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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
8章:勇者と魔王
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191:決戦



 北東の港町。港には輸送された物資の荷揚げや保管する倉庫が設置され、そこから河川に沿って民家が建てられている。いずれも整理されたその街並みは美しく、他の町にはない特徴として注目されている。

 しかし現在、その建物は火炎の竜によって破壊され、広場には氷の嵐が舞い、上空からは稲妻が飛来していた。まるでこの世の終わりのような光景。全てが混沌へと呑み込まれてゆく。


「くっ……! ふざけてるんじゃないの? あの魔王候補! 三つの属性魔法を同時発動とか……化け物じゃないの!!」


 降り注ぐ氷の礫を必死に避けながら青の大魔術師ファルシアは思わず愚痴を吐く。目線の先にはこの天災を引き起こしている張本人、最善の魔王候補レシーナがその赤黒い髪を靡かせながらつまらなそうに欠伸をしていた。


「ふ〜ん、意外しぶといのねぇ。チョロチョロと面倒だわぁ」


 本来属性魔法を複数習得する事は難しいとされている。どんな種族でも適正のある属性魔法が二つか一つしかないからだ。だがレシーナは違う。生来より火、氷、雷の三つの属性魔法の適正があり、またそれを自由自在に操れるだけの強力な魔力を保持していた。彼女は選ばれた存在なのだ。


「さっさと落ちなさい。〈二重奏曲・炎氷の戦禍〉」


 宙に浮いているレシーナはクルリと身体を回しながら指を鳴らす。すると建物を火の海で飲み込んでいた炎の竜が動き出し、氷の竜巻も同じ方向へと動き出した。そのまま二つの強大な力はファルシアへと向かっていき、周囲を炎で溶かし、氷で凍らせながら破壊の限りを尽くす。

 ファルシアはそれを見て回避する暇がないと判断すると、すぐさま杖を振るって津波のように巨大な水流を作り出し、迎え撃った。だが直後に痛感する。あまりにも威力に差があることを。

 圧倒的な暴力。水の壁も一瞬で蒸発させ、凍らせてしまう。押し寄せる水の波は次々と無力化され、ジワジワとファルシアへと近づいて来る。このままでは押し負ける。彼女がそう思った時、突如上空から氷の嵐が巻き起こった。ファルシアがギリギリの所で押さえ込んでいた炎と氷の爆撃はその嵐によって抑え込まれ、その場に巨大な氷のアーチを作り出す。辺りには氷の結晶が舞い散り、不思議な静けさが漂っていた。


「無事ですか!? 先輩!」

「シェルリア……!」


 ファルシアの前に真っ白なローブを翻しながら白の大魔術師シェルリアが現れる。彼女が特大の氷魔法を発動し、何とか攻撃を防ぎ切る事に成功したのだ。


「ちっ……助かったわ」

「! ……先輩が素直にお礼を言うなんて。今日は珍しい日和ですね」

「呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ……ったく。あ〜、アレンさんに来て欲しい。あの魔王候補の対処法考えて欲しいわ」

「そんな無茶な……」


 ファルシアはふと自分の手が震えている事に気が付いた。杖を握り締める事すら出来ず、今にも落ちてしまいそうだ。そのくらい先程の攻撃は強力だった。水魔法で迎え撃ってもここまで身体にガタが来てしまうのだ。改めて魔王候補の恐ろしさが身に染みる。


「あら〜、中々強力な氷魔法を使うじゃない。人族にしては筋が良いのね」


 レシーナは自身の赤髪を指でクルクルと巻きながら感心したようにシェルのことを見つめる。

 横入りとは言え、自身の複合魔法の攻撃を止めてみせた。それも同じ氷属性の魔法で。単純な力だけで見ればシェルの方が驚異だろう、とレシーナは冷静に分析した。だが依然余裕の態度は崩さず、宙に浮いたままクルリクルリと回っている。

 シェルもファルシアの前に立ち、杖を構えていつでも動ける体勢を取る。先程の攻撃はファルシアの魔法に上乗せする形で防ぐことが出来た。慢心はしない。シェルも警戒心を高め、レシーナのことを見上げる。


「貴女の魔法も……とても強力ですね。しかも三つの属性魔法を扱えるなんて、一体どんな鍛錬をして来たんですか?」

「フフフ、鍛錬だなんて、そんな面倒なことはしてないわよぉ」


 少しでも情報を引き出そうと考え、シェルが試しに尋ねてみるとレシーナはカラカラと笑いながら存外快く返事をしてくれた。恐らくそれはシェルとファルシアのことを格下と考えており、会話をする余裕もあるということなのだろう。


「私はそうなるように作られ、産まれたの。エィル家は魔力の純度が高い一族。だから選ばれ、全ての属性魔法を扱える魔王を生み出そうとした……ま、残念ながら私は三つが限界だったけれどね」


 どこか遠くを見るように視線を動かしながらレシーナはそう答える。彼女の細長い指に絡まっていた髪が揺れ、彼女はおもむろに目を瞑る。そしてまたふざけたような態度に戻り、カラカラと笑ってみせる。


「私も所詮は失敗作、兄さんも、あのレウィアも、誰も〈魔王の紋章〉を授からずに生まれてきた……私達は言わば偽物の魔王」


 クルリと指を回す。彼女の周囲に火、氷、雷のエネルギーが発生する。魔力が込められただけの魔法でもないただのエネルギー。それが彼女の指先へと集まっていく。


「それでも貴女達を捻り潰すくらいは、訳ないわ」


 カッと凄まじい閃光が放たれ、次の瞬間シェル達に向けて三属性が複合された魔法が放たれる。それは周囲を一瞬で溶かすような恐ろしい光線。シェル達は何とかそれを回避するが、地面は一瞬で焼かれ、鋭い刃物で切断したかのような跡が出来ていた。


「ッ……! なんて魔法を撃ち込んで来るのよ!?」

「先輩、一度下がりましょう!」


 ファルシアは出鱈目過ぎる魔法に驚愕し、シェルも一旦離脱を考える。だがそう行動するよりも早くレシーナは次の魔法を発動し、無数の火の球が二人を追撃した。


「フフフ、さぁ踊って頂戴。私は舞踏会が好きなの。蝶のように美しく、華麗に舞って」


 撤退は不可能だと判断したシェルとファルシアは反撃へと切り替え、杖を振るって魔法を放つ。空中で火、氷、水の球がぶつかり合い、辺りに火花のようにキラキラと輝く魔力の結晶が飛び散った。

 そのままファルシアは水の柱を放ち、レシーナへと攻撃を仕掛ける。だがレシーナもクルクルと宙を回りながら腕を一振りしただけで氷の嵐を巻き上げ、水柱を氷漬けにする。そこでシェルも氷の刃を放つが、今度は火魔法で焼き尽くし、レシーナは全ての攻撃に対応してしまう。すると彼女はニコニコと笑いながら口を開いた。


「教えてあげる。私が〈最善の魔王候補〉って呼ばれているのはね、一番同胞を殺さず、無駄な殺生をして来なかった心優しい魔族だからよ」


 それは意外な事実であった。少なくともシェルとファルシアはかつて最悪の魔王候補アラクネに出会ったことがある為、魔王候補はとてつもなく残忍な存在であろうと想像していた。だが目の前のレシーナは違うと言う。


「へぇ、貴女善い魔族なんだ? とてもそうは見えないけれど」


 善い魔族が具体的にどのようなことを言うのかは分からないが、少なくとも今ここまで町を破壊している女性が善い魔族とファルシアはとても思えなかった。するとレシーナは口元に手を当てながら笑い、蛇のように視線をヌルリとシェル達の方へと向ける。その瞳は子供のように無邪気であるが、同時に優しさもない無機質なものであった。


「フフ、善いと言っても魔族にとっての善よ。私はねぇ、気に入った子は僕にするの。それで舞踏会を開いて踊ってもらうのよ。私の為にだけに一生ね。素敵でしょう?」


 レシーナの発言にファルシア達は頬を引き攣らせる。

 言うまでもなく、レシーナの僕となった者はただ踊っていれば良いだけではない。踊りは全て彼女が気に入った踊りでなければならず、少しでも間違えれば魔法が飛んでくる。酷い時は肌を焼かれ、脚を凍らされ、雷に打たれる。当然無事では済まない。そんな状況下で彼女の気紛れでずっと踊っていなければならないのだ。それは最早地獄と言っても差し支えない。


「貴女達のことも気に入ったわ。人族にしては随分と強いし、綺麗に舞うもの。だから殺さないで僕にしてあげる。ね? 善い魔族でしょ? 私」


 まるで自慢するようにレシーナはニコリと笑いながらそう言ってみせる。その顔を見てファルシアは顔を青くした。アラクネと戦った時のあの異質さが少しずつ蘇ってくる。やはり魔王候補は化け物だと、心の中で毒を吐く。


「はっ、狂ってるわね……冗談じゃないわ」

「私も生憎踊りが苦手なので、お断りさせてもらいます」

「あらら、それはショックぅ」


 二人からの拒絶にレシーナはガクンと頭を下げ、本当に残念そうな態度を取る。だが再び顔を上げると、その瞳は感情を伺わせないものへと戻っており、ヒョイと指を振るって魔法を発動した。


「じゃ、良いわ。無理やりにでも僕にしてあげる。脚さえ残っていれば、踊れるものね?」


 レシーナの周囲に炎の竜、氷の鳥、雷の蛇が作り出される。彼女が指を振るうとその怪物達は同じように動き出し、轟音を響き渡らせる。


「〈三重奏曲・紅蓮雷雪〉」


 パチンと指を鳴らすと同時に怪物達が一斉にシェルとファルシアへと向かって動き出した。炎の竜は火の海を作り出しながら、氷の鳥は建物を凍らせながら、雷の蛇は地面を抉りながら、破壊の限りを尽くして暴れ回る。

 二人はすぐさま水の盾の氷の盾を張って防御の体制を整える。何重にも盾を作り出し、魔力を込めて最大限まで頑丈なものにする。だが怪物達が直撃した瞬間、まるでガラスのようにその魔法の盾は砕け散り、とてつもない衝撃波が巻き起こった。

 かろうじてシェルとファルシアは無事であったが、かなりの魔力を消費し、息が荒くなっている。視界も霞んでおり、魔法の影響を受けていた。


「う、ぐっ……! 今ので半分は魔力持ってかれたわ!」

「ッ……やるしかありません。先輩、〈大魔術〉を使いましょう!」

「あーもう、しょうがないわね! やってやるわよ!」


 出方を伺っている場合ではないと判断し、シェルは戦術を変えることを提案する。あまり馬の合わないファルシアとの協力。上手くいくかは分からないが、最大の火力で挑まなければ押し負ける。シェルは村で待っている家族の元へ無事に帰る為にも、覚悟を決めた。










「〈炎光〉!!」

「〈火蓮・一式・追尾ノ華〉!!」


 緑の大魔術師メルフィスと、赤の大魔術師ザソードが同時に魔法を放つ。緑と紅蓮色の炎が幾つも空を舞い、最優の魔王候補レギオンを捉える。だが彼は宙に浮いたまま動かず、その手にしている黄金の剣を掲げた。するとそこから紫色の炎が発生し、メルフィス達が放った炎の球を飲み込んでしまった。


「…………」

「おやおや困ったね。彼には魔法が効かないみたいだ」

「奴が持つ魔の剣の仕業だ。あの紫炎には良からぬ力を感じる」


 ザソードはレギオンが手にしている黄金の剣を見やる。刃には何やら読めぬ文字が刻まれており、薄く紫色に輝いている。その剣の形状からまるで竜が炎を吐いているかのようだった。するとレギオンはその剣を下ろし、気の抜けた体勢のまま口を開いた。


「……お前達のすることは、全て無駄だ。この剣の名は〈冥竜王〉……レウィアが持つ〈煉獄の剣〉と同じく、〈魔術師殺し〉の渾名を持つ」


 〈魔術師殺し〉は主に魔術師に対して特に効果を発揮する聖剣や魔剣のもう一つの名称。まだ剣士が魔術師に対抗する術を持たなかった時代、魔力に影響を及ぼす剣が造られるようになってからこの呼び名が広まるようになった。


「煉獄の剣が魔力を焼き尽くすのならば、冥竜王は魔力を喰らい、我が力へと変えてくれる」


 レギオンは剣を構えず、その場に静止したままメルフィス達と対峙する。だがそれだけでも彼からは凄まじいプレッシャーが感じられた。先程の魔法攻撃を冥竜王で吸収した為、大魔術師二人の魔力をそのまま頂いているのだ。彼の力は益々強力なものとなる。


「俺に剣を振るわせるな……町が消し飛ぶぞ」

「ふっ……それは中々、見てみたい景色でもある」

「ザソード、あまり挑発するような事は言っちゃ駄目だよ」

「これは失礼した」


 冥竜王で吸収した魔力はそのまま攻撃へと転換することが出来る。元々のレギオンの力と、大魔術師二人分の魔力を乗せれば、それは十分絶大な威力を発揮する。だがそれを聞いてもザソードは持ち前の性格から余裕な態度を崩さず、メルフィスも冷静なままだった。


「さてどうする? 緑のよ。奴に魔法が効かぬとなると、迂闊に攻撃する訳には行かぬな」

「う〜ん、そうだね。だったら……戦い方を変えないといけないね」


 メルフィスは自身の長い髭を弄りながら考え、戦術を変更する。ローブを翻して手足を動きやすくすると、トンと杖で地面を突いた。


「ーーーーー〈流星〉」


 彼の身体が魔力で満ち、薄緑色の光に包まれる。次の瞬間、メルフィスは高速で移動し、レギオンの背後へと移動していた。すかさず長い脚が振るわれるが、ギリギリの所で反応したレギオンは片腕でそれを受け止めてみせる。


「ぬっ……!」

「魔術師だから、老人だから、肉弾戦はないと思ったかい? 僕だってまだまだ動ける」


 更にメルフィスは光を強め、グルンと身体を回転させてもう片方の脚でレギオンを蹴り飛ばす。空中で揺れ動き、レギオンは体勢を整える。だがすぐにメルフィスは追撃を開始する。老人とは思えぬ動きと速さでレギオンを追い詰めていった。そして鋭い足蹴りが彼の腹部へとめり込む。


「ぐぅ……ッ!!」

「今だよ。ザソード」

「ふっ、流石だな。〈火蓮・二式・炎ノ箱庭〉!!」


 メルフィスが攻めている間にザソードも魔法の発動準備を終え、杖を振るうと同時に地面から巨大な火柱が放たれる。レギオンは冥竜王を使う暇もなくその炎に飲み込まれた。

 更に複数の火柱が集まり、見えなくなっているレギオンに炎を浴びせ続ける。竜の鱗すらも溶かすザソードの強力な火魔法。普通の相手ならば間違いなく再起不能となっているだろう。しかし突如炎の中から腕が現れ、火柱を吹き飛ばすとレギオンが姿を表した。


「むぅぅ……中々やるな。魔術師共」

「ッ……あれを喰らって無事とはね」

「ふん、火力が些か甘かったか」


 よく見れば魔力によって薄い膜が張られている。あれで炎を防いだのだろう。だが魔力の膜など最下級の魔防御魔法であり、それだけで凌げる程ザソードの魔法はやわではない。レギオンの強靭な肉体と魔力によって成せる技である。


「魔剣頼りだと思ったか? 俺がこれを手に入れたのは魔王候補となってから……俺の本来の武器は、この拳だ」


 レギオンが動き出す。一瞬でメルフィスの懐まで距離を詰めると鋭い拳を振り抜き、建物まで吹き飛ばす。更に遠くに居たザソードの元まで高速移動すると、同じく彼を吹き飛ばした。


「かふっ……!」

「ぐぉぁ……!!」


 あまりの速さに大魔術師達は防御魔法を展開する暇もなく、その身体にもろに強烈な一撃を喰らってしまう。メルフィスに至っては老体の為かなりのダメージが入り、苦しそうに瓦礫の中で倒れていた。そんな彼らのことを見ながら、レギオンは拳を握り締めて言葉を放つ。


「何故俺が〈最優の魔王候補〉と呼ばれているか教えてやろう……言葉の通り、俺が最も優れているからだ。強靭な肉体、強大な魔力、由緒あるオル家の血統……俺を構築するあらゆる力が、魔王として相応しいと証明している」


 エィル家が魔力に優れた家系ならば、オル家は魔族特有の強靭な肉体を有する家系。更にレギオンはレウィアやレシーナにも負けず劣らない魔力量を持っており、その力は規格外なものとなっていた。


「俺は〈紋章〉などという他人から与えられた称号で自らの存在を誇示するつもりはない。〈魔王〉という座も、魔族の国も、欲しいものは全てこの手で自ら掴み取る……!」


 自身の力を主張するかのように腕を振るい、レギオンは力強い言葉でそう言い放つ。

 彼は自身の力こそが絶対だと信じ切っている。魔王の紋章などというものには揺るがず、確かな信念の元に戦っている。その精神は魔王候補の中で最も魔王に近いと言えるだろう。


「俺に剣を振るわせるな。死にたくなければ降伏しろ」


 無駄な争いは避ける為、最後の通告としてレギオンは大魔術師達に降伏を促す。だがメルフィスは懐を抑えながらヨロヨロと立ち上がり、彼と対峙した。膝を付いていたザソードも立ち上がり、口元から垂れていた血を拭って笑ってみせる。


「やれやれ……これは今まで相手して来た中で最も厄介な敵かもしれないな」

「ハハッ、面白い奴ではないか。自ら王の座を掴もうとするその強欲……嫌いではない」


 レギオンは何故圧倒的な力量差を見せつけても目の前の男達が向かって来るのか分からず、不機嫌そうな表情を浮かべた。そんな彼に対してザソードはわざとらしく赤いローブを翻し、口を開いた。


「かつて我が友は言った。勝てぬ強敵が居るのならば、今から攻略し、活路を見出せば良いと! どんな窮地に立たされたとしても諦めず突き進めば勝機はある!」


 ザソードは旧友の言葉を借り、己を奮い立たせる。メルフィスもその言葉には覚えがあり、おやと首を傾げた。


「なればこそ、我らもここで引く訳にはいくまい。緑のよ。やるぞ、禁忌……〈大魔術〉を」

「はぁ、仕方ない……それしか手はないか。分かったよ。僕が補助する」


 二人は大魔術師だけに許された古の魔法、大魔術の使用を決する。相手が魔力を吸収しようと関係ない、禁断の術ならば勝機はある。

 魔力を込め始める大魔術師達を見てレギオンはため息を吐き、憂鬱そうに拳を握り締める。剣は下ろしたまま、彼は戦闘体勢へと入った。


「引かぬか……心しろ、お前達が選んだ道は最も苦しく、惨たらしい未来だぞ!」

「未来は選ぶものではない。自ら作り出し、勝ち取るものだ! 我が魔法がお前の闇を打ち払う!!」

「……僕もなんか言った方が良い? えーと、ぱっと思いつかないや」


 大魔術師達が杖を振るう。最優の魔王候補が吼える。強大な力がぶつかり合い、再び港町は混乱の渦へと飲み込まれてゆく。





















「……う」


 アレンは目を覚まし、自分が不思議な空間に居ることに気が付く。

 そこは空だった。地面は鏡のようになっており、雲の混じった青空が上にも下にもあった。不思議な静けさがあり、地平線が見える。どこまでも続いていそうで、何となく恐怖を覚えた。


「ここは、一体……?」


 何故自分がこんな所に居るのかを考え、グレアと対峙した時の突如意識が消えたことを思い出す。ということは自分は何らかの魔法に掛けられた可能性が高い。そこまで考えたところで同じく消えたシャーリーが居るかもしれないと思って周りを見ると、案の定鏡の地面の上にシャーリーが横たわっていた。


「シャーリー!」

「彼女には触れないことをお勧めします。アレン様」

「……ッ!!」


 シャーリーの元へ駆け寄ろうと思ったその時、背後から声を掛けられる。気配も魔力も全く感じなかった為、アレンは慌てて後を振り返る。するとそこにはグレアと共に居たメイド姿の女性、シーラが立っていた。


「現在彼女の時を止めて〈崩壊〉を防いでいます。適切な処置をするまではそのままでお願いします」

「……わ、分かった」


 彼女の言っている意味を正しく理解した訳ではないが、敵意は感じない。シャーリーが死に掛けていたことは事実だし、今は無事のようである。それこそ本当に時が止まっているかのように彼女の身体はピクリとも動いていない。ならば言われた通り不用意に触れない方が良いだろうとアレンは判断した。


「ここはどこなんだ? 俺は何故こんな場所に……?」


 この感じならある程度は会話が可能だと思い、アレンは試しにシーラに尋ねてみる。すると彼女はアレンの方に視線を向けないまま口を開いた。


「ここは私が作り出した亜空間。外界とは隔離された私だけの空間です」


 亜空間。それはつまり空間魔法で作り上げた擬似世界。アレンの育ての親であったレドと同じ希少魔法。まさかその魔法の中に自分が居るとは思わず、アレンは驚く。すると丁度その時、空間の一部に歪みができ、そこからグレアが現れた。


「ふー、ようやく解除出来たぜ。流石魔王だな……お、兄弟。気が付いてたか」

「グレア……!」

「悪いな急にこんな所へ連れて来ちゃって。シーラちゃんから説明聞いたか? まぁ、くつろいでくれよ」


 グレアがそう言うとシーラはスッと腕を振るう。すると再び空間に歪みが走り、そこからテーブルと椅子が現れた。


「これから長い話になる。まずはお茶でもどうだい?」



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