53:勇者と魔王の作戦
気持ち良い程外の天気が良い。そんな日でも相変わらずルナは家で大人しく本を読んでいた。リビングのソファにちょこんと座り、集中した様子でページをめくっている。今はアレンとシェルも家を空けている為、家に居るのは子供のリーシャとルナだけだ。普段ならリーシャも外で遊んだりするはずなのだが、今日はルナと一緒で家に居る。それはルナとある話をする為であった。
「え……シェルさんが出ていく?」
「そーなの。もう調査が終わっちゃったから、この村に居る理由はないんだって」
リーシャからシェルがもう魔術師協会に任されていた調査が終わってしまい、もうこの村に留まる理由がないという話を聞くとルナは最初戸惑った。シェルはルナ達にとって少し歳の離れたお姉さんと言った感じだ。魔法の事についても様々な知識を持っているし、料理の事も教えてくれたりする。そんな身近な存在だったはずの人物が突然居なくなると聞かされ、ルナはどう反応すれば良いのか困っているようだった。本を開いたまま、横に座っているリーシャの事を呆然と見つめている。
「ルナも嫌でしょー?せっかく私達の正体知ってても気にしない人なのに。もうさよならなんて」
「う、うん……」
リーシャの同意を求めるかのような声にルナは若干遅れながらも顔を頷かせる。
シェルが居なくなるという事にショックを受けている事は本当だ。ルナだってシェルにはまだまだ教えて欲しい事はたくさんある。自分が魔王だという事を知ってても気軽に話しかけてくれる優しい人だし、この先そういう人物は二度と現れないかも知れない。そう思うとルナの胸の奥に締め付けられるような痛みが走った。
「でも……じゃぁシェルさんを説得するの?この村に居て欲しいって」
「一応言ってみた。父さんとも相談するって言ってたけど……何か他に良い方法ないかなーって」
どうやらリーシャは既にシェルに説得を試みた結果、アレンとも相談してみるという事で話は先送りになったらしい。シェルも今すぐ帰るという訳ではないらしいが、それでもいつまでもアレンのお世話に甘えているという状況が嫌なようだ。彼女はアレンの事を慕っている為、余計にそんな申し訳なさを感じてしまうのだろう。ルナもシェルのそんな心境に少しだけ共感し、そんな彼女をどうこの村に留ませるか考えた。頬に指を当て、考え込むポーズを取る。
「うーん……シェルさんが村に居続けたいって思う様にするのはどう?」
「それはもう思ってるから意味ない。シェルさん父さんの事大好きだから」
「そ、そっか……じゃぁ逆にお父さんを説得してシェルさんが村に居続ける事を許してもらうのは?」
「それじゃぁ今までと関係が変わらないよ。シェルさんが堂々とこの村に居られるような理由がなくっちゃ」
色々と考えて幾つかの方法をルナは提案するが、その全てをリーシャにバッサリと切り捨てられてしまう。
アレンは優しい性格の為、シェルがこの村に居座る事を別に嫌がっていない。要点はシェルがアレンの世話に頼らず、自分で堂々と村に居座れる事だ。つまりこの村に居る目的をアレン達と一緒に居たいという思い以外で何かもっともらしいのを用意しなくてはならないのである。
「難しいね……考えるのって」
「うん……シェルさんも遠慮深いから、なおさら父さんに迷惑掛けたくないだろうしね」
良い解決策が見つからず、肩を落としてため息交じりにルナが呟く。それに同意するようにリーシャも頷き、天井を見上げてどうしたものかと考えた。
前にアレンが言っていた通り昔のシェルはルナに似ており、今も似通っている部分がある。それは人と距離を置こうとする所だ。相手に迷惑を掛けたくないと思ってしまい、本人がそう思っていなくても遠慮してしまうのである。これを解決出来ない限りシェルをこの村に留ませる事は出来ない。リーシャとルナは首を捻りながら思考を続けた。
「そもそもシェルさんって大魔術師なんだよね?大魔術師ってどんな事する人なの?」
不意にリーシャはルナの方に顔を向けてそんな質問をする。
ただ解決策を考えるだけでは答えを導き出せないと思った彼女は考え方の角度を変え、まずシェルについての情報を整理する事にしたのだ。シェルはアレンの後輩冒険者で、アレンを慕っている女性である。そこまではリーシャも理解出来る情報だ。だが彼女の称号でもある〈白の大魔術師〉というのがどういう物なのかはまだきちんと理解していなかった。その意図を汲み、ルナは少し考えるように視線を下に動かしながら口を開く。
「えっと……大魔術師は魔術師協会に所属している優秀な魔術師に与えられる称号で、独自に魔法を研究したり、自分で魔法を編み出したり……協会から研究工房を与えられたりとか、普通の魔術師には与えられない特権を貰える特別な魔術師、かな?」
ルナは必死に思い出しながら一つ一つ丁寧に説明していく。
ルナ自身も魔術師協会には興味があり、本で勉強したりする事もあった。そしてシェルにも幾つか質問してみた事もある為、色々と知っている情報があった。
説明を聞いてリーシャはほぉと感心したように顔を何度も頷かせる。
「へ~。じゃぁやっぱりシェルさんって凄い人なんだ」
「凄いって言うか……本当はこんな辺境の村に居るのはおかしいくらい凄い人だよ。大魔術師の称号を持つ人は世界に四人しか居ないくらいだし」
いまいち魔法の事はよく分からないリーシャは漠然とそんな感想を零す。それに対してルナはソファを詰め寄り、四本指を立てながら説明した。
大魔術師という称号はその名の通り特別な称号であり、冒険者達の持つ二つ名とは違って高い地位と権利を持っている事を意味している。特別な称号もあって多くの魔術師が持つ事は許されず、現在もその称号を持つ魔術師はシェルを入れて四人しか居ない。
「なんだ、四人も居るんじゃん」
「……よ、四人しか居ないんだよ」
「多い方じゃない?勇者の私と魔王のルナは一人ずつしか居ないし」
「私達と比べるのは違うと思う……」
大魔術師が四人居るという事を知るとリーシャはキョトンとした表情でそう言う。勇者の彼女からすれば世界で一つしかない称号を持つ自分と比べ、四人も居るというのは多い方に区別されるらしい。ルナはその考え方は少しおかしいと突っ込みたかったが、魔法の事をよく分かっていないリーシャにこれ以上大魔術師の事を説明しても無駄だろうと思い、ため息を吐いて諦めた。
「とにかく、そういう感じで大魔術師は行動も自由だから報告さえしとけば基本は何しても良い……ってシェルさんは言ってたかな?」
今回のシェルのように魔術師協会から直々に調査を依頼される事もあるが、基本大魔術師は自由活動を許されている。工房に籠って魔法の研究をするも良し、様々な国を巡って魔法の歴史を探るも良し。もちろん研究成果を協会に報告し、献上しなければいけないが。それでも大魔術師の多大な権利によってその地位は魔術師達にとって魅力的な物である。そんな感じの説明を前にシェルから聞いた為、ルナは自分の記憶と確かめるように首を傾げながらそう言った。
「へ~。意外と自由な職業なんだね」
「でも大魔術師になるのは凄い難しい事だし、それまでに幾つもの研究をして来ただろうから、やっぱり大変なんだよ」
ルナの説明を聞いた限り大魔術師は基本を何をしても良い縛りのない職業のように思えるが、リーシャが考える程大魔術師は楽な職業ではない。普段のシェルが明るく優しい為あまり想像が出来ないが、魔術師協会に入ったばかりの頃は相当苦労したはずなのだ。その努力はルナもシェルから魔法の事を教わっている時に感じていた。彼女が魔法の知識を語る度にそれをどのような思いで研究し、答えを導き出したのかが伝わって来たからだ。そんな人物が身近に居る事にルナは改めて感動を覚えるようにそっと自分の包帯が巻かれた手を握り絞めた。
「んー……だったらどうすれば良いかなぁ……」
リーシャは腕を組んで悩みを呟く。大魔術師がどういう職業なのかは理解出来たが、そこから解決策を導き出す事が出来ない事が彼女を悩ませた。ルナの方も行き詰まりを感じ、口を曲げてどうすれば良いのかと顔を傾けている。
そんな風に二人が唸っていると、玄関の方から扉が開く音が聞こえて来た。用事を終えたアレンが帰って来たのだ。首を左右に揺らしているリーシャとルナにはそれに気づかず、リビングに入って来たアレンはその二人の異様な様子を見てキョトンとした表情を浮かべる。
「……何してるんだ?二人共」
「あ、父さん。お帰りなさいー」
「お、お帰りなさい……」
アレンが声を掛けると二人はハっとした表情で我に返り、リーシャはアレンの方に顔を向けていつも通り笑顔でお帰りと言い、ルナは少し戸惑ったようにお帰りと言った。アレンは先程の光景について少し疑問に思ったが、追求する程気にはせず、顔を頷かせる。
「ああ、ただいま。珍しいな、こんな天気が良いのにリーシャが家に居るなんて」
「うん。ちょっと考え事してて」
普段のリーシャなら例え一人でも天気が良ければ外で遊ぶはずだ。むしろ家ではルナが、外ではリーシャがというのが基本だったはずである。その珍しい光景にアレンは明日は雨でも降るのかと心の中で冗談を呟いた。
一方でリーシャの隣に居るルナは先程までリーシャとしていたシェルの説得の事についてバレてしまうのではないかと怯えていた。別に怒られるような事ではないのだが、大人の話に勝手に子供が口を出してはいけないのではないかと感じてしまい、自然と警戒していたのだ。そんなルナの気持ちなどいざ知らず、リーシャはあっと何かに気が付いたような顔をし、ソファの背もたれに寄り掛かりながら口を開いた。
「あ、そうだ父さん! 例えばの話、シェルさんを村に居続けさせる為にはどうすれば良いかな?」
「ん?シェルを村に……?」
突然のリーシャの質問にしかも妙な内容の為、アレンは不思議そうに口元に手を当てて首を傾げる。隣のルナはよりによってアレンに相談するのかとどこか呆れたような表情を浮かべていた。
「うん。何か良い案ない?」
本当に何でもない事のように軽い口調でリーシャは尋ねる。そんな彼女の表情を見てアレンも深くは考えなかった。大方リーシャ達がいずれ帰ってしまうシェルを村に居続けさせたいと思い、そんな事を言い出したのだろうと考える。そしてその予測は実際合っていた。アレンはふむと息を吐くようにそう呟き、思考する。
シェルは大魔術師だ。冒険者時代から憧れだったとアレンも聞いていた為、彼女の魔術に対しての思いが強い事は十分承知している。故にシェルが大魔術師としての仕事を全うする為に村を離れると言うのならば、それを止める権利は自分にはないだろうとアレンは考える。
彼女が現在この村に留まっているのは魔物の調査をする為と、魔王のルナの事を案じてくれているからだ。いつまでも彼女の善意に甘えている訳にはいかない。縛り付けてはいけないのだ。そうアレンは考えるが、かと言ってリーシャ達にそんな事を伝えても仕方ないと思い、何とか彼女達が納得するような案を考える。
「んー、そうだな。シェルにこの村の魅力を伝えるとか?そうすればもっと居たいって思うんじゃないか?」
自身の髭を弄りながらアレンは何とか無難な答えを絞り出す。
無理やり村に居させる事は出来ないが、それでもシェルがもうちょっとだけ居たいと思う様に仕向けるくらいなら許されるだろう。それにはこの村の良い所などを紹介して、シェルを懐柔してしまえば良いのだ。我ながら単調な考えだとアレンは自嘲的に笑うが、思いのほかリーシャとルナはキラキラとした瞳でアレンのその提案を聞いていた。
「それだ!」
リーシャはビシィと指さしてソファの上に立ち、そう大声で言う。それが一体何を意味するのかアレンには分からず、えと声を漏らして間抜けな表情を浮かべていた。
「よし! そうと決まれば早速作戦会議だよ。ルナ!」
「うん」
ピョンとソファの上から床に飛び降り、リーシャはそう言ってルナと共に自室へと走り去って行った。その小さな後ろ姿を呆然と見送り、アレンは何だったのやらと首筋に手を当てて首を鳴らしながら視線を逸らした。
すると玄関の方から扉が開く音がし、リビングにシェルが入って来た。用事が終わったらしく、彼女はアレンの事に気が付くと嬉しそうな顔をして口を開いた。
「あ、先生。お帰りになってたんですか」
「ああ、丁度今な」
リーシャ達との会話も長くはなかった為、ほんの少しの差だ。シェルは一度廊下の方に目をやり、リーシャ達の自室を確認してからアレンの方に視線を戻した。
「リーシャちゃん達が騒いでましたけど……何か面白い事でもあったんですか?」
「さぁな。また何か新しい遊びでも考え付いたんじゃないか?」
シェルの質問に対してアレンは一応先程リーシャ達と話していた事の詳細は伝えず、適当に答えておいた。リーシャ達が何をしようとしているかは分からないが、どうせならシェルには秘密にして置いた方が良いだろう。それが彼なりの気遣いであった。
それから二人は夕飯の準備をする為に並んで台所へと立った。シェルにとっては一番心が落ち着く時間だ。彼女は自分でも気づかないくらい自然と小さな声で鼻歌を歌っていた。その音にアレンは気付いていたが、別に何も言わずに手を動かし続けた。




