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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
2章:子と弟子と
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32:血の煉獄

 

 シェルは杖を華麗に回すと地面をトンと突いた。すると辺りが冷気で包まれ、空中に氷の結晶が作られた。それを自在に操り、シェルは幾つかの氷をレウィアに放った。レウィアはそれを黒剣で弾き飛ばしたが、剣にこびり付いた氷を見てうっとおしそうに表情を曇らせた。


「邪魔をするな。人間」

「人間の大陸に侵入して来たのは貴方でしょう?魔族」


 忠告と言わんばかりにレウィアはそう言ったが、シェルも引く事はなかった。魔族特有の凄まじい魔力のプレッシャーを感じながらも臆する事はなく、更に一歩前に出る。そして腕を振るうと宙にある氷が再びレウィアへと襲い掛かった。


「----はぁ!」

「……ちっ」


 向かって来る氷を見るとレウィアは走り出し、ギリギリの所で避けながらシェルへと近づいて来る。広範囲の攻撃が特徴の氷魔法なら接近してしまえば良いと判断したのだろう。シェルもすぐに氷を生成し、続けざまにレウィアへと放った。それら全てを回避し、レウィアは走るスピードを速めた。


「これなら、どう?」


 それを見たシェルは魔法を切り替え、純白の杖を強く握り締めると魔力を集約させた。強力な魔法を展開され、周りの冷気がレウィアを包み込む。すると彼女の足元の地面が氷で覆われ、更に膝にも浸食し始めた。動きを止められたレウィアは氷を見てからシェルの方に視線を向け、忌々しそうに鋭い視線を向ける。


「人間が……っ!」

「凍れ。命の灯を奪う死の吹雪よ。その冷たさで時を凍てつかせよ」


 更にシェルは詠唱を行い、強力な氷魔法を発動させる。真っ白な霧に包まれるようにその場が冷気で満ち、凍えるような寒さが広がる。そしてレウィアの周りがパチパチと火花のような音がし始めた。


「氷雪の牢獄……!」


 次の瞬間轟音と共に巨大な氷が現れた。一瞬で辺りを氷漬けにし、草木の命を静止させる。当然中心に居たレウィアもそれに飲み込まれ、黒衣の少女の姿は見えなくなる。


(これは、コカトリスを氷漬けにしたのと同じ魔法か……シェルの奴、こんな魔法をいとも簡単に……!)


 後ろの方で様子を伺っていたアレンはその絶大な魔法を見て思わず呑気に口を開けていた。

 アレンも魔法を少しは学んでいるからこそ分かる。シェルが今しがた行った氷魔法がどれだけ高度な魔法なのかを。ただ単に巨大な氷を作り出したのではない。魔法が暴発しないように制御し、対象にピンポイントに直撃するように操作されている。それを完璧に行ったのだからシェルの実力は大したものだ。アレンはかつての教え子がここまで成長している事を直に見て感動した。


「はぁ……はぁ……」


 一方でシェルは口から白い息を吐き出しながら自分が作りだした巨大な氷を凝視していた。杖を強く握り締め、少し寒さを感じているように肩を震わせていた。


(手応えはあった。上級の魔物でも抜け出すのは困難な氷魔法……少なくとも身動きは出来ないはず)


 当然シェルもあれだけの魔法を行えば身体への負担は大きい。ましてや幾つかの詠唱を省略して発動への時間を早めた為、疲労度は増していた。それでも今回の相手はそれだけの事をしなければ拘束出来ないとシェルは判断していたのだ。

 これで倒せたとは思わないが、それでも拘束だけでも。そうシェルが願うように考えていると、その祈りを嘲笑うかのように氷が揺れ始め、一筋のヒビが入ると共に粉々に砕け散った。そしてそこから黒衣の少女レウィアが何事もなかったかのように姿を現した。


「それで終わり?少し肌寒いだけだったわね」

「そんな……!?」


 拘束どころか傷一つ負っていないレウィアを見て流石のシェルも動揺を隠せなかった。信じていたものに裏切られたように彼女の足元はふらつき、杖を使って何とか身体を支える。自信の魔法だっただけに、それが簡単に破られたのを見て精神まで疲労してしまったのだ。そんなシェルを嘲笑うかのようにレウィアは漆黒の瞳を揺らし、氷を蹴って芝生の上へと降り立つ。


(無傷ッ……)


 決して侮っていたとい訳ではない。相手は臆する事なく人間大陸に入り込んでくるような魔族だ。相当自分の実力に自信があるであろう事は予測出来た。だが、シェルは簡単にそれを認める事が出来なかった。自信の必殺技とも言える最大の氷魔法を使って全くの無傷という事実に。彼女は悔しそうに歯を食いしばり、冷や汗を流した。


「今度は私の番」


 ギラリとレウィアの漆黒の瞳が怪しく光る。黒剣を軽く払うと同時にシェルに向かって走り出す。すぐさまシェルは氷を生成してレウィアに放つが、今度の彼女は避ける事もなく氷を剣で叩き落とし、スピードを緩めずにシェルへと迫った。


「----遅い」

「…………くっ!」


 完全にシェルの動きを読み、レウィアは躊躇なくシェルの懐へと潜り込んだ。そして黒剣を手の中でクルリと回すと、彼女は儚げな声で小さく呟いた。


「焼き尽くせ。〈煉獄の剣〉」


 そう言うと同時に黒剣の先から真っ黒な炎が噴き出し、黒剣を覆った。そのままレウィアは炎に包まれた黒剣でシェルを切り裂いた。ローブが破け、黒い炎がそのまま燃え移る。剣はシェルが一瞬身を引いたおかげで肉には達しなかったが、それでも炎が勢いよく燃え移って行く。だが奇妙な事に、その炎は服を全く燃やしていなかった。ただ光のようにその場で燃え続け、怪しく輝いている。


「ぐっ……ぁぁぁあッ!?」


 途端にシェルは悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちてもがき苦しんだ。身体は全く燃えていない。ただ炎に包まれているだけで何の外傷も与えていなかった。だが彼女は本当に焼かれているように苦しみ、悲鳴を上げた。炎を消そうと身体を叩き、氷を生成して燃えている部分を覆いつくすが、一向に炎が消える様子はなかった。


「シェル……!!」


 慌ててアレンは倒れているシェルの元に駆け寄る。だがうかつには触らず、シェルの瞳を見ながら大丈夫だと声を掛け、何とかシェルを落ち着かせた。そしてシェルを覆っている黒い炎を観察し、それが何なのかを解析する。


「これは……煉獄の炎か……!」


 しばらく考えるように目を細めた後、アレンはハッと目を見開かせてそう呟いた。

 煉獄の炎。通常の炎とは違って特殊な炎でその色は漆黒。触れても熱を感じる訳ではなく、一般的な炎とは程遠い。そんな煉獄の炎の恐ろしい点は対象の魔力を焼くという能力である。身体に外傷を与える事なく、内包されている魔力をジワジワと焼いて行くのだ。更に対象の魔力が多ければ多い程その苦しみは大きな物となる。大魔術師に選ばれる程のシェルの魔力量を考慮すれば、感じている痛みは相当な物だろう。アレンは苦い表情を浮かべ、拳を握り絞めた。


「魔剣だな……どこでそんな物を手に入れた?」

「へぇ、中々詳しいね、おじさん。そう、これは魔剣の一本、煉獄の剣。対象の魔力を焼くという魔術師には恐ろしい武器でしょう?」


 距離を置いているレウィアはアレンに魔剣を見抜かれた事を意外そうに言い、今度は自慢するように黒剣を撫でながらそう説明した。

 確かに魔力に作用する剣となれば魔術師にとっては天敵だろう。更に実力が高い魔術師程その剣の効果は絶大な物となるのだ。全く持って恐ろしい武器である。だがそんな煉獄の炎でも対処法はある。


「シェル、ゆっくりで良いから魔力を消費するんだ。そうすれば痛みが和らぐ」

「……ッ、わかり……ました……」


 苦しんでいるシェルに触れる事は出来ないがアレンは優しい声でそう言う。聞こえていたシェルも痛みに表情を歪ませながら顔を頷かせ、手を地面に付けるとそこらを凍らせ始めた。何の効果もないただの凍らせるだけの魔法だが、それでもシェルの体内からはどんどん魔力が抜けていく。するとシェルを包んでいる漆黒の炎も少しずつ弱まっていった。


「驚いた。煉獄の炎の対処法まで知ってるんだ。おじさん本当に凄いね」

「これでも万能の冒険者って呼ばれていたからな……それに、昔魔剣についての書物を読んだ事がある」


 アレンが煉獄の炎の対処法を知っている事にレウィアは本当に驚いたように眉を上げてそう言った。その口調には多少はアレンに対して感心したような素振りもあった。

 アレンは別に褒められても嬉しい訳ではない為、立ち上がってシェルを庇うように前に立ちながら苦い顔をする。万能と呼ばれるだけあってアレンの知識は幅広い。その中には当然魔剣の事についての知識もあった。全ての実物を見た訳ではないが、彼は一時期魔剣の事を調べていた事があったのだ。その時に煉獄の炎の対処法はさっさと魔力を空にするのが一番確実だと知ったのだ。


(とは言ってもこれは命を落とさない為の緊急用の対策……魔力を空にすれば炎は消えるが、同時に魔術師にとっては戦う術を失うという事)


 魔力を空にしてしまえば煉獄の炎は燃える物を失い、消える。しかしそれは魔術師にとっては生命線を失うのに等しく。矛盾を孕んだ対処法と言えるだろう。尤も煉獄の炎の恐ろしい所は魔力を燃やす事よりもその魔力を火種に対象に苦痛を与える事である為、死亡する場合はその痛みに耐えきれずに事切れる事の方が多い。故に完全に矛盾という訳ではないが、それでもデメリットが大き過ぎる対処法である事には違いない。


「先生……すいません。御手間を取らせました……まだ、私はやれます」

「シェル、もう良いのか?」

「はい……炎は消えました。それに、魔力なら生成すれば良いだけです」


 ふと気が付くと後ろでシェルが起き上がり、少し疲労した様子を見せながらも杖を使って立ち上がっていた。どうやら無事炎は消す事が出来たらしい。ただし魔力は限りなくゼロに近い。これでは戦う事は難しいだろう。それでもシェルは引く事はせず、懐から小瓶を取り出すと蓋を開け、それを飲み干した。魔力を増長させる薬か何かだろう。いずれにせよシェルはまだまだやる気らしい。


「分かった……ただし無理はするなよ?」

「ええ、分かってます」


 昔はちょっと控え目だったのに今はかなり頼もしくなった。そう思いながらアレンはシェルの事を認め、二人で並んで立つ。レウィアもそれを見るとどこか面白そうに頬を緩ませ、黒剣を振るった。


「今度は二人で来るの?良いわよ。例え何人で来ようが所詮は人間……魔族の私に勝つ事は出来ない」


 レウィアは見下すようにそう言い放つ。だがそれは確かな自信に満ち溢れた発言であった。決して驕りではなく、事実としてそれを認識しているのだ。

 確かにレウィアの剣術と魔剣の攻撃は恐ろしい。魔族の身体能力から繰り出される斬撃を避けるのはかなり難しいだろう。だがアレン達もこのまま負けを認める訳には行かない。自分達の日常を守る為にも、どうしてもここでレウィアを倒さなければならなかった。


 アレンとシェルは同時に駆け出した。アレンは前の方を走り、シェルはその後ろを走る。そしてアレンは剣を振りかぶってレウィアへと斬り掛かった。身を低くしてレウィアはそれを簡単に避ける。そして反撃しようとするとアレンの身体の真横から氷の結晶が飛んで来た。アレンの背後からシェルが魔法を放ったのだ。いち早くそれに気づいたレウィアは剣で氷を弾くが、すぐ目の前までアレンが迫って来ていた。


「無駄な小細工を……煉獄の剣!」


 氷を弾いていたレウィアはうっとおしそうにアレンの事を睨み、思い切り身体を捻って剣を振るうと漆黒の炎をアレンに浴びせた。

 いくら二人の息の合ったコンビネーションで隙を作ろうとしたところで、レウィアは魔剣を操ればすぐに煉獄の炎を振るう事が出来る。弱点などないのだ。そうしてレウィアは勝利を確信して炎に飲まれているアレンの事を見ていたが、次の瞬間アレンがレウィアへと飛び掛かって来た。


「な……に?!」

「端からタダで済むとは……思ってないさ!!」


 アレンの大きな身体がレウィアを包み込み、漆黒の炎が燃え移る。当然魔族であるレウィアにも魔力はある。それもかなりの量の。

 漆黒の炎に包まれたレウィアはそのままアレンと一緒に木々の隙間を転げ落ち月の光の届かない闇の中へと沈んで行った。



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