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24:ガラクタの聖剣



 旅商人とはその名の通り旅をしながら商いをする人の事だ。

 各地を旅するのが目的で商人をする者も居れば、珍しい商品を特定の人物に売る為に旅をする者も居る。いずれにせよ一定の収入を必ずしも得られる訳ではない職業の為、気ままに商いをしている者が多い。

 そしてアレン達の村に訪れる商人もまた少し変わった商人であった。


「お久しぶりですアレンさん」

「ああ、一か月振りだな。今回もよく来てくれた」


 羽根つき帽子を被り、背中に大きな袋を背負いながら人当りの良さそうな青年はそうお辞儀をする。それを見てアレンもまた律儀にお辞儀をし、挨拶を交わした。


 彼は以前にも村に来て商品を売ってくれたお馴染みの旅商人である。少々変わった売り物が多いが、元冒険者のアレンには時には必要と思う物がある為、こうやって村に来てくれた時には家に招いて商品を見させてもらっている。

 そして今回は以前約束していた通り、リーシャの新しい剣を買ってあげる予定であった。久しぶりに旅商人が来たという事で横に居るリーシャもウキウキとした表情で旅商人の袋を見つめている。


「また変な商品を持ってきたんだろう?お前の売り物は変わった物ばかりだからな」

「珍しい商品と言ってください。僕みたいな旅商人だと色んな所を周りますから、珍しい物がよく手に入るんです」


 アレンが笑いながらそう言うと旅商人も苦笑しながらそう答えた。そして背負っていた袋を床に下ろし、中の物を漁り始める。アレンも腕を組みながらそれを覗いていた。


「商人さん! 剣! 私剣欲しい!」

「リーシャちゃんも久しぶりだね。随分と大きくなった。それで剣が欲しいのかい?それなら良いのがあるよ」


 隣で待っていたリーシャは我慢出来ずにぴょんぴょんと跳ねながらそう言った。横で大人しくしていたルナは人見知りな所がある為、アレンの横にぴったりと張り付いている。

 旅商人は元気なリーシャを見ながら笑みを浮かべ、袋の中から幾つかの剣を取り出した。


「これとかどうです?ドワーフが竜の息吹で鍛えた魔剣。手にすれば魔剣に魅了されて自我を失うとか……」

「そんな物騒な物を持ち歩くな。というか絶対に偽物だろう、それ」


 この旅商人はよく変わった商品を持ち込む為、アレンもある程度覚悟していた。だがいきなり初っ端から異端過ぎる剣を見せつけられた。鞘に収まっている状態でも剣の柄は棘塗れになっており、明らかに通常の剣の用途からはかけ離れた見た目をしている。アレンは流石にそれは偽物だろうと思ったが、旅商人は綺麗な笑みを浮かべながらそれを袋に戻した。


「じゃぁこっちは?エルフが使う魔力が籠った剣です。振れば火を操り、払えば風を巻き起こします。使いやすいですよ」

「お前はどうやってそれを手に入れたんだ……」


 二番目に出した剣は先程よりも普通の見た目をしていた。しかしエルフの剣らしく、やはり変わった商品であった。

 確かに剣からは僅かな魔力を感じ取れる。アレンは相変わらずこの旅商人はよく分からないと額に手を当てて困った表情を浮かべた。


「父さん! 私これ欲しい! この剣買ってー!」

「駄目だ。こんな危ないもん持たせる訳にはいかない。それにどうせ高いんだろう?」

「まぁ……手に入れるのにそれなりに苦労したので」


 リーシャはこの剣を気に入り、アレンの服の袖を引っ張りながらそう強請った。しかしアレンは首を横に振った。

 本物かどうかは分からないがエルフの剣だ。値段もそれなりにするだろう。そう思ってアレンが旅商人に尋ねると、旅商人も肯定するように頷き、相変わらず綺麗な笑みを浮かべながらその剣を袋に戻した。


 それからもアレン達は幾つかの剣を見せられたが、いずれもやたら偽物っぽかったり、物騒な物ばかりだった為、リーシャに与えられるような剣は一つも見つからなかった。

 やがてアレンが困っていると、旅商人が袋から取り出してそのまま放置していた錆びた剣に気が付いた。鞘に深く収まった見た目は普通の剣。アレンはその剣を手に取った。


「この錆びたやつは何だ?売り物なのか?」

「ああ、それは……ただのガラクタですよ。つい最近見つけてそのまま袋の中に入れてたんです」


 アレンが手に取った錆びた剣を見て旅商人は表情を曇らせながらそう言った。変わった商品を売る事が多い彼でもその剣は売り物にならないと思っているらしく、先程のような売り込みもなかった。


「言い伝えではその剣は特別な力を持つ者しか抜けない剣らしいんですけどね。ほら、引っ張っても抜けないでしょう?その剣」

「……ああ、本当だ」


 一応商人として旅商人はその剣を説明を始めた。言われた通りアレンは思い切り剣を引っ張ったが、鞘から刃が抜かれる事はなく、その錆びた剣は深く鞘に収まったままだった。


「ただこういうガラクタにはよくある話なんですよ。使えなくなった剣に大層な肩書を添えて商人に売りつけるんです。それを真に受けた商人がまた別の人にそれを売って、話が段々と広まっていく。そういう物なんですよ」


 旅商人は小さくため息を吐きながらアレンにそう説明をした。

 確かにアレンが冒険者をやっていた頃、ある冒険者が使えなくなった剣を曰く付きの剣だと言って商人に高値で売り付けているのを目撃した事があった。日々お金が必要となる冒険者からすればそれも手段の一つなのだ。だからこういう錆びた剣でも伝説の剣などという肩書が付いて流れてくるのだろう。


「父さん! 私にもそれ触らせて!」

「ん?ああ、良いぞ、ほら」


 ふとリーシャがアレンの横で跳ねながらそうお願いして来る。別にただのガラクタだから持たせるのくらい構わないと旅商人も頷き、アレンは錆びた剣を手渡した。子供のリーシャはそれだけで大喜びしてルナの近くで剣を眺めている。


「他に良いのはないのか?」

「そうですねぇ……他にはこれとかが……」


 リーシャが楽しんでいる間にアレンは他の剣を選ぼうと旅商人に話しかける。旅商人もまだまだ商品はある為、袋の中を漁り始めた。だがその時、アレンの後ろから剣を引き抜くような音が響いた。


「あれ。抜けたよ父さん」


 あっけらかんにそう言うリーシャ。思わず振り返ったアレンもリーシャが錆びた剣を引き抜いた光景を見て目を見開いた。鞘から引き抜かれた剣は水で磨かれたように美しく、錆びた外見からは信じられない程美しい剣だった。


「え……?」

「まぁ……錆びてるだけですし、何かの拍子で抜けるって事もありますけど……」


 先程まであれだけ抜けない剣として評されていたのに、リーシャがいとも簡単に抜いたのを見てアレンは何故かがっくりとしそう言葉を零してしまった。旅商人も何かを弁護するようにそう言ったが、驚いた表情を浮かべている。

 リーシャはじっとその剣を見つめていた。剣の表面には何か文字のような物が描かれていたが、今使われている文字ではない。もっとずっと昔の文字であった。


「父さん! 私これ欲しい!」

「ん、それで良いのか?まぁ確かに錆びてるが見た目も普通だし、使いやすそうだな」


 突然リーシャはアレンにそうお願いする。そのお願いの仕方は先程の媚びるようなお願いではなく、瞳で熱く訴える本気のお願いであった。

 アレンはそんな剣で良いのかと意外そうな表情を浮かべ、まぁリーシャが良いなら良いかと簡単に結論を出して旅商人の方に視線を戻した。


「いくらだ?」

「えーっと……まぁ伝説の剣ですからそれなりの値段は……」

「お前さっきまでガラクタって言ってただろ。タダにしてくれ」

「いやあれ本当は凄い剣なんですよ! 手に入れるの結構苦労して……」


 ガラクタだった物が急に売れるとなると旅商人は突然先程の事は正反対の事を言い始め、アレンに剣を高値で買わせようとした。やはりこういう所は商人らしい。だがアレンも冒険者だった頃はたくさんの商人を相手にして来た。交渉手段ならそれなりに経験がある。

 

 それからアレンと旅商人は数分間交渉を続け、通常の剣の値段の半分でようやく決着が付いた。アレンの粘り勝ちだ。最初にガラクタと称してしまった為、旅商人側が不利であった。彼は悔しそうに羽根つき帽子のつばを触った。


「じゃぁ、この値段で……」

「ああ、じゃぁ金だ。リーシャ、それはもうお前の物だぞ」

「わーい! やった! 有難う、父さん!」


 売買が行われ、リーシャにその剣はもう自分の物だという事を伝えるとリーシャは心底嬉しそうに飛び跳ねた。ルナもそんな喜んでいるリーシャの事をじっと見つめている。


「ルナ! 庭行こ!!」

「うん……」


 するとリーシャはルナの手を掴んで庭に行こうと誘い、ルナがそれを承諾すると二人は走って庭へと向かって行った。余程剣を買ってもらったのが嬉しかったのだろう。アレンはそんな二人の様子にほっこりとしながら旅商人の方に顔を戻した。


「元気で良いですねぇ、子供ってのは」

「そうだな……それと後魔法書も何か一つ欲しいんだが」

「ああ、それでしたらこの紅蓮の書とかどうです?地獄の業火を呼び寄せる事が出来るとか……」

「だからお前はそういうのをどこで手に入れて来てるんだ?」


 ルナの魔法書も買ってあげようと思い、アレンは旅商人に魔法書も見せてくれと頼む。すると早速旅商人は袋の中から幾つかの魔法書を取り出し、物騒な見た目をした本をアレンに勧めて来た。アレンは苦笑いを浮かべ、困ったように額に手を当てた。


 一方、庭に移動したリーシャとルナは辺りを見渡しながら誰も居ない事を確認し、ルナは一応クロに見張らせながら二人で剣の事を眺めていた。

 鞘や柄は錆びて汚いが、刃だけは美しく輝いている。表面に描かれているのは恐らく古代文字であろう。リーシャはそっと剣先を指で撫でた。


「リーシャ、これって……」

「うん、〈聖剣〉だよね」


 リーシャとルナは顔を見つめ合いながら確認するようにそう言い合った。そしてお互い同じ考えだったと知り、もう一度剣に視線を戻した。


「あの旅商人の人、前から珍しい物売ってたけど……まさか本当に伝説の剣を売りに来る日が来るなんて」

「まぁ中には偽物も多かったけど……これだけは本物だったね」


 ほぅと口から息を漏らしながらリーシャはそう呟く。ルナもそれに頷きながら頬を掻いてそう言葉を付けたした。

 あの旅商人は本当に変わった商人である。それは勇者と魔王の二人からしてもそう思える程の男だった。

 何せ彼は本当に曰く付きの商品を持って来たりする事があったのだ。今回なんかはあのエルフの剣は本物であった。だからリーシャは欲しいと願ったのだ。流石にアレンからは断られたが。

 

「どうする?使うのこれ?」

「んー、私は使おうと思う。だってこれ、私が触った時頭の中になんか声みたいの聞こえたんだ」

「声……?」


 ルナはこの剣をどうするのかとリーシャに尋ねる。すると彼女は一歩前に出て剣を軽く振り始めた。風を切り裂く音が鳴る。錆びた剣はリーシャの手によく馴染んでいた

 そしてリーシャは剣を振りながら片手の指を額に当て、頭の中に声が聞こえたと明かした。ルナはそれを聞いて少し驚いたように胸の前で手を組んだ。


「〈選ばれし者、その手で正しき道を切り開け〉……って声」


 リーシャは頭の中で聞こえた声を伝え、勢いよく剣を縦に振った。今までで一番鋭い、風が舞う程の勢い。

 やはり聖剣というだけあって素晴らしく洗練された剣である。だが同時にその中に恐ろしい力が隠されている事もリーシャは見抜いていた。


「その言い方だと……この剣もリーシャが勇者だって事分かってるみたいだね」

「そうだね……多分この剣も私の所に来る為にあの旅商人を介してこの村までやって来たんだ」


 振り終わった剣を縦に持ちながらリーシャはそう呟く。

 聖剣や魔剣には意思のような物が存在する。リーシャもこの剣を手にした時から聖剣に関する情報が自然と頭の中に入って来た。恐らく勇者の力と一緒なのだろう。だからリーシャもこの剣を見た時すぐに聖剣だと気付けたのだ。


「上等だよ。勇者たる者聖剣の一本や二本は持っとかないとね。丁度剣欲しかったとこだし」


 顔を上げて明るい表情を浮かべながらリーシャそう言い、剣を振り始める。流れるようにダンスを踊るかの様にその動きは美しく、子供とは思えない洗練された動きで剣を振るう。そして最後の突きを繰り出すと、リーシャは髪を揺らしながらそっと口を開いた。


「ただし、私は私の家族を守る為にこの剣を使う。それが私の正しい道よ」


 聖剣とは本来凶悪な魔物を倒す為に作られた剣である。以前リーシャ達が戦ったベヒーモスのような通常の攻撃が効き辛く、魔法耐性も持っているような魔物を倒す為の。つまりこの聖剣や勇者が本来の務めを果たす為に作られたものなのだ。だがリーシャはその在り方を否定した。すると、聖剣はまるでそのリーシャの主張を受け入れるかのように輝いた。


「フフ、聞き分けが良いじゃん」

「聖剣もリーシャの事が気に入ったみたいだね」


 剣先をそっと撫でながらリーシャは笑みを零してそう言う。ルナも満足そうな笑みを浮かべながらそう言った。


「おーい二人共、そろそろ昼飯の時間だぞ」

「「はーい」」


 ふと家の方からアレンの声が聞こえてくる。リーシャは剣を鞘に収め直し、ルナもクロに見張ってくれていて有難うと言って家に戻った。その途中でアレンが本を取り出し、ルナに手渡す。


「ほらルナ、約束してた魔法書だ」

「! 有難う、お父さん」


 アレンはルナと魔法書を買ってあげる約束をしっかりと覚えており、ルナは新しい魔法書をぎゅっと抱きしめながらそうお礼を言った。

 その魔法書は何やら表紙に歪な骸骨の形をした紋章が描かれている本であり、恐らくは禁断魔法に相当する部類の魔法書なのだろう事が予想された。だがルナは気にせず大好きな父親からのプレゼントという事で相変わらず嬉しそうな表情を浮かべていた。


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