46:子と弟子と
村長の話を聞き、リーシャとルナは自分達が勇者と魔王だという事を知った時と同じくらいの衝撃を受けていた。ソファに座った体勢のままぴくりとも動かず、二人共目を見開いて硬直している。それで村長の口から語られたアレンの子供の頃の物語は衝撃的だったのだ。
「お父さんが……魔族に育てられた……?」
「左様。かつてこの村に住んでおった吸血鬼……それがアレンの育ての母、レド・ホルダーじゃ」
信じられないようにルナがそう呟くと、村長も弱々しく頷き、それがアレンの育ての母だと明かした。
すぐに受け入れられない事実ばかりだが、何よりも驚くべき事はこの村に魔族が住んでいたという過去だ。たくさんの亜種族が集まっているこの村だが、流石に魔族は邪悪な存在として忌み嫌われている。だからルナは自分の正体がバレないよう必死に隠しているのだ。だがそのレド・ホルダーという人物は隠すどころか一切物怖じせず、この村に住みついていた。おまけにアレンを引き取り、人間と交流を持っていた。そんな繋がりがあった事にルナは衝撃を受けていた。
「住んでいたって事は……そのレド、お婆ちゃん?は、今は……?」
「……うむ……」
しばし黙って聞いていたリーシャだが、そのレド・ホルダーという人物がどうなったのか気になり、また村長の言い方からして疑問を思った為、思わずそう尋ねる。すると村長は言い辛そうに髭を弄り、何とか覚悟を決めて真実を明かした。
「亡くなった……ある事件を切っ掛けに、彼女は帰らぬ者となった」
村長の言葉にリーシャとルナは思わず息を飲む。予想していた事とは言え、先程まで生きていた人の話を聞かされ、そして死んだと聞くとどうしても表情を強張らせずにはいられなかった。自分達からすれば血の繋がりが全くなくとも祖母のような存在なのだ。特に同種族の為、ルナは不安からかおもむろに胸元に手を当てた。
「あの頃は丁度今のように魔物達が活発化しておっての、大量の魔物が山で暴れ回っておったのじゃ。それを止める為にレドが出たんじゃが……」
そこまで言い掛けて村長は一度言葉を止める。既に冷え切ったお茶をもう一度口にし、震える手で茶碗を机の上に戻した。
「それで……?」
「詳しい事は儂らもよく知らん。だがそれからレドが戻ってくる事はなかった……それ以来、アレンは強く王都に行く事を望むようになった。まるで冒険者になる事以外に何か強い目的があるように」
リーシャが催促するように身体を前のめりにしてそう尋ねる。村長は詳細は知らないと断りを入れ、頬を掻きながら言葉を続けた。
今の話を聞く限り、レドは魔物達にやられたと考えるのが自然だろう。だがルナはすぐには納得出来なかった。村長から聞いた話ではレドは子供のアレンに武器や魔法を教えた人物らしい。更に吸血鬼は魔族の中でも特異な存在であり、また高貴な一族だ。そんな人物がただの魔物にやられたとは到底思えない。何か理由があったのならば仕方がないが。
「今でもあの時のあ奴の目を忘れん。鋭く、飢えた獣のような瞳……まるで別人のようじゃった」
村長はどこか怖がるように手を震わせながらそう言った。それだけ当時は大きな事件だったのだろう。アレンが荒々しい性格になってしまうくらい、それは衝撃的だったのだ。
「じゃからあ奴がお主達を連れて村に戻って来た時は安心した。あの頃の鋭さは消え、優しいアレンに戻っておったからの」
「……そう、だったんだ」
村長や村人達は心のどこかで怖がっていた。村を出て行ったアレンがまた戻って来た時、彼はどんな姿になっているのか?あれだけ怨念の塊のようだったアレンが、王都で果たしてどのような答えを導き出すのか?皆が不安に思っていた。すると、戻って来たアレンは無邪気な赤子を二人に抱えていた。アレンの表情も柔らかかった。それを見て皆は昔のアレンに戻ったのだと悟り、安堵した。王都で何があったのか詳しく聞き出しはせず、今のアレンを受け入れる事にしたのだ。そう村長は伝え、話を終えた。去っていく村長をリーシャとルナは呆然と見送った。
ここまで聞くと悩みを抱えていたアレンが王都で何か答えを得、そして村へ戻って来たと思える。その結果リーシャとルナを授かったのだと村人達は考えたのだろう。だが真実を知っているリーシャとルナは疑問を抱かずにはいられなかった。何故なら自分達はアレンが村に戻る途中の森で拾われたのだ。つまりアレンには王都で何かしらの事をしていた知られざる過去があるのである。
(村で起こった事はだいたい分かった……という事はお父さんはその後王都で何かあったんだ。うぅ、やっぱりあの時グランさんに聞けば良かった……)
恐らくその空白部分は全てではないだろうがこの前のグランなら知っていただろう。彼は王都でアレンと共に過ごしていた。ならばアレンがどのような少年だったのかも知っているはずだ。今更ながらルナは先日聞き出せなかった事を悔やみ、思わず自身の頬を抓った。
リーシャも色々と情報が多かった為か、ソファに座ったまま天井を見上げていた。何かを考えるように彼女は唇を動かす。
「……まさか、父さんが魔族に育てられてたなんてね」
「そうだね……だから私が魔族だと分かっても気にしなかったんだ……」
いくら優しい人物であっても魔族と知れば少なからず抵抗感を覚える。それだけ魔族は恐ろしい存在として世界に知られているのだ。にも関わらずアレンがルナの事を育て続けたのはそう言った過去があったからなのだと二人は納得した。
「でも分からない事もまた増えちゃった」
「うん……レドお婆ちゃんに何があったのか、王都で父さんが何をしたのか。気になる事ばっかり」
ルナは膝を抱えながらソファに丸々ように座り、リーシャにそう言う。すると彼女も同意し、ルナの方を顔を向けてその黄金の瞳で見つめながら言葉を続けた。
「でもやっぱ父さんは凄いねー。まさか吸血鬼に武器の使い方とか魔法を学んでたなんて。どうりで強い訳だよ」
「だね。私も会ってみたかったな……お婆ちゃんに」
リーシャとルナはそう話し合いながらレド・ホルダーという人物について考える。アレンの育ての親にして、アレンに技術と知識を教えた人。彼女はどんな心境でアレンを引き取ったのだろうか?どうして高貴な一族である吸血鬼の彼女がこんな村に居たのか?また謎が一つずつ増えていく。
それからしばらくすると協会への報告を終えたシェルが帰って来た。リーシャとルナは協力関係を結んでいるのでシェルにも村長から聞かされた話をするか悩んだが、相談をしておいて教えないのも悪いし、シェルの性格なら大丈夫だろうと判断し、話す事にした。
ソファに座り、お茶を飲みながらシェルはリーシャが語るアレンの過去の物語について耳を傾ける。育ての母が魔族であった事には驚いたようで、思わずお茶を零しそうになっていた。ただ意外なアレンの面を知る事が出来たからか、ちょっと楽しそうに表情を緩ませていた。
「そっか……まさか先生の育ての母が魔族だなんて。ちょっと驚いたなぁ」
「やっぱり……怖い?」
ふぅと一息吐いてから頭の中の情報を整理しながらシェルはそう感想を零す。色々と衝撃的な事が多かったからかどこか疲れた表情をしているが、満足そうな笑みは浮かべていた。だがやはり魔族という事は引っ掛かるかと不安に思ったルナがそう尋ねる。するとシェルは優しく首を左右に振りながら答えた。
「ううん、平気だよ。ルナちゃんは優しいし、きっとそのレドさんって魔族も、先生の事が放っておけなかったから引き取る事にしたんだよ」
村長の話では吸血鬼のレドはアレンを眷属にするつもりもなく、血を飲む用の従者にする素振りもなかったらしい。つまりレドは本当にアレンを助けるつもりで引き取ったのだ。そう仮説を立て、シェルは自分が気にしていない事を伝えた。その答えにルナは安心したようにほっと息を吐く。
「……良かった」
内心ルナは不安に思っていた。シェルは魔王のルナの事も受け入れてくれたが、それはあくまでもルナが子供であり、まだ魔王として脅威が小さかったからだ。完全に魔族に対しての考えが変わった訳ではない。故にアレンの育ての母が魔族だと分かったら複雑な気持ちになるのではないかと思ったが、その心配は不要だったらしい。ルナが安堵していると、横でリーシャがからかうように笑っていた。それに気が付き、ルナはすぐに表情を元に戻した。
「それで、これから二人はどうするの?先生の過去の一部は知れたけど、他の事も調べるの?」
リーシャとルナの事を見ながらシェルは改めてそう尋ねる。
二人は当初から気になっていたアレンの村に住んでいた頃を知る事が出来た。だがまだ全貌ではない。王都で冒険者として過ごしていた頃もあるのだ。それを調べるのかどうか、リーシャとルナは数秒間視線を合わせた後、コクリと頷いた。
「ううん、もう大丈夫だよ。やっぱりこういう事は直接話し合った方が良いかなって思って。それに少し父さんとも話したい事があるから」
「そう……うん、二人がそう決めたならそれで良いと思うよ」
リーシャの答えを聞き、二人がそう決めたのなら何も言うまいとシェルは頷く。
二人も村長の話を聞き終わった後、これからどうするべきかを相談し合い、アレンの過去はただ普通に調べた所で分からない事だと判断した。ただ子供が知りたい知りたいと甘えた所で知れる程生温い過去ではないのだ。リーシャとルナは自分達勇者と魔王を受け入れてくれたアレンと改めて向き合わなければならないと考え、そういう方針を取る事にした。
「ただいまー」
ふと玄関からアレンの声が聞こえて来た。畑仕事から帰って来たのだ。リーシャとルナは嬉しそうに笑み浮かべ、ソファを飛び降りてアレンを迎えに玄関の方へと駆けて行く。その様子をソファに座りながらシェルは微笑ましそうに眺めていた。
「お帰り、父さん!」
「お帰りなさい、お父さん」
「ああ、ただいま。リーシャ、ルナ」
いつもと変わらない笑顔で迎えに来たリーシャとルナを見てアレンも笑顔を浮かべる。そして二人の頭を撫でてやりながらどこか安堵したような表情を浮かべていた。
それから夕刻になり、四人はいつものように食卓を囲んだ。その間もリーシャとルナが村長から聞いた話を口にする事はなく、いつもの様に過ごしていた。流石にすぐに聞き出すのは気が引けたのだろう。アレンも自分から言い出すような事はせず、そんな二人を見守るように優しく笑みを浮かべていた。
そしてリーシャとルナが寝室に戻った後、アレンとシェルはいつものように料理の後片付けをしていた。アレンは皿洗いをしながら顔は皿に向けたまま、シェルに話しかけた。
「二人はもう寝たか?」
「はい、ぐっすりと」
リーシャとルナがもう寝た事をシェルに確認し、アレンはそうかとだけ言葉を零す。何か考えるような表情を浮かべながら皿洗いを続けていた。そしてふと、後ろでお皿を運んでいるシェルにある疑問を投げ掛けた。
「シェルもリーシャ達から聞いたのか?俺の昔の事を」
「えっ……えぇ?」
アレンの突然の質問に思わずシェルは挙動不審な態度を取ってしまい、運んでいたお皿を落としそうになってしまった。
「き、気付いていたんですか……?」
「いや、ダンに教えてもらっただけだ。リーシャ達ならシェルにも相談するかなと思ったんだが、どうやらそうだったみたいだな」
シェルの反応を見て面白がるようにアレンはクスリと笑みを零し、そう説明する。
要するに予測を立ててそれが当たっていただけなのだが、シェルはアレンの言葉一つで自分があまりにも動揺し過ぎた事を恥ずかしく、頬を赤らめて顔を俯かせていた。
「その……はい、聞いてました。すいません、勝手な詮索をして」
「別に気にしてないさ。シェルなら知られても構わないし」
「……!」
勝手に人の過去の事を調べられたら嫌な気分になるだろう。そう思ってシェルは素直に謝ったが、アレン別に気にしていないと軽く手を振った。アレンにとってシェルは大切な後輩であり、一緒の家で過ごしている以上仲間として認識しているのだ。故に過去を知られた所で別に心配する必要もなく、アレンは気にしていなかった。その事にシェルは感銘を受け、水色の瞳を揺らしていた。
「あ、有難う御座います……」
「何でお礼を言うんだ?」
「あっ、いえ……別に」
思わずお礼を言ってしまったシェルを不思議そうにアレンは見つめる。その視線に気が付き、ハッとした表情になってシェルは恥ずかしそうに目を逸らした。
「まぁとりあえず、一度はあの子達とも話し合わないとな」
「それなら大丈夫ですよ。リーシャちゃんもルナちゃんもしっかりしてますから、きちんと考えて答えを出してくれると思います」
皿洗いを再開しながらアレンはそう呟く。するとシェルも運んでいた皿をアレンの横に置きながらそう答えた。
シェルから見てもリーシャとルナはしっかりとした子達である。彼女達なら例え自分が助言をしなくてもきちんと考え、アレンと話し合うだろう。そう自信を持って言えた。
「先生」
「ん?」
ふとシェルが呼びかけ、アレンは視線だけそちらに向けると先程とは違ってシェルは真面目なそうな表情をし、アレンの事を見つめていた。思わずアレンも真面目な顔つきになってしまう。
「あの……私も、先生にどんな過去があったとしても、私は先生から受けた恩は忘れませんし、いつまでも先生の味方で居るつもりです」
シェルは胸元に手を当てながらそう伝える。真剣な目つきで、彼女の水色の瞳は綺麗に輝いていた。それだけでアレンは彼女が本当の事を言っているのだと分かった。その事に嬉しさを覚えながらも自分が今まで全く過去の事を話さなかった事から少しだけ申し訳なさを感じ、彼は複雑そうに小さく笑みを浮かべた。
「えっと……ですから、これからも宜しくお願いします」
「そっか、こちらこそ、シェル。それと、有難う」
シェルはまだ言いたげに口を動かしていたが、恥ずかしいのか顔を赤くさせてそれだけと言って話をやめてしまった。それだけでもアレンには十分嬉しい言葉だったので、頬を掻きながらお礼を言った。シェルも恥ずかしそうに笑みを浮かべ、二人はまた皿洗いを続けた。




