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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
8章:勇者と魔王
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190:勇者と魔王の戦い


 巨大な森が生い茂っている大地。そこは人族の大陸の北西に存在する禁断の地。魔族の国が近いこともあって時折暗黒大陸の魔物が紛れ込むことがあり、人族が足を踏み入れることはあまりない場所。故に周辺には村や街もなく、この大地は豊かな自然だけに満たされている。そしてそれは同時に圧倒的な弱肉強食の世界であることも物語っていた。

 そんな森の中、巨大な樹木の枝を飛び移りながら移動している人影があった。真っ黒な髪を長く伸ばし、白い肌をしたどこか儚げで美しい女性。ルナの姉であるレウィア・ウル・ルーラーだ。

 彼女は手に禍々しい形をした黒剣を握り締め、一本の枝の上に着地する。息が切れ、額には汗が滲んでいた。


「ーーーーっ!」


 その直後、彼女の立っていた枝に矢が刺さる。更に数本の矢が飛んで来るのを見ると、レウィアは黒剣でそれを弾き、跳躍して別の枝へと飛び移る。すると矢を放った者達も現れ、周囲の枝に飛び移って彼女を囲むように陣形を作った。


「うっとうしい……!」


 再び周囲から無数の矢が放たれる。避ける方向を失われたレウィアは魔法を発動し、影の壁を作り出して防いだ。そしてすぐに魔法を解除すると、今度は手にしている黒剣に魔力を込める。すると刃から炎が溢れ出す。


「〈煉獄の剣・一奏・煉獄の炎〉!!」

「ぐっ……!」

「ぬぁあああ!!」


 煉獄の炎が放たれ、周囲の樹木を燃やすことなく敵だけを飲み込んだ。途端に彼らの魔力を焼かれ、耐えがたい激痛に悶え苦しむ。だが数人はその炎を回避し、武器を弓矢から剣へと持ち替えてレウィアへと飛び掛かった。

 それを見るとレウィアも黒剣を構え直して迎え撃つ。突き付けられる刃を華麗に受け流し、通り過ぎる間際に斬り捨てる。更に目の前に現れた敵も蹴り上げ、剣を弾き飛ばして枝から落下させた。

 それでも敵の猛攻は止まらない。次から次へと襲い掛かり、レウィアは息を吐く間もなく剣を振るい続ける。そしてようやく最後の敵を斬り捨てると、大きく息を吐き出して剣に付いた血を拭った。


「はぁ……全く、あのクソ親父め……厄介な追手を寄越してくれたね」


 黒剣を鞘に納め、乱れた髪を払う。頭の中には憎たらしいあの宰相の姿が思い浮かび、レウィアはそれを振り払うように首を横に振った。


 数日前、暗黒大陸で異変が起こった。残っている魔王候補の二人、レウィアの異母兄、異母姉の両方が同時に人族の大陸へと向かい始めたのだ。そしてそれを待っていたかのように父親である宰相も動き出した。

 当然、レウィアはこれをただの偶然とは思わなかった。重い腰をようやく上げたあの堅物の兄と狂った価値観を持つ姉は恐らく魔王候補同士の争奪戦になる前に人族を滅ぼそうと考えたのだろう。厄介な〈最硬〉と〈最多〉が消えた為、動くタイミングは今しかない。


 そして傍観者に過ぎなかった父親もいつの間にか掴んでいた情報、ルナとリーシャが居る村へと向かい始めた。レウィアはこの報告を密かに親友であるシーラから聞いていた。

 恐らく魔王候補の二人が暴れている間にルナ達にちょっかいを掛けるつもりなのだろう。彼は劇が大好きだ。特に強大な力を持つ者同士の戦いを好む。だからこそ、魔王の血を引くルーラー家の当主にも関わらず、魔王の座に座ることもなく、魔王候補達の争いを見て楽しんでいた。彼は生来よりそういう性格なのだ。

 そして今回、いよいよ勇者と魔王という宿敵である二人の劇を作り出そうとしているのである。それだけは止めなくてはならない。


「これじゃ少し予定が狂うな……急がないと」


 だからと言ってあの父親が一筋縄ではいかないことは幼い頃から知っている。

 まず彼はルナの本当の母親であるセレーネの所在を知っている可能性がある。レウィアはその情報を探る為にずっと表立った反逆はせず、密かに裏で動いていたのだ。

 だが結果は芳しくない。あの男は魔力も力もないが、頭は切れる。現に従えずとも彼は魔王候補達を纏め、宰相という立場で国を動かしていた。実際レウィアはいち早く止めようと暗黒大陸を出たが、人族の大陸に着くなり父親の部下であろう敵が待ち構えていた。恐らくこの先にも足止めとして伏兵や罠が用意されているだろう。


「もう少しだけ耐えてね。ルナ。必ず……全てを終わらせるから」


 レウィアは今頃きっと戦っているであろう妹のことを思い浮かべ、胸を痛める。

 あの父親が現れた時、果たしてあの優しい妹は立ち向かえるだろうか? 自分の本当の父親を前にして何を思うだろうか?

 レウィアは枝を蹴り、宙へと飛び出す。






「だめリーシャ! 剣を下ろして!」

「…………」


 今にもグレアに向かって斬り掛かりそうなリーシャにルナは何度も制止の声を掛ける。するとまだかろうじて理性が残っているリーシャは剣の柄をミシミシと音を鳴らしながら握り締め、ルナの方に視線を向けた。


「どうして? その男はシャーリーさんを……父さんをどこかにやった。今すぐに取り返さないと」

「……分かってる。もちろん二人とも助けるよ。でも……その剣は使わないで。一人で戦おうとしないで……一緒に戦おう」


 神殺しの剣。シャーリーが使用していた聖剣。王殺しを失った今、リーシャがその武器を使おうと思ったのは必然とも言える。だがその剣はあまりにも強力過ぎる。今の彼女が使えばその真価を十分に発揮するだろう。そしてその刃は躊躇いもなく敵の首を撥ねることだろう。ルナはそれを危惧していた。リーシャにそんな重荷を背負って欲しくなかったのだ。だがどうやらその思いは届かないらしい。リーシャは綺麗だった黄金の瞳を鈍く揺らし、剣先を改めてグレアの方に向ける。


「時間がない。こうしている間にもシェルさんが魔王候補と戦っているかもしれない。だったら一秒でも早くこいつらを倒して、助けに行かないと」

「その通りだなぁ。いくら優秀な魔術師とは言え二人の魔王候補もかなりの実力者だ。ルナちゃん達が救援に向かわないと、すこーし大変かもしれないな」

「……ッ!」


 グレアからの肯定の言葉にルナは唇を噛み締める。

 恐らく彼は嘘を言っていない。本当にシェルは魔王候補達を迎え撃つ為に村を出たのだろう。そう考えれば辻褄も合う。そして敢えてそれを伝えることによって、こちらの動揺を誘っているのだ。

 数々の魔王候補と戦ってきたルナからすれば、すぐにでもシェルの元へ駆け付けたいのが本音であった。だがだからと言って目の前に居る自身の本当の父親、グレア・ディメイド・ルーラーを無視する訳にもいかない。


「ルナ、退いて……それとも、その人を守りたいの? ルナにとって本当の父親だから」

「ち、違う!!」


 リーシャからの問い掛けにルナは反射的に拒絶する。するとグレアはまるで胸が痛むかのように手を置き、大袈裟にリアクションを取った。


「うわぁ、そんな拒絶されると傷つくなぁ。娘よ」

「貴方は黙ってて!」


 彼のペースに乗せられる訳にはいかない。ルナはリーシャのことを見つめ、とにかく自分の話を聞いてもらおうと一歩近づいた。


「実の父親だからとかは関係ない。でもあの人は私のお母さん……セレーネさんの居場所を知っているかもしれない……だから、聞き出す必要がある」

「…………」


 セレーネの行方を知っているかもしれない唯一の情報源。レウィアも彼から何らかの情報を得ようと長年暗躍していた。そんな自分のルーツを知っている人物が目の前に居るのだ。ルナだって彼から色々と聞き出したいことがある。


「リーシャは今、殺すつもりでしょう……? その目は、さっきのシャーリーさんと同じ目だよ?」

「……!」


 ルナの言葉にリーシャは目を見開き、その淀んでいる瞳を小さくする。そして否定しようと口を開いたが、何か思うところがあったのか悔やむように表情を歪め、ゆっくりと言葉を吐き出した。


「私は……守らないといけないの。勇者の責任を放棄したから……せめて家族だけは……! だから……だから!」


 剣を握り締める手に更に力が込められる。刃が思いに応えるかのように禍々しく輝く。そして今にも泣き出しそうな顔をした小さな勇者は、覚悟を決める。


「敵は全て倒す。家族を守る為なら」


 ダンと地面が抉られる程強く蹴り、リーシャは真っ直ぐグレアに向かって斬り掛かる。彼はそれを避けようともせず、笑いながら自分に向かって来るリーシャのことを見つめている。


「リーシャ!!」


 ルナもすぐさま飛び出し、僅かに回復していた魔力を振り絞って魔法を発動する。距離が近かったグレアの前に立つと、周囲から影を浮かび上がらせてリーシャの斬撃を受け止める。


「くっ……!」

「う、く……!!」


 触手のように伸ばした影が一本、二本、三本砕かれる。最後の影が砕かれる前にルナは別の影を放ち、リーシャの身体を絡めると遠くへと投げ飛ばした。

 そして影を消すと、ルナは魔力の足りなさを身体で感じ、軽い嘔吐感に襲われる。レオシャーリーンに魔力を一滴残らず消された為、まだ十分に魔力を補充出来ていないのだ。


「おお娘よ。俺を守ってくれるのか?」

「違う。私が守るのはリーシャ。リーシャに貴方を殺させなんかしない」


 後からグレアが何やらわざとらしく感動したような態度で話しかけて来る。そんなふざけた話し方が気に入らず、ルナは姿勢は前を向けたまま顔だけ少しズラし、彼のことを睨み付けた。


「何が目的なのかは知らないけど、貴方は私達を焦らせようとしている。命の天秤をチラつかせて、余裕をなくそうとしている」

「ほほぅ」


 ルナの言葉にグレアは肯定も否定もせず、面白がるように彼女のことを見つめている。まるで動揺する素振りのないその反応は玩具に夢中になっている無垢な子供のようであった。


「多分私達の正体を世界に知らせようとしてるんでしょ?でもそうはさせない。リーシャのことは私が止めてみせる」


 ルナは力強くそう言い放つと顔を背け、リーシャが飛ばされた方向を向いた。そして身体中に意識を向け、少しでも多くの魔力を練り上げる。


「おやおや、聡いのはセレーネ似だな。お前くらいの歳の頃俺はもっとガキだったぜ」

「興味ない。貴方に敵意はないみたいだけど、私達の味方でもないことは分かった。一応護りの魔法は掛けてあるけど、もしお父さんを傷つけたりしたら許さないから」


 最後にそう言うとルナはさっと手を下に下ろす。するとグレアの足元から影が浮かび上がり、身体を締め付けて地面へと叩き付けた。


「おぐっ!?」

「そして全部終わったらお母さんの知ってることは全部教えてもらうからね」


 ルナは冷たい目線でグレアのことを見下ろし、言いたいことだけ言うと森の奥へと進んでいった。グレアはぶつけた顎を赤くしながらその姿を見届け、口元を緩ませる。


「いてて、意外と抜け目ないなぁ……おーいシーラちゃん、助けてくれー」

「申し訳ありません。今手が離せませんので」

「ええー……君今棒立ちじゃん」


 自身の右腕でもあるシーラに助けを求めるが、何故か彼女は先程からずっと立ったまま動かず、リーシャがグレアを攻撃しようとした時すら何も動作を行わなかった。そんな相変わらずな秘書にグレアはため息を零した。

 そして森の中に入ったルナはリーシャを発見する。彼女はルナが来るのを待っていたかのように剣を手にしたままその場に佇んでおり、怒っている訳でも悲しんでいる訳でもない静かな声で言葉を発した。


「ルナ……」

「……」


 勇者と魔王が森の中で対峙する。先程まで激しい雨が降っていたが、森の中は恐ろしい程静けさに包まれていた。

 かつてはこの森でアレンに拾われた二人は姉妹として育った。相容れぬ存在であるはずの勇者と魔王が家族として暮らしていた。道を違えることもなく、力を合わせて進んでいこうと誓ったのだ。だが今はもうその誓いも意味をなさない。この森から始まった二人の物語は、再びこの森で雌雄を決することとなる。


「本気でやるつもりなの? 私と……」

「うん……私はリーシャに勇者になって欲しくないの。全部一人で背負いこむようなお馬鹿さんには」


 二人は言葉を交わし、互いにもう引き返せないことを悟る。

 今まで喧嘩らしい喧嘩などしたこともなかった。勇者と魔王という秘密を持つ者同士だったからこそ、力を合わせて常に一緒に過ごして来た。だからこれはリーシャとルナにとって初めて衝突。本気の喧嘩となるだろう。

 ルナは一呼吸置き、迷いを捨てるように拳を強く握りしめる。


「だから証明してあげる。リーシャじゃ私にすら勝てないってことを」

「魔力もないくせに、どうやって……え?」


 ルナが両手を広げると同時に、森が騒めき始める。草むらが揺れ動き、空からは翼を羽ばたかせる音が聞こえて来る。まさかと思ってリーシャが周囲を見渡すと、そこには大量の魔物達が自身を囲むように並んでいた。ケンタウロスにバーサクウルフ、岩の皮膚をしたギガントオーガ、頭が複数あるマザースネーク、それらは全てこの森の住む魔物達であった。


「グルルルル」

「ウルゥゥゥ……」

「キキキキ!」


 魔物達は全員ルナに従うかのように頭を垂れている。そんな彼女の元には一頭の立派な狼が控えていた。毛を刃のように鋭くさせたダークウルフ、クロだ。


「私はこの森の王様だよ。命令すれば、全ての魔物達が駆け付けてくれる……この森の全ての魔物が、私の〈眷属〉なの」

「……!!」


 ルナは村の子供達と遊ぶ以外にも、時折一人で森へ行くことがある。それは森に住む魔物達の様子を見たり、生態系が崩れていないかなど確認をするのが目的だった。だがそれ以外にも理由がある。森に住む全ての魔物を自身の眷属の契約をする為だ。

 そして眷属となった者と主には魔力による繋がりが出来上がる。主は魔力を送って眷属達を強化することが出来るが、反対に眷属が主に魔力を捧げることも出来る。つまり今のルナは森の全ての魔物達から、魔力を徴収することが出来るのだ。


「行くよ、皆」

「「「ォォォォオオォオオオオオオオオ!!!!」」」


 ルナの身体に失われていた魔力が満ち溢れる。完全に元通りになったルナは軽く指を鳴らすと、その場一帯を覆い尽くす程の巨大な影を地面から浮かび上がらせた。


 ーーーー魔王が立ちはだかる。


 リーシャはそれを見ても臆することなく、剣を構えてルナへと狙いを定める。


 ーーーー勇者が立ち上がる。


 魔物達がルナの指示で一斉にリーシャへと襲い掛かる。リーシャは地面を蹴り、黄金の光を纏わせて刃を振るう。落雷のように凄まじい衝撃音が鳴り響き、周囲の木々を吹き飛ばしながら閃光が飛び散った。


 ーーーー勇者と魔王の戦いが、始まった。


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[一言] 前章から気になっていた、リーシャの狂気と向かい合うときが来ましたね。
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