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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
8章:勇者と魔王
188/207

179:子供達との遊戯



 アレンから子供達と遊んで欲しいというお願いを受け、シャーリーは早速それを実行する事にした。

 今はとにかく何かをしていなくては落ち着かない。自分の正体が分からないという不安感を少しでも紛らわせたかったのだ。

 だからと言って子供達と遊ぶ事に自信がある訳でもない。自分が子供好きなのか子供嫌いなのかも分からないし、共通の会話がある訳でもない。何せ記憶がないのだから。結局のところシャーリーは新たな不安を抱える事となってしまった。だが意外にも、現実は優しいものであった。


「ねぇねぇ、シャーリーさんって何歳くらい?」

「バカ、記憶そーしつなんだから分かるわけないだろー」

「じゃあじゃあー、自分のお父さんとかお母さんの事も分からないのー?」

「う、うん……何も覚えていないんだ。ごめんね」


 広場で子供達に囲まれながら、シャーリーは質問攻めを受けていた。

 無邪気故に子供達は遠慮のない質問を口にするが、今のシャーリーにはその裏表のない接し方が有り難かった。


「ほら皆、いっぺんに話したらシャーリーさんが困るでしょ。一人ずつー」

「はーい」


 シャーリーに群がる子供達にリーシャは注意する。リーシャの方が少しだけ年上の為、まだ幼い子供達は素直に従った。

 そんな彼女達の様子を、リーシャとルナは少し離れた場所から見守る。シャーリーの方が大人のはずなのだが、それを見守るというのは何だか不思議な気持ちであった。


「シャーリーさん、いっしょにあそぼー!」

「うん、良いよ……」


 質問は一旦終わり、今度は一緒に遊ぶ事となる。子供達に手を引かれ、シャーリーは慣れないながらも子供達の願いに精一杯応えようと子供達の遊びに参加する。

 どうやら遊びの内容は追いかけっこらしい。ただ単純に走り回れば良いだけの為、それほど身体能力も必要ないはず。そうリーシャとルナは考えていたのだが、シャーリーの不器用さは想像を超えていた。


「ひゃっ! ……いてて」

「シャーリーさん、大丈夫?」

「さ、さっきからすごい転んでるけど」

「へ、平気……ちょっと躓いちゃっただけだから」


 シャーリーが追いかける側になって子供達を追いかけてみれば、何もないところで転んだり、ひっくり返ったりなど、とにかく怪我ばかりするのである。

 ならばと今度は玉を投げ合う遊びを興じる事にする。ルナが子供達の遊び用として毛糸で作った玉の為、軽く投げるだけでよく飛ぶ。簡単な遊びであった、のだが。


「へぷっ……!」

「あ、ごめんなさい! シャーリーさん」

「だ、大丈夫……だよ」


 毛糸の玉はふよふと風に吹かれながゆっくりと飛んでいるのだが、どういう訳かシャーリーはそんなゆっくりの玉もキャッチする事が出来ず、見事に顔面へとヒットしてしまった。それを何度も繰り返す為、子供達からはかなり心配されていた。


「これは……想像以上だね」

「うん。シェルさんから聞いていたけど、まさかここまで不器用とは……」


 様子を眺めていたルナとリーシャはシャーリーのあまりの不器用さに呆れを通り越して感心すら覚える。逆にどうしたらここまで不器用な事が出来るのかと聞きたくなるくらいであった。

 

「う〜ん、父さんが言うには黄金の剣使いは竜を一刀するくらい強かったらしいんだけど……あのシャーリーさんからはそんな雰囲気全然感じられないなぁ」

「でもシャーリーさんは演技してる様子もないし、記憶を失って運動能力が低下するとかあるのかな?」

「分かんない。記憶喪失になったことないし」

「そうだね……」


 ふむ、と両腕を組みながらリーシャとルナは思考を巡らせる。

 アレンはシャーリーと黄金の剣使いを同一人物だと思っているようだが、聞いていた話とシャーリーの様子を見る限り少しも情報が一致しない。少なくとも今のシャーリーだったら下級魔物のスライムと戦っても負けてしまうだろう。ならば何か原因があって不器用になっているのだろうか。

 そこまで考えたところで、二人は一旦思考を打ち切り、シャーリーと子供達の方へと視線を向け直す。


「シャーリーさんドジだな〜」

「私たち子供より運動出来ないなんて変なの〜」

「あはは……ごめんね」


 散々転んだり玉にぶつかったりしたシャーリはボロボロになりながらもまだ子供達の遊びに付き合っていた。そんな一生懸命な姿勢が伝わったのか、子供達もシャーリーの不器用さを面白がるようになっていた。


「まぁ……シャーリーさんも楽しそうではあるし、今は考えなくてもいっか」

「そうだね。黄金の剣使いの事も記憶が戻れば分かる事だし」


 ひとまず二人は今の状況を優先する事にする。子供達と遊ぶ事で落ち込んでいたシャーリーも少し笑うようになった為、記憶探しを追求するよりも今のシャーリーを安心させる方が良いと判断したのだ。


「皆、あまりシャーリーさんに無茶させちゃ駄目だよー」

「はーい、ルナお姉ちゃん」


 ルナが声を掛けると子供達は頷き、シャーリーをフォローするように身体の動かし方のコツを教えたりする。子供達も大人のはずのシャーリーに色々教えられる、という体験を面白がっているのだろう。シャーリーも記憶がない為、子供達の教えを熱心に聞いていた。その瞳は朝見た時よりも少しだけ輝いているようだった。







「ふーむ……」


 椅子に座りながらアレンは腕を組み、頭を悩ませる。

 考えている事は当然シャーリーのこと。かつて自身の恩人である黄金の剣使いとシャーリーは、自分の記憶が確かならば同一人物のはず。だがシェルから聞いた不器用さを考慮すると、どうも同一人物ではない可能性も出てきた。その妙なズレにアレンは違和感を覚えていた。


「いよいよ俺が歳でボケてきたのか。それとも……」


 彼はチラリと横を見る。そこにはシャーリーが所持していた柄が十字架のようになっている純白の剣が立て掛けてあった。記憶を取り戻す為か、彼女は時折剣を持ち運んではそれを所持する事なく、部屋の隅に置いていくのだ。多分重くて持ち運べないという理由もあるのだろうが。

 アレンはその剣が気になり、少し警戒しながら手を触れてみた。そして柄を握り締め、鞘から引き抜こうとする。


「むっ……」


 だがその剣はピクリとも動かない。鞘と一体化しているように微動だにせず、アレンがどれだけ力を込めても引き抜く事は出来なかった。それを見てアレンはある事を確信する。


「この感覚……やっぱりこれは聖剣か」


 魔剣ならばもっとドロドロとした嫌な感覚があるはず。だがこの剣にはそれがなく、まるで抜かれる事を嫌がるような素振りをする為、恐らくは使い手を選んでいるのだ。つまりこれは聖剣。魔法を使えばもっと詳しく分かるだろうが、今はあまり詮索しない方が良いと考え、壁へと立てかけ直す。


「だとすればシャーリーが黄金の剣使いである事は確実……」


 確か何年も前に黄金の剣使いとして彼女に会った時もこの剣を使っていたはずだ。ならば容姿も一致している為、疑いようがないだろう。その容姿が一致している、というのも問題ではあるのだが。


「歳を取っていないのは聖剣の影響か……?」


 聖剣には不思議な力が込められている為、その力が何らかに影響している可能性もある。だがアレンの記憶からはそのような力がある聖剣の情報は出て来なかった。

 まだ子供だった頃、レドが所持していた書物の中から聖剣や魔剣の事が書かれている本を読み漁っていたが、少なくともその時に読んだ中には肉体年齢が変化しない、などという武器の記述はない。かなり古い書物の為、多くの情報が記載されていたはずなのだが、それでもないという事はかなり希少な武器なのだろうか。


「先生。洗濯物乾きましたよ」

「ん、おお。ありがとう」


 そんな風に考え込んでいると、リビングにシェルが入って来る。大量の洗濯物を抱えており、すっかりお母さんらしい姿が板に付いていた。


「あれ……それ、ひょっとして聖剣ですか?」

「ああ。シャーリーの剣だ」

「ええ……じゃあやっぱり、彼女が黄金の?」

「だと思うんだがなー」


 両腕を後頭部で組み、アレンはため息を漏らす。

 自分の中ではシャーリーが黄金の剣使いで間違いないのだ。だが記憶喪失の彼女と黄金の剣使いとの雰囲気が違い過ぎるせいでモヤモヤとした感覚が残る。


「今の彼女は大分不安定になっている。どうも記憶が戻るのを嫌がっているようなんだ……やっぱり、黄金の剣使いの事は言わないでおくべきだったかな」


 今朝のシャーリーの様子を観察する限り、自分が黄金の剣使いなどという素性の分からない人物だという事に不安を覚えているようだ。

 姿が変わらず、竜をも倒す力を持つ者。確かにそんなのが自分の正体だと言われても不安になるかも知れない。アレンは早まったかと自分の行動を後悔した。


「でもさっき見て来ましたけど、シャーリーさん、子供達と楽しそうに遊んでいましたよ」

「そうか……なら良かった」


 今すべき事は少しでもシャーリーの不安を少なくする事。ただでさえ記憶がなく、自分の正体を不安に思っているのだ。記憶を戻す手掛かりがない以上、ならば今出来る最善の行動をするしかない。そうアレンは決意する。


「……ん、あれ?」


 その時、ふとシェルは洗濯物を畳んでいた手を止め、不可解そうな表情を浮かべた。アレンもそれが気になり、視線をシェルの方へと向ける。


「どうした?」

「なんか、嫌な気配が……これは、魔物?」

「なに? だが魔物達は今冬眠の時期のはず……」


  シェルの探知能力は高い。彼女の探知範囲に何か不穏な魔力を感じ取ったのだろう。それが魔物だとしたら、少々不味いかもしれない。

 アレンはすぐに椅子から立ち上がり、外へ出る支度を始めた。


「俺は今から森の方を見て来る。シェルは念の為子供達の方へ行ってやってくれ」

「分かりました」


 剣を腰に携え、ブーツを履くとアレンはすぐに外へと飛び出した。シェルも言われた通りに支度をし、杖を握り締めると子供達の元へと向かう。







「そう言えばリーシャ、この前ダイと二人で居たよね」

「え……そうだけど、それが何?」


 子供達と遊んでいるシャーリーを見守りながら、ふとルナが気になった事を尋ねる。リーシャはその質問を特に気にする素振りもなく、普段通りの態度で答えた。


「いや、二人きりなんて珍しいなーって思って」

「あれはダイが急に二人で話したいとか言ってきたから、付いて行っただけで……」


 あの時は遊んでいたという訳でもなく、ダイが何か用事があったらしい。だが結局世間話をしただけであの場は終わり、肝心の用事が何だったのかは分からず終いであった。


「リーシャは好きな男の人とか居ないの?」

「父さん」

「お父さん以外で」


 予想通りの答えが返ってきてしまった為、ルナは思わず笑ってしまう。その意図が純粋に分からないリーシャはキョトンとした表情を浮かべていた。


「んー……居ないかな」

「あらら」


 しばらくリーシャは口元に指を当てて考えていたが、思い浮かぶ人物は居なかったらしい。

 ここで恋愛感情に関係なくダイの名前だけでも出ていれば脈があったのだが、残念ながらすぐに出て来る程強い感情を抱いている訳ではないようだ。


「あ、もちろんダイとかダンおじちゃんとか、村長さんの事も好きだよ?」

「フフ、分かってるよ」


 急に思い出したかのようにリーシャはそう弁解する。今の言い方では村の男達の事は好きではないという意味になってしまうと気付いたのだろう。その事が手に取るよるに分かっていたルナはクスリと笑みを零した。


「そう言うルナはどうなのさー」

「私もお父さん以外は居ないかなー」

「何それ。結局私と同じじゃん」

「あははは」


 ルナも同じ回答だった為、リーシャは不満げにブンブンと手を振る。それに謝りながらルナはふと遊んでいる子供達の光景に違和感を覚えた。

 

「……あれ? ジェシカは?」


 走り回っている子供達の中に、ジェシカという名前の女の子が見当たらない。いつも明るく元気で、子供達の中に混ざっていれば間違いなく目立つはずだというのに。


「え……あ、本当だ。どこ行ったんだろう?」

「皆、ジェシカはどこ?」

「えー、知らなーい」


 子供達に尋ねてみても途中から見なくなっただけで、何か異変に気が付いた様子はない。一旦何か用事を思い出して離れただけなら良いが、そうでないなら問題だ。


「シャーリーさん、何か気が付かなかった?」

「……ご、ごめん。分からない」


 シャーリにも尋ねてみるが何も気が付かなかったらしい。そうなるといよいよ不安が募り始める。

 幼い子供達は当然自由奔放だ。遊んでいる最中に珍しい虫を見つければたちまち目を奪われ、観察する事に夢中になる。ジェシカも遊びの最中に別の事に夢中になってしまったのかもしれない。


「ジェシカー、どこー?」


 とりあえずリーシャ達は名前を呼びながらジェシカを探す事にした。

 突然居なくなったと言っても子供ならばそう遠くには行かないはず。皆で探せばすぐに見つかるだろうと考え、皆で周りを探索する。シャーリーもそれに続き、ジェシカの姿を探した。

 一方でそのジェシカはと言うと、子供達が遊んでいた場所から少し離れた所であるものを追い掛けていた。


「キュウキュウ」

「待てー待てー」


 子猫のような姿をした尻尾の長い小動物。ジェシカはそれを追い掛け、村の柵を越えて森の中にまで来てしまっていた。

 子供は何か一つの事に熱中すると途端に周りの事が見えなくなるもの。今のジェシカは勝手に森の中に入ってはいけない、という掟よりも見知らぬ小動物を追い掛ける方が大事だった。


「キュウ」

「わっ、すばしっこいなー」


 後もう少しで捕まえられる、という所でその小動物はスルリとジェシカの腕を通り抜けてしまう。どれだけ必死に捕まえようとしても、何故か触れる事すら出来ないのだ。その妙な違和感にまだ子供のジェシカは気付かなかった。

 ならば今度こそとジェシカは両手を伸ばして飛び込んだ。だが手が触れた瞬間、小動物は煙のように消えてしまう。


「……え?」


 何が起こったのか分からず、ジェシカはポカンとした表情を浮かべる。同時に自分が森の深い部分まで入り込んでいる事に気が付いた。すると彼女の目の前から、獣の足音が聞こえて来る。


「グルルルルル……」

「ルルルゥ」

「ひっ……ぁ、う……」


 現れたのは、灰色の体毛で覆われた狼のような姿の魔物達だった。だがその頭部には無数の目玉が付いており、口らしき物は首の下にある。そんなグロテスクな姿をした魔物達は、格好の獲物であろうジェシカを見てギョロギョロと無数の目玉を動かし、歪な笑い声のような鳴き声を上げた。


「ーーーーーーあ」


 幼いジェシカはその光景を見て膝を折り、恐怖で動けなくなる。そんな彼女に向かって、魔物達は大きな口を開けて無情に飛び掛かった。



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[一言] 異常なまでの不器用さは、脳障害か何かを疑うところだけどどうなんだろう? 別に歩けないとかそういうわけではないようだが……。
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