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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
2章:子と弟子と
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45:お見舞い


 気が付くとアレンはベッドで眠っていた。見慣れた天井で、顔を左右に向けるとすぐに此処が自分の部屋だという事に気づいた。どうやら自分はあれから気絶した後、ここまで運ばれたようだ。バーサクウルフに抉られたはずの腹部に意識を向けて見ると、そこは治療の形跡があり、包帯でしっかりと巻かれている感覚があった。僅かな安堵の後、アレンはゆっくりと起こす。そこでようやくベッドの隣に誰かが居る事に気が付いた。


「……婆さん」

「ん……ぁぁ、気が付いたか、坊や」


 ベッドの隣では椅子に座っているレドの姿があった。その表情は僅かに疲れた様子が見て取れ、実際ベッドに寄り掛かって顔を俯かせていた。アレンに呼ばれて気が付いたようで、彼女は目を擦りながらアレンが目を覚ました事に安堵したように息を吐いた。


「やれやれ、あまり心配を掛けさせるなよ。一応治癒魔法で傷は塞いだが、完治した訳ではないからな……今日は一日家で寝ていなさい」


 やはり傷を治療してくれたのはレドだったらしく、治癒魔法を使用したようだ。とは言っても治癒魔法は使い過ぎると対象者の生命力を奪う為、その点を考慮して傷を塞ぐだけにして後は自然治癒に任せる事にしたらしい。アレンは服を捲って厳重に包帯が巻かれている自分の腹部を確認し、悔しそうに歯を食いしばった。


 今回のこの傷は自分の力不足のせいで負った傷だ。だから傷を負った事に後悔や怒りなどはない。だが自分がバーサクウルフを退けられなかったからシェーファが危険に晒された。他の子供達も怪我を負う所だった。アレンは自身が傷を負った事よりも、自分の実力が足りない事に後悔を覚えていた。そして何より、アレンはレドの手に巻かれている包帯をまともに見る事が出来なかった。


「その……ごめん、勝手な事して」


 ベッドのシーツを握り絞め、アレンは絞り出すようにそう言葉を発した。その言葉にピクリと耳を震わせ、レドはアレンの顔を見る。アレンは顔を俯かせたまま、視線だけレドの方に向けていた。


「何故謝る必要がある?ダン達から聞いたぞ。お前は他の子供達を庇い、魔物と戦って皆が逃げる時間を稼いでくれたと。現にお前以外の子供達は皆無事だ。普通なら誇るべきなのではないか?」


 レドは励ましているつもりなのかそう言い、アレンに疑問を投げ掛けるように指を動かした。アレンはそれから逃げるように視線を外す。

 確かにアレンがした事は危険が多かったとは言え、結果的に見れば周りは助かった。転んだ子供は後少しの所で魔物に喰われていたかも知れないし、アレンが庇わなければ魔物の牙はシェーファの胸を貫いたかも知れない。だが結局はアレンはあの魔物に勝てなかった。自分がした事はあくまでも余計な事であり、結局力がない自分には価値がないのだと思い込んでいた。


「でも……俺のせいで婆さんが外に出る事になった……」


 別にレドだって屋敷の外には出るし、現に村長の家に何度か訪れた事もある。だが昼間レドが外に出るというのは不味い事であった。

 吸血鬼であるレドは日光を浴びると身体が拒絶反応を示し、皮膚が燃えるように熱くなって火傷を負ってしまうのだ。これは吸血鬼の体質であり、個体差はあるもののレドも長時間の外での活動は控えるようにしていた。アレンとの特訓の時も木々に囲まれた日陰で行い、普段から身体全体を覆うようなドレスを着ているのも肌の露出を控える為だ。そして今回、少しの時間とは言えレドはアレンを助ける為に真昼間にも関わらず外へと出てしまった。その時に手を火傷してしまい、使い物にならなくなってしまったので包帯で応急処置をしていたのだ。治癒魔法でも簡単には治らない傷であり、しかも通常の火傷と違いずっと熱を持ってしまう。実に厄介な体質だとレドは力なく笑う。

 アレンは申し訳なさそうに顔を俯かせる。そんな彼を見てレドは腕を組み、小さくため息を吐いた。


「そう暗い顔をするな。坊やが気に病む必要はないだろう?」

「……でも……」

「でも、はナシだ」


 レドは問題ないと主張するように手を振るい、指を一本一本折って使える事を見せつける。だがそれでもアレンは何か言いたげだったが、その口にレドはそっと指を一本近づけ、喋らせなかった。


「母親というものは子供を守るものだ。妾がお前を守る事はいけない事か?……それに、たかが手の一つや二つ大した痛手ではない」


 レドからすれば自分が日光で怪我をする事よりもアレンが危険な目に遭う事の方が耐えられなかった。彼女にとってアレンは本当に子供のように大切に思っているのだ。だからこそ彼女はダンが魔物が来た事を報せに来た時、昼間にも関わらず一目散に原っぱへと向かった。だがそんな優しさも、アレンは自分に落ち度あったからレドに怪我をさせてしまったと思い込んでいた。


「とにかく、坊やはもう寝ていろ。妾も少し休む」

「……分かった」


 レドは椅子から立ち上がり、扉に向かいながらそう言った。アレンも怪我で動き回る事も出来ない為、仕方なくそれに従い、力なく頷いた。そして扉の前まで行くとレドは顔だけアレンの方に向け、いつもの不敵な笑いとは違う優しい笑みを浮かべて口を開いた。


「アレン、お前はよくやったよ。妾も誇らしい」


 最後にレドはそれだけ言い残すと、部屋から去って行った。残されたアレンはその言葉に僅かに救われながらも、やはりもっと自分に力があればと拳を握り絞めた。これだけは認める事は出来ない。自分の価値を。自分に生きる価値があるという証明を、もっと立てなければならない。故にアレンは望む。更なる力を。全ての人が自分を認めてくれるくらいの大きな力を。そんな虚しい欲望を抱きながらアレンはベッドに倒れ、静かに目を瞑った。


 翌日にはダンとシェーファがお見舞いにやって来た。アレンもレドの治癒魔法のおかげか少し動けるようになっており、ベッドに座った体勢のまま二人との会話を楽しんだ。


「いやぁ、元気そうで安心したぜ。アレン。シェーファの奴がお前が怪我したって泣いて心配してたからよぉ」

「ダン、黙りなさい」

「ごふっ……」


 現場を見ていただけにシェーファはアレンの怪我の様子を知っていた為、かなり心配をしていたらしい。その事を茶化すようにダンはアレンが運ばれた後のシェーファの様子を伝えるが、案の定シェーファに腹を殴られ、彼はその場に崩れ落ちてしまった。


「悪かったなシェーファ。心配掛けさせて」

「べっ、別に……私はただあんたが私を庇って死んだりしたら目覚めが悪いだけよ!」


 シェーファは自尊心が高い。故にシェーファを庇って怪我を負った事を彼女は迷惑と考えているかも知れないと思い、アレンは素直に謝罪する。実際はシェーファ自身は庇ってくれた事に恩義を感じているが、素直になれない性格の為、ついついいつものような上から目線な態度を取ってしまい。彼女はそんな自分が許せなさそうに唇を噛みしめていた。


「でも実際危ない所だったよな。まさか村に魔物が入り込んでくるとはよぉ」

「魔物除けもちゃんと撒いてあったのにね。そこは確かに妙な点だわ」


 立ち直ったダンは椅子を逆向きに座り、背もたれに腕を乗せながら彼は魔物が何故村に入り込んだのかと口にした。シェーファもダンの隣の椅子に座りながら頬に手を当て、その疑問に同意する。


村に魔物が入って来るのは滅多な事がない限りない。今回は魔物除けもきちんと撒かれていたし、何か前兆があるような事もなかった。あの魔物は突然現れ、村に侵入して来たのだ。その事にアレンは改めて疑問を感じる。


「村長の話だと最近魔物達の動きが活発になってんだってよ。何でも他の地域の魔物が流れ込んでるとか」

「ふぅん。そんな事があったのか……」


 村長から聞いた情報をダンは伝え、アレンは顎に手を当てて何か考えるように目を細める。

 魔物の動きが最近おかしいという事はレドから聞いていた。だがこういう事は年に何度かあり、一匹の魔物が異常な進化をして生態系が乱れたとか、何らかの特異な魔物が移動を始めたとかできちんとした理由がある。果たして今回もそれらと同じ理由がある異常現象なのか?アレンは頭の中で色々な予測を立てるが、どれも確証を持てるものはなかった。


「しばらくは森に入らない方が良さそうだな」

「だなー。ちぇっ、せっかく良さげな昼寝場所見つけたってのに」

「ダン、あんたそんな事繰り返してたらその内死ぬわよ」


 少なくとも今回の件で森に入るのは控えた方が良いとアレンが答えを導き出すと、ダンはそれに同意しつつも不満そうな唇を尖らせながらそう言った。隣でシェーファは腕を組みながら呆れたようにダンの事を見ている。どうやらダンは森の中に絶好の昼寝場所を確保していたらしく、アレンもその事については知っていた。相変わらず無謀過ぎるダンに思わずアレンも乾いた笑いを零す。


「んじゃまた明日な。アレン」

「ああ、気を付けて帰れよ」


 それから三人は他愛ない会話をした後、夕方頃になったのでダンとシェーファは帰る事になった。二人が帰った後、アレンはゆっくりとベッドから起き上がり、床に立つ。レドの腕が良かったから大分身体も動くようになったし、安静にしていろと言われたがアレンがそんな事を素直に聞くはずもなく。彼はベッドの下に隠しておいた木剣を手に取り、素振りを始めた。


(もっと力を……力さえあれば、俺は……)


 何度も何度も木剣を振るい、空を切りながらアレンは口から息を吐き出す。

 足りない。もっと必要だ。あの魔物を一瞬で倒せるくらいの力が。どんな敵も切り伏せる程の大きな力が必要なのだ。でなければ自分の価値を見出せない。証明しなければならないのだ。自分の存在価値を。


「ッ……」


 不意に腹部に痛みが走り、アレンは木剣を落としてその場に膝を付いてしまった。ゆっくりと腹部に手を当てるが、傷口が開いた訳ではないらしく、アレンはほっと安堵の息を吐く。

 額から嫌な汗が流れ、彼はそれを手で拭いながら歯を食いしばった。これでは駄目だ。何もかもが足りない。力も、筋力も、精神力も、そして何より才能が……足りない。アレンは静かに項垂れる。だがその瞳にはまだ強い意思が灯ったままであった。


(あの時武器さえあれば……あんな魔物くらい倒せたのに……)


 アレンは落ちていた木剣を拾上げ、強く握り締めながらそう思う。

 流石にあんな木の棒では魔物など倒せる訳がない。だがそれを言い訳にもしたくない。もっと魔法が上手く使えればシェーファみたいにも戦う事が出来たし、ダンのような獣人の筋力があれば退ける事も出来たかもしれない。アレンはそんなもしもの可能性も幾つかも考え、疲れたように床に仰向けに倒れた。


「……今度、婆さんに素手での戦い方も教わるか」


 天井を見上げ、どこか寂しそうな瞳をしながらアレンはそう呟く。

 武器や魔法の技術は色々とレドから教わっていたが、素手での戦いはまだ教えてもらっていなかった。 武器が使えないという状況はこれからもあるかも知れないと思い、アレンはまた一つの目標を立てるのだった。





 夜。それは闇を司る吸血鬼の時間。活動時間になったレドは自室で目を覚まし、カーテンを開けて外が闇夜になっている事を確認すると小さくため息を吐き、壁を背に寄り掛かった。おもむろに自分の包帯で巻かれた手を見下ろし、彼女は瞳を揺らす。


「まさか妾が日光の元に出るとはな……焼きが回ったものよ」


 吸血鬼にとって日差しは最も恐れるべき物の一つだ。長い時間を生きているレドはそれがどれだけ自分の身体を蝕むものかはよく理解していた。だが今回は、ダンが慌てて屋敷にやって来てアレンが魔物と戦っているという話を聞いた時、レドは日差しを防ぐマントもフードも被らずに屋敷を飛び出した。それくらい焦っていたのだ。アレンが危ないという情報を聞いた時。


「少し……人間達と長く居過ぎたか……」


 傷の具合を確認する為にゆっくりと包帯を解き、レドは自分の火傷で真っ赤になっている手を見る。アレンの前では平気だと見栄を張って指を動かして見せたが、いざ気が抜けると指はピクピクと震え、まともに動かす事が出来ずにいた。治癒魔法を使えば多少はマシになるかも知れないが、それはあくまでも外傷を治すだけであり、レドの日光で消滅した細胞を戻す事は出来ない。日差しを浴びた時点で駄目なのだ。この傷が完全に治るかどうかも殆ど運任せである。

 

 これだけ吸血鬼にとって日光とは危険なものであり、大きな傷を残すのである。だがレドは今回、その代償を顧みずにアレンを助けた。それだけレドの中ではアレンが大切な存在となってしまっていたのだ。


(妾も甘くなったな……いや、それだけ坊やが大切だと思っているという事か)


 敢えて口には出さず、心の中でレドはそんな事を考える。

 大昔の自分では考えられなかった事だろう。まさか自分が人間の子供を持ち、その子を大切に思うようになるなど。同族から見たらきっとおかしいと言われるだろうが、何故かレドは悪い気がしなかった。むしろ昔得られなかったものが、今得られているような気分だった

 そんな事を思いながらレドは棚から新しい包帯を取り出し、手に巻き直す。そして試しに指を折ってみたりすると、静かに息を吐いた。


「それにしても、何故魔物が村に侵入して来たのやら……」


 真っ赤な瞳を鋭く光らせながら彼女は窓の外から見える夜の森を見下ろし、誰かに問いかける訳でもなくそう小さく呟く。

 森に撒かれている魔物除けはきちんと確認した。何処かに抜け道があるという様子もなかった。にも関わらずあの魔物は村に侵入し、村に少なからず被害を与えた。おかげで大切な我が子が傷つく事となり、レドは少なからず怒りを覚えていた。彼女はやり場のない怒りをぐっと拳に込め、暗闇の中へと溶け込んだ。



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