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20:勇者と魔王の決意



「ほら見て見てルナ! 綺麗な蝶々!」

「リーシャ、それ蝶々じゃなくて蛾型の魔物だよ……」


 ある日の事、リーシャとルナは二人で森の中を歩いていた。横にはクロも並んで歩いており、番犬のごとくルナを守るように周りを警戒している。ただし時折リーシャの事を睨みつけるような視線を向けており、リーシャもその視線に気づいてむっとした表情を浮かべていた。


 本来、二人はアレンと一緒でなければ森の中に入ってはいけないはずだった。リーシャはしょっちゅうその約束を破っているが、大人しいルナも今回は珍しくアレンに黙って森に入っていた。

 その罪悪感を彼女は感じながらも、ある事を確かめる為に森の中へと進んで行く。ルナは自然と胸の前で手を組んだ。


「こんな事お父さんにバレたら怒られちゃうよ……」

「仕方ないでしょー。ルナがどうしても気になるって言うから」

「それは、そうだけど……」


 ルナは暗い表情を浮かべながらアレンに怒られてしまうと嘆く。しかしリーシャは全く気にした素振りを見せず、気丈に振舞いながらルナに言葉を述べた。それをルナは否定する事が出来ず、更にしゅんとしてしまう。


 暗くなっているルナの事を放っておき、リーシャはどんどん先へと進んで行く。そして一本の木の所に立ち止まると、そこの根っこに飛び乗って辺りをキョロキョロと見渡した。腰にある剣にそっと手を触れながら、彼女は一つ小さく息を吐く。


「うーん、やっぱり……魔物の数が少ないね」


 そう言ってリーシャは剣から手を離し、ぴょんと根っこから飛び降りた。ルナはそれを危なそうに見つめていた。そして同じようにその場から辺りを観察し、いつもよりも魔物の数が少ない事に同意した。


 リーシャとルナが気になっていた事。それは最近森の様子がおかしく、前よりも魔物の数が少なくなった事だった。最初はリーシャが魔物を相手に戦うようになった為、リーシャを恐れて魔物が出て来なくなったと思っていた。だがルナの友達である魔物も何匹か姿を現さなくなっており、ルナはそれをおかしいと感じたのだ。


「皆怯えてる……私達にじゃなくて、よそ者の気配を感じ取ってるんだ」

「それって、この前言ってた凶悪な魔物の事?」

「……多分」


 ルナは友達の魔物達の事を心配しながらそう呟く。リーシャはその部外者が最近言ってたあの魔物の事なのかと尋ね、ルナは自信なさげに頷いた。


「ルナもその気配を感じるの?」

「何となくは……でもまだ大分遠い。多分この山の付近には居ない」


 魔王であるルナには魔物の気配を敏感に感じ取る力がある。特に対象の力が強ければ強い程その気配は感じ取りやすくなる。ルナも遠くから近づいて来るその魔物の気配には少しずつ気が付いており、時折不安そうな表情を浮かべる事があった。だからこそ魔物達の話し合いの時に色々対策を講じたのだが、状況は様子見では済まなそうである。


「魔王のルナの事を探してるのかな……?」

「それは分からない。その魔物が知性がある魔物なのか、ただ獰猛なだけの魔物なのか、何も分かってないの。だからアカメに調べさせてるんだけど……」


 リーシャの質問にルナは心配そうな表情を浮かべながら応える。

 アカメとはルナの友達の蝙蝠型の魔物だ。小回りが利き、空も飛べる事から探索に向いている。その為ルナはアカメにその魔物の調査の事を頼んでいたのだが、未だにその報告は帰って来ない。ルナの漆黒の瞳は不安でより黒く塗りつぶされた。


 その時、二人の頭上から羽音が聞こえて来た。バサバサと枝にぶつかりながらその黒い物体は二人の元に舞い降りてくる。リーシャは思わず腰にある剣に手を伸ばしたが、ルナは慌ててその手を止め、その影の方を見た。


「……アカメ!」

「シュルルゥゥ……」


 それは魔物のアカメだった。何故か羽が傷ついており、アカメ自身も疲労している様であった。ルナは慌ててアカメの元に駆け寄る。そして手を差し出し、治癒魔法を唱え始めた。リーシャも抜きかけていた剣を鞘に収め、ルナの元に近寄る。


「どうしたのそんな傷だらけで?! 待ってて今治すから……」


 ルナは目を瞑って意識を集中させる。するとアカメの身体が淡い緑色の光に包まれ、みるみるうちに身体の傷が治って行った。光が収まるとアカメはすぐに宙を飛び回り、元気に鳴き声を上げた。隣では大人しく様子を見ていたクロも嬉しそうに吠えていた。


「ふぅ……もう大丈夫」

「相変わらず凄いわね。ルナの治癒魔法は」

「お父さんにしっかり教わったから。それにリーシャもすぐ怪我するからね」


ルナの凄まじい効力の治癒魔法にリーシャはひゅぅと口を鳴らしながらそう言った。するとルナはどこか困ったような笑みを浮かべながらそう返事をした。


 元々ルナが治癒魔法を覚えたのはリーシャがすぐ怪我をするからだった。

 まだ身体も出来上がっていない子供の頃から大人のアレンと剣を打ち合い、今では魔物とも一人で戦う程になったリーシャは当然生傷が絶えない。本人は気にしていないが、流石にまだ子供で女の子なんだからとルナは治癒魔法で日々治しているのだ。そのおかげで今ではルナの治癒魔法は大抵の傷ならすぐに治せるようになっていた。


「それにしても一体何があったの?アカメ」

「シュルル……」


 ルナは顔の向きを変えてアカメにそう話し掛ける。するとアカメは大きな翼をバサバサと羽ばたかせながら蛇のような鳴き声を漏らした。リーシャにはそれが何を言っているのかさっぱりだったが、ルナはまるで言葉が通じるようにうんうんと頷いて相槌を打っていた。


「何だって?」

「……例の、街を襲ってる魔物にやられたらしい。アカメがそれらしい影を見つけて追ってたら、突然攻撃されたって」


 二人の話が終わった所リーシャがそう尋ねる。するとルナは真剣な表情で口元に手を当てながらそう答えた。

 任務が失敗してしまった為、申し訳なさそうに耳を垂らしているアカメをルナは優しく撫でてやった。彼女はアカメが頼み事を失敗した事よりも、自分のせいで友達が傷ついた事を悔やんでいるのだ。リーシャもその事に気づき、そっとルナの肩に手を置いた。


「こっちの事がバレたかな?」

「それは大丈夫だと思う……アカメの話だとその魔物は冒険者達の包囲網から逃げてる途中なんだって」

「ああ、そう言えば父さん達が何か話し合ってたね。近々魔物を討伐する作戦が実行されるとかって」


 アカメから聞いた事をルナは伝え、リーシャも思い出したように顔を上げて作戦の事を口にした。

 先日アレンと村長が話し合っていた事をリーシャは実は小精霊達を通して聴いていたのだ。小精霊達はリーシャが命じた事なら何でも言う事を聞いてくれ、危険や脅威などを事前に教えてくれる事もある。その事を思い出してリーシャも目を細めた。


「じゃぁ冒険者達に討伐されるかな?その魔物は」

「……そう簡単にはいかないと思う」


 包囲網が展開されているというならこのまま魔物も討伐されるのではないか、とリーシャは楽観的に考える。しかしルナはゆっくりと首を横に振ってそれを否定した。


(気配を消すのが上手いアカメの監視に気づく程の魔物……それを見抜けたなら、相当実力が高いって事)


 本来蝙蝠型の魔物であるアカメの気配に気づくのは一流の冒険者でも難しい事だ。〈シャドウバット〉、通称姿隠し蝙蝠と呼ばれる彼らは名前の通り姿を消すのが上手く、気配を全く感じさせない。それは彼らが冒険者や敵対している魔物から身を守る為に得た技であり、簡単には見抜く事は出来ない。


 それに気付ける程の魔物だと言うのだから、ただ獰猛なだけではないのだろう。何か目的があってこの地域までやって来ているのかも知れない。冒険者に追われるというリスクを負いながらも。

 ルナは冷や汗を垂らした。悪寒がする。何かよくない事が起こる前触れを感じ取った。


(いざとなったら……私がこの手で……)


 黒髪を揺らし、前髪で目が隠れながらルナはそう決断する。その瞳は髪でリーシャには見えなかったが、覚悟を決めた漆黒の色で塗りつぶされていた。

 もしもの時は魔王である自分が手を下すしかない。子供ながらもそう残酷な決断をルナは下す。だがふいにリーシャが首を傾げながら声を掛けて来た。


「ルナ」

「……えっ」


 突然話し掛けられたのでルナは呆気に取られたように口を開けてリーシャの方を見る。そこでは目をぱっちりと開き、ルナの事を見つめているリーシャの姿があた。それを見た瞬間、先程までルナが瞳に宿していた漆黒は消え去った。


「私達は一緒に戦うんだよね?」

「……! うん、そうだね」


 念を押す訳でもなく、リーシャはただ優しくそう語り掛ける。するとルナも先程まで強張っていた表情が緩み、優しい笑みを浮かべながら頷いた。

 それからアカメも無事自分の住処の方へと戻って行き、リーシャとルナも村へと戻った。





 城の国王の部屋では最近しわがやけに増えている国王が疲れ切ったように椅子に座っていた。その傍らにいつものように預言者のファルシアが青いローブを纏いながら佇んでおり、国王の様子を気にしている。

 国王は背もたれに大きくもたれ掛かりながら静かにため息を吐いた。すると預言者は少し躊躇しながら一歩前に出て口を開いた。


「最近は街である魔物の事が噂になっておりますね……陛下」

「ああ……そのようだな」


 預言者の言葉に対して国王は虚ろな目をしながら覇気のない声で答えた。

 無理もない。国王は勇者探しに全力を尽くし、毎日休む暇もなく兵団の管理を行っているのだ。おまけにいつ魔族が襲って来るかも分からない状況。民達は予言の事を馬鹿にしているが、預言者ファルシアの実力を知っている国王は彼らと同じように笑い飛ばす訳にはいかなかったのだ。


「勇者は見つからず、今度は街で魔物が大暴れか……ふん、本当に魔族とは忌々しい存在よの」


 結局山の調査を行わせた兵士長ジークも勇者を見つける事は出来ず、国王の期待は裏切られた。尤も期待していたわけではなかったし、あの時は兵士長が職務を怠っている事に腹を立てて命令していただけだった。その分落胆は少なく済んだが、それでも肩を落とさずにはいられなかった。


(唯一の救いは厄介だった勇者教団を捕まえる事が出来た事か……まぁアレはただの下っ端共だが)


 それでも悪い話ばかりという訳ではない。街で度々問題を起こしていた勇者教団を兵士長ジークが見事捕まえたのだ。ジークの話では山の村に居る男が大分貢献してらしいが、国王からすれば捕まえさえすれば誰が手柄を立てようがどうでも良かった。


 とにかくこれで一つの悩みは減った。だが後の残った悩みは未だに大きい。八年前から予言されている勇者を未だ発見する事が出来ず、魔王の力も大きくなっているという。

 更にここに来てある魔物に街を襲撃されるというのだから堪ったものではない。最初国王はこの報せを聞いた時、いよいよ魔族が攻めて来たのではないかと恐怖して死人のような表情をする程だった。


(だが何故魔物はたった一匹で攻めて来た?ただ暴れ回っているだけなのか?それにしては複数の街を襲っているのも何か妙だが……)


 国王は自身の髭を弄りながらふとそう考える。

 今回の事件はよくある魔物が襲撃してきたという騒ぎだと思っていたが、よくよく考えればこの魔物の行動は少しおかしい所がある。


 まず今回の魔物は街の襲い方が少々普通とは違っていた。普通の魔物なら大抵暴れ回るだけで、建物が破壊されたり酷い時は死人が出る。だがこの魔物はどういう訳か無駄な被害は出そうとはせず、討伐しに来た冒険者達だけを一掃すると立ち去ってしまったという。そしてまた次の街を襲い、それを繰り返しているらしい。

 やはり何かがおかしい。だが国王は悩んでもその問いの答えを出す事が出来なかった。


「ギルドマスターの話では近日討伐作戦を開始するようです」

「そうか……魔物の事は冒険者共に任せるとしよう。念の為兵も出して置け。大規模な作戦の場合は監視をしておかなくてはならん」


 そう国王が考えている途中で予言者がそう言葉を述べた。それを聞いて国王も静かに頷き、指示を出す。

 いずれにせよ討伐してしまえば問題は解決だ。国王は悩んでも答えが出ない問いにそう解決案を出し、魔物の問題の事はすぐに忘れてしまった。その問題がどれだけ重要な事なのかを知らないまま。



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