4:予言と兆し
預言者の占い。それはこの世に再び魔王が現れ、世界を混沌に陥れるという。同時に、人間達の希望である勇者も現れるであろう。----それが八年前の預言。
「ぬぐぐ……」
城の自分の部屋の中で国王は頭を悩ませていた。椅子にドカリと座り込み、ひじ掛けで指をトントンと動かしながら自分の苛立ちを何とか抑えようとする。その傍らでは青いローブを纏った女性が控えていた。たくさんの宝石を身に纏い、美しい容姿をしている。そんな彼女の表情もまた暗かった。
「魔王が目覚め、勇者が現れるという予言が出てから八年……未だに魔王も勇者も現れん。これは一体どういう事だ……?」
国王の危惧。それは傍らに居る女性が出した予言の事。その予言の通りならば既にこの世には魔王が目覚め、魔族達が侵略の準備を始めているはずだった。だが暗黒大陸でそのような異変は起こらない。自分達の希望の星である勇者すら現れない。最早街ではその予言は外れだったのだと笑い話にされている。だが国王はそう簡単に悩みを捨て去る訳にはいかなかった。
「陛下、私の預言は外れませぬ……! 魔王も勇者も必ず現れます……ッ」
「分かっておる……お主の預言は昔から全てぴたりと当たっていた……だからこそ、儂は恐れておるのだ……もう既に、魔王と勇者がこの世に現れているのではないかと」
ローブを羽織った女性、預言者は焦りの表情を見せながら膝を付いてそう宣言した。国王もその言葉は理解していた。彼女の預言は昔から一つも外れた事はない。それだけの信頼を受ける実力を彼女は持っている。だが問題はそこではない。だとすればこの世に生まれたはずの魔王と勇者は今どこに居るのか?重要なのはそこである。
「勇者の血族が居ない場合、〈勇者の紋章〉は素質のある子供に現れる……可能性がありそうな子供を持つ者には全員伝えていたはずだ……だが報告は何もない! 何故だ?! 何故勇者が生まれた報告が来ない?例え村人の子だったとしても勇者ならば国に報せようとするはずだろう?!」
国王はドンとひじ掛けを叩いて不満を吐いた。
勇者の血族は既に途絶えてしまっている。その場合勇者の紋章は少しでも勇者の素質を持つ子供に現れる。だから国王は予め素質がありそうな一族の者、長く城に努めている騎士などにも全員伝えておいたのだ。勇者が生まれるかも知れないと。だが報告は一切来ない。では全く関係のない場所で生まれたのだろうか?そうだとしても何らかの騒ぎになったり、噂が流れて来たりするはずだ。だがその傾向は全くない。国王は不安に顔を染め、震える指で額に手を置いた。
「もしや……何者かが勇者の力を独占しようとしているとか?」
ふと預言者は思い付いた事を口から零す。
あまり考えたくない事態ではあるが、その可能性は十分ある。勇者の力は城一つ消し去る程強大な物。そんな力を手中に収めれば莫大な権力と富を得る事が出来るであろう。その可能性に国王は眉間にしわを寄せた。
「よもやそんな事……いや、あり得るのか。子供の時から育ててしまえばその勇者はその者の言いなりとなる。いかに勇者と言えど親ならば従うだろうからな……」
「という事は、いずこで勇者を隠して育てている者が……」
「うむ、その可能性は否定しきれん」
いくら伝説の勇者と言えど所詮は人の子。幼い頃から洗脳されれば人々を守る為にあるはずのその力も邪な者の手に渡ってしまうかも知れない。その可能性は十分あった。国王はその考えに至らなかった自分に怒り、忌々しそうに拳を握り絞めた。
「今一度探索隊を出すのだ……今度は呼びかけだけではなく、子供一人一人を念入りに調べるように伝えろ……!」
「はっ……仰せのままに」
国王は震える手を動かして命令を与える。予言者は怒りの頂点に達している国王に恐れながらも膝を付いて深く頭を下げ、それに従った。
◇
山の森の中、村から少し離れたその場所でアレンは魔物と戦っていた。熊型の頭の角を生やした大柄な魔物。最近畑を荒らすという事で村人達はその魔物に困っており、元冒険者であったアレンが退治を請け負う事になったのだ。
「ふっ……!」
「グルルゥァァッ!」
魔物の巨大な腕が振り下ろされる攻撃も難なく避け、アレンは浅い攻撃ではあるが剣で着実にダメージを与えていく。
冒険者の頃に使っていた剣。日頃から手入れは怠っていなかったが、年期が入っている為そこまで切れ味は良くない。それでも流石は元冒険者なだけあってアレンは無駄のない動きで少しずつ魔物を追い詰めて行った。そして遂に動きが鈍くなった魔物の心臓部に剣を突き立て、アレンは戦いの終わりを悟る。
「ルウァァアアアア……!!!」
「よし、っと……」
魔物は悲鳴を上げ、苦しむように腕を振り回した。やがてその場に崩れ落ちると、先程の暴れようが嘘のように静かになった。アレンは剣に付いた血を拭いながら小さくため息を吐く。そして戦いの途中で薄々と感じていた違和感を思い浮かべた。
(妙だな……ちょっと前の俺ならこんなに長く動いたらすぐ息切れしたはずだが……今は体力が有り余っている)
ふとアレンは額に手を当てながらその違和感について考える。手で顔をなぞるが、全く汗が流れていない。息もそこまで切らしていない。
やはり妙だ。以前の自分だったらリーシャと稽古をしているだけで疲れていたはずである。この魔物もそこまで強くはないが、それでもこの年期の入った剣で仕留めるのは骨が折れるはずである。なのに自分はそこまで疲労感を感じずに倒す事が出来た。
(健康的な生活をしているからか?……そう言えば前ルナに治癒魔法を掛けてもらってから調子が良いような気が……)
思い当たる節と言えば野菜を主食とした健康的な食事と、早寝早起きを心掛けている今の生活くらいだが。その他にもアレンには思い当たる事があった。それは以前、自分がちょっとした傷を負ってしまい、その時にルナに治癒魔法を掛けてもらったのだ。その時から妙に身体が軽く感じ始めていた。最初は治癒魔法の効力によって治癒能力が活性化されているだけだと思ったのだが。そこまで考えてアレンはふむと声を鳴らして首を傾げる。
「父さんすごーい! 流石だね、あんなおっきな熊倒すなんて!」
「リーシャ、あれは熊じゃなくて熊型の魔物だよ」
わっと後ろから声が聞こえてくる。見れば娘であるリーシャとルナがそこには居た。外着でリーシャは白いシャツに青いスカート。ルナはワンピース風の黒い服を着ている。一応リーシャは訓練用の木剣を持っているが、アレンは二人を見てやれやれと首を振った。
「お前達なぁ……ちゃんと家で待ってなさいって言っただろう?森の中は危ないんだぞ」
「大丈夫だよ。魔物が出ても私がルナを守るもん」
「でも怪我しちゃ駄目だよ?リーシャ」
「分かってるって。心配性だなぁ、ルナは」
「……俺は二人に注意したんだが」
一応二人に注意したのだがリーシャは分かっててなのかルナを守ると宣言して何の心配もしていない表情を浮かべる。ルナはそんな自信満々のリーシャの事を一応注意しようと思ったのか、怪我はしないでね程度の声だけ掛けた。そんな相変わらずなリーシャを見てアレンは剣を鞘に収め、大きくため息を吐いた。
(まぁ実際の所、リーシャならこの森の魔物程度なら難なく倒せるだろうけど……)
リーシャの実力は日に日に成長していっている。今の彼女の実力ならこの森に住みついている魔物くらい簡単に倒せるだろう。おまけに治癒魔法や攻撃魔法も使えるルナが付いているのだ。正に最強コンビと言える。そう考えてアレンはちょっとだけ今の娘達が怖いなと思った。
(というか二人共、前よりかなり仲が良くなってる気がするんだが……気のせいか?)
ふとアレンは二人の事を見ながらそう考える。
毎日一緒に居る姉妹だから仲が良くても不思議ではないが、それにしては以前と比べると二人の距離が縮まっている気がするが。自分が知らない所で何かあったのだろうかとアレンは考えたが、別に二人の仲が良いのは微笑ましい事なのでそこまで気にしない事にした。
「さてと、それじゃ魔物も退治したし、村に戻るか。二人共」
「「はーい」」
目的の魔物も仕留めた事だし、村に戻って回収してもらえるよう人を呼ぼう。そこまで考えてアレンは二人に呼びかけ、村に戻る事にした。リーシャは相変わらずリスのように走り回りながら、ルナはアレンの横にぴったりと付きながら心配そうにリーシャの事を見ている。その様子はとても微笑ましかった。
村に魔物を退治した事を伝えた後、アレンはリーシャとルナを先に家に戻らせた。村長と少し話す事があったからだ。アレンはその足で村長の家へと向かう。そして家に上がると、そこには子供の時と変わらぬ男の老人の姿があった。長い髭を携え、しわくちゃな顔をしている。
「魔物退治ご苦労じゃったな。アレン」
「別に元冒険者ならあれくらいお安い御用だよ、村長」
村長はアレンにお茶を出しながらお礼を言った。アレン自身もやけに今回は調子が良かった為、そこまで苦労した気はしない。熱いお茶を喉に流し込み、ふぅと息を吐いた。
「最近はやけに魔物達が獰猛だからのぅ。丁度八年前からやけに魔物が多く出没するようになった」
村長もアレンが座っている向かい側の椅子に座ってお茶を飲みながらそう言った。
魔物の生態は殆ど動物と同じである。だが魔物の唯一違う所は魔族に近い存在という所だ。凶暴で皆人間を襲おうとする。その為魔物と魔族は同じ種族だという見方もある。そんな魔物達が獰猛になっているという報せは村人達によって良くないものだった。それはつまり、魔族達になんらかの動きがあったという事を意味するからだ。
「例の預言と何か関係あるのかね?」
「ふぅむ。だとすれば今この世の何処かに子供の魔王と勇者が居るかも知れないという事じゃな……ふぉふぉ、やれやれ恐ろしい事じゃ」
「まぁ俺達辺境の村人には関係のない事だな。ここにはめったに外界の人も来ないし」
「そうじゃのぉ」
魔物の騒ぎようと予言が何か関係があるのかと考えるアレンだが、だとしても自分達山の中に住む村人なら関係はないと笑った。村長も確かに自分達に出来ることなどないかと考え、コクコクと顔を頷かせる。
「じゃぁ、また明日。村長」
「うむ。二人にもよろしくな。何せあの子達はこの村のスターじゃからの」
「ははは、そんな事言ったらあの子達が調子に乗っちまうよ、村長」
帰り際村長はそう声を掛ける。それを聞いてアレンは肩を竦めた。
この村には子供が少ない為、リーシャやルナのような可愛らしい女の子は皆の人気者なのだ。特にリーシャは持ち前の明るい性格で村中で遊び回っている為、特に皆と関わっている。しかしそれを教えると更にリーシャが調子に乗ってしまう為、アレンは村長の言葉を胸にだけ留め、笑顔で村長の家を後にした。