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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
2章:子と弟子と
29/207

29:魔力の痕跡



 その日、村はいつもよりも活気に満ち溢れていた。村人達は皆表に出て祭りの準備をしており、建物や柱にお面を飾っていた。そして村の広場では巨大な台座が設置されている。その上に大きな太鼓を置き、獣人のダンが撥を持って音を鳴らす練習をしていた。そんなダンに祭りの準備を手伝いに来ていたアレンも声を掛けた。


「よぅダン。祭りの準備の調子はどうだ?」

「ああバッチリだよ。今回は期待しておけよ。派手な演出を用意してるからな」


 ダンは自信満々にそう言いながら撥を振って太鼓を鳴らした。 

 祭りの時はいつもダンが太鼓の役割を任されている為、今回もかなり気合が入っていた。その様子を見てアレンは苦笑いを浮かべる。


「お前の演出は毎回大袈裟過ぎる。今回はお客のシェルも居るんだから、程々にしておいてくれよ?」

「ハッハッハ! それこそ派手な方が受けも良いってもんだろ?」


 ダンに祭りの事を任せると大抵派手な演出が盛り込まれる。以前やった時は捕まえた魔物を乗りこなすというとんでもないパフォーマンスを披露した事もあった。流石にそんな常識外れ過ぎる演出をすれば来たばかりのシェルを怯えさせてしまうかも知れないと思い、アレンはダンに忠告をしておいた。尤も本人は全く気にしてない様子だったが。


「にしてもビックリだぜ。まさかお前にあんな美人な弟子が居たとはなぁ」

「弟子というか、新米だった頃に少し面倒を見てただけさ。律儀に先生って呼んでくれてるだけだよ」


 急にダンは撥を一旦置いて顎に手をやりながら羨ましそうにそう言って来た。アレンは単純にダンがその事について弄りたいと思っているだけだろうと判断し、大した事なさそうに髪を掻きながら答えた。


「あの子めちゃくちゃ良い子だよなぁ。村の人達にも全員に挨拶し回ってたし、今はお前の家に住んでんだろ?羨ましいぜ」


 シェルは現在村人達にかなり好印象を持たれている。元々目を惹く容姿に大人になった事で社交的になった為、村の大人達に親しまれているのだ。特にダンのようなおっさんからは村では中々会えない美女の為、大人気であった。そんなダンの腑抜けた顔を見てアレンは呆れたようにため息を吐いた。


「おいおい、お前にだって奥さんと子供が居るだろ。そんな事言ってたらまた尻尾を引っ張られるぜ」

「ゲッ……うちのカミさん人間なのに力めっちゃ強いからな……それだけは勘弁だ」


 アレンがからかうようにそう言うとダンは自身の尻尾を撫でながら怯えるようにそう言った。

 ダンは豪快な性格をしているがそれは妻の方も同じであり、よく尻に轢かれている。本来なら獣人のダンの方が力も強いはずなのだが、どういう訳かダンは人間の妻だけには逆らう事が出来なかった。これが夫婦というものなのかとまだその関係になった事がないアレンは不思議そうに腕を組んだ。


「ところでシェルちゃんは魔術師協会の仕事で調査に来たんだろ?どんな調査をしてんだ?」

「この前のベヒーモス事件の事でだよ。詳しい事は本人に聞いてくれ」

「ふ~ん……」


 手を振りながらダンは思い出したかのようにそんな事を尋ねる。アレンも隠す事ではないしシェルも村長に伝えていた為、ベヒーモスの死体についてシェルが幾つか疑問を抱いているという事は伏せつつある程度答えた。するとダンは面倒くさそうに顎に手をやりながら鼻を鳴らした。


「お前はどう思ってんだ?村人の俺からすればああいうのはよくある事件だと思うんだが、冒険者のお前なら何か気付く事とかあるんじゃないか?」

「元、冒険者だ……俺だって分からないさ。ああいうのは専門的な知識がある人に任せるべきなんだよ」


 ダンはひょっとしたら冒険者だったアレンなら何か分かる事があるのではないかと希望を持ってそう尋ねるが、アレンは首を横に振るだけだった。

 アレン自身も色々予測はしたが、結局の所確信は持てない。もしもの可能性などいくら話した所で虚構に過ぎないのだ。ならば話す必要などない。アレンはそう判断した。


「ふーん。そういうもんなのかね」

「そういうものなんだよ」


 アレンの答えを聞くと頭の後ろで腕を組みながらダンはそう言った。ダン自身もそこまで気にしている訳ではないのか、それ以上この話を聞き出すような事はしなかった。


「んじゃアレン、俺は祭りの準備に戻るから。演出楽しみにしておけよ!」

「へいへい、精々静かなやつを頼むよ」


 他の村人に呼ばれダンはそう言い残すと持ち場に戻っていった。アレンはダンの演出を楽しみにしながらも少し怖いなと思い、手を振った。それからアレンも祭りの準備を手伝った。所々では祭りを楽しみにしているリーシャの姿もあり、村人達の手伝いをしていた。その傍ではいつものように心配そうな顔をしているルナの姿もあり、時折リーシャと一緒に手伝いをしていた。その微笑ましい様子を見てアレンは思わず笑みを零した。

 そして午前の手伝いが終わった後、アレンはシェルと一緒に居た。二人は外着の恰好で村を出て山のふもとまで移動していた。


「わざわざ案内までしてもらってすみません。先生」

「構わないさ。まだ山の事は詳しくないんだろ?だったら案内して当然だ」


 歩いている途中にシェルが申し訳なさそうに謝ってくる。しかしアレンは別段気にしていなかった。お客様をもてなすのがそこの住人の役目である。故にアレンは案内するのは当然の事だと考えていた。

 現在二人は森を抜けて山のふもとまで下りて来ていた。この辺りにも木々は多いが、山の森程ではなく、言ってしまえば山への入り口のような所である。かと言って人通りが多い訳ではないが、かく言うこの場所こそがベヒーモスが死体で発見された所であった。


「ここが……ベヒーモスが発見された場所ですか」

「俺も聞かされてただけだから実際には見てないんだがな。情報が正しいならここで間違いないはずだ」


 シェルは辺りを見渡し、僅かにへこんでいる地面などを見て腰を下ろしてそれを注意深く観察する。次に辺りを見渡し、何かを考えるように顎に手を置いた。アレンもその様子を後ろで眺めていた。


「どうだ?何か分かりそうか?」

「……ええ、多分。一応幾つか痕跡が残ってるので……でもやっぱり……」


 アレンが腕を組みながらそう尋ねるとシェルは何やらブツブツ呟きながらそう答えた。そのよく分からない独り言にアレンは首を傾げる。

 シェルは気が付いていた。辺りに残されている痕跡。何か巨大な物を引き攣った後と、ご丁寧にそれを隠そうと土を被せた跡がある事に気が付いていた。雨が降らなくて良かったと心の中で思いながらシェルはこれがルナ達のやった事なのだろうと推測する。


(という事はルナちゃん達は本当は森の中でベヒーモスを倒して、魔法を使ったか何らかの手段でここまで運んだって事か……)


 恐らくは自分達の村が疑いに掛けられない為だろう。実際ギルドは山の中にある村の住人をちっとも疑おうとはしなかった。そもそもベヒーモスを倒せる程の村人が居るとは考えないだろうし、発見された場所も遠ければ可能性は次々となくなっていく。上手くやったものだなとシェルはルナ達の事を感心した。


「……ん?」


 ふとシェルは妙な気配を感じ取り、その方向に顔を向ける。試しに解析魔法を発動してみると、ベヒーモスが死体で見つかった場所から強力な魔力の痕跡が浮かび上がって来た。


(強い魔力の痕跡……ベヒーモスを回収したギルドの人達のじゃないし、ルナちゃんのでもない……)


 魔力の痕跡が残っているという事はこの場所で強力な魔法を使った人物が居たという事である。だがベヒーモスを回収するだけならギルドの人達も魔法を使う必要はないはずだ。それにこの痕跡はベヒーモスが回収された時よりも前の古い物である。


(死体が回収される前に何者かがこの場所でベヒーモスに魔法を掛けていた?いや、多分これは私と同じ解析魔法。でも私以外に調査を任されていた魔術師は居ないはず……)


 調べて見るとこの場所で何者か今のシェルと同じく解析魔法を行った者が居るという事が分かった。

 解析魔法は今のシェルのように魔力の痕跡を探ったり、残されている痕跡から詳しい情報を読み取る為に使う魔法である。練習すれば仕掛け扉の細工を見破ったり、僅かな痕跡からその主を見つけ出す事も出来る。戦闘ではあまり使われないが探索や調査には重宝される魔法だ。それをこの場所で使ったという事はその人物もベヒーモスを調査して何かを見つけたかったという事である。そしてシェルはその魔力の痕跡から妙な気配を感じ取り、思わず目を細めた。


(この感覚……まさか魔族?)


 断言出来る訳ではない。だが魔術師協会とは魔術の研究と調査が目的であり、解析魔法などは特に極めておく必要がある。その為シェルは何度も練習し磨いて来たその解析魔法で魔力の痕跡から僅かに魔族の気配を感じ取った。正確には、ルナと似た気配を感じ取ったのだ。その結果魔族という可能性に行き着いた。


「どうかしたか?シェル」

「あ、いえ……ちょっと気になった事があるだけです」


 後ろで様子を見ていたアレンがシェルの様子を不審がり、案ずるようにそう尋ねた。シェルは一瞬動揺するように肩を震わせたが、少し考えた後平静を装って何でもないと誤魔化した。


(やっぱり予想通り魔族が……でもまさかこんな辺境の土地にまで侵入して来てるなんて)


 シェルは顔を顰め、口元に手を当てる。まだ魔族だとはっきり断言出来る訳ではない。自分の勘違いかも知れないし、アレンを心配させるような事はしたくない。それにこの事が広まれば村は祭りどころではなくなる。せめてもう少し証拠が揃ってからこの可能性は提示するべきだろうとシェルは判断した。


(そもそも先生は勇者と魔王を一緒に育てて何が目的なんだろう……?)


 実はシェルはまだアレンにリーシャとルナの事について尋ねていなかった。二人が勇者と魔王である事は確信したが、その事をアレンには確認していないのだ。アレンはリーシャとルナをあまりにも普通に育てている。それこそ普通の女の子のように。本来なら勇者や魔王の子供だと言うのならその力を覚醒させようとしたり、その役目を全うさせる為に厳しく教育するはずだ。だがアレンは本当に自分の子供のように大切に育てていた。その事に違和感を覚え、シェルは未だに聞き出せずにいたのだ。最もアレンがリーシャとルナを利用するような性格をしていない事はシェルも十分承知しており、彼女が聞き出せないのは単に聞き辛いだけでもあった。それ故に今も魔族が居る可能性について話し合えないでいる。

 兎にも角にも今は魔族が人間の大陸に侵入している証拠を見つけ出し、何が目的でどれだけの勢力が潜んでいるのかを確かめる必要がある。それが彼女の本来の目的なのだから。


「先生。私はもう少し残って調査します。帰りは一人で戻れるので、どうぞお先に」

「ん、そうか?じゃぁ先に戻ってるぞ」


 シェルにそう言われ、アレンもこのままここに居た所で力になれる事はないと思い、髪を掻きながら背を向けた。そのまま彼は来た道を戻って山を登って行く。その後ろ姿を見送り、視線を戻す。そして少しだけ笑みを零してから口を開いた。


「……居るんでしょう?ルナちゃん」

「……ッ!」


 シェルが顔は前に向けたままそう呟くと背後にある草むらが僅かに揺れた。すると諦めたようにそこからルナ現れ、続いて番犬のようにクロが尻尾を振りながら現れた。ルナは見破られてしまった事にバツの悪そうな表情をしながらシェルに歩み寄った。


「気付いていたんですか……?」

「これでも大魔術師だからね。気配や魔力を感じ取るのは得意なんだよ」


 ルナが尋ねるとシェルも立ち上がり、ニコリと微笑みながらそう言った。

 魔術師協会の人間は魔術の研究の為にも感覚を研ぎ澄ませておく必要がある。大魔術師のシェルともなれば近くによれば確認せずともそこに誰が居るかくらい簡単に分かる。と言っても今回の場合はルナの魔力が大きすぎるという理由もあったが。

 

「何か、分かりましたか……?」

「うん……それが妙なんだよね。この場所に解析魔法を使った痕跡が残っていて……それがルナちゃんの物に似ていたの。それで魔族だと思ったんだけど……」

「私に……?」


 首を捻りながらそう言うシェルの言葉に同じくルナも不可解そうな表情を浮かべる。

 魔力の質は人によって似る事もある。ならば魔王であり魔族であるルナの魔力が魔族の物と思われる痕跡と似ていても不思議ではない。だがシェルはまだ何か引っ掛かる部分があった。それが解けずまま彼女は小さくため息を吐いた。


「やっぱりこの近くに魔族が?」

「多分ね。出来るだけ証拠が揃ってから協会にも報告したいんだけど……先生にも言っておいた方が良いかな?」

「それはっ、やめてください」


 やはりアレンにも報告して置いた方が良いかと思ったシェルはルナにそう尋ねた。彼女もその方が安心するかも知れないと思ったからだ。だが予想外にもルナは胸の前で手を組み、本当に嫌そうな表情を浮かべて首を振った。まるで怖がるように、何かから怯えるようにその漆黒の瞳は光が塗り潰されていた。


「これは魔王である私の問題です……お父さんには、出来るだけ迷惑掛けたくない」

「……そっか、分かった。ルナちゃんがそう言うなら私も黙っておくよ」


 ルナにとって今回の事件は全て自分のせいだと思い込んでいる。もしもベヒーモスを放ったのが魔族だとしたらそれも自分のせいだ。魔王である自分がずっとこの山の中で隠れているから、関係のない人達が犠牲になっていった。それがルナには耐えられなかった。だからせめて大好きな父親にだけでも迷惑を掛けたくない。それがまだ子供の彼女の精一杯の意地であった。


「本当に魔族が居るなら……私が捕まえます。彼らの目的が何かは分かりませんが、もしも魔王の私を狙ってるなら、私がケジメを付けます」


 小さな拳をぎゅっと握り絞めながらルナは声を振り絞ってそう言う。隣で控えているクロはその様子をどこか寂し気に眺めていた。

 魔族の目的が魔王である自分ならば、自分は既にこの村で生きていく事を決意している。リーシャと共に乗り越えて行こうと約束したのだ。だから魔王であろうとその役目も何も知った事ではない。戦争を引き起こすような事はさせない。日常を壊すような行為は絶対にさせない。それがルナの覚悟なのだ。

 そんな小さな子供が負うには重すぎる責任を察し、シェルは俯いているルナの頭をそっと優しく撫でた。


「ルナちゃんは真面目だね……そんなに気負わなくて良いんだよ。いくら魔王でもまだ子供なんだから」

「…………ッ」


 ビクンと一瞬ルナは驚いたように顔を上げる。すると視界の先にシェルの優しい顔が目に入り、何故かそれを見た途端少しだけ心が和らいだ。その妙な感覚にルナは何故だろうと疑問を覚えるが、シェルに撫でられると不思議と安堵感を抱き、暖かい気持ちに包まれた。


「私も小さい時は何でも一人でやろうとしてた。そうしなきゃいけないって思ってた……だけど世の中は一人じゃ出来ない事もあるの」


 急にシェルはどこか懐かしむようにそう語り始めた。その水色の瞳を揺らし、過去の記憶を思い出しながらシェルの頭を撫でる。


「そんな時、私に手を差し伸べてくれた人が居た。途方に暮れて困っている私を助けてくれる人が居たの」

「……それって……」


 シェルの言った言葉を聞いてもしやと思い、ルナも口を開く。

 かつてシェルもルナと同じように思い責任を背負っていた。冒険者になりたての時は何とかして一人で生きていかないといけないと思っていた。そして窮地に立たされ、彼女は肉体的にも精神的にも追い込まれていた。そんな時に助けてくれた人が居たのだ。ルナもよく知る人物が。


「だからねルナちゃん。ルナちゃんはもうちょっと周りを頼って良いんだよ。特にルナちゃんのお父さんは世界一頼りになる優しいお父さんなんだから」


 ニコリと優しい笑みを浮かべるシェルのその顔はルナにはとても眩しかった。いつか感じた事のあったリーシャの眩しさと同じだ。だけど何故かこの眩しさは心地良かった。安堵するようなそんな感覚に包まれる。何となくルナは母親が居たらシェルのような存在なのだろうかと思ってしまった。そして急に恥ずかしくなり顔を真っ赤にさせて首を振った。


「ありがとう……ございます」


 顔が赤くなっているのを悟られない為にルナは顔を俯かせた。自分でも何故こんな事をしているか分からない。ただ何となく恥ずかしかったからだ。しかしシェルにはしっかりとそれを見抜かれており、面白おかしそうに彼女はクスクスと笑っていた。


「それじゃそろそろ村に戻ろっか。ルナちゃんは今日お祭りの準備してたんでしょ?何を手伝ってたの?」

「えっと、村のお婆ちゃん達のお手伝いです……お祭りに使うお面に紐を通すやつで……」


 それからシェルはルナに今日村でどんな手伝いをしていたのかと聞きながら山を登り始め、村へと戻った。最初の時とは違いルナも警戒心を緩め、いつもよりも口数多めでシェルと楽しそうに会話をしていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] シェルは結構怪しいですね…… 出てくるタイミングが丁度良すぎる。 一目で魔王と勇者だと分かった点でもそうだが、 魔力が桁違いに増えている点 [一言] シェルが魔族でない保障がない。 …
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