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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
2章:子と弟子と
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43:亜種族の友達



 木々に囲まれた庭でアレンは芝生の上に座りながら目を瞑っていた。神経を集中させ、辺りの事など気にせず自分の内側に意識を向ける。そして魔力を増幅させると、己の手の平にそれを注ぎだし、火の属性を持った魔法を作り出す。


「……ッ」


 目を開き、手の平に出来上がった炎を抑え込むようにアレンは魔力を調整する。しかしアレンが作り出した炎の魔法は酷く不安定で、炎が大きくなったり小さくなったりと出力が一定化していなかった。明確なイメージを作り出す事が出来ず、やがて炎の塊はアレンの手の平でボンと大きな爆発を起こす。


「うぶっ……!」


 幸い怪我をする程の爆発ではなかったが、アレンを衝撃を浴びて思わず声を漏らした。手の平から出ている煙を見ながら咳き込み、魔法が失敗した事を実感して悔しそうに拳を握った。


「相変わらず可哀そうなくらい魔法の才能がないな。アレン」

「ッ……婆さん」


 ふと後ろからいつものごとく悪戯っぽく笑うレドが現れる。アレンが魔法を失敗する所を見ていたらしく、手にはおやつのつもりなのか林檎を二つ持っていた。その内の一つをアレンに投げ渡し、アレンもそれを煙が出ていない方の手で受け取った。


「火属性、水属性、風属性、土属性……だいたいの属性の魔法を教えたが、どれにも適性がないとは……アレン、お前……」

「その憐れむような目やめろ! 面白がってるくせに」


 アレンにちっとも魔法の適性がない事を憐れむような視線を送りながら口元はにやついており、レドはいつも通りアレンの事をからかっていた。アレン自身も長い付き合いなのでレドの性格は見抜いており、忌々しそうに林檎を齧った。


「ククク、まぁそう落ち込むな。才能がなくとも努力すればそれ相応の力が手に入るさ」


 レドも林檎を齧り、一応は励ますつもりでそう教えた。しかしアレンは納得行っていないのか黙って林檎を齧り続け、あっという間に芯だけになった林檎を近くに居たリス達の傍へと投げる。するとリス達はわっと群がり、林檎の芯へと齧りついた。レドも林檎を丸々と食べ終え、口元を指でなぞる。そして腰に手を当てながらアレンの隣へと座った。


「まずは何でも試してみて、自分が良いと思った物を極めろ。妾が教えてる事は全て基礎的な事だけだからな。一つ極めれば多少はマシに戦えるようになるさ」


 アレンがレドから習っている事は主に様々な武器の使い方と複数の属性魔法。その他にも歴史や地域についても教わっているが、アレンが必要としているのは力となる武器と魔法の使い方である為、メインはそちらである。既にアレンは殆どの武器の使い方と魔法を教えてもらったが、レドは基礎的な事だけでその先の技術を教えようとはしなかった。つまりまだ一つも極めていないのだ。レド曰く自分に合ったものを適当にやり続けて自分で勝手に極めろとの事なのだが、アレンはいまいちピンと来ない顔をしていた。手の平の焦げをもう片方の手で払いながら彼は口を開く。


「一つじゃないと駄目なのか?」

「ん……?」

「一つを極めなくちゃいけないのか?その……例えば全部の武器を使うとか、色んな魔法を扱うとか……そういうのじゃ駄目なのか?」


 アレンが口にした疑問に対してレドはポカンとした表情を浮かべる。

 別段深く考えた訳ではなかったが、アレンは少し考えた末にそれが最善なのではと思い、そう口にしたのだ。

 何も一つに限定して技術を極めなくても良い。全ての技術を平均以上に扱えれば広い戦略を駆使できるので戦い易いのではないか?そうアレンは思っていた。それは子供なら誰だって思い付きそうな簡単な考えであったが、レドはどこか面白そうに口元に手を当てて笑みを零し、アレンの事を見た。


「ク、ククク……ああなるほど、そうだな。確かにそれが良いかも知れんな、坊やは」

「何だよ。俺何かおかしな事言ったか?」

「いいや……クク。お前が冒険者になったらそれを試してみたら良いさ」


 別段複数の武器や魔法を習得する事はおかしい事ではない。いざという時の為にナイフ術を習得している者も居るし、治療代を浮かす為に治癒魔法を習得する者も居る。だがアレンが言っているのは一つや二つの技術どころではない。レドがアレンに教えた武器の使い方は数十種類を超え、魔法ですら属性魔法だけでもメジャーな所からマイナーな所まで全て教えた。それら全てを使いたいと言っているのだ。

 

 試みは面白い。確かにアレンはどの武器や魔法も平均的に扱うし、そういう戦い方もありなのかも知れない。だが普通の人間ならそういう事はしない。誰にだって覚えられる事には限界があるのだ。それは一つを極めれば極める程他の物を覚えるのが困難な物となり、結局器用貧乏となってしまう。だがレドはアレンを否定するような事はしなかった。本人がそう思ったのならそうすれば良い。実際その方が型にはまる事もあるかも知れない。そうやって彼の意思を尊重したのだ。


 それからいつものごとく特訓を終え、昼食を食べた後もアレンは魔法の自主練をする為に庭に出て来ていた。近くの草むらからリス達が顔を覗かせているが、アレンは今度はご飯はないよと手振りで教えながら芝生の上に座った。


「よし、と……」


 目を瞑って神経を集中させ、アレンは魔力を練り始める。そして手の平に浮き出て来た炎を少しずつ大きくしていった。

 今回は調子が良い。出力も安定しているし魔力の乱れもない。そう思ってアレンが安心していると、ふと横の草むらの方からガサガサと音が聞こえて来た。それに反応してリス達がすぐさま逃げ出し、アレンも思わず意識をそちらに向けてしまう。その瞬間、手の平にあった炎がボンと音を立てて爆発した。


「ぐぶっ……!」

「おー、居た居た。ん?なんかしてたのか?」

「魔法の練習でしょうね。その分だと失敗したみたいだけど」


 草むらを掻き分け少年と少女が姿を現す。そしてアレンの様子を見て少年の方は疑問そうに首を傾げ、少女の方は大方の見当を付けてどこか馬鹿にしたように鼻を鳴らしていた。アレンはそんな二人の事を手から出ている煙を払いながらジト目で睨んだ。


「……何の用だ?ダン、シェーファ。お前達のせいで魔法が失敗しちまったじゃねーか」


 アレンは立ち上がり、そう言って二人の名前を口にする。

 少年の方がダン。獣人の少年でボサボサの髪をしており、狼型の獣人の為フサフサの尻尾を生やしている。祭りごとが大好きで明るい性格をしており、村では幽霊屋敷のような扱いを受けているこの場所でも平気で入ってくる。

 少女の方はシェーファ。エルフの少女で銀色の髪をおさげにして横に垂らしており、子供ながら綺麗な容姿をしている。少々高飛車な所があり、男のアレンやダンに対しても遠慮のない発言が多い。普段は歳が近い為かダンと一緒に行動する事が多く、こうやって二人でレドの庭に訪れてくる。


「ふん、物音がしただけで意識が乱れるアレンが悪いのよ。それに私はダンに言われたから仕方なく付いて来ただけだし」


 アレンの物言いに対し、シェーファは腕を組みながら鼻を鳴らしてそう言い返す。男のアレンに対しても一切物怖じしないその態度は隣に居るダンすら引いている程であった。


「そんな事言ってお前だってアレンと魔法の話がしたいって言ってただろ?同年代で魔法が使えるのはシェーファとアレンだけなんだから」

「なっ……黙りなさい! ダン!」

「おごっ……は、腹はないだろ」


 ダンの言葉にシェーファは顔を真っ赤にして慌てて腹を殴る。か弱い女の子のシェーファでもその拳には勢いがあり、ダンはたった一撃だけでその場に崩れ落ちてしまった。


「おふざけなら他でやってくれ……」

「げほっ、げほ……別にふざけに来たわけじゃねぇよ。遊びに誘いに来たんだ。遊ぼうぜ! アレン」

「…………」


 お腹を摩りながらダンは何とか立ち上がり、そう言ってアレンを遊びに誘った。アレンはそのダンの清々し過ぎる遊びの誘い方に一瞬呆れてしまう。

 別に子供の自分達からすれば何らおかしくはない誘い方だ。ただここまでストレートだと逆にふざけてるように見えてしまい、アレンは何となく疲れたようにため息を吐いた。


「お前は本当に清々しいくらい子供だな……ダン」

「んぁ?そりゃ俺らは子供じゃねーか。当然だろ」

「……要するに馬鹿っぽいって事よ」

「はぁ?何でそうなんだよ?! シェーファ」


 アレンの言葉にシェーファも賛同し、頷きながら彼女もため息を吐いた。ダンは別に間違った事はしてないが何故そんな風に二人に言われるのか分からず、困ったような表情を浮かべていた。


「悪いが俺は魔法の特訓で忙しいんだ。遊びたいなら村の広場で他の奴らと遊べば良いだろ」


 踵を返し、手を振りながらアレンはダンの誘いを断る。

 遊ぶ時間などあったらその分特訓した方が自分の為になる。それがアレンの考えであった。故にわざわざ二人が来てくれた事にも大した興味は見せず、端から見れば冷たい態度を取る。


「嫌だよ。俺はお前と遊びたいんだ。なぁ?シェーファ」

「何で私に聞くのよ……私は別に、魔法の事はちょっとなら教えてあげても良いかなーって思っただけだから」


 しかしアレンの性格を知っているダンは潔く帰ろうとはせず、自分の意思を伝えながら同意を求めるようにシェーファの方を見た。するとシェーファは少し恥ずかしそうに髪を弄りながらそう答える。彼女も同じ思いのようだ。それを聞いたアレンは足を止め、顔だけ二人の方に向ける。


「はぁ……物好きだなお前らも……言っとくが俺は忌み子だぞ?」

「んな事どーでも良いよ。俺は気にしねぇ」

「それに本当に忌み子ならこの村はとっくに災いで滅んでるわよ。言い訳ばっかしないで素直に遊びなさい」


 二人は当然アレンが忌み子である事を知っている。例え実害がなくともそのレッテルがどれだけ重い物であるか、どれだけ恐ろしい物かは二人共周りから小さい頃から教わっていた。だがそれを承知した上でダンとシェーファは気にしなかった。村でそれが禁忌と言われても、初めて会ったその日からダンは何の躊躇いもなく庭に入り込み、シェーファも迷いなくアレンに名前を尋ねた。二人はそうやって対等に扱ってくれたのだ。


「分かったよ……で、何して遊ぶんだ?」

「森に行こうぜ。この前でっけぇ熊を見かけたんだよ!」

「ちょっとダン、また黙って森に入るつもり?この前叱られたばかりじゃない」


 ようやくアレンは折れてダンの誘いを受け入れる。そして早速ダンと何をして遊ぶかを話し合い、三人は笑みを浮かべながら楽しそうに過ごした。





 庭の方から子供達の笑い声が聞こえてくる。レドは家の中で椅子に座りながらそれを聞いていた。部屋はカーテンでしっかりとしめられており、アレン達の様子を見る事も叶わない。それでもレドは聞こえてくる笑い声を何処か楽しそうに聞いていた。


「……こほっ、けほっ……」


 ふと彼女は咳き込む。椅子から立ち上がり、壁に手を付きながら口元を抑えた。ようやく咳が収まった後、ゆっくりと自分の手の平を確認する。そこには黒っぽい血が生々しくこびり付いていた。


「……やれやれ、妾も病弱になったものだな」


 その血を見てレドは弱々しく笑い、口元に付いていた血を指で拭う。

 思わず笑ってしまうのも当然だ。血を食料とする吸血鬼が自分から血を吐き出しているのだから。

 レドは汚れていないもう片方の手でそっと自身の胸元を触った。トクントクンと心臓の鼓動はまだしっかりと聞こえる。自分の生命として正しく活動出来ている証拠だ。だがその音には、僅かに乱れがある。

 吸血鬼は長寿の生き物であり、上手くすれば不死に近い存在である。だがそんな完璧とも思える生物に越えられない物はある。例えばそれは、内側からやって来る物だったり。


「婆さん、居るかー?」


 ふとアレンの声が聞こえて来た。同時に扉が開けられ、アレンが顔を覗かせる。レドは急いで手を後ろに隠し、アレンの方を振り向いた。


「ん、どうかしたのか?坊や」

「いや、ちょっとダン達と森に行きたいんだけど……良いかな?」


 レドはいつものように不敵な笑みを浮かべながら余裕の態度を持ってアレンを相手する。決して異変を気付かれないよう、細心の注意を払いながら。彼女は笑って答えて見せた。


「ああ、構わんさ。精々転ばないよう気を付けろよ」

「余計なお世話だっつの。じゃぁ、行って来る」


 幸いアレンもダン達を待たせているからかそれだけ言うと扉を閉めて去って行った。アレンが階段を下りて行く音を聞きながらレドは小さくため息を吐く。そして己の血のこびり付いた手の平をもう一度確認し、彼女は紅の瞳を揺らした。


「……せめて、あの子が独り立ち出来るようになるまでは、長生きしたいものだな……」

 

 瞼を瞑り、まるで祈るかのようにレドはそう呟く。そして拳を強く握り締めると、彼女は闇の中へと姿を消し、その部屋から居なくなった。



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