186:レオシャーリーン
振り下ろされた剣を見上げても、リーシャの身体は動かなかった。まるで金縛りにでもあったかのように、生命の危機が訪れても生存本能が働かない。
続けて肉が斬り裂かれる音と、血飛沫が舞う。だがリーシャは痛みを感じなかった。何故なら、斬られたのはリーシャの前に庇うようにして現れたシャーリーだったから。
「う、ぐぁ……ッ!!」
「シャ、シャーリーさん!?」
肩から胸元まで大きな傷が出来上がり、シャーリーはその場に崩れ落ちる。それを見てようやく状況を理解したリーシャは彼女の元へと駆け寄った。
「ん……? 何してるの? 私。邪魔だよ」
「はっ……はっ……ぁ、ぁ」
「善意にでも駆られた? 自分の子供だと分かって情が湧いた? 優しいねぇ。だから影の私なんて存在を生むんだよ」
もう一人のシャーリーは血の付いた剣を払いながらつまらなそうな表情を浮かべる。
理解が出来ない。何故自分から攻撃を受けに来たのか。リーシャを助けたかったのだろうか。いくら本体の彼女にもまだ〈再生〉の力がまだ残っているとはいえ、不死身という訳ではないのに。致命的な攻撃を受ければ死に至るのだ。
「シャーリーさん!」
「ご、ごめん……ごめんなさい、ごめんなさい。こんな私で……弱くて、情けなくて、逃げてばかりで……」
既にシャーリーの胸元に出来ていた傷は再生していっている。だが勇者の力を所有しているもう一人のシャーリーの一撃は強大だった為、簡単には治癒しなかった。
「リーシャちゃんは、こんな優しいのに……私は卑怯で、責任も捨てて……情けない。こんな私で、ごめんなさい」
「ッ……そんなこと……! シャーリーさんは……」
痛みはあるらしく、シャーリーは口から血を垂らしながら苦しそうな声で謝る。そんな彼女の手を取り、リーシャは顔をしわくちゃにしながら強く握った。
「リーシャ、伏せて!!」
「……!」
突如後方からルナの声が響く。それを聞いてリーシャもすぐさま姿勢を低くすると、頭上に雨粒を吹き飛ばしながら巨大な影が横切った。
それは竜の姿をした影。ルナの闇魔法によって形成された魔法の影。それが刃のように鋭い牙を剥き、もう一人のシャーリーへと襲い掛かる。すると彼女は回避する素振りも見せず、欠けた剣でその攻撃を正面から斬り裂いてみせた。
「むっ……やっぱりこの程度のモノじゃ耐えきれないか」
だが簡単にはいかなかったようだ。ただでさえ欠損し、ボロボロだった剣には大きな亀裂が入り、刃が完全に砕け散ってしまった。もう一人のシャーリーは目を細め、僅かな剣身しか残っていな柄を何の躊躇いもなくポイと投げ捨てる。
「強力な魔法も使えるんだね。将来有望な魔王だ。今の私じゃ、少しキツイかもね」
雨で濡れた髪を掻き上げながら彼女は軽い調子でそう言う。
剣を失ったというのにもう一人のシャーリーからは焦りの様子がなく、むしろ重荷を捨てたかのような態度であった。それが何だか不気味に映る。
するともう一人のシャーリーはおもむろに手を上げ、リーシャ達に手の平を向けた。そして思い切り強く拳を握りしめる。その瞬間、彼女達の足元から無数の木の根が湧き出て来た。
「なっ……!?」
「この力は……!」
リーシャとルナはその木の根に弾かれる。その隙にもう一人のシャーリーは本体のシャーリーへと歩み寄った。
「やっぱり本体の身体がないと、全力を出せない」
「あ、ぐっ……!」
彼女の首を掴み、持ち上げる。シャーリーは呻き声を漏らすが、そんなことも気にせずもう一人のシャーリーは手に力を込めた。
二人の身体が炎のように揺らめく。そして徐々に本体のシャーリーの身体が影に覆われ、もう一人のシャーリーへと取り込まれていった。
「来い、〈神殺し〉」
やがて一人になったシャーリーは聖剣の名を呼ぶ。すると雨の中どこからともなく聖剣が浮き出て来た。それはアレンの家にあるはずの、記憶をなくしたシャーリーが所持していた柄が十字形の純白の聖剣であった。
「ああ、久しぶりの感覚だ。力が漲ってくるよ……」
シャーリーのその聖剣の鞘を握り締め、目蓋を閉じながら感慨深いように息を漏らす。その隙にリーシャは彼女の背後へと回り込み、聖剣を横に振るった。だがその一撃は素早く抜いたシャーリーの聖剣によって防がれてしまう。
「シャーリーさんを、返せ!」
「返せ? 違うよ。私はもう影じゃない。今の私こそが、本物のレオシャーリーンだ」
シャーリーの瞳が黄金色に輝く。それはもう、影のシャーリーの姿ではなかった。本来の力を取り戻した伝説の勇者、レオシャーリーンの真の姿であった。
彼女はユラリと動き出し、聖剣を振るう。それだけで周囲の雨粒を弾き飛ばし、凄まじい衝撃波を巻き起こした。その直後リーシャに鋭い斬撃が何十発も叩き込まれる。かろうじて剣で防いだが、リーシャの手は衝撃で痺れ、息が出来なくなっていた。
(……ッ!! さっきよりも、何倍も速くて、重い……!)
先程までは、まだギリギリ視認出来る範囲であった。感覚で剣の軌道を読み、回避する事が可能だった。だがもうこの斬撃は、リーシャの反応速度を軽々と超えている。今は運よく防御が出来ているだけ。
リーシャの額に雨とは別に大量の汗が流れる。心臓が締め付けられるような嫌な窮屈感を覚えた。
「くっ……〈王殺し・燐〉ーーーー!」
ーーーーあまり長くは保たぬぞ。重々承知しておけ。
「分かってる!」
リーシャは状況を打開する為に奥義を発動することにする。彼女の身体から赤黒いオーラが放たれ、気配が変わる。すると彼女は先程まで反応出来ていなかったレオシャーリーンの攻撃を回避し始め、反撃へと出た。
「はっ、燐か。随分上手く使いこなすね。でも……」
リーシャはレオシャーリーンの聖剣を弾き、懐へと入り込む。だが聖剣神殺しの刃が鈍い光を放つと同時に、レオシャーリーンにも変化が現れる。
「ーーーー〈神殺し・燐〉」
彼女の身体からも赤黒いオーラが放たれ、剣を逆手に持ち帰ると間近に居たリーシャに叩き込むようにして剣を振るう。リーシャは何とかそれに反応して剣で受け止めるが、衝撃にとって雨の中を吹き飛ばされた。
「あぐぁ……!?」
「リーシャ!!」
泥だらけの地面を転がり、リーシャは倒れ込んでしまう。足が震え、手には力が入らなくなっていた。それで強力な一撃だったということだ。
「〈王殺し〉は魔王を討つ為の聖剣……〈神殺し〉は邪神を討つ為に造られた必殺の聖剣……格が違うんだよ」
ーーーー残念ながら、奴の言っていることは事実だ。我が相手取るのはあくまでも王。所詮神殺しの控え打ちに過ぎん。
「なにそれ、初めて聞いたし」
聖剣にも様々な種類がある。その中でも神殺しは特別な剣であり、王殺しの完全な上位互換であった。
故にリーシャがレオシャーリーンに勝てる要素は限りなく少ない。経験も、能力も、武器も、圧倒的に伝説の勇者であるレオシャーリーンの方が上だった。
「母親に逆らうの? ……私から紋章も奪っていくし、本当にお前は悪い子だね。仕置きをしないと」
「……ッ!」
「リーシャ、前に出過ぎないで!」
リーシャの方へと歩み寄ろうとするレオシャーリーンの前にルナが割り込む。そして無数の影で彼女を包み込むと、リーシャの前へと降り立った。だが目の前にあった巨大な影の塊は一瞬で斬り裂かれてしまい、中からレオシャーリーンが何事もなかったかのように現れる。
「落ち着いて。まだシャーリーさんを取り戻せる方法はあるはず」
「でも……もうアレは……」
ルナは手を取って倒れているリーシャを立ち上がらせ、体勢を整える。するとレオシャーリーンは走り出し、聖剣を引きずりながらルナ達へと向かって行った。
すかさずルナは手を振り上げ、今度は氷魔法を発動する。雨によって氷は増大し、巨大な氷の波が発生する。だがレオシャーリーンはそれを華麗に回避し、一瞬でリーシャとルナの前に現れる。
「お話している暇はないよ」
刃が震われ、リーシャの前に立っていたルナが斬られる。ギリギリのところで身を屈めたお陰で致命傷は避けたが、それでも肩を斬られ、血が飛ぶ。ルナの口からも悲鳴が上がる。
「うぁ……!!」
「ルナ!」
「魔王の方も……殺さないとね。魔王はこの世界にとって悪なんだから、きちんと排除しないと」
「ッ……お前!!」
膝を付いたルナにレオシャーリーンは容赦なく聖剣を振り下ろそうとする。すぐさまリーシャは前に飛び出し、聖剣でその攻撃を受け止めた。
「お前はもう、シャーリーさんじゃない……敵だ!!」
「だからそう言っているでしょう? 私はレオシャーリーン。本来の、勇者だよ」
リーシャは再び赤黒いオーラを纏い、高速で周囲を移動する。撹乱して隙を狙おうと考えたのだ。だがレオシャーリーンは一瞬視線を動かした後、聖剣を勢い良く振り上げ、竜巻のような衝撃波を発生させた。それにリーシャとルナも巻き込まれ、動きが止まってしまう。
「がっ……」
「これで終わりにしよう」
宙を舞っているリーシャに向かってレオシャーリーンはとどめの一撃を放とうとする。その刹那、飛ぶように現れたアレンがリーシャをキャッチし、そのまま転がるようにして聖剣による攻撃を回避する。
「……!!」
「父さん……!?」
「すまない。遅くなった」
抱えていたリーシャを放し、アレンは子供達を守るように前へと出る。その手には愛用の剣が握られており、身体にはその他にも武器を装備しているようであった。
そんな突然現れたアレンを見てレオシャーリンは何やら不可解そうに眉を潜めている。そして手にしている聖剣を何度かその場で振り、目を細めた。
「……? ん? 今私の攻撃を避けたのか? あんたが? ……アレン・ホルダー、あんたのことは覚えているぞ。随分歳を取ったな」
「やっぱり……君なのか。シャーリー」
アレンは改めて今のシャーリーと対峙する。彼女は別の存在になっていること、そしてこの姿こそがかつて自分が出会った〈黄金の剣使い〉であることを理解した。
「私はレオシャーリーンだよ。それにしても妙だな。あんたの実力じゃ私の攻撃を回避出来るはずがないんだけど……」
レオシャーリーンは刃をツーと指でなぞり、何かを確かめるように視線を動かす。そして剣を低く構えると、雨を弾きながら勢い良く飛び出した。
「まぁ良い。私の子供を返してもらおうか。アレン・ホルダー」
「くっ……!!」
刃が光り、雨粒を吹き飛ばして竜巻のような斬撃が発生する。アレンは水魔法を使って目の前に出来るだけ多くの水の盾を作り出し、自分は後方へ下がることでやり過ごした。目の前では轟音と共に水の盾が弾け飛んでいく恐ろしい光景が広がる。
「子供……やはり君が、リーシャの母親なのか」
「父さん! シャーリーさんがもう一人のシャーリーさんに取り込まれちゃったの! あれは本当は影で……」
アレンはリーシャから説明を聞き、一足来るのが遅かったことを後悔する。だがそれで諦める訳にはいかない。光から影が生まれたというのならば、例え取り込まれたとしても光が消える訳ではないはずなのだ。
「どうやら、あいつが言っていた話は本当みたいだな」
アレンは片手で剣を構えると同時に懐からもう一つ小振りの剣を取り出す。それと同時に最後の水の盾が弾け飛び、竜巻の中からレオシャーリーンが飛び出した。
「ーーーーっ!」
「しっーーーーー!!」
振るわれた刃をアレンは片手の剣で受け止めようとする。だが当然アレンの力では完全に防げるはずもなく、そのまま受け流し、剣の軌道を僅かにズラす事でやり過ごした。だがその攻撃だけで剣は真っ二つに割れてしまい、すかさず小振りの剣を振るう。
「猪口才な」
「くっ……!」
レオシャーリーンはその剣を素手で受け止めると、手が血で滲みながらも聖剣を振るう。すかさずアレンは剣を放し、脚に装備していた短刀でその攻撃を先程と同じように受け流した。パキンと音を立てて短刀が割れる。
「ふぅん、何か変だな……」
その攻防を見てレオシャーリーンはいよいよ疑問に確信を抱き、一度思い切り聖剣を振るうと剣圧でアレンを吹き飛ばした。傷が出来る程ではないが、アレンにとってはその圧力だけでも十分なダメージであり、腕を抑える。
するとレオシャーリーンは何かに納得したように頷き、自分の額に手を当てた。
「ああ、なるほど、なるほど……複数の魔法を同時発動して私の感覚をズラしていたのか。空間、気配、魔力……本当に微弱な魔法だから逆に気付けなかった。器用なことをするね」
「あちゃ……気付かれちまったか」
ただの冒険者だったアレンが伝説の勇者の攻撃を何度も避けられるはずがない。彼は対峙している最中に空間魔法、結界魔法、魔力操作など、様々な策を施す事で僅かながらレオシャーリーンの剣筋をズラしていたのだ。後は持ち前の防御技術で何とかやり過ごし、武器を一つ犠牲にする事で回避出来ていたのである。
だがその程度の策も、レオシャーリーンは数回の打ち合いですぐに察する事が出来た。
「そんな子供騙しが通用し続けると思った?」
そう言うと彼女は聖剣を低く構えると、狙いを定める。そして刃を輝かせ、離れた距離から剣を振り上げた。
「〈神紛いの振るい〉」
刃から放たれたのは太陽のように眩い黄金の斬撃。それは普段リーシャが放つ黄金の斬撃よりも何倍も大きく、輝いているものだった。
アレンは反射的に魔法の壁を何重も張るが、彼の魔力量では数も質も足りず、一瞬で破られ、光に飲み込まれる。
「ぐっ、ああああぁ……!!?」
「お父さん!!」
「父さん!!」
かろうじてルナが影の壁を作り出し、すぐにアレンを救出する。だがそれでも十分なダメージが残っており、装備していた胸当てが砕け散っていた。
更に黄金の斬撃の余波はそれだけでは終わらず、上空を漂っている灰色の雲までも斬り裂いてしまう。一瞬そこから太陽の光が差し込んだ。
「はぁ……はあ……すまない、ルナ。助かった」
「ううん。それよりもお父さん、これ以上は……逃げないと」
アレンはルナ達の所まで下がり、体勢を整える。
先程の攻撃はあまりにも強力過ぎた。もう一度回避するのは難しいだろう。それを考慮してルナは撤退を考える。だがそれを阻むようにレオシャーリーンが刃を振るう。三人が立っている近くの地面に巨大な亀裂が出来上がった。
「逃すと思う? 私の紋章を奪った勇者に、宿敵の魔王……絶好の獲物が二人も目の前に居るんだよ。確実に、殺す」
剣を引きずりながらレオシャーリーンがゆっくりと歩いてくる。その姿はかつては伝説の勇者であったのにも関わらず禍々しく、まるで命を狩る死神のようであった。そんな彼女に対してアレンは肩を抑えながら口を開く。
「シャーリー……リーシャは君の子なんだろう? ルナも邪悪な魔王じゃない。かつての時代とは違うんだ。何故そこまで闇に落ちる?」
「関係ない。私の子だろうと、優しい魔王だろうと、知ったことじゃない。勇者は私一人で十分、そして魔王を倒すことが私の使命……それ以外に、理由が必要?」
レオシャーリーンの黄金の瞳が鈍く輝く。アレン達と視線を合わせているはずなのにも関わらず、どこか別の場所を見ているようであった。
「私が私である為に、その子達を殺す。それが私の望みなの」
最早今の彼女は伝説の勇者ではない。紋章を失い、勇者という地位に固執した亡者。時代に取り残された哀れな人間であった。
そんな彼女にアレンは悲しそうな表情を浮かべる。
「それは……本当に君の望みなのか? それとも影の方の望みか?」
「……ッ」
アレンの問いかけにレオシャーリーンは歩みを止め、一瞬だけ表情を歪ませた。だがすぐに元に戻ると、苛立ったように鋭い目つきになる。
「黙れ。記憶を読んだぞ……勇者と魔王の親になったからって、偉くなったつもりか? 冒険者風情が」
「偉くなったつもりなんてないさ……それに元冒険者だ。俺は何も凄くなんかない」
アレンはゆっくりと立ち上がると、レオシャーリーンのプレッシャーに当てられながらも堂々と語り始める。その瞳には強い意志が込められていた。
「でもこの子達を育てた。もちろん一人でじゃない。シェルや、村の皆の助けがあったから、俺達は家族として生きて行くことが出来た」
「…………」
「だから少なくとも、君よりは大人のつもりだ。子供から逃げた君よりはね」
「……!!」
ビキリとレオシャーリーンの顔の血管が浮かび上がる。表現し難い怒りと不満が溢れ出し、彼女の顔はドス黒く歪んでいた。
「言うじゃんか……おっさん!!!」
レオシャーリーンは叫ぶと同時に聖剣を振るう。鞭のように唸りながら黄金の刃が舞い、三人へと向かって行った。
すぐさまリーシャは聖剣で弾き返し、ルナも影を放って撃ち落とす。それでもレオシャーリーンは追撃を行おうとするが、すかさずアレンは氷魔法を発動し、雨を利用して巨大な氷の山を作り出した。その隙にアレンはリーシャ達と作戦会議を行う。
「リーシャ、ルナ、色々混乱してると思うが、俺はシャーリーを助けたい」
「……!」
「父さん……!」
アレンはリーシャとルナを交互に見ながら自分の目的を伝える。
今のレオシャーリーンは影が主導権を握っており、僅かな負の塊が肥大化して闇となってしまっている。だがそれでも光を取り戻す手段は残っているはずなのだ。
「俺には村で一緒に過ごした優しいシャーリーが嘘だったとは思えない……今の彼女は闇に取り込まれているだけだ。本体を引きずり出して、本音を聞きたい」
「ッ……」
「リーシャはこのままで良いのか? シャーリーはお前の本当の母親だ。それだけは何があっても覆らない。このまま敵として彼女を突き放すのか?」
「……!」
リーシャにとっては本当の母親よりも今の家族の方が大切だ。それはとうの昔に決断したこと。だがそれでも、自分の過去、秘密について知りたいという感情が全くない訳ではない。それこそシャーリーという本当の母親が現れた以上、因縁に決着を付けるという意味でも色々聞きたいことはある。
(だけどあの人は、私の存在を邪魔だと……)
だがリーシャは既にシャーリーの、レオシャーリーンの本音を聞いてしまった。新たな勇者である自分は不要で、望まずして生まれた存在なのだと。そうなった以上、リーシャにとって彼女は最早ただの敵であった。
(でも、あの時シャーリーさんは私を庇って……謝ってた)
リーシャの頭の中に、もう一人のシャーリーに斬られそうになった時に庇ってくれたシャーリーの姿が思い浮かぶ。
あれは記憶がなかったから助けてくれたのだろうか。それともただ突発的な、理由のない行動だったのだろうか。あの時の謝罪はどのような思いがあって、口にしたのだろうか。そんな疑問がリーシャの頭の中に幾つも浮かび上がる。
「俺は本来のシャーリーから真実を聞きたい。突き放すのはそれからでも遅くないはずだ……リーシャ、お前は何がしたい? 母親を、どうしたい?」
「ッ……」
そうだ。自分はまだ何も話し合っていない。重要な部分を聞いていない。一方的に過去を話されて、敵として戦っていただけだ。
リーシャは拳を握りしめる。雨が僅かに緩み、雲の隙間から日の光が数本差し始めた。
「私も……もう一度、シャーリーさんとお話がしたい……! 私をどう思っているのか……昔になにがあったのか、その口から真実を聞きたい」
リーシャは決意する。もう一度レオシャーリーンと向かい合おうと。例え自分が要らぬ存在だと罵られたとしても、本当の母親をただの敵として終わらせたくない。何の思いも伝えぬまま別れたくない。せめてもう一度だけでも、言葉を交わしたい。
そんなリーシャの決意を聞いてアレンは頷き、隣に居たルナも彼女の手を取る。
「私も、優しかったシャーリーさんを取り戻したい。だから、今は戦おう。シャーリーさんを救う為に。リーシャ」
「ルナ……!」
ルナも妹としてリーシャを支えたいと思っている。姉の過去が分かり、因縁に決着が付くというのなら喜んで手を貸そう。
何よりルナは一度影に飲み込まれそうになったことがある。影は居心地の良いことを言ってくれるが、それに飲み込まれてしまえば後は堕落するだけ。それは何としても阻止しなければならない。
「よし、なら行くぞ……二人共!!」
「「うん!!」」
二人の決意を聞いてアレンも満足げな表情をする。同時に氷の山が破壊され、そこからレオシャーリーンが現れた。アレンも予備の剣を取り出し、リーシャ達も構えを取る。
再び山の頂上に落雷のような轟音が響き渡った。