182:謎の剣使い
「ーーーーくっ!!」
メルフィスは光を纏うと高速で斬撃を回避する。だがその動きに女性は反応し、振るった剣をそのまま身体ごと回転して一周させ、二振り目の斬撃を宙に浮いているメルフィスに放った。再び、周囲の木々をへし折る程の嵐が巻き起こる。
「迷いがなさすぎないかい……!?」
これは回避出来ないと判断したメルフィスは杖を振るって光の壁を作り上げる。それで斬撃を何とか防ぎ、距離を取る為に後方へと下がった。女性はそれを見ると斬れ味の悪そうな欠けた剣を引きずりながら、メルフィスの事を追いかけ始める。
「しっーーーー!」
「おっと……!」
そのまま乱暴に剣を振り上げ、斬撃を放つ。その威力は剣自身にヒビが入る程で、メルフィスは高速で回転して何とかそれを回避した。更に杖を振り下ろすと素早く詠唱し、女性の周りに光の円を出現させる。
「眩め、惑わせ、〈祈り鏡〉!!」
魔力を解放し、魔法を発動する。杖の先から緑色の光線が放たれ、周囲に浮いている光の円にぶつかり、反射して女性の事を囲む。
全方向からの光魔法の攻撃。速度、範囲共に一級で回避する事はほぼ不可能。本来なら反応する事すら難しい。だがあろう事か、女性は向かってくる光線に手を向けると、そのまま素手で握り潰してしまった。
「…………」
「化物かい? 君は?」
「……よく言われるよ」
理解の範疇を超えた光景にメルフィスは動揺し、目を見開く。だがかろうじて余裕の態度は崩さず、質問する事で少しでも女性から情報を得ようとした。だが幸薄そうな顔をした彼女は霞んだ瞳で自虐的に笑うだけで、まともな会話をする気はないらしい。
メルフィスは地面に降り立った後、冷静に女性の事を観察する。ボロボロのローブを纏った金髪の女性。盗賊や暗殺者にも見えるが、それにしては戦い方があまりにも乱暴で、周囲への影響など全く考えていない。どちらかと言うと流れ者といった印象だ。それらを考慮しながら、メルフィスは言葉を選んで口を開く。
「君はさっき、〈黄金の剣使い〉って言ったね。それはまさか、随分と前に冒険者の間で噂になったあの〈黄金の剣使い〉の事かい?」
黄金の剣使いと言えばメルフィスも昔よく聞いた名前だ。依頼中の冒険者達の前に突如現れ、強力な魔物を倒して消えてしまう謎の存在。その姿を間近で見た者は少なく、正しい情報は未だに得られていない。
しかしメルフィスは親友であるアレンから黄金の剣使いの容姿の事を聞いていた。それと照らし合わせれば、確かに目の前に居る女性は情報と一致している。もっとも、あれから何十年も経っている事を考慮すると年齢の変化がないという最大の矛盾が生じるが。
「さぁ……知らない、知らない……私、外の事にあまり詳しくないから」
せめて何らかの反応を見てメルフィスは虚偽であるかを判断しようと思ったのだが、肝心の女性は興味なさげに顔を背け、その表情をフードの奥に隠してしまった。
そして先程の一撃で大きなヒビが出来ている剣を動かし、ガリガリと地面を削りながら女性は気怠げな態度を取る。
「ねぇ、私やる事があるんだ……だから、邪魔しないで欲しいんだけど」
「悪いけどそうはいかないかな。君は襲撃事件の容疑者だ。任務なんでね。僕は君を無視する訳にはいかない」
「はぁ……そう」
どうやら女性には何か目的があるらしい。それが勇者を殺害する事なのかは分からないが、いずれにせよ彼女は捕まえ、情報を引き出す事は最優先事項。大魔術師として指名を与えられたメルフィスはその為の布石を既に行っていた。
「なら、死んで」
メルフィスの返答を聞いた女性は少し苛立った感情を込めて地面を蹴り、驚くべき速度でメルフィスへと飛び掛かる。メルフィスも瞬時に光を纏うと高速で背後に移動し、魔力を込めていた杖を地面へと突き刺した。その瞬間、女性の足元に巨大な魔法陣が出現する。
「ーーーー!!」
「話をしてくれて有難う。おかげで仕掛けをしておく時間はたっぷり稼げた」
メルフィスはすぐに魔法を唱え、溜めていた魔力を解放する。すると輝いていた魔法陣から光の鎖が何本も飛び出し、それが意思を持ったかのように動いて女性へと絡みついた。
「ーーーー〈大魔術・第七頁・封殺の鎖結び〉」
瞬時に女性はその場から離脱しようとするが、それよりも早く鎖は女性を縛り上げ、手足を完全に拘束する。
「ッ……動けない」
「無理して抜け出そうとしない方が良い。その鎖は君の肉体と融合しているんだ。外そうとすれば、君の腕が千切れるよ」
魔術師教会に所属する大魔術師にだけ許された最上級魔法。〈大魔術〉。魔術師教会に厳重に保管されている「古の魔法」にのみ記述されている。頁は僅か三十頁、頁数が増える度に強力で難易度が高くなり、三十頁の魔法はメルフィスでも習得は難しい程。それでも、一頁でもこの魔法を習得すれば歴史に名を刻むと言われている。
メルフィスは少し疲れたように息を吐き出して肩を落とした後、トンと杖を肩に乗せる。
「君がとてつもなく強いって事は分かった。恐らく僕が出会った剣士の中で一番強いだろう。でも、君がただの〈剣士〉ならやりようはいくらでもある」
相手はただの剣士。それも聖剣や魔剣の類ではない普通の剣を所持している。戦い方も常に剣で追い詰めようとする分かり易いもの。それでも斬撃が飛ぶという時点で十分異常なのだが。あくまでも力に全てを集約している戦い方ならば、対策の施しようは簡単なものであった。
おまけに大魔術の〈封殺の鎖結び〉は相手を無力化する事に特化した拘束魔法。手足を封じられた剣士など最早何の脅威でもない。そう、メルフィスはその時まで思っていた。
「はぁ……面倒くさい」
体内で鎖が融合している為、とてつもない違和感があるはずなのだが、拘束されている女性は大して気にした様子もみせず、鎖で繋がれている腕を無理やり動かした。鎖を引っ張る音と、女性の腕からゴキンと嫌な音が鳴る。だがフードの奥にある彼女の表情は一切揺るがない。
「言っておくけど、私は〈剣士〉じゃない。剣は……ただ一番使い易いから持ってるだけ」
更に女性は腕を前に突き出し、融合している鎖の一部が千切れ、血がボタボタと地面に垂れた。しかし女性は痛みを感じていないのか、あっけらかんとした態度で首を傾ける。
「私の戦い方は〈剣〉だけじゃない」
「ーーーー!!」
女性は広げていた指を折り、握り拳を作る。その瞬間、周囲の木々が風もないのに一斉にざわめき始め、あろう事か触手のように動き出した。鋼鉄のように鋭い枝や蔓が伸び、メルフィスへと襲い掛かる。動揺しながらもメルフィスは杖を振り上げ、光の壁で防御する。だが攻撃はそれだけでは収まらず、まるでこの森全てが敵になったかのように動き始めた。
(なんだコレは? 魔法? でも魔力は感じない……木々が勝手に動いているとでも……!?)
メルフィスは木々の攻撃を必死に回避しながらこの謎を解明しようと観察する。
まずは解析魔法を掛けてみるが、何の反応もない。つまりこの攻撃は魔法ではないという事だ。ならば一体どんな原理で動いているのか。何か対処法はあるのか。そうメルフィスは頭の中で考える。だが段々と追い詰められ、気がつけばメルフィスは周囲から剣のように木々が突きつけられていた。
「誇って良いよ……私がなまくらを使っていたとはいえ、この力を使わせたんだから。魔法使いの中では強いんだろうね。あんたは」
女性は再び広げた指を折り、手を閉じる。するとジリジリと近づいていた木々が一斉に飛び出し、メルフィスを囲んで球体の形となって閉じ込めた。そして次の瞬間、木の球体は一気に縮小し、見えないメルフィスの身体を押し潰す。
「がっ……!!!」
「でも私にとっては弱かった。さよなら、さよなら……魔法使いのおじさん」
小さくなった木の球体の中では肉と骨が潰れるグロテスクな音が響き、声にならない悲鳴が漏れる。だがやがてその音も聞こえなくなった。すると女性の足元にあった魔法陣も消え、同時に縛り付けていた光の鎖も消え去る。魔法が解けたのだ。
女性はクルクルと肩を回し、何てことないように息を吐き出す。いつの間にか鎖で引き千切られたはずの腕の怪我も治っており、女性は本当に何事もなかったかのような態度を取っていた。
「さて、どこに行ったかな? あいつは……なんとなくこっちの方だと思うんだけど……」
亀裂の入ったボロボロの剣を引きずりながら、女性は背を向けて歩き出す。その姿は霧に包まれ、やがて見えなくなっていった。
残されたのは伸びた木と枝が絡まって出来た球体だけ。そして辺りには凄まじい戦闘の痕跡があちこちに残されている。すると、木の球体がある近くの土が揺れ、そこから突如人の手が出てきた。そのまま土を退かして穴を広げ、中からメルフィスが姿を現した。
「ふぃ〜、やばかった。何だあの子は? 強過ぎだよ。勝てる訳がない」
土だらけになりながらメルフィスは大きく息を吐き出し、思わずその場に座り込む。
あの時、伸びる木によって拘束されそうになった時、メルフィスは瞬時に足元に穴を開け、そこに隠れるという荒技で危機を切り抜けた。大魔術師にしては随分と子供じみた作戦かもしれないが、この技はあらゆる技術を駆使してその場を切り抜けようとするアレンの影響で閃いたものだった。実際生き残れた為、メルフィスは遠くで家族と暮らしている親友に感謝した。
「う〜ん、でもこのまま逃す訳にはなぁ……さて、どうしたものか」
メルフィスは服に付いている土を払いながら困ったように呟く。
判断はこちらに任せると言われているが、彼女を捕まえるのはかなり難しいだろう。かと言ってあのまま放置するのも危険だ。まだ目的も分かっていない為、一度退散するにしてももう少し情報を入手しておかなければ魔術師教会の議員達にどやされてしまう。
「おや……?」
そう考え込んでいると、ふとメルフィスは顔を上げ、霧が掛かった空を見上げた。すると彼の元に美しい羽をした白い鳥が舞い降りる。
「魔法鳥。よくこの霧の中見つけられたね。何か緊急事態かい?」
それは魔法鳥と呼ばれる少し変わった魔物。温厚な魔物で人の言う事を聞き、躾ければ大切な相棒にもなる魔物だ。他の魔物にはない魔力を感知するという能力があり、魔術師教会ではその特性を利用して魔法鳥を使い、遠くに居る魔術師に指示を伝えたりする。
メルフィスは早速魔法鳥の足に付けられていた小さな筒から紙を取り出す。勇者襲撃事件の犯人を追っていた自分に飛ばされた魔法鳥だ。よっぽど何か重要な伝言があるのだ。
「あらら……これはこれは……困ったな」
そして案の定、メルフィスは紙に書かれていた内容を読んで困惑の笑みを浮かべた。
どうやら魔術師教会の議員達は年寄りの自分を過労死させたいようだ。
メルフィスは紙を握り潰し、粒らな瞳でこちらを見つめて来る魔法鳥の喉を優しく撫でてあげた。
◇
「うーん、これでもない。これは……少し形が違うか」
アレンは自室で本を前ににらめっこを繰り広げていた。相手は様々な剣の絵が描かれた頁。アレンはそれを一枚一枚丁寧に確認していった。
この本はレドの屋敷に保管されていたもので、聖剣の伝承などが書き記されているものであった。アレンは幼い頃この本をよく読んだりしていた為、シャーリーの剣もこの本に載っているのではないかと再度確かめてみる事にしたのだ。
「やはりこの本には載っていないか。だとしたら魔剣? でもなぁ……」
アレンは一度本を閉じ、鼻の筋を指で抑えながら思考する。
感覚からしてシャーリーの剣は聖剣のはず。だがこの本にも載っていないという事は、まだ知れ渡っていない聖剣なのかもしれない。
聖剣を調べる事でシャーリーの秘密の一端を何か知る事が出来るかもと考えたのだが、どうやらその考えも甘かったようだ。アレンは肩を落として疲れたように息を吐き出した。
すると、開けっ放しになっている扉をコンコンと叩く音が後ろから聞こえてきた。
「あの……先生、今ちょっと良いですか?」
「ん、どうした? シェル」
アレンが椅子に座ったまま振り返ると、そこにはシェルが立っていた。何やら神妙な顔つきである。
アレンはシェルを部屋に招き入れ、念の為扉を閉めて話を聞く事にした。シェルは一度深呼吸をし、気持ちを落ち着かせてから口を開く。
「実は先程魔術師教会から連絡がありまして……少し任務に出なくてはならなくなったんです」
「おお、そうか。急だな。何か厄介ごとか?」
「詳細はまだ分かりません。ただ、緊急の事のようで……」
魔術師教会に所属している魔術師は本部から指示があった場合、原則それに従わなければならない。それは大魔術師も然り。特に一刻を争うような事態の場合は強力な魔法を使える大魔術師達に声を掛けられる事が多い。
そして今回も、シェルの様子から見る限り、あまり余裕のない状況らしい。先日は勇者襲撃事件も起こった為、世間は慌ただしいのだろう。
「でも大丈夫です。シャーリーさんの事もありますし、パパっと終わらせて戻ってきます」
「ああ。分かった。でも無理だけはするなよ?」
「はい、心得てますとも」
シェルは心配させないようにグッと握り拳を作り、自身のやる気を表現しようとする。アレンも彼女の実力は分かっている為、素直にそれを信じる事にした。
「そういえばシャーリーの調子はどうだ?」
「ええ、段々元気になって来ましたよ。最近はリーシャちゃんとよく遊んでます」
以前の魔物に襲われた事件からシャーリーは少し気分が落ち込んでいる様子だった。そのせいでまた心を閉ざしてしまうかもしれないとアレンは不安に思ったのだが、最近は子供と遊ぶ事が多くなり、特にリーシャと二人で居る事が増えていた。
「結構あの二人、気が合うみたいです」
「へぇ、そうなのか。意外な組み合わせだな」
確かに容姿も少し似ている。雰囲気は全然違うが、だからこそ話し易い部分もあるのかもしれない。
何にせよリーシャが外の人間に心を開くのは珍しい為、アレンはその変化を嬉しく思った。最近はリーシャも少し様子がおかしい部分があり、どこか無理をしているように見えていたのだ。シャーリーと接する事で、その心境にちょっとでも変化が訪れてくれれば良い。
アレンはふと窓の外を見る。丁度そこにはリーシャとシャーリーが並んで歩いている姿があった。リーシャはアレンの存在に気が付き、元気よく手を振る。シャーリーもその視線に気が付き、戸惑いながらも小さく手を振った。そんな和やかな光景を眺めながらアレンも手を振り返し、そっと笑みを浮かべた。