30:お面祭り
シェルが村に訪れてから一週間が経った頃、待ちに待った村祭りの日がやって来た。日が暮れると村人達も外を歩き始め、明かりが灯り屋台には子供達が群がった。可愛らしいお菓子や綺麗な装飾。中心に置かれた台座では獣人のダンが太鼓を叩いて祭りを盛り上げている。ここだけ見ればどこの村でも行っている普通の祭りに見えるだろう。しかしこの祭りでは一つだけ奇妙な点があった。それは村人の皆がお面を被っているのだ。
「これがこの村のお祭りですか……皆さん奇妙なお面を被ってますね」
シェルもアレンと並んで歩き、いつもとは雰囲気が違う村の様子を眺めている。彼女の額にも兎のお面が被さっており、同じくアレンも狼のお面を被っていた。
「通称〈お面祭り〉。大昔種族の差別がない平等な世界を願って作られた祭りなんだ。獣人のお面や魔族のお面、竜人のお面なんかもあるだろ?これを被って皆仲良く祭りを楽しむのさ」
アレンは自分の被っている狼のお面を指でトントンと叩きながら説明する。
このお面祭りはまだ亜種族の差別が酷かった大昔に皆平等な関係を願って作られた祭りであり、現在は昔程差別は酷くないが当時の事を忘れない為にもこの祭りは続けられていた。尤も殆どは子供達を喜ばせる為の行事であるのだが。
「中には人間のお面ってのもあるぞ。のっぺらぼうでちょっと怖いけどな」
「あはは、面白いですね。とても良い行事だと思います」
当然お面の中には人間のお面もある。ただし人間は他の種族と比べると特徴的な部分が少ない為、お面にすると少々薄気味悪いものになる傾向があった。魔族の場合は種族が多い為、角の生えたお面や牙の長いお面などが出来るのだが。このせいで面白い事に子供達の間では人間のお面よりも魔族のお面の方が人気が高い。
「父さーん! 見て見て! ダンおじちゃんから林檎飴貰った!!」
「お父さん。このお面似合ってるかな?」
ふとリーシャとルナがアレンの元へと駆け寄り、そう話し掛けて来た。二人共この日の為におめかしをし、いつもより可愛いフリフリのドレスのような服を着ている。そしてリーシャは牙の生えてる魔族のお面を被り、ルナは人間ののっぺらぼうのお面を被っていた。二人共祭りを満喫しているようでアレンは微笑みながら頷いた。
「そうかそうか。良かったな、リーシャ。大事に食べるんだぞ。ルナは人間のお面か。似合ってて可愛いぞ」
「にしし~」
「ありがとう……」
別に褒める事でもないのだがリーシャがいかにも褒めて褒めてと言わんばかりに飛び跳ねる為、アレンは仕方なくリーシャの頭を撫でてやった。そうするとルナの頭を撫でてやらなければならない為、両手で二人の事を撫でてやる。すると何故かリーシャは誇らしげに笑い、ルナは嬉しそうな顔をしながらも恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「先生は二人に心から愛されてますね。微笑ましいです」
「ああそうだな。世界一の幸せ者だよ、俺は」
その様子を眺めていたシェルが笑顔でそう言うとアレンも笑いながら顔を頷かせた。ちょっと親馬鹿過ぎるかも知れないかなと思ったが、幸せなのは事実だ。リーシャとルナも嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ほら二人共、屋台で好きな物買っておいで。買いすぎちゃ駄目だからな」
「「はーい」」
アレンは二人にお小遣いを渡し、そう言って送り出した。リーシャとルナはお礼を言ってから屋台の方へと向かう。その様子をシェルも幸せそうに見つめていた。
「シェルにも渡そうか?」
「私はもう大人ですよ。先生」
そんなシェルの様子を見てつい昔の事を思い出し、冗談半分でアレンはそう尋ねる。するとシェルも冗談と分かりながら笑みを浮かべ、怒った振りをしてそう主張した。
「その代わりエスコートをしてください。私もお祭りを見て回りたいので」
「ああ、それならお任せを」
お小遣いをあげる事はできないが、その代わりエスコートでもてなす事になった。アレンは案内する感覚でシェルと祭りを見て回り、出ている様々な屋台を楽しんだ。中にはシェルも気に入った屋台があり、辺境の村の祭りでも十分楽しんでいるようだった。
「よぅアレン、デートか?」
「シェルに案内してるだけだよ。ダン」
「はっはっは。そうかそうか、二人共お似合いだぜ」
途中で演奏を休憩しているダンとも出会い、彼は二人を見るとこれみよがしにアレンをからかった。しかしアレンは別に気にした素振りを見せず余裕の態度で返事をする。それを見てダンはつまらなそうな顔をしていたが、隣ではシェルが少し照れたように笑っていた。
「シェルちゃんも楽しんでってくれよな。とっておきの出し物もあるからよ」
「はい、楽しみにしています」
ダンは自分の腕をパンと叩きながら自信ありげにそう言った。アレンはそれを少し怖いなと思いながらも相変わらず優しいシェルは笑顔で答え、ダンも満足そうに頷いた。
それからダンとは別れ、アレンとシェルは再び屋台を回る。と言っても村が行う小さな祭りである為、出し物がそれ程多い訳ではない。いちいち立ち止まって何かを買う子供とは違ってアレン達は様子見程度だった為、しばらく歩くともう一周してしまった。
「本当に面白いお祭りですね。皆お面を被ってて何だか不思議な感じです」
「だろう?小さい時はちょっと不気味だったが、慣れると楽しいもんさ」
村人達が集まってる中心地からは少し離れた所から祭りの様子を眺め、柵に腰掛けながら二人はそんな会話を交わした。仮面も横にずらし、素顔を晒した状態で居る。シェルは本当にこのお祭りを気に入ったようで、その事は素直にアレンも嬉しかった。自分達の村の事を褒めてもらえるのは自分の子供を褒められてるような気分になる。アレンは何となくそう思った。
「本当に……世界がこんな風に種族の垣根なく平和だったら良いのにな」
ふとアレンは風に吹かれながらそんな事を呟いた。ほんの小さな独り言。誰に語り掛けた訳でもなく、頭の中で思っていた事が思わず口に出てしまったという感じだった。その言葉をシェルはしっかりと聞き取っていた。彼女は身体を傾け、おもむろにアレンの方に顔を向ける。
「先生……実は前から聞きたかった事があるんです」
「ん?なんだ?」
少々聞き辛い事の為、シェルの声色は重い。しかし祭りの様子を眺めていてその事に気づかないアレンはいつもの調子で聞き返した。
「リーシャちゃんとルナちゃんは……とても素晴らしい才能を秘めてますよね……普通の子供とは思えないくらい」
「ああ、そうだな。どっちも達人レベルの才能を持ってる。俺にはなかった才能だ……」
すぐに核心には触れず、シェルはそれとない会話から始める。リーシャとルナ達の話題を振り、二人の能力が一般的にはあまりにも秀で過ぎている事を指摘した。そこで何らかの反応が得られると思ったのだ。アレンが二人を勇者と魔王と認識して育てているのか、それとも気付かないまま育てているのか。それを確かめようとしていた。
先程の独り言からシェルはやはりアレンは二人の正体に気づいているのかと思って探りを入れた。しかし今の言い方すると、むしろ気付いているというよりもこれはもっと別の物なのかも知れない。シェルはそんな一つの可能性に辿り着く。
「先生……もしかして貴方は二人の……」
シェルはようやく核心に触れようとする。もしかしたら今の関係が壊れてしまうかも知れない。尊敬している先生の家庭を壊してしまうかも知れない。そんな不安を抱きながらも彼女は覚悟を決めて言葉を絞り出した。だがその時、アレンの耳にシェルの言葉は届いていなかった。
(…………ん?)
アレンの視界には妙な物が映っていた。村の中心ではお面を被った村人達が踊っており、それぞれ楽しんでいる。だがその中に一人だけ、屋台を見て回らず、踊りもせずただそこに立っている人物が居た。背格好から少女である事は分かる。黒いドレスのような服を纏い、長い黒髪を垂らしている。そして顔には魔族の角の生えたお面を被っており、その少女はアレンの事を見ていたのだ。
(俺の事を……見ているのか?)
祭りに参加せず、明らかにその少女はこちらの方を見ていた。その違和感にアレンはつい気になり、意識を彼女に向ける。するとその少女はまるで手招くようにアレンの事を見ながら人混みの中へと消えて行った。何か様子がおかしい。それにあんな恰好をした村人は見た事がない。気のせいかも知れないが、気になったアレンは放っておく訳にはいかなかった。
「悪いシェル。ちょっと待っててくれ」
「え……先生どちらに?」
「ちょっと野暮用だ」
寄り掛かっていた柵から離れ、アレンはシェルにそう言い残すと駆け足でその少女の後を追った。村人達の人混みをすり抜けながら何とか目で追い続け、その少女の視界に捉え続けた。少女の方もアレンに追い掛けられている事が分かっているのか、移動するスピードを速め、まるで幽霊のごとくすらりすらりと人混みを掻い潜って行った。その様子からやはり村の者じゃないとアレンは判断する。では目的は一体何なのか?何となく彼は嫌な予感を感じ取った。
(どこに行った……?)
少女の事を追い掛け続けているとやがて祭りの場所からは離れ人気のない場所に辿り着いた。すると少女は村の柵をすり抜け、森の中へと入って行った。いくら村のすぐ近くと言えど森の中には魔物が出る。特に夜では危険が多いだろう。アレンは護身用に用意しておいた剣を強く握り締めた。
(行くしかないか……たとえ誘いだったとしても)
最初はただ確かめるだけのつもりだったが、ここまで来たら当然向こうも自分の存在には気付いているだろう。となれば戦闘になる可能性もある。よそ者がいつの間にか村人の中に混じっていたのだ。何らかの目的があるのは必然。アレンは気を引き締め直してから柵を乗り越え、森の中へと足を踏み入れた。
森の中は暗く、いつも通り静かだった。まだ魔物除けが撒かれている場所だから魔物の気配を感じないが、それでも辺りには警戒を配っておく。あの少女もどこに潜んでいるか分からない為、アレンは音を立てないように歩いた。
やがて木が密集していない開けた場所に出た。丁度月の光が落ち、幻想的な空間となっている。そんな場所に仮面を被った少女は立っていた。まるでアレンの事を待っていたかのように。
「来てくれて有難う……追って来てくれて手間が省けた」
仮面越しに少女の声が聞こえてくる。覇気のない小さな声だ。敵意も全く感じない、むしろアレンの事など認識していないようなどこか別の世界に語り掛けているような言い方だった。
アレンも一歩前に出て警戒をしながら腰にある剣に手を伸ばし、少女と対峙する。少女は魔族の仮面越しにアレンの事を見つめていた。
「……君は何者だ?村の者じゃないし……それに、〈人間〉じゃないな?」
「勘は良いみたいだね……特に人を呼ばず一人で追って来たのは賢明だよ。私もおじさんとだけ喋りたかったから」
少女の喋り方は大人のアレンに対しては随分と見下したような喋り方だった。端から見ても少女は明らかにはアレンより年下である。にも関わらず彼女はまるで自分の方が上かのような喋り方をする。だがアレンはそんな事は疑問に思わず、むしろその理由にうっすらと気付いていた。
「自己紹介しよう……私の名前はレウィア。〈魔王候補〉の一人であり、今宵、この村に住まう〈魔王正統後継者〉に会いに来た」
少女はそう言って魔族の仮面を外した。するとそこにはガラス細工の人形のように美しい少女の顔があった。一切の混じりけない漆黒の瞳に、全てのパーツが整った容姿。少し眠たげなその視線は幻想的な雰囲気を醸し出しており、幸薄そうな表情をしている。そんな彼女を見てアレンはどこかルナと似ていると感じた。




