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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
2章:子と弟子と
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41:それは嵐の夜に



 グランが去った翌日、リーシャとルナは落ち込んでいた。せっかくアレンの過去を知る人物が現れたというのに、何も聞き出す事が出来ずにその人物が帰ってしまったからだ。これで本当に万策尽きた。もう調べる手がかりは一つも残されていない為、彼女達は半ば諦めかけていた。


「はぁ……これからどうしよっか」

「どうしようね……」


 リビングのソファに座りながら枕を手に持ちリーシャはそう呟く。ルナも隣で天井を見上げながらそれに答えた。ルナはともかくリーシャは普段の元気な様子が全くなく、完全に意気消沈しているようであった。それだけアレンの過去を調べる事に本気であったという事であろう。今では魂が抜けたように口からため息ばかり零している。


「やっぱりお父さんに直接聞く?それが一番手っ取り早いとは思うけど……」

「う~ん……ここまで来たらそれしかないかなぁ……?」


 ルナは首を傾げながらそう尋ねる。最初の時にも検討していた案ではあるが、ここまで来たらもう躊躇している余裕はない。多少のデメリットも覚悟かとリーシャも考え直し、それも視野に入れかけていた。

 そんな風に悩んでいる二人の元に玄関から扉を叩く音が聞こえて来た。今アレンは畑仕事で居ない。シェルも協会に報告があるとかで留守だ。リーシャとルナは必然と二人で玄関に向かい、戸を開けた。


「やぁこんにちは、リーシャ、ルナや」

「あれ?村長。こんにちはー」

「こんにちは……どうかしたんですか?」


 家の前に居たのは村長であった。優しい微笑みながらリーシャとルナに挨拶をする。二人もそれぞれお辞儀をしながら挨拶をした。


「実は少し話したい事があっての……上がっても良いかね?」

「良いよー。どうぞどうぞ」


 村長がそう尋ねるとリーシャは軽く返事する。そのまま村長は家の中へと上がり、二人もお茶の用意をしに台所へと向かった。リビングのソファに座り、村長はふぅと息を零す。丁度リーシャ達がお茶を淹れた所で、茶碗をテーブルの上に置いた。


「はいお茶」

「おお、有難う。リーシャ」

「いえいえー」


 リーシャにお礼を言い、村長は茶碗を手にしてお茶をひとくち口に含む。ほぉ、いちいち息を吐く動作は老人らしさがよく出ていた。そう言えばアレンもよくそんな動作をしていた事をリーシャは思い出す。やはり歳を取るとついそんな動作をしてしまうのだろうか。けれどリーシャは何となくその動作が好きだった。


「それで、話したい事って何?」

「うむ……まぁ何というかのぉ……」


 リーシャとルナも向かい側のソファに座り、何の用なのかとリーシャは尋ねる。すると村長は何故か話に来たというのに言い辛そうな表情をしながら自身の頬を掻いた。その妙な様子にリーシャとルナも顔を見合わせて首を傾げる。


「前に儂の家に着てアレンの過去について尋ねた事があったじゃろう?その事について話しても良い事になっての」

「「えっ?」」


 ようやく重い口を開き、村長はそう二人に伝える。

 リーシャとルナからすれば願ってもない話。だが以前尋ねた時はうやむやにされ、知る事が出来なかったが、なのにどういう訳か今回はアレンの過去について話してくれるらしい。その意味不明な切り替えに二人は当然疑問を抱く。何故急に話して良い事になったのか?前回と今回で一体何が違うと言うのか?村長自身も何か迷いがあるのか、何度もお茶を啜ったりと落ち着かない様子であった。


「な、何で急に……?」

「…………」


 リーシャは何故急に話して良い事になったのかを尋ねるが、村長は曖昧な答え方しかせず、真実を教えてくれない。その様子を黙って見ていたルナは目を細めてある可能性に思い至った。


(ひょっとして……お父さんが……)


 口元に指を当て、ルナはそう推測する。

 端的に言ってしまえばアレンに見抜かれてしまった。そう考えるのが自然だ。グランとの会話も聞かれていたし、アレンが気付ける場面は少なからずあった。そして気付いたアレンが村長に話しても良いと許可を出したと考えるならば辻褄もある。


(でも自分から話そうとはしなかった……という事は少なからずうしろめたい過去があるって事?)


 村人の皆が口にしないくらいだからその可能性は大いにあり得る。だが普段のアレンを見ているルナからしたらとてもそんな想像は出来なかった。ただの他所には言えない恥ずかしい過去があるだけなのか、それとも己の魔王の罪と同じくらい重い枷があるのか。何にせよ聞かなければ始まらない。ルナは知りたいと思ったからこそ、この行動を起こしたのだ。例えそれがどんな答えだったとしても。


「教えてください。お父さんの事」

「あ、うん……私も知りたい!」


 ルナは何故話して良い事になったのかには深く追求せず、自分達が最も気になっている事の答えを求めた。リーシャもルナの姿勢を見て自分達の目的を思い出し、しっかりとソファに座り直しながらそう答えた。


「うむ……子供が親の過去を知りたがるのは当然の事。ましてやお主達のような特別な家庭の場合はその好奇心はより強いじゃろう」


 リーシャとルナの答えを聞いて村長も迷いは消えたのか、満足そうに頷いて微笑む。

 実際村人達はアレンを王都でどこかの女と子供を作り、子供達だけ連れて村へ帰って来たと思い込んでいる為、家庭には複雑な事情があると思っている。実際アレンは赤ん坊の勇者と魔王を拾ってそのまま育てているというかなり複雑な事をしている為、特別な家庭と言っても差し支えは無い。

 村長は一度間を置く。最初訪れた時とは違い、何処か重苦しい雰囲気を纏っている。


「じゃが先に言っておこう。儂らが知ってるのは村に住んでいた頃のアレンじゃ。王都に行った後の事は知らん。儂が話すのはあくまでもアレンの〈始まり〉に過ぎない……その事を覚えておいておくれ」

「う、うん……」


 村長は指を一本立てながら念を押すようにそう忠告する。

 つまり村人達が知っているのはアレンの全てではなく、村に住んでいた頃のアレンだけという事だ。当然である。村を出て王都で冒険者をやっていた頃の事を村人達が知る訳もない。最もリーシャとルナが知りたかったのはその少年時代の頃の話である為、さして問題にはならない。


「そしてアレンがお主達の事を心から愛しているのも事実……その事柄は絶対に覆らん」

「……!」


 そして最後に村長はそんな言葉を残す。それはルナの心を僅かにくすぐる言葉であった。

 村長は一度茶碗に手を伸ばし、お茶で喉を潤した。少し長い話になる。だが子供達が求めている以上語らなければならない。基本は平和で事件など中々起きないこの村で唯一起こった些細な出来事。それは村人の間では話してはならないと暗黙の了解になっており、いつしか誰も口にしなくなってしまった事。村長はゆっくりと口を開いた。


「では語ろうかの……あれは酷い雨の日の事、嵐の夜にそれは起った……」





 ある日その村は一年にあるかないかの大嵐に襲われていた。村人達はなるべく外に出ないようにし、家の扉や窓をしっかりと固定して雨を凌いだ。だがそんな中、村人達は何故かざわついていた。外は酷い雨だと言うのに外に出て何かを話し合っているのだ。その様子をまだ腰が曲がっておらず、白髪もない若かった頃の村長もおかしいと感じていた。


「おい、一体何事だ?嵐はもっと激しくなるぞ。早く家の中に避難しろ」

「村長! ……それが、ちょっと様子がおかしいんだ」


 流石に気になった村長も扉を開けて外の様子を伺い、数人集まっている村人達を見てそう声を掛ける。村人達も村長の存在に気が付き、どこか困ったような表情を浮かべていた。村人の言い分に村長も首を傾げる。


「様子がおかしい?一体何が変だと言うんだ?」


 様子がおかしいも何も現在進行形で村は嵐に襲われている。それだけでも十分大変な事だ。それなのに危ない外に出てまで気になる事があるというのだろうか。村長がそう疑問に思っていると、村人達は顔を見合わせて頷き、口を開いた。


「森の方から赤ん坊の泣き声を聞いたって言う奴が居るんだ……最初はこの雨だから聞き間違いだと思ったんだが、他にも聞いた奴が居て……」

「なんだと?」


 何でも村の隅の方に住んでいる村人の一人が家の屋根が嵐で吹き飛ばされないよう板で補強していた時、森の方から赤ん坊の泣き声らしき声を聞いたらしい。ただその時から激しい雨が降っていたし、魔物が徘徊する森に赤ん坊など居る訳ないと思った為、その時はただの聞き間違いだと思った。しかしその後もその近くに住んでいる何人かの村人達も赤ん坊の泣き声を聞いたと言っており、丁度集まってこれは不味いのではないかと話し合っていたのだ。

 村長はこの話を聞くと当然村の長として確かめに行くべきだと思った。


「ならば確かめに行くぞ。もしも本当に森に赤ん坊が居たとしたら大変だ。嵐で吹き飛ばされてるかも知れん」

「だがこの雨の中だぞ?! それに森には魔物が……」

「ならお前達は家の中に避難していろ。来る気がある奴だけ儂と来い」


 村長はそう言うと家から護身用の剣だけ手に持ち、赤ん坊の声が聞こえたという森の方向へと向かった。集まっていた村人達はどうするべきか躊躇していたが、何人かは同じように護身用の武器を用意し、村長の後を追った。

 森の中は案の定嵐で酷い事になっていた。木々は吹き飛ばされ、歩けそうな道など残っておらず、さながらどでかい怪物が通ったかのような跡になっていた。これでは例え赤ん坊が本当に居たとしても無事かは分からない。だが村長は迷う事なく森の中へと足を踏み入れた。


「不味いな……雨がどんどん激しくなっていく。帰れなくなる前に見つけなければ」


 フードを深く被りながら村長は身体を打ち付けてくる雨をうっとおしく思い、そう呟く。

 雨は激しくなっていくばかりだ。恐らく嵐の中心がこちらへと向かっているのだろう。そうなったら自分の身も危ない。赤ん坊が居るかどうかを早急に確認し、出来るだけ早く村に戻る必要があると村長は判断した。それならば行動は早くしなければならない。村人達に指示を出し、様々な方向を探し回った。衣服が雨でずぶ濡れになり、身体も重くなっていく。そんな時、村長はうるさい風の音の中からかすかに赤ん坊の泣き声がするのに気が付いた。


「ッ……こっちか!」


 その方向に当たりを付けるとすぐさま村長は駆け出し、その場所へと向かった。そこは丁度巨大な樹木の元で、その木だけは嵐にもしっかりと耐え、全く微動だにしていなかった。そしてそんな木の根っこの方に丁度引っ掛かるように籠が置いてあり、そこには毛布に包まれた赤ん坊が居た。


「見つけた……! 皆、こっちだ!」


 手を貸してもらう為に村人達を呼び、村長も赤ん坊の元へと駆け寄る。いくら巨大な樹木の下に居たとは言え、横雨を防ぐ事は出来ない。毛布は濡れ、赤ん坊の体温も奪われていく。村長はまずは赤ん坊の状態を確認しようと毛布を捲った。


「ッ!! こ、これは……!」


 毛布を捲った瞬間、村長は固まった。何と赤ん坊の身体には歪な紋章が描かれていたのだ。村長はその紋章が何を意味するか知っていた。

 これはある〈風習〉だ。村で子供が生まれた時、その子が良からぬ病を持っていたり、または後の災いとなると預言された場合、その子は〈忌み子〉として村に災いを齎す邪な存在として見放される。そうすると村には置いておけない為、子供を捨てたとしても災いが村に戻ってこないよう、その子供の身体に災いを封じ込める紋章を墨で描いて捨てるのだ。つまりこの赤ん坊はどこかの村で忌み子と見なされ、こんな魔物が徘徊する森の中、しかも嵐の夜に捨てられたという訳である。


「村長、見つかりましたか! ……ッ、こ、これって……」

「忌み子だ。まさかこのご時世、まだそんな風習が残っていたとは……」


 遅れて村人達も集合し、赤ん坊の身体に描かれている紋章を見てぎょっとする。見るのは初めてであるが、自分達も同じように辺境の村に住む村人である為、そのような存在がある事を知っていたのだ。村長は暗い表情を浮かべながらどうするべきかと悩んだ。

 この赤ん坊が何を以て忌み子と見なされたのかは分からない。ただの村の言い伝えに沿ったのか、それとも怪しい占い師に悪魔の子とでも言われたのか、はたまた本当に邪悪な力を秘めているのか……いずれにせよ歓迎しにくい存在である事には変わりなかった。


「ど、どうするんですか?村長……」

「う、む……」


 赤ん坊を助ける事は最優先にすべき事だ。だがその後はどうする?この赤ん坊がどこの村の子なのかなど分からない。かと言って自分達の村に連れ帰った所で誰か育ててくれるだろうか?獣人やエルフと言った亜人種の多い村だが、忌み子は前例がない。もしも本当に災いを持つ子だった場合、取り返しの付かない事になるかも知れない。村長はそんな様々な憶測から迷いが出てしまい、判断を即決出来なかった。そんな時、ふと村長達の背後から足音が聞こえて来た。


「助けるに決まってるだろう?人間の赤子は寒さに弱く砂のごとく脆い。早く処置を済ませなければ手遅れになるぞ?」


 凛と楽器のように綺麗な声が聞こえて来た。嵐の中でもはっきりと聞き分けられるくらいの美しさで、この場には似つかわしくない。村長達が後ろを振り向くと、そこには幼い女の子が立っていた。自身の身長以上ある黄金の髪を伸ばし、血のように紅い瞳に、真っ赤なドレスを着ている。その容姿は一つ一つが丁寧に作り込まれた精巧な人形のように整っており、血の気がないように真っ白な肌に、幼さを残しつつも大人の妖美な雰囲気も併せ持ち、どこか人を見下したような上から物を見る瞳をしていた。村長達はそんな少女の事を見た瞬間凍り付いた。


「レド・ホルダー……! 何故お前がここに……?!」

「村が嵐で大変な事になっているから様子を見に来たのさ。そして赤子の話を聞いてな。こうして妾自ら出向いてやったんだ。感謝して欲しいくらいだが?」


 レド・ホルダーと呼ばれたその少女は村長の方が明らかに歳上に見えるのにも関わらず自分の方が上かのような喋り方をした。しかし村長はその事については言及せず、むしろレドという少女はそれが当たり前のように受け入れていた。


「その赤子は早くしかるべき処置をしなければ凍え死んでしまうぞ。どうするつもりだ?村長」

「……ッ!!」


 レドは腰に手を当てながらまるで村長の事を試すかのようにそう発言する。村長は赤ん坊が入った籠を手に持ったまま黙っていた。すぐに答えを出す事が出来ず、それが煮え切らないように唇を強く噛み締めた。

 今この場で自分が決められる事ではない。ひとまず赤ん坊は助けるが、その後の事は知らない。それが今の村長に出せる精一杯の答えだった。だがそれを口にする勇気もない。そうやって村長が苦しんでいると、レドはまるでそれを見透かしたように怪しく笑い、そっと横に手を払った。


「はぁ……しょうがない。その子は妾が引き取るとしよう」


 レドがそう言うと村長が持っていた籠が勝手に浮き、レドの元へと空中を移動した。自分の元までやって来た籠を軽くずらしてレドは中身の赤ん坊を確認する。幼い少女のレドよりも少しだけ小さい男の子の赤ん坊。こして見ると姉弟のような微笑ましい光景に見えるが、レドから流れ出る魔力がそんな生易しい物ではないという事を物語っていた。


「なっ……〈魔族〉のお前が何をするつもりだ!? その子を眷属にでもするつもりか?!」

「ククク、それも良いかも知れないな。だがお前達も忌み子の災いが心配だろう?しばらくは妾が様子を見る。そして問題がなければ普通に村で生活させてやるさ」


 村長の問いかけに対してレドは軽く笑って答え、それだけ言うと赤ん坊の入った籠と共に闇の中へと消えて行った。すぐに村長は後を追うが、その闇に入り込めばもうそこにレド達の姿はなかった。

 こうして森で見つかった忌み子の赤子は村の端に住む魔族、レド・ホルダーへと引き取られた。

 村長はまだ知らない。この時からあの赤ん坊は普通とは違う人生を歩む事を強いられていたのだと言う事に。



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