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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
2章:子と弟子と
34/207

34:自慢の父親だから



 村に魔族が入り込んだという事件は特に村人に知られる事もなく大きな被害も出ずに終焉を迎えた。

 念の為アレンは村長に魔族と遭遇したという事は伝えたが、村長は混乱を避ける為に村人達には伝えない事にしようと決断した。アレンはリーシャとルナの事もあって複雑な心境だったが、彼女達の為にもそれが良いだろう思い了承した。


 結局魔族のレウィアの目的は魔王のルナの状況がどうなっているのかを知りたかっただけらしく、以前現れた勇者教団のような過激な思想の持主ではなかったらしい。それだけでもアレンにとっては大助かりだ。少なくとも敵でないならば今の日常を続けていられる。尤も以前程平穏にとは言えないが。

 そして今回の出来事はまだ完全に終わった訳ではなかった。レウィアと接触してルナはアレンが正体を見抜いている事を知り、とうとう今までのような関係では居られなくなったのだ。

 

 祭りが終わり、家に戻ったアレンはルナと対峙していた。話したい事があるという事で呼び止められたのだ。普段からおとなしいルナが今回は一段と口数が少なく、まるで酷く怯えているかのような様子だった。そんなルナの事をアレンはただじっと見つめていた。


「お父さんは……ずっと気付いていたの?私達の正体に……」


 怯えるように両手を胸の前で合わせながらルナはそう尋ねる。リーシャも答えが気になるように何も言わずアレンの事を見ていた。

 アレンはどう答えるべきかを考える。今更誤魔化したところで無駄なのは分かっている。ルナは魔族のレウィアと接触して真実を知った。魔族が出て来たくらいなのだからここで嘘を吐いたところで説得力はないだろう。ならばやはり真実を言うしかない。


「ああ、気付いていた……とは言ってもずっと前からじゃない。薄々思ってただけで、確信を得たのも少し前だ」


 アレンはとうとう子供達に自分が正体を知っているという事を明かした。自分が今まで見て見ぬ振りをして来た事を告げてしまったのだ。罪悪感を感じ、急に胸が重くなる。ルナからすればさぞかしショックであろう。自身が魔族である事すら教えられず、ずっと悩んでいたのだ。アレンはそれを教えずに育てて来た。嫌われても当然だ。そう感じ、アレンは暗い表情を浮かべた。


「えー、じゃぁやっぱり私達って父さんの本当の子供じゃないの?」

「あ、ああ。二人共同じ森で拾って、それで一緒に育てる事にしたんだ」

「ふーん、やっぱそうなんだ」


 そんな重苦しい空気の中ずっと黙っていたリーシャがふとそんな事を尋ねて来た。いつもと変わらない明るい口調で、アレンが告白した事も別段気にした様子もなかった。

 リーシャだってそれなりショックは受けているはずだ。彼女は勇者という皆から期待される存在であり、言わば救世主のようなものだ。本来なら然るべき場所で訓練を受け、もっと裕福な生活を送っているはずである。それをこんな辺境の村で暮らし、落ちぶれ冒険者の粗削りな訓練だけを受けて来た。勇者教団のような連中に嫌われて当然であった。だと言うのにリーシャは本当の子供ではないと告げられても大した反応も見せなかった。大体は予想していたという事だろう。


「俺は二人の正体をずっと見て見ぬ振りをして来た……自分がただの冒険者だったから、勇者と魔王だなんて信じられなかったんだ」


 アレンは顔を俯かせながらそう告白した。

 ただの冒険者だったアレンにとって勇者や魔王と言った存在は雲の上のような存在だった。凡人だった彼だからこそ、そんな特別な存在が身近に居る事を信じられなかったのだ。そのせいで本来なら向けるべき所に視線を向けず、ずっと見続けてこなかった。そのせいで二人に迷惑を掛けた事もたくさんあるだろう。アレンは反省するように頭を下げた。


「だから二人には迷惑を掛けたと思う。色々と悩ませたと思う。嫌いになったかも知れない……その事については謝らせてくれ。すまん」


 アレンは自分が今まで勇者と魔王の事について触れなかった事を懺悔した。

 謝らなくてはならない。拾ったからには責任を持って育てなければならないと決めつつも、アレンは二人の背負っている物については一切触れなかったのだ。成すべき事をしなかったのだ。故に責められても当然だ。そうアレンが思っていると、視界にリーシャの顔が映った。


「私はねー、全然気にしてないよ。自分の正体も分かってたし、父さんが本当の父親じゃないってのも何となく予想してた」


 少し考えるように人差し指を顎に当てた後、リーシャは何て事ないようにそう告げた。自分が勇者である事もルナとの関係の事も分かっていたと言い、それでも彼女はいつものように明るい笑みを浮かべていた。


「でもそれでも父さんは私達を勇者と魔王としてじゃなく、本当の娘のように育ててくれた。特別扱いしないでくれた事が私は嬉しいよ」

「……リーシャ」


 リーシャは普段の明るい態度で気付き辛いが、時々核心を突いたような発言をする事もある。こう見えて色々と考えている真面目な子なのだ。そんな彼女だからこそ自分が勇者である事も気づいていたし、今の自分達の状況も理解していた。その上でリーシャはアレンの事を受け入れていたのだ。

 ふとリーシャが顔をズラしてルナの方を見る。今度はルナの番とでも言いたげな表情を浮かべていた。それを見てルナは焦ったように戸惑った顔をしていたが、やがて言葉が決まったのか一呼吸置いてから口を開いた。


「私も……今回の事でお父さんの事を嫌いになるなんてあり得ないし、むしろ迷惑掛けてるのは魔王の私のせいだから……ごめんなさいって言うか、その、あの……」


 もじもじと指を動かしながらルナは申し訳なさそうにそう言う。

 そもそも今回の魔族の侵入は魔王である自分のせいだとルナは罪悪感を感じていたのだ。リーシャと二人で乗り切るとは約束したが、それでもアレンに迷惑を掛けていないかどうかという不安が残る。それがルナの一番の気がかりであった。


「私は魔族で、しかも魔王だけど……お父さんの事が大好き。リーシャの事だって本当のお姉ちゃんのように思ってるし……だから、その……私は皆と今のままの関係で居たい……それじゃ、駄目かな?」


 途中で何度も戸惑うように目線を左右に泳がせながらまん丸の黒目を揺らし、ルナはそう尋ねた。恐る恐ると言った感じでフルフルと手を小刻みに震わし、明らかに緊張している事が分かる。そんなルナに対してアレンはふっと優しい笑みを浮かべながら答えた。


「お前達がそれで良いなら、俺は全然構わないさ……頼りなくて色々と中途半端なおっさんだが……それでも、お前達の父親で居ても良いか?」

「当然だよ! それに父さんは頼りなくなんかない。父さんは勇者の私より剣術が上手いんだから!」

「私も、お父さんが良い……お父さんの魔法は魔王の私よりも幅広く覚えてるし、面白い魔法が多いから」


 アレンが尋ねると二人は満面の笑みを浮かべて自信満々にそう答える。自分達の事でもないのに本当に誇らしげだった。

 アレンからすればそれはお世辞以外何物でもなかった。勇者と魔王より上などと煽てられているが、それはまだ二人が子供であり、アレン自身が物を教える立場だったから上に捉えられているだけだ。本当なら二人の方が実力が上でもおかしくない。実際リーシャとルナが本気を出せば今のアレンにも勝てるだろう。だがそれでも二人はアレンの事を信じてくれていた。親として認めてくれていたのだ。


「父さんは私達にとって自慢の父親だから」

「だからこれからも、よろしくお願いします」


 アレンも元に近寄り顔を見上げながら二人はそう言う。その言葉を聞いただけでアレンの重くなっていた肩は軽くなり、何かが救われたような気持ちになった。リーシャとルナもアレンが勇者や魔王だからと言って特別視せず、種族など関係なく娘として見てくれている事に安堵していた。


 こうしてひとまずこれからの方向性が決まり、アレン達は今まで通り家族として過ごしていく事になった。まだ色々と話し合うべき点はあるが、それは後日話し合うという事でもう夜も遅い為、リーシャとルナ眠る事となった。そしてリビングに一人残されたアレンは少し疲れたようにため息を吐き、椅子に深く座り込んだ。そんなアレンの元にシェルが姿を現す。


 そう、まだ話さなければならない事があるのだ。

 アレンは魔族に対して特に敵意は抱いていない為、今更ルナをどうこうしようとは思わない。リーシャが勇者だからって戦争の道具にするつもりもないので、王都に報告する気もない。だがもしも世間がこの事を知ったらそうはいかないのだ。人々は魔王のルナを恐れるし、勇者のリーシャをあるべき立場に引き戻そうとする。ましてや魔術師協会に所属する大魔術師のシェルの場合、状況は色々と複雑だった。


「シェルもルナが魔王だって事には気付いていたのか?感知能力が高い君なら勘付いたと思うが」

「ええ……はい、気付いていました」


 アレンが椅子に座ったまま尋ねるとシェルはその場で佇みながら顔を頷かせて答えた。

 祭りの時のレウィアとの戦闘で幾分か疲れた様子が見られるが、それでももう大分魔力は回復していた。それでもレウィアに勝てなかった事が悔しいのか、どこか浮かない表情をしていた。


「私も、先生の家庭を壊すつもりはありません。ですから協会にもこの事は報告しません」

「ああ……助かる」


 シェルもリーシャとルナの事を引き渡すような事は望んでいなかった。彼女にとって師であるアレンの幸せが望みであり、それがリーシャとルナと一緒に暮らす事だと言うのなら喜んでそれを応援しよう。たとえそれが世界中を敵に回す危険性があったとしても、シェルにはアレンの味方で居続けようと言う覚悟があった。


「ですが魔族の方はそうも行きません。ルナちゃん達の事は伏せておきますが……ベヒーモスを放ったのはあの魔族の少女だとは報告させてもらいます」

「それはもちろんだ……色々気を遣わせて悪いな。シェル」

「いいえ。先生達の為ならこれくらいお安い御用ですよ」


 シェルが色々と気を回してくれるので有難く思いながらアレンがそう言うと、シェルはニコリと微笑んで答えてくれた。

 シェルの心境を知らないアレンは何故彼女がこんなにも協力的なのか分からず、ただ単にシェルが義理堅く良い人なのだと判断する。シェルの好意にはちっとも気づいていなかった。


 その後もシェルとは今後どうしていくべきかを話し合い、幾つか纏まるとシェルも寝床に着く事になった。まだ気持ちが落ち着かないアレンはリビングに残り、お茶を啜っていた。苦くて口に残る味。アレンは中々寝付く事が出来ず、ふと瞼を閉じた。真っ暗な闇で覆いつくされ、世界が切り替わる。


ーーーーお前はお前で居て良いんだからな。アレン。


 ある言葉がアレンの頭の中に響き渡る。それを思い出した瞬間アレンは持っていたカップを落としそうになり、急いでカップをテーブルの上に置くと額を手で押さえた。歯を食いしばり、何かに耐えるように彼は身体に力を込めた。


「俺は……俺の信じた道を進むよ……婆さん」


 何かを重く受け止めるように拳を握り絞めながらアレンはそう呟いた。その表情は暗く、アレンらしくない。彼は何かを拭い去るようにお茶を飲み干し、さっさと自分の寝床へと戻った。






 歯磨きも終え、寝間着にも着替え終わったリーシャとルナは寝室のベッドで横になっていた。しかしすぐに寝れる訳でもなく、ましてや今回はずっと気になっていたアレンが自分達の正体に気づいているかどうかが判明した為、ついつい目が覚めてしまっていた。リーシャはゴロンと寝返りを打ち、横のベッドで横になっているルナの事を見た。


「今日はお祭りとか魔族の事とか色々あって忙しかったけど……父さんの事が知れてよかったね」

「うん……そうだね」


 リーシャの言葉を聞いてルナの顔を横に向け、二人は見つめ合いながらそんな会話をする。

 ずっと気になっていた事がようやく分かった為、ルナもいつもよりも表情が柔らかかった。何よりも魔族であり、魔王である自分をアレンが受け入れてくれている事が嬉しかった。単純に言ってしまえば幸せな気持ちだった。


「でもお父さんって本当に変わってるね。勇者のリーシャと魔王の私を娘として育てるなんて……」

「ホントだよねー。普通の人だったら絶対しないだろうし、まず見ず知らずの子供二人を育てるのなんて大変だろうしね」

「そうだね……第一家族が反対するはず……」


 そこまで言い掛けてピタリとルナは言葉を止める。リーシャも頬に手を乗せながらベッドに肘を駆けたまま口を閉じた。

 普通の家庭ならどこの子なのかも知らない子供をいきなり二人も育てるなんて余裕はない。出来たとしても周りの人や家族から色々な事を言われるだろう。アレンの場合は村人達には本当の娘という事で通しているから何とかなったが、ならば家族は?アレンの身内の人は?


 この事はリーシャとルナも疑問に思っていた。アレンは若い頃は冒険者として王都に住んでいた。そして引退してからこの故郷の村で過ごすようになった。ならば普通なら居るはずである。アレンの身内が。アレンを村で育てていた親となる人物が。だがリーシャとルナが知る限りではアレンにそう言った人物は居なかった。彼は常に一人でリーシャとルナの事を育て続けて来たのだ。


「お父さんの家族って……居ないのかな?」


 ポツリとルナはそう疑問を口にした。それを聞いてリーシャもどこか気まずそうに視線を下に動かした。

 気にならなかった訳ではない。ただ今までは自分達が勇者と魔王という関係で色々悩んでいた為、それに気を掛ける余裕がなかっただけだ。だが不安がなくなった今、リーシャとルナはついつい自分達の父親のルーツ気になってしまった。


「私達が物心付いた時から家族は父さんだけだったし……他に家族が居るとかの話題もなかったね」

「少なくともお父さんの父親と母親は居るはずなんだけど、それらしい物も家に置いてないし……何か引っ掛かる」


 家の中にもアレン以外の持ち物が見つかるような事はなかったし、アレンの父親と母親を思わせるような遺品もなかった。既に故人ならば分かるが、そう証明する物すらない。村の人達も特にアレンの両親について言及するような事もなかった為、今までその事を指摘する事もなかった。


「正直言うと気になるよね……ひょっとしたら私達を拾ってくれた事と何か関係あるかも知れないし」

「うん……でもお父さんに直接聞くのはちょっと気まずいかな……」

「そーだねー……明日ダイとシファと遊ぶ約束してるし、相談してみよっか」

「うん、そうしよう」


 しばらく話し合った後本人に聞くのは恥ずかしい為、リーシャとルナは自分達で色々調べてみる事にした。幸い明日は友達と遊ぶ約束をしている為、彼らから何らかの情報を得られるかも知れない。そんな期待を抱きながら二人は眠りに付いた。


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