187:失ったものは
アレンにとって、伝説の勇者であるレオシャーリーンとの戦闘ははっきり言って厳しいものがある。
なにせ相手は竜を一刀両断出来るような力を保持している英雄。加えて〈再生者〉の力で若い頃の姿を保っている。つまり百年前から一切衰える事なく勇者の力を全力で振るえるのだ。
対して自分は元冒険者と言うだけのただの村人。おまけに年老いて年々身体は動かなくなっていく。鍛錬は怠っていないが、それでも現実的に考えれば圧倒的に不利である事は覆しようがない事実だ。
だがそれでも、引く訳にはいかない。
いつだってアレンは強大な敵を相手にして来た。どれだけ体格で不利だろうと、相手が強力な魔法を使えようと、武器の性能に差があろうと、諦めず挑み続けた。
今一度戻らなければならない。生死の境目でほんの僅かな勝利の糸を手繰り寄せる、あの時の〈死に狂い〉に。
「くっ……!」
レオシャーリーンの放った一撃が地面を抉り、剣圧によって土と泥が舞い上がる。景色が一変し、視界から彼女の姿を見失ってしまう。アレンは落ちてくる泥を避けながら頭を回転させ、作戦を練った。そして視界の端に映っているリーシャとルナに向けて指示を飛ばす。
「リーシャ! 二歩右にズレて攻撃を警戒しろ! ルナは後ろに下がって援護を頼む!」
「ーーーー! うん!」
「分かった!」
アレンからの指示を聞いてリーシャとルナはすぐに頷き、言われた通りに行動する。
今は布陣を整える。こちらは三人で相手は一人。この人数差を活かさなければならない。その為にもアレンは二人を明確な戦力として考え、戦いの布陣へと組み込んだ。そして実際、その作戦は有効であった。
「ーーーー!!」
「来た!」
泥の雨の中からレオシャーリーンが現れる。それは丁度リーシャが先に移動して居た場所であった。すかさずリーシャは剣を振るい、先制攻撃を仕掛ける。奇襲を掛けようと思っていたレオシャーリーンは自分の動きを予測されていた事に驚き、僅かに遅れて防御へと回った。
「ルナ! 動きを止めてくれ!」
「うん! 凍れ。命の灯を奪う死の吹雪よ。その冷たさで時を凍てつかせよ! 〈氷雪の牢獄〉!!」
ルナは腕に魔力を込め、手の平をレオシャーリーンに向けるとシェル直伝の特大の氷魔法を放つ。音を掻き消す程の吹雪が巻き起こり、レオシャーリーンの身体が氷に包まれていった。
「この程度……!」
「させるか!」
黄金の斬撃でリーシャを退け、彼女はすぐさま氷を破壊しようとする。だがそこへアレンも氷魔法を発動し、氷の鎖で両腕を拘束した。アレンの魔力では簡単に粉砕されてしまう氷だが、それでもワンテンポ動きを遅らせる事は出来る。そしてこの戦いではその一瞬が大きな意味を成す。
「王……殺し!!」
「ぐ、がッ……ーーーー!?」
戻って来たリーシャが奥義でレオシャーリーンの左腕を斬り飛ばす。赤黒い血が舞い、切断された左腕が地面を転がった。
それを見てリーシャは舌打ちをする。聖剣を持っている右腕を狙ったつもりだった。だが氷漬けにされ、鎖で両腕を拘束されているにも関わらず、レオシャーリーンは無理やり体勢を変えて右腕を庇ったのだ。つまり、反撃の隙を与えてしまった。
彼女の瞳が獣のように禍々しく燃ゆる。
「しッ……ーーーー!!」
「ルナ!」
「任せて!」
リーシャは剣を大振りしてしまった勢いですぐに動けない。そこへすかさずアレンが指示を出し、ルナは闇魔法を発動して影でリーシャの身体を掴んだ。そのまま引っ張ってレオシャーリーンの刃から逃れる。
「鬱陶しい……家族ごっこがそんなに楽しい? 勇者と魔王のくせに」
「ルナは、私の大切な妹だ!」
ゴキリ、と鈍い音を鳴らしながらレオシャーリーンの切断された腕から新たな左腕が生成されていく。その姿は正しく異形。だが数秒もすればすぐに元通りの腕が出来上がり、指を折って動きを確認する。そして剣を振るい、自分を覆っていた氷と鎖を粉砕した。
その様子を見ていたアレンは十分な距離を取って警戒しながら頭の中で考える。今回の敵の最難関な壁、再生者の力について。
(〈再生〉の力も完璧ではないはずだ。体力消費、魔力消費、何らかの弱点があるはず……それをこの戦いの間に見極める……!)
どのような力にも必ずそれを成す為の代償が必要となる。再生者の力も言ってしまえば治癒魔法の延長線だ。魔力と対象の体力を犠牲に治癒能力を引き上げ、無理やり傷を治す。再生者の場合はその規模が大きく肉を形成し、特別な魔法や儀式を必要としていないだけ。表面では確認出来ないだけで、どこかにカラクリは隠されているはずなのである。それを見抜くのがきっと今回の戦いの肝となるだろう。
一方でレオシャーリーンの方も思考していた。
先程のように常に攻撃へ回ろうとはせず、ここで初めてリーシャ達から離れ、敵の動きを伺うようになる。かの伝説の勇者がそのような慎重な戦い方へと切り替えたのには当然理由がある。
(さっきまでと比べて勇者と魔王の動きが格段に良くなった……足りなかった経験が補われた)
リーシャもルナも、子供ながらも各々の力を十分使いこなしている。その力は伝説の勇者であったレオシャーリーンが驚く程だ。だが彼女達には圧倒的に足りないものがあった。それは経験。
もちろん二人も魔王候補や魔物との戦いを乗り越えて来た実績がある。だがそれでも、本物の戦を体験し、真の魔王を討伐したレオシャーリーンの経験には遠く及ばない。どれだけ才能があろうと、どれだけ特別な力があろうと、その実戦の中で積み重なって来た確かな経験には敵わないのだ。
だから先程まではリーシャとルナがどれだけ強力な技や魔法を使い、自分を追い詰めようとしても無駄だった。あんなのはただ力任せな戦い方。子供がする戦い方。そうレオシャーリーンは吐き捨てる。だが状況は変わった。力任せだった子供達の戦い方は突如戦略的になり、敵の手数を削ぎに来る確実性のあるものへとなった。それは長く戦いに関わって来た者がする、弱者が自分よりも実力が上な強者を潰す戦い方であった。
(原因はアレか……)
レオシャーリーンは視線を動かし、絶えず子供達に指示を飛ばしているアレンを見据える。
流れが変わったのは彼が戦いの中心に立ち、指示を出すようになってから。ただの冒険者だと思っていたが、どうやら頭の方はかなり切れる者だったようだ。彼は自分の〈弱さ〉をよく理解している。だから〈強い者〉との戦い方が分かるのだろう。それが憎たらしい。
「ならまず始末するのは、あんたからだね。おっさん」
「なっ……!」
優先標的をアレンへと切り替え、剣を地面へと突き刺す。するとその刃が淡く輝き、光が地面へと浸透していった。そして雨で濡れた大地が心臓のように脈打ち始める。
「〈神の千剣〉」
ポツリと呟くようにレオシャーリーンが言葉を述べる。その瞬間刃がいっそう輝き、強い力が地面へと流しここまれる。そして次にアレン達が見た光景は、地面から無数に飛び出してくる光の刃であった。
「お、おおおおおぉ!?」
「えっ、や、山が……!?」
「崩れる……!!」
山が内部から壊されていく。そう思えるくらいその攻撃は大規模であり、たった一人の人間が行ったものとは思えない程の破壊力であった。地面は突き出た巨大な刃で抉れ、地形が変形し、アレン達が立っていた場所もあっという間に崩れてしまう。そして土砂崩れが起こり、アレンはそれに飲み込まれる。
(や、山を破壊する程の攻撃……! これが伝説の勇者の力か。規格外過ぎる。魔王との戦いで大陸を一つ消したってのも、あながち嘘じゃなさそうだな……!)
あまりにも理解の範疇を超えた光景を目の当たりにしているからか、アレンは土砂崩れに巻き込まれながらも意外にも冷静に思考する事が出来ていた。そしてすぐに土魔法を発動し、周囲の土を操って何とか崩落に潰されないようにした。だが絶えず突き出てくる巨大な刃だけは対処する方法がなく、運悪くその内の一本が真下から突き出て来た。
「くっ……!!」
しくじったか、とアレンは唇を噛む。だが痛みは訪れず、衝撃も起こらない。見ればアレンの前には鏡のように美しい盾が浮いていた。それを見てアレンは思わず目を見開き、息を飲む。
(これは……婆さんの聖盾〈写しの鏡〉! また俺の前に婆さんの武器が……!)
レドが所持していた〈十二・聖魔武器〉。空間魔法によって収納されているはずのその武器が、今再びアレンの前へと現れた。
あらゆる攻撃を跳ね返す性質を持つ聖盾、〈写しの鏡〉は光の刃を跳ね返し、無事アレンを守り通す。すると用は済んだと言わんばかりに聖盾は消えてしまい、アレンは土砂崩れと共に森の中へと転がった。
「うぐ……ぁ!」
「父さん! 大丈夫!?」
傷つきながらも何とか体勢を立て直したアレンの元にリーシャとルナが駆け寄る。彼女達は各々のやり方で先程の攻撃をやり過ごしたようだ。
ふと前を見上げれば、そこには先程まで自分達が居たはずの山はなくなっていた。近くを流れていた川も崩壊し、荒々しく流れていく。そしてアレン達の元にレオシャーリーンが舞い降りた。彼女の顔はどこか不愉快そうに眉を潜めており、アレンの方に視線を向けていた。
「今、何をした……? 何でまだ生きている? あんた程度があの攻撃を防げるはずがない……」
レオシャーリーンは納得いっていなかった。先程の攻撃は敵味方関係なくその場を破壊する技。ただの村人風情が防げるようなものではない。現に彼女が正式な勇者だった頃、その技を喰らえば例え竜と言えども無傷では済まない状態だった。故に彼女は何故アレンが五体満足のままその場に居るのかが理解出来なかった。
「はぁ……はぁ……何でだろうな? 伝説の勇者様なら、それくらい見抜くのは簡単なんじゃないか?」
一方でアレンの方はかなり疲労しており、レオシャーリーンが考えている程無事という訳ではなかった。既にアレンには付いていけない程の高速戦。一瞬も気を緩める事は出来ず、一歩間違えれば死が待ち構えている緊張感。その高次元な戦闘に、アレンの身体は早くも限界が近くなっていたのだ。
だがそれでも、アレンはまだ余裕があると言わんばかりに問いを投げ返す。自分が疲労している事は悟られてはならない。デメリットを教えたところでメリットなど一つもないのだ。だから意地を張って見せる。
「……どうでも良い。奇跡は二度起きない」
レオシャーリーンはアレンの問いを聞いても表情を変えず、静かに剣を持ち上げる。刃が陽の光を反射し、煌めく。彼女の黄金の瞳も同じく、神々しく輝いた。
「今度は確実に、瞬きする間もなく斬り裂いてあげる」
レオシャーリーンが剣を低く構え、力を込める。それを見た瞬間、アレンは腕に魔力を込め始め、リーシャとルナにも指示を飛ばす。
「リーシャ、下がれ! ルナは防御を頼む!」
「ーーーーッ!」
「うん!」
言われた通りリーシャはアレン達から一歩下がり、アレンとルナは同時に防御魔法を発動した。アレンは目の前に土の壁を何重も出現させ、ルナはその上から巨大な影を覆わせる。次の瞬間、耳を劈く程の轟音と共にレオシャーリーンの刃から黄金の斬撃が放たれた。その攻撃は先程までの広範囲のものとは違い、まるで砲弾のように凝縮された一撃。力を一点に集めたものであった。必然的にアレン達が作り出した防御壁の中心をそれは突き破り、盛大な爆風を巻き起こして光の衝撃波を放つ。
「……ぐっ、ぁあああ!!」
「うぁぁ!!」
かろうじてルナが裏側にも影の壁を用意しておいたおかげで直撃は避けられたが、それでも爆風によって三人は吹き飛ばされる。だがすぐに立ち上がり、体勢を立て直した。同時に煙の中からレオシャーリーンが現れ、再び激戦が繰り広げられた。
まずアレンとルナが遠距離の魔法で応戦し、レオシャーリーンに距離を詰められないように戦う。そしてアレンの指示で隙を窺っていたリーシャが飛び出し、レオシャーリーンの肩を聖剣で斬り裂いた。
有効な一撃。普通の相手ならこれで大幅に戦力を削る事が出来る。だが目の前の女性は驚異的な治癒能力を持つ不老の怪物。すぐにその裂かれた肩は元通りになり、三人の攻撃を迎え撃った。それを見てリーシャとルナの表情が僅かに弱々しくなる。
(駄目だ……強すぎる……父さんの指示のおかげでさっきよりは戦えるようになったけど、あの人の力は桁違い過ぎる……ッ)
(何とかして流れを変えないと……でも、どうやって? 私の支配の力も弾き返されてるし……この人には何が通用するの……?)
リーシャは初めてだった。戦っている相手があまりにも自分の手の届かない所に居るという感覚が。
ルナは初めてだった。どれだけの魔法を駆使しても御する事が出来ず、手札が尽きていく絶望感が。
二人はこれまでも様々な驚異に直面して来たが、その度に力を合わせ、仲間から助けてもらい、強敵を打ち破って来た。だが今目の前に居るレオシャーリーンから伝わって来るのだ。その努力、仲間との協力、胸に秘めた覚悟が、一切通じないという事を。
彼女達の瞳に僅かに迷いが浮かぶ。ひょっとしたら、このままでは勝てないかも知れない。逃げた方が良いかも知れない。そう考えてしまう。だが一方で勇者でも魔王でもない、何の特別な肩書を持たないアレンだけは、まだ希望を捨てていなかった。
(……血か)
アレンは地面に転がっているレオシャーリーンの切断された腕を観察していた。
彼女は身体を再生する時、新たな腕を生成していた。だがその時、飛び散っていた血だけは彼女の身体へと戻っていっていたのだ。
(身体を再生している時、斬られた腕は戻らず、飛び散った血の方は流れて戻っていた。魔王の血を浴びて〈再生者〉の力を吸収したという事は、彼女の血の性質が変わっているのかも知れない)
原理も理屈も分からない。そもそもこれが魔法の類なのかも分からない。だが彼女は身体を再生させる時、斬られた腕を元には戻さず、わざわざ血だけ戻して新たな腕を生成していた。つまりはそういう成り立ちなのだ。〈再生者〉の力は失った肉を元に戻す力ではなく、再生の力を有している血によって新たな肉を作り出す。そういう力なのだとアレンは結論付ける事にした。
(なら倒す方法は、難しいが彼女の血をある程度まで抜き、〈再生者〉の力を無力化させること)
アレンは力を推察した後、今度はその攻略法を模索する。だが問題はその血を抜くという工程を、レオシャーリーンが簡単に実行させてくれる訳がないということ。彼女の〈再生者〉の力に限界があるのか分からない以上、ひたすら攻撃して再生の力を使用させ続けるというのは最善手とは言えない。直接的に血を失わせる何らかの手段を用いなければならないのだ。例えば、一時的で良いから再生の力を封じ、身体を欠損させて血を流し続けるとか。いずれにせよ倒すことが容易ではないことは変わらない。
「〈神狂いの颶風〉」
レオシャーリーンが刃を輝かせ、剣を振るう。するとそこから竜巻が巻き起こった。だがただの風ではない。周囲を抉り、斬り刻み、更に巨大化してアレン達へと迫って来た。直撃はしなかったものの三人は対応し切れず、それぞれ吹き飛ばされてしまう。
「うぐぅっ!!」
「あぁあ……!」
リーシャは木々が生い茂っている方向へと吹き飛ばされ、アレンは川辺に飛ばされ、ルナは岩の上に倒れ込んだ。アレンはすぐに立ち上がる事が出来ず、指先を震わせる。大分限界が来ていた。ルナの方は何とか立ち上がる事が出来たが、彼女の前にレオシャーリーンが歩み寄る。
「面倒だ。まずはお前から無力化しよう」
「……ッ!」
アレンを先に始末しようとしても娘達に邪魔されることを悟り、彼女は先に面倒な魔法を使うルナを始末する事にした。アレンはそれを見てすぐに止めようとするが、脚に力が入らず、立ち上がる事が出来ない。
レオシャーリーンが手を上げる。すぐさまルナは腕を振るい、地面から影の槍を突き出す。だが聖剣で斬り飛ばされてしまう。それでもルナは次々と闇魔法で影の武器を出現させるが、レオシャーリーンの前には全てが無力だった。
そして全ての武器を破壊すると、レオシャーリーンは一瞬の隙を突いてルナの目の前に手をかざす。
「無に帰せ」
その瞬間、ルナの中で何かが砕け散った。そして少し遅れて自分の身体に異変が起こった事を悟る。彼女の中にあるはずの無尽蔵な魔力が、空っぽになっていたのだ。
「……!? な……えっ、ま、魔力が……!?」
ルナは信じられなさそうに目を見開き、困惑する。どれだけ魔力を込めようとしても集まらず、身体に力が入らない。こんなことは今まで一度もなかった。その隙にレオシャーリーンは剣を振ろうと持ち上げた。だがその背後に戻って来たリーシャが現れる。
「ルナに、近づくな!!」
「ーーーーむっ」
リーシャの一撃がレオシャーリーンの髪の一部を斬り裂く。ギリギリで回避したレオシャーリーンは聖剣を持ち帰る、標的をルナからリーシャへと変更する。二人は嵐と嵐が激突するかのように激しい剣撃を繰り出し、火花を散らした。
「そろそろそのガラクタも、鬱陶しいね」
「あっ……ーーー」
ギロリとレオシャーリーンの瞳が王殺しのことを捉える。すると彼女は聖剣を振り上げ、力を込める。今までに感じたことのない気配にリーシャは警戒し、距離を取ろうとした。だが周囲の風がレオシャーリーンへと向かっていき、何故かリーシャの身体も彼女の方へと引き寄せられていた。そして力を開放したレオシャーリーンは、鋭い一撃を王殺しに叩き込む。ビシリと、何かが欠ける音がリーシャの耳に届いた。
「朽ち果てろ」
「ッ……王殺し……ーーーー!!!」
王殺しの刃が、折られてしまう。刃は光を失い、リーシャは王殺しの気配が薄れていくのを感じ取った。本能的に彼女は理解する。王殺しの力が失われていくのを。
ーーーー無念。主人を守れぬとは……すまぬ……リーシャよ。
王殺しの掠れた声と共に、聖剣はまるで錆びたように色が燻んでしまう。聖剣としての力も感じ取れなくなり、リーシャは絶望で声を失ってしまった。そんな力を亡くした二人を見下ろし、レオシャーリーンは冷たく笑う。
「さぁ、これで魔力を失った魔王と……聖剣を失った勇者が出来上がった……もうお前達は私の敵じゃない」
今まで頼りにしていた相棒と、自身の力の源である魔力を失った二人は、あまりのショックですぐに行動に移れない。それ程レオシャーリーンが行った事は衝撃的過ぎるものだったのだ。たった一瞬で二人の拠り所を壊して見せた。最早立ち上がる事は出来ない。
「これでゆっくりと殺せるね」
そんな二人にレオシャーリーンは迷う事なく剣を振るおうとする。だが直後、彼女の腕が静止した。それはレオシャーリーン自身も意図していなかったことで、疑問そうに首を傾げ、自身の腕を凝視する。
「ん……? なに? なんで、動かない……?」
まるで誰かに止められているかのように、腕はその先へと進んでいかない。レオシャーリーンは目を細め、思考する。すると頭にズキリと痛みが走った。彼女は誰がそれを行ったのか理解し、忌々しそうに舌打ちする。
「まだ抵抗する気? 存外しぶといね……」
「ッ……シャーリーさん……?」
本体であったシャーリー。彼女がまだレオシャーリーンの中に存在していたのだ。完全には取り込まれず、抵抗している。だがそれもかろうじて起こせた反逆。そう長く続くものではない。
「無駄なんだよ……! 誰も私には、敵わない!!」
ダンと地面を思い切り踏みつけると彼女の身体に纏わりついていた縛りが消え去る。そしてすぐさま腕を振り下ろし、リーシャ達を斬り裂こうとした。しかし今度は別の妨害が入る。
「させない……!!」
「父さん!!」
「ッ……お父さん!」
リーシャ達とレオシャーリーンの間に入り込んできたのはアレン。予備の剣を翳し、残り少ない魔力で何とか防御魔法を纏わせ、受け止めようとする。
その行為ははっきり言って何とも無謀であった。アレン程度の力で伝説の勇者の攻撃を防げるはずがない。だがそれは承知の上。どうせ不意打ちをしても大した効果がないと分かっている。ならばとアレンは自らの身体を盾にすることにしたのだ。それは最早反射的な行動で気が付いた時にはレオシャーリーンの前に立っていた。常に計算で動くアレンにしては珍しいことであった。だがそれも仕方がない。誰だって、子供を守ろうとする時そこには余裕がなくなる。考える暇がなくなる。ただ守りたいという強い思いに突き動かされるのだ。そして時に、そんな無謀な行動が奇跡を起こす。
「ーーーーーーーーなっ?」
ギィィンと金属音を響かせ、レオシャーリーンが振り下ろした聖剣が受け止められる。だがそれはアレンが翳していた剣で止めたものではない。アレンの前に突如現れた、黄金の鎖に覆われた漆黒の剣であった。
しかも、それだけではない。アレンの周囲には他にも伝説の武器が漂っていた。その数は十二。アレンを守るかのように集まっている。
「〈十二・聖魔武器〉……!!」
「なんだこれは……? こんな大量の聖武器と魔武器……しかも、空間魔法だと?」
レオシャーリーンは混乱する。突如現れた大量の伝説の武器は、いくら彼女が伝説の勇者と言えどその数は出鱈目過ぎた。おまけに出現の方法が高難度の空間魔法による展開。普通の人間が出来るはずがない。ましてや目の前に居るただの元冒険者だった人間が。そう自分に言い聞かせる。だが、ならば何故現実に起こっている? レオシャーリーンは不愉快そうに唇を噛んだ。血が滲み、口元に垂れる。すると漆黒の剣に絡みついている黄金の鎖が動き出し、神殺しへと絡みついて来た。途端にレオシャーリーンは尋常ではない力に引き込まれるような感覚を覚える。
「貴様……!!」
「ーーーーッ!!」
危険を感じ、レオシャーリーンは片腕を剣から離してアレンを殴ろうとする。だがまた別の武器が前に現れ、その拳を防いだ。
間違いない。この武器達はアレンを守護している。アレンを傷つけようとする者に反応し、命の危機の際に現れ、出現するのだ。
(理由は分からない……でもこれは、きっと婆さんが貸してくれたものだ……! だったら……)
アレンは剣を握り締め、大きく深呼吸する。
まだ終わっていない。まだ希望は失っていない。最後まで諦めてはいけない。どんなに厳しい状況だとしても、死の縁で逆転の目を手繰り寄せろ。
「俺はまだ、戦える!!」
ドン、と踏み込み、アレンは前へと出る。レオシャーリーンは黄金の鎖に絡まれながらも聖剣を振るおうとする。だが今度は槍によってその動きを止められてしまった。
そしてただの村人で、元冒険者のアレンが振るった剣が伝説の勇者の胸を貫いた。