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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
8章:勇者と魔王
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196:帰還



 グレアは一度深呼吸し、改めてレウィアに視線を向ける。

 自身の九番目の娘。レウィア・ウル・ルーラー。目つきが悪い所は自分似だが、その他優秀な部分は全て母親似。そのくせ性格は誰に似たのか、平和主義で思慮深く、それでいて目的の為なら大胆な行動もこなすよく分からない子。それがグレアから見てのレウィアの評価であった。

 今回もそうだ。全くの予想外。他の魔王候補達を退け、自身が最後の魔王候補となる。魔王となる正式なルートではあるが、本来なら事実上不可能であったはずの攻略法。一体誰がこんな方法を入れ知恵したのか?


「……本気、なのか?」

「うん」


 再度確認を取ってもレウィアからは力強い返答が来るだけ。その真っ直ぐな視線は眩しく、グレアの目を眩ませる。


「暗黒大陸を統治してどうするつもりだ? 人族との戦いは避けられないぞ?」

「避けてみせるさ。私達は既に契約をしている」

「なに?」


 例えレウィアが魔王になった所で簡単に平和は訪れないとグレアは忠告しようとするが、レウィアは首を左右に振った。


「大魔術師の四人とはもう話をつけている。その内の一人はこの国の王に仕えている大魔術師。私達魔族は和睦を申し込むよ」

「……ッ!」


 レウィアは港町の一件の際、そこに居た大魔術師達と対話をしていた。

 大魔術師はシェルも含めていずれも立場ある存在。国王に仕えるファルシア。幅広く顔がきくメルフィス。議員に気に入られているザソード。彼らが協力してくれれば魔族にも平和を願う者が多く居ることを分かってもらえる。平和への一歩を踏み出せるのだ。


「不可能だっ……そんなこと、実現するはずがない!」

「やってみなくちゃ分からない。平和の道はすぐ側にあったのに、目を背けてきたのは私達魔族だ。なら、私達が歩み出さなくちゃ、誰も前に進めない」


 グレアは拒絶の言葉を放つが、レウィアの意思は固かった。その瞳はグレアにある人物の顔を思い出させる。魔族の中でも特に変わり者で、貴族でありながら自由を謳歌し、敵対国にまで遊びに行ったはちゃめちゃな女性のことを。

 不意に恐怖が蘇ってくる。グレアは思わず目を背けてしまった。そんな彼に向かってレウィアは冷たく言葉を放つ。


「もう一度言う。私を魔王として認めろ。クソ親父」

「……くっ」


 肩に重りでも落とされたようにグレアはその場に膝を付いてしまう。自分の娘の言葉がまるで死神の言葉のように聞こえる。冷や汗が流れてくる。呼吸が出来なくなる。

 グレアは、ゆっくりと頭を垂れた。


「……我、宰相グレア・ディメイド・ルーラーは、汝レウィア・ウル・ルーラーを魔王と認める。この命と国は貴方様の物です」


 正式な手順を踏んで告げた言葉には魂が込められる。今この瞬間を以てレウィアは魔王となった。

 レウィアは地面に突き刺していた剣を引き抜き、力強く振るう。黒い炎がかすかに散り、虹色に光った。


「レウィアお姉ちゃん!」


 場が一旦落ち着いた後、ルナが我慢出来ずに駆け出しレウィアの元へと飛び込んだ。愛しの妹を受け止め、レウィアもその暖かみを噛み締める。

 そしてルナは顔を上げると、心配そうな表情を浮かべて姉のことを見つめた。


「よ、良かったの? 魔王になって……だって……」

「大丈夫だよ。これは私が望んだことだから。人族も魔族も平和な世界にする為には必要なことなの」


 不安げなルナの頬を手の甲で優しく撫でてあげながらレウィアはそう言う。

 だがルナは自身が魔王の紋章を持つ者、すなわち本来ならば自分が魔王の玉座に座らなければならない者として責任を感じてしまっていた。


「でも、私は……」

「私はね。ルナ……貴女にだけは幸せになって欲しいの。ルナさえ居てくれれば、私はどんなことも頑張れるんだ」


 そんなルナの考えを察し、レウィアは自分の考えを口にする。

 これは自分が望んだものであり、皆が幸せになれる方法。夢見たいな話であるが、これが最善の道なのだ。


「だからルナは魔王じゃない別の道を進んで行って。ルナにはルナのやり方で、勇者と魔王が家族になれる平和の道があるんでしょう?」

「っ……うん!」


 そもそもレウィアがこの道を進もうと覚悟が決まったのはルナのおかげだ。

 彼女は魔王でありながら勇者のリーシャと絆を紡ぎ、家族となった。天敵同士である魔族と人族が、本来なら相容れぬ魔王と勇者が手を取り合ったのだ。それは何よりも難しく限りなく不可能に近いはずであったのに。だからレウィアは自分も人族と分かり合えると思えたのである。

 レウィアの覚悟を悟り、ルナは励ましと感謝のつもりで強く姉のことを抱きしめた。レウィアもそんな彼女の頭を撫で、普段なら絶対に見せないであろう優しい笑みを零す。


「…………」

「……やぁ勇者ちゃん。良い顔になったね。俺を殺したいかい?」


 そんな暖かな光景とは反対に、地面に膝を突いているグレアの前にリーシャが現れた。二人の間には冷たい空気が流れている。

 彼らの関係性は非常に難しい。本来なら勇者と魔族ということでただの敵同士なのだが、リーシャにとってグレアは自身の妹の実の父親。繋がりが完全にない訳ではない。だが同時に彼は自身の実の母親を利用した許せない相手でもある。

 宰相秘書であるシーラもそれを心配し、主人を守ろうとする。だがグレアは手を挙げ、それを制止した。こうなったらシーラはもう動けない。ただ黙って後ろに下がった。


「もうそんな事をするつもりはない……でも、シャーリーさんはどうなったの?」

「……彼女は無事さ。ただ身体が崩壊し掛かっている。だからシーラちゃんの能力で一旦安全な場所に移したんだ」

「……治せるの?」


 リーシャは少し迷ったように視線を揺らした後、そう尋ねた。グレアもその意味を理解し、下げていた頭を戻し、リーシャの視線と同じくらいの高さで視線を合わせる。


「君が望むなら……でも、あの女が君を一時でも憎んでいたのは事実だ。勇者ちゃんはもう一度彼女に会えるのかい?」

「……分からない」


 例えシャーリーの〈影〉が言っていたことだったとしてもそれは元々シャーリーが思っていた本心だ。今の彼女がその負の心に支配されていない存在だとしても、リーシャに複雑な思いを抱いているのは変わらない。

 本来なら自分の存在を生み出してくれた相手に、存在を否定されるということはどれ程耐え難いことだろう。だからグレアは尋ねた。リーシャに迷いはないのかと。だが、彼女は唇を噛み締め、覚悟を決める。


「分からないから、会いたい。もう一度話したい。自分の思いを伝えたい。多分それが今の私にとって、一番正解に近い形なんだと思う」


 リーシャにもまだ迷いはある。やはり拒絶されるのはとても怖いことだ。それでも話し合うことなら出来る。例え心が通じなくとも、思っていたものと違う結果が訪れようとも、前へ進むことは出来る。それならば今のように迷い続けるよりはずっと良い。リーシャはそう前むきに考えることにした。

 グレアはそんな彼女の答えを聞き、小さく笑う。


「……立派だね。お父さんに似て」


 どこまでこの家族は自分の思い通りにいかないのか、と呟きながら。グレアは清々しい表情を浮かべた。ここまで来るともはや笑うことしか出来ない。

 そんな彼の前に今度はレウィアが歩み寄る。まだ彼女の瞳は冷たいままであった。


「クソ親父。もう一つあんたには尋ねなくちゃいけないことがある」


 レウィアの後ろにはルナも顔を覗き込んでおり、まだ少し不安げな表情をしながらグレアのことを見ている。そんなルナの方に一瞬視線を向けながら、レウィアは口を開いた。


「ルナのお母さん……セレーネ母さんはどうなった?」

「……!」


 その言葉にルナと、アレンも衝撃を受ける。

 知りたかった情報。だが同時に知るのが恐ろしい情報。アレンは手の平にじんわりと汗が広がるのが分かった。


「先生……」

「ああ。俺は大丈夫だ。シェル」


 動揺しているアレンを見て隣に居たシェルが心配そうな顔をする。そんなシェルに何とか笑みを浮かべて見せ、アレンは気持ちを落ち着かせた。


「グレア様……」

「……シーラちゃん。出して」

「……はい」


 グレアは少し迷うように黙っていたが、やがてチョイチョイと人差し指を振ってシーラに合図を送った。するとシーラは頷き、手を横に払い、何もない空間から何かを引っ張り出すように腕を動かした。すると空間が波打ち、そこから巨大な物体が現れた。


「……! これは……」


 それは巨大な結晶であった。目を奪われる程美しく輝いている。だがさらに驚いたのはその中に人が閉じ込められていることだった。その人物の顔を見て何人かが息を呑む。


「セレネ……ッ!!」

「セレーネ母さん……!」


 アレンにとっては思い出の顔とは違うが、それでも忘れることのない仲間の顔。そしてレウィアにとっては久方ぶりに見る、自身にとって最も母親らしい母と思っている敬愛する者の顔。ルナの実の母親セレーネであった。ルナも自分と似ている女性の顔を見て思わずポカンとした表情を浮かべてしまう。


「赤ん坊のルナちゃんを人族の大陸に逃がす時、城では密かに魔王誕生の噂を耳にしていた奴らがルナちゃんを殺そうとしていた……」


 グレアはポツリポツリと過去にあったことを語り出す。それはレウィアも知らなかった、魔王誕生の裏で行われていた惨劇の内容であった。


「それに対抗する為にセレーネは一人残って戦った。使用人にルナちゃんを託してな……その時の戦闘で、セレーネは封印されたんだ」

「……これは、生きてるのか?」

「ああ、もちろん。身体にも何の影響もない。ただ眠っているだけだ。だが強力な封印でな、どんな魔法でも解除出来ない」


 アレンが恐る恐る尋ねると、グレアは起き上がって結晶をコンコンと叩きながらそう説明する。レウィアもゆっくりと歩み寄り、結晶に手を触れた。冷たさも何も感じない。ただ無機質な感触だけが伝わって来る。少し気味悪く感じた。


「あんたはこれを、ずっとシーラに隠させていたの?」

「……ああ」


 レウィアの声には僅かに怒気が混じっていた。

 ずっと探していた敬愛する人物が結晶に閉じ込められ、なおかつ亜空間の中に隠されていたのだ。それだけ吐き出したいものもある。だがそれを制止するようにレウィアの前にシーラが立ち、グレアを庇った。


「グレア様は、守っていたの。レウィア。」

「……シーラ?」

「セレーネ様の騒動にグレア様は関わってない。ただ、封印された後のセレーネ様を安全な場所に隠そうとして……ずっと封印を解く方法も探してたのよ」

「余計なことを言うな。シーラ」


 シーラの弁明にグレアはピシャリと冷たい言葉を浴びせる。そして自分の前に立っていたシーラを退かすと、グレアは改めて自分の娘であるレウィアと対峙した。


「別に善行って訳じゃないぜ? レウィアちゃん。ただ利用出来ると思っただけさ、ルナちゃんの魔王の力を覚醒させる時とかにな。まぁ、無駄になっちまったけど」

「……今だけは、あんたのその無駄に用意周到で意地悪な性格に感謝するよ」

「はっは。娘に感謝されるなんて、初めてのことかもしれないな」


 レウィアはいつも通りなグレアから視線を逸らし、再度セレーネが閉じ込められている結晶を見つめる。こんな側に居るのに触れない、話しかけられない。それはとてももどかしいことであった。

 アレンも近づくと結晶に触れ、魔力を感じ取ってみる。とても強力な封印。幾つもの糸が複雑に絡み合っているような感覚が伝わってきた。


「それで、どうすればこの封印は解けるんだ? 方法は分かったのか?」

「あー……実際んとこ、解除方法は随分と前に分かってた。ただ実現するのが魔族の俺達にとっては限りなく不可能に近いってだけで……」

「適当な言い回しは良い。早く答えを言って」

「おおっと、ではでは、魔王様の言うとおりに」


 グレアはクルクルと手を回しながら大袈裟にレウィアへとお辞儀をする。そしてリーシャの方へ視線を向けると、彼女のことをそっと指差した。


「勇者ちゃんが触れば良い。これは魔族に伝わる古い封印魔法で、覚醒した勇者の力なら簡単に壊れる」

「……え」


 その場の全員がリーシャへと視線を向ける。リーシャは急に注目されてしまった為、戸惑うように辺りをキョロキョロと見渡した。


「わ、私が?」


 元々勇者には邪悪なものを打ち払う力がある。ファルシアが蜘蛛の呪いに掛けられた際も勇者の力が一時的に覚醒し、蜘蛛化を防ぐことが出来た。今ならその力を自在に使うことが出来るはずである。


「リーシャちゃん……お願い。セレーネ母さんを助けて」

「……!」


 レウィアはリーシャに近づくと膝を下り、そうお願いをする。その言葉は弱々しく普段の大人びた彼女が子供のように見える程であった。


「も、もちろん助けるよ。ルナ達のお母さんなんだし……だ、だけど」

「?」


 リーシャも断る理由はない。だがすぐには承諾せず、一度ルナの方を見た。姉妹の視線が交じり合う。


「ちょっと怖いから、ルナも一緒に触れてくれる?」

「……! う、うん。分かった」


 笑いながらリーシャがそう言うと、ルナも頷いてそれに応える。

 そして姉妹は並んで結晶の前に立つと、互いに手を合わせてゆっくりと結晶に触れた。その瞬間、眩い光を放ちながら結晶に亀裂が走り、それが全体に回ると大きな音を立てて砕け散る。すると中に閉じ込められていたセレーネがフワリと降り立ち、地面に膝を折って座った。そしてその瞳がゆっくりと、開かれる。


「ーーーーん〜、お腹すいた」



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