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19:万能の冒険者



 冒険者ギルドは今日もまた賑わっていた。長テーブルの上に並べられた料理を頬張りながら次はどの依頼を受けるかと相談し合う者達も居れば、真剣にダンジョンの攻略方法を話し合う者も居る。いずれも活気に包まれており、ギルドの中はたくさんの冒険者達によって埋め尽くされていた。


 そんな中真っ赤な髪をした女性が椅子に座りながら丸テーブルの上に地図や資料を広げ、何やら難しい表情を浮かべていた。髪の一部をおさげにして垂らしているのが特徴で、キリッとした深紅の瞳をしている。

 彼女の名はナターシャ。この王都ギルドに所属するベテラン冒険者であり、それなりに名も広がっている実力者である。


「おうナターシャ、何難しい顔をしてんだよ?」


 悩んでいるナターシャの元に一人の男が現れる。

 三十代後半の割には引き締まった肉体をしており、分厚い鎧を纏った男。顔には切り傷が絶えないが、人当りは良さそうな雰囲気を出している。彼はナターシャの冒険者仲間であり、時折依頼も一緒にこなす事がある友人でもあった。彼が現れた事に気が付き、ナターシャは眉間に寄せていたしわを戻して顔を起こした。


「ちょっと気になる事があってね……まぁ調査とは関係のない事なんだけど」

「ああ?なんだよそりゃ」


 ナターシャの疑問が今ギルドを悩ませているあの魔物の調査の事ではないと知り、男は意外そうに首を捻りながら尋ねる。するとナターシャは少し周りを警戒するように見渡した後、先程よりも小声で男に話しかけた。


「アレンさんって覚えてる?アレン・ホルダー」


 ナターシャはかつての自分の師匠でもある人の名をそうそっと呟いた。

 本来なら彼の名は別に隠すように言うものでもない。むしろそれなりの有名人でもある為、隠し立てする必要はないはずなのだ。本来ならば、だが。


「ああ、〈万能の冒険者〉アレンだろ?懐かしいな。俺も昔よく依頼を付き合ってもらってたわ」


 男は当然と言わんばかりに胸を張って答えた。

 冒険者アレンと言えばこの世代の冒険者ならばよく世話になった先輩冒険者だ。冒険者になったばかりの頃に必要な道具を教えてくれたり、倒しづらい魔物の攻略法を教えてくれたりと、頼りになる存在であった。そんな兄貴分のようなアレンの事を忘れる訳がない。男はそう自信満々に言った。


「あの人がギルド辞めた理由は……知ってるわよね?」

「そりゃぁお前……あの時の事を覚えてる奴らなら皆知ってるさ」


 少し言いづらそうな顔をしながらナターシャはそう尋ねた。すると男も急に不快そうな表情を浮かべて、手を上げながら首を振った。まるでその時の事を思い出したくないかのように唇を噛みしめる。


「あの坊ちゃん冒険者が気に入らないって理由だけでギルドの職員に金握らせて、アレンさんを辞めさせたってやつだろ?」


 男が嫌々そう答えると、ナターシャは肯定も否定もせずただ黙って辛そうな表情をした。

 坊ちゃん冒険者とはかつてアレンとパーティーを組んでいた新米冒険者であり、少々家が裕福である事から色々と調子に乗っていた冒険者であった。その性根を叩き直す為もあってその坊ちゃんはアレンの元で依頼をこなす事になったのだが、あろう事かその坊ちゃんは自分を指導するアレンが気に入らないという理由だけで不正な取引をし、アレンをギルドから辞めさせたのだ。


 この事には当時の冒険者達もかなり驚いていた。実はアレンに辞職を言い渡した職員も当時お金に困っており、上司に確認を取る前にアレンに戦力外通告を言い渡したのだ。その結果アレンはそれを真に受け、本当にギルドを辞めてしまった。


 当然多くの冒険者がこの事に憤慨し、抗議を起こした。だが判明したのが遅く、一部始終を見ていた人も少なかった為、抗議の結果ギルドの職員は辞めさせられたが、事件の原因である坊ちゃんは未だに呑気に冒険者を続けていた。恐らくまた不正に金を回したのだろう。


「ギルドが辞職を取り下げて急いで呼び戻そうと思った時には時遅く、アレンさんはもう街を出て遠くに。行先は誰も知らず、結局消息不明……」


 不満そうに拳を握り絞めながら男はそう言葉を終えた。ずっと黙っていたナターシャも悲しそうな表情を浮かべている。

 アレンの辞職はギルドに大きな傷を残した。万能とまで称されたベテラン冒険者の消失。アレンはその性質からそこまで目立つ事はないが、全ての事を平均的にこなす事が出来る為、どのような状況にも対応出来るオールラウンダーな冒険者だった。

 そんな彼が居なくなった事によってダンジョンで突然湧いた新種の魔物に対応出来なかったり、新米冒険者が依頼先で予想出来なかった事故にあって被害が続出するなどが多々起った。

 アレンはギルドにとってとても大きな存在だったのだ。


「確かにアレンさんは体力の衰えを気にしていたが、それでも十分冒険者を続けていける実力があった……何度あの坊ちゃん冒険者を半殺しにしてやろうかと思ったことか」

「そうね……それはきっと皆が思ってることよ」


 拳を握り絞めながらブルブルと震わせて男はそう言う。ナターシャにもその意見には賛成だった。だがそんな事をしてアレンが戻ってくる訳ではないし、あの坊ちゃんを袋叩きにすればギルドにどんな濡れ衣の汚名を着せられるか分からない。何も反論する事が出来ないというのに当時の冒険者達は皆怒りを覚えた。


「そんで?そのアレンさんがどうかしたのか?」

「それが……この前調査中にアレンさんの剣術と似ている女の子と会ったのよ」


 ようやく本題に入り、ナターシャは以前調査中に森の中で出会った少女の事を伝えた。

 自分達が尊敬していたアレンと似た剣術を扱う少女。その実力は準備が万全ではなかったとは言えナターシャが苦戦したオークを一瞬で倒す程で、明らかに英雄クラスの実力を秘めている。その時の事をナターシャは仲間の男に伝えた。


「それはなんというか……妙な偶然もあるもんだな。でもお前が調査してた所は辺境の山の方だろ?あんな所にアレンさんが居るわけない」

「私もそう思うんだけど……何か引っ掛かって」


 男はナターシャが調査していた辺境の地にアレンが居る訳がないと考え、単なる偶然だろうと判断した。実際ナターシャもそう考えていた。あれ程の実力を誇っていたアレンなら辺境の村などに住まず、どこか別の街で何らかの仕事に就いているはずだと思っていた。しかし男の同意を得てもナターシャは納得のいった表情を浮かべなかった。


(あの女の子、リーシャちゃんの剣術はアレンさんのに似ていた……そこが気になる)


 ナターシャは口元に手を当てて神妙な顔つきをしながらそう考えた。

 やはりリーシャの剣術は偶然とは決めつけられない程アレンに似過ぎている。ではもしも仮にリーシャがアレンに剣術を教えてもらったと言うなら、それはどのような状況だったのか?


 いつものようにアレンが新米の冒険者に技を教えるように、リーシャもまた剣士か何らかの剣を用いる仕事に就きたくてアレンに師事したのか?アレンが旅か何かの途中で、偶々立ち寄った村でリーシャと出会い、剣を教えたのだろうか?だがそれだといくら何でも剣術が似過ぎている。短期間であそこまで技が似るなんて事はそうない事だ。


(そう言えばリーシャちゃんは山の奥にある村に住んでるって言ってたっけ……一度そこを調べてみれば何か分かるかも知れない)


 あの辺境の地の西の方に村がある事は知っていた。だがそこにアレンのような元冒険者の村人が住んでいるような情報はなかった。故にナターシャはこの地にもアレンは居ないだろうと考えていたが、ひょっとしたらリーシャの住む山の中の村にアレンの痕跡か何かしらがあるかも知れない。その考えに至り、今抱えている難題を終わらせたら調査してみようと決断した。


「ところで問題の調査の方は進んでるのか?」

「あーうん……そっちの方は大分範囲は絞れてきたらしい。ギルドマスターも近々討伐任務を出す予定そうよ」

「そうかい、そりゃ何よりだ」


 ふと男は思い出したように話を今冒険者達の間で話題に上がっているものに切り替えた。

 最近街に現れた凶悪な魔物。何人かの冒険者が派遣されたがいずれも討伐する事が出来ず、更には一度は逃走を許してしまう程その魔物はしぶとい。更に面倒な事にまだ魔物の姿が明確に確認されておらず、どのような魔物なのか判明していないのだ。そのせいで対策を取る事も出来ず、後手に回る羽目になっている。


 ナターシャはこんな時こそアレンが居てくれればとついつい思ってしまった。アレンだったら調査もお手の物だろうし、初見の魔物が相手だったとしても長期戦に持ち込み、弱点を見極めながら着実に追い込んで行くだろう。


「調べるにせよ……まずはこの件を終わらせないとね」


 ふと自分の手を見つめながらナターシャはそう呟いた。

 ひょっとしたらアレンとまた会う事が出来るかも知れない。そうなれば再び冒険者に戻って一緒に依頼を受ける事が出来るかも知れない。そんな期待を抱きながらナターシャはそっと拳を握り絞めた。





 眩い日差しが降り注ぐ中、アレンはいつものように畑を耕していた。服の裾と袖を土だらけにし、首にはタオルが巻かれている。その姿だけ見ると誰もがアレンを普通のおっさんだと思うだろう。今のアレンはもう四十代後半。剣を持たなければただのおっさんなのだ。


「ふぅ……よし、良い感じに育ってるな」


 だがアレンの表情は満足に満ち溢れていた。野菜の育ち具合を見て嬉しそうに頬を緩ませ、額から垂れる汗をタオルで拭う。

 確かに今のアレンは剣を振るう事よりも畑を耕す事が多いかも知れない。だがそれは二人の子供を養う為でもあり、アレンはこの仕事の重要性を十分理解していた。力も必要だが、生きる為には食べなくてはならない。食べるには食料が必要だ。だからアレンは不満など一切抱かず、収穫出来た野菜を見て満面の笑みを浮かべた。


「おぅ、アレン」

「ん?ダンか。どうかしたのか?」


 ふと後ろから声を掛けられる。そこにはダンの姿があった。アレンはタオルを解いて額に溜まってる汗を拭きながらダンの方に振り返った。


「村長がお呼びらしいぜ。なんか話したい事があるってよ」

「話したい事……?」


 親指を後ろに向けながらダンはそう言う。それを聞いてアレンは僅かに眉間にしわを寄せた。

 村長がアレンを呼び出すのはさして珍しくない。森で魔物が暴れているとか、よそ者がやって来たとかで困った時は元冒険者であり腕が立つアレンが頼られるからだ。だが今回は何か妙な胸騒ぎがした。最近森の魔物達も姿を現さなくなり、どこか様子がおかしい。アレンはタオルをポケットに入れると軍手を外した。


「一体何の用なんだ?」

「それは村長に自分で聞いてみてくれ。俺は呼べとしか言われてないからな」

「…………」

「そう怖い顔すんなって。平気だろ。今回の村長は切羽詰まった顔してなかったからな」


 アレンが警戒するように表情を険しくしているとダンはアレンの肩を叩きながら安心させるようにそう言った。

 村長が切羽詰まった表情をしてなかったという事は一刻を争うような状況ではないという事だろう。前回勇者教団の事件で少しピリピリしていたアレンはそうかと言って小さく息を吐き出し、村長の家へと向かった。


 村長の家に到着し、扉を開けると丁度村長が客間でお茶を淹れている所だった。

 お茶を淹れるだけの余裕あるなら本当に大した用事ではないという事だ。アレンは緊張していた自分を反省し、家に上がった。


「村長、来たぞ」

「ああ、アレン。よく来てくれたの」


 アレンが現れた事に気が付くと村長はニコリと微笑んで彼を迎え入れた。

 表情もいつも通り。何か焦っているような節もない。アレンはそう分析しながら村長の方へと歩み寄った。


「まぁ座ってくれ。茶でも飲もう」


 村長はそう言ってアレンに椅子に座るようにジェスチャーした。アレンもコクリと頷いて椅子に座る。向かい側の席に村長もよっこいせと声を出しながらゆっくりと座り、熱いお茶の入ったカップを口に含んだ。


「それで、何の用なんだ?」

「うむ……アレン、お主は最近外界の街である魔物が暴れているという噂は知っておるか?」


 アレンもお茶を一口飲んだ後、ようやく本題へと入り込む。すると村長は一度咳払いをし、確認を込めてアレンにそう尋ねて来た。街である魔物が暴れている。その噂はアレンも丁度新聞で目にしていた。


 曰く、その魔物は複数の街を襲撃し、ギルドから派遣された冒険者達もことごとく返り討ちにして姿をくらましたらしい。派遣された冒険者はいずれもベテランの冒険者だったが、その全員がやられたとなるとその魔物の凶悪さがよく分かる。

 ギルドは躍起になって大勢の冒険者にその魔物の調査を行ったが、まだその魔物の姿も分かっていないとか。

 アレンは熱いお茶を喉に流し込み、ふぅと息を吐き出してから頷いた。


「ああ……この前新聞で読んだよ」

「その魔物、ギルドの調査によるとこの地域に今は潜伏しているらしい」

「……!」


 村長の口から出た思わぬ言葉にアレンはピクリと眉を潜ませた。

 街を襲撃し、多くの冒険者を返り討ちにした魔物がこの近くに居る。それは黙って見過ごす事の出来ない情報だ。


「本当か……?」

「ああ。西の村の者達にも聞いてみたが、どうやらギルドはこの地域に包囲網を張るつもりらしい」

「という事は魔物を討伐する魂胆だな」

「そのつもりなのじゃろう」


 ギルドは面子を気にする。多くの冒険者を導入して倒せなかった魔物をそのまま逃がすつもりは当然ない。倒してくれるならそれに越した事はないが、もしも被害が村の方まで来たら少々面倒だ。アレンはそう考えながら目を細めた。


「まぁ心配は要らん。その魔物は儂らの村の近くには来ていないらしいからの。じゃが念の為儂らも魔物除けの他に幾つか防御壁を築いておきたいのじゃ」

「そうだな……今の魔物用の柵だけじゃ不安だし。設置しておこう」


 どうやら村長の用は村の防御壁についての相談をしたかったらしく、アレンも新しい防御壁を作るという案には賛成だった。

 一応今の村にも魔物が村に入り込まないよう、大量の魔物除けを撒き、魔物用の柵が設置されているが、それだけでは不安だ。相手は街を単騎で襲撃した程の凶悪な魔物。もしもの時の為に準備はしておいた方が良いだろう。

 アレンは村長と共に村の地図を広げ、どこをどうすれば良いかを相談し合った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アレンおじさんは実はすごい冒険者だった!! と言うことがようやく判明された。とは言え、主人公が言うとおり、特化した人の方が強いと言うのはどうやら正しいっぽい……? [気になる点] アレンが…
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