、霧も深くなっていた為シェルは杖を持ち直しながらリーシャと来た道を戻ろうとする。ふとシェルは何か妙な感覚を感じ取る。森があまりにも静かすぎたのだ。もちろんこんな山奥で崖に近い場所だから動物や魔物が生息していないという事もあるのかも知れないが、それにしては気配がなさすぎる。その不思議な違和感を抱いた直後、シェル達の目の前に小振りな岩が降って来た。


「----ッ!?」


 勘づいたシェルはすぐさま杖を振るって氷の塊をぶつけて振って来た岩を吹き飛ばす。すると続けざまに幾つもの岩が降って来た。シェルはリーシャを下がらせながら氷でその岩を打ち落とし、岩が降って来た場所から距離を取る。


「えっ……何?!」

「キャッキャッキャッキャッ!」


 突然の出来事にリーシャは不安そうに声を上げる。すると岩が降って来た木々の上の方から気味の悪い笑い声が聞こえて来た。しかもその声は一つではなく、複数の生き物の声が重なり、その場に響き渡っている。その声にシェルは聞き覚えがあった。冒険者の頃の数回だけ遭遇した生き物。人を小馬鹿にしたような、悪戯が成功した時に出す笑い声。


「妖精……ピクシー!?」


 シェルがよく目を凝らして木々の枝の部分を見ると、そこには確かにピクシー達が手を叩きながら笑っていた。

 見た目は小さな人間に過ぎないが、その身体は薄く光っており、背中からは四対の昆虫のような羽が生えている。いずれも三日月のように口を歪め、狂ったような目でシェル達の事を見下ろしていた。


「な、何でピクシーが攻撃して来るの?」

「分からないけど、とにかく今は……」


 リーシャは混乱したようにそう疑問を言う。普段ピクシーのような妖精は滅多に姿を現さないし、よりによってこんな山奥で狙いすましたかのように出てくるのは明らかにおかしい。だが今はそんな事を考えている暇はない。何故ならピクシー達はどこから用意したのかは分からないが、別のピクシー達が運んで来た岩を協力して持ち上げるとシェル達に向かって投げ落として攻撃しようとしているからだ。


「逃げよう!」


 シェルはリーシャの手を掴んで走り出す。走り抜いた場所から岩が地面に激突し、ゴツゴツと重たい音が後ろから聞こえて来る。

 ピクシーはただでさえ複数で現れ、その小さい身体を活かして地味な嫌がらせをして来る。シェルが今魔法で木の上に居るピクシー達で撃ち落とした所ですぐに別のピクシーが出てくるのは目に見えている。故に今シェル達に出来る事はただ逃げるだけしかなかった。



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