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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
8章:勇者と魔王
184/207

175:四年後



 その日、王都は賑わっていた。暗黒大陸から魔王候補なる危険な存在が侵略し始めてから四年、人族の大陸は少しずつ追い込まれている状況。他国すらも魔王候補の力の前に屈する中、人々は徐々に不安を募らせていた。だが遂に今日、希望の光が生まれようとしていた。


「諸君、私が勇者に選ばれたからには全ての魔王候補達を打ち倒し、必ずこの世界を平和にしてみせる!!」

「「「おおおおおおぉぉぉ!!」」」


 広場に設置された檀上に立つのは、一人の青年。サラサラの金髪に整った容姿、蒼い瞳をした高身長の男性。純白の鎧を身に纏いながら、劇でも行っているかのように彼は拳を突き上げる。


「勇者様ー!」

「魔族どもを滅ぼしてくれー!」


 集まっている民達からも歓喜の声が上がり、その様子はまさにお祭りのようであった。それ程彼らにとってその男は希望の象徴なのだ。

 彼は選定勇者。この四年間過酷な試練を耐え抜き、見事勇者の肩書きを手に入れた戦士である。いつまで経っても現れない勇者を諦め、人々は別の希望を求めたのである。そして遂に、その時は訪れた。当然民は望んでいた光が現れた事に喜ぶ。だがそんな中、一人だけ暗い表情を浮かべる者が居た。


(……不安だわ。本当に選定勇者なんてもので上手くいくのかしら)


 国王と兵士達が座っている台座。その列の中の一人、青の大魔術師ファルシアは思わず肩を落としてしまう。


(確かにあの勇者は幾つもの試練を乗り越えた強者だけど、所詮は常識内の力……あの子に比べたら……)


 ファルシアはかつて出会った本物の勇者、リーシャの事を思い出す。

 彼女はまだ幼いながらも強大な力を持っていた。街一つ滅ぼす程の力を持つ魔王候補相手に、勇者らしく立ち向かった。あの力を知ってしまえば、他の戦士など全て霞んでしまう。

 リーシャならば、その特異な力と有り余る成長性から間違いなく魔王候補達を倒してくれるだろう。だがその願いは叶わない。最強の魔王候補レウィアとの誓いがある以上、彼女を表舞台に立たせる事は出来ない。その事を残念に思いながらファルシアは静かに拳を握りしめた。

 その時、広場に轟音が響き渡る。


「ーーーーーッ!?」


 何事かと思ってファルシアが顔を上げれば、広場の台座に建てられていた柱が切断され、勇者に向かって落下していた。


「うわぁああぁぁぁあ!?」

「きゃああああああ!!」


 一部の民衆も巻き込んで柱は地面に崩れ落ち、勇者も砂埃に飲み込まれてしまう。あまりに突然な出来事で場は混乱し、襲撃かと思った民衆は悲鳴を上げて逃げ出した。


「な、何事じゃ!?」

「陛下、お下がりください!」


 豪華な椅子に座っていた国王も慌てふためき、兵士長のジークは国王を落ち着かせ、部活に指示を出して警戒網を敷く。そしてファルシアも杖を手にして走り出した。


「くっ……一体何だって言うのよ!」


 苛立ちながらもまずは重要人物である勇者の安否を確認しに向かう。魔法で柱の瓦礫を退かし、民衆を助けながら勇者を探す。すると幾つもの瓦礫を退かすとようやく彼の姿が現れた。


「ちょっと、無事?」

「う、うぅ……」


 勇者の男はどこか骨が折れているのか、呼吸を荒くしながら呻いている。だが意識はしっかりしているので命に別状はないようだ。


「無事みたいね。良し……後は……」


 勇者の事は他の兵士達に任せ、ファルシアは次に切断された柱の方へと向かう。そして切断面と倒れた方の柱を見比べ、信じられなさそうに目を見開いた。


(なにこの切断面……? 風魔法でもこんな綺麗に切れない……それに魔力痕跡がない……?)


 試しに切断面を指でなぞってみれば、まるで加工された大理石のように滑らかだった。それだけ速く、一瞬の内に切断されたという事だ。


(しかも、何者かが……遠くから斬撃だけでこの柱を斬ったって言うの?)


 ファルシアは逃げ惑う民衆の方へと視線を向ける。周囲には建物が並び、この広場は全ての場所が見渡されるようになっている。つまり全ての建物から勇者を狙う事は出来る訳だ。だからこそ厳重な警備を敷き、屋根の上にも兵士達を配備させた。狙う隙など一切なく、あったとしてもすぐに兵士が気付けたはずだ。だが異変は一切ない。敵は一体どこから攻撃したというのだろうか? こんな事普通の人間には不可能である。


(まさか、魔王候補の仕業? 勇者を狙って……でもそれなら、何で勇者だけを?)


 一瞬ファルシアはいよいよ魔族が本格的に動き出したのかと考えた。だがそれには違和感がある事に気がつく。

 まず今までの魔王候補達の動向から考えると今回の襲撃はあまりにも静か過ぎる。彼らは力を振るい、あらゆる物を破壊し支配する強欲な種族。例外も居るが、力で伸し上がった魔王候補達は大抵派手な襲撃を好む。だが今回は柱を切断し、間接的に勇者を狙っただけの攻撃。おまけに周囲には大勢の民が居る。一網打尽にするには打ってつけの機会だ。ここが王都だからとか、包囲網を警戒して最小限に攻撃に留めたとも考えられるが、それにしては随分と慎重過ぎる。一度その片鱗を味わったファルシアにとってそれは妙に思えた。


「ッ……意味が分からない……あーもう、アレンさんが居てくれれば……!」


 考えても全く答えは見えて来ず、苛立ったファルシアは思わず地面に転がっていた瓦礫を蹴飛ばした。そしてこの場には居ない世界の命運の鍵を握っている男に助けを求める。当然、その嘆きの声は届かない訳だが。








「王都にて選定勇者、何者かに襲撃される……だとさ、世の中随分と物騒になったな」


 椅子に座りながら新聞を広げ、アレンはそこに書かれている文章に目を通す。そして世界は絶え間なく混乱の渦に居るという事実に思わずため息を吐いてしまった。すると向かい側の席に座っていた男性がカップを片手に口を開く。


「それは当然だよ。勇者や魔王がおとぎ話だと思われていた僕らの時代から何年経ったと思っているんだい? 時代は移り変わる。川の流れのようにね」


 白髪の混じった薄い小麦色の長い髪を後ろで結い一本に伸ばし、優し気な緑の瞳、口や額にしわがあるが、優しいおじいさんの風貌をした男性。薄緑色のローブを纏い、座っている椅子の横には木の枝であしらわれた素朴な杖が置かれている。そんな彼はカップを傾け、熱い紅茶をゆっくりと口に含んだ。


「爺臭いこと言うようになったな。メルフィス」

「現に爺さ。僕も君も、もう立派な年寄りになってしまったよ」

「はは、それもそうか」


 彼の名はメルフィス・ベルウェザー。かつてアレンとパーティを組んでいた冒険者であり、多くの困難を共に乗り越えてきた親友である。当時は「閃光の魔法使い」と呼ばれ、若手ながら確かな実力者として他の冒険者達から一目置かれていた。だがそんな彼も今では白髪が目立ち、年相応の老人となっている。ただしメルフィスの場合は肩書きの事もあり、貫禄があるように見えるが。


「それで、〈緑の大魔術師〉であるメルフィスもこの事件の調査をしなくちゃいけないのか?」

「そうなんだよ。魔術師教会のご命令でね。せっかく休暇中だったって言うのに」


 シェルと同じ大魔術師の称号を持つ彼は主に未知の出来事の調査を任されている。彼の魔法は長距離の高速移動が得意な為、実力も相まって調査任務が打ってつけなのだ。だがやはり年齢の疲れはあるのか、メルフィスは困ったようにため息を吐いた。


「まぁしょうがない。院長からの命令だからね。僕はそれに従うだけさ」


 大魔術師という立場ある人間である以上、上層部からの指示には従わなければならない。それはどこの組織でも一緒の事だ。冒険者だった頃はこんな事しょっちゅうあった。そこだけは今も変わらない事に二人は笑い合った。


「それにしても、君がまさかシェルリアと一緒になるなんてね」

「む」


 ふとメルフィスは片目を瞑りながら意味ありげにアレンに語りかける。

 この四年間の間でアレンはシェルと正式に夫婦となった。ようやくアレンは自分の気持ちに正直になり、この曖昧だった関係をはっきりさせる事にしたのだ。その結果見事思いは通じ合い、二人は本当の家族になったのである。だがいくら親友とは言え、この事を深く話すのは流石のアレンにも躊躇いがあった。


「まぁ、色々あったんだ」

「フフ、そうだね……君は相変わらず色んな人に優しい。そういう所がやっぱり好かれるんだろうね」


 メルフィスは小馬鹿にする訳でもなく、冗談を言う訳でもなく、ただ淡々と自分が思った事を伝えた。アレンからすればメルフィスの方がずっと他人に頼られ好かれていると思うのだが、そこは言わないおく事にした。どうしても昔の事のせいでメルフィスには頭が上がらないのだ。


「ああそうだ。君から頼まれていた報告書、置いておくよ」


 懐から紙束を取り出し、メルフィスはそれをテーブルの上に置く。するとアレンもそれを手に取り、文面に目を通した。


「空間魔法の調査……残念ながら、君の知りたがっていた答えは見つからなかった。やっぱりこの魔法は希少な魔法だからね。手掛かりが少なすぎたよ」

「いや、助かったよ。これだけでも十分有力な情報だ。有難うメルフィス」


 実は少し前からアレンはメルフィスに空間魔法の調査を依頼していた。魔王候補との闘いの中で突如起こったあの謎の現象を解明しようと思ったのだ。そうすればレドの形見でもある武器を回収出来るかも知れないと希望を抱いて。だが何分メルフィスは緑の大魔術師である為、いくらアレンが旧友だからと言って簡単に融通が効く訳がなかった。彼には山程調査しなければならない物があるのだから。


「親友の頼みならいつでも聞くさ。アレン」


 実際順番通りならアレンの依頼はかなり後回しにされるはずだった。だがメルフィスはようやく出来た空き時間を利用し、こうして休暇を取って報告書を届けに来てくれたのだ。何とも有難い話である。アレンは心から感謝した。


「さてと、それじゃ僕はそろそろお暇するよ。ごめんね。あまり話せなくて」

「いやこっちこそ、忙しいのにわざわざ有難うな」


 メルフィスはカップに残っていた紅茶を飲み干すと帰り支度をして玄関へと向かう。アレンも見送りをしに後を追い掛けた。


「シェルリアにもよろしく言っておいて。多分、彼女もその内忙しくなるだろうから。あと、今度来た時は君の子供達ともゆっくり話したいな」

「ああ、分かったよ」


 今回メルフィスはリーシャとルナの二人にきちんと会っていない。顔合わせした程度で、会話らしい会話はしていないのだ。メルフィスは信用出来る人間なのだが、一応二人の正体が漏洩する事を考慮し、今はまだ明かさない事にしたのである。


「それと……アレン君」

「ん?」


 扉の前で立ち止まり、ふとメルフィスは振り返る。アレンは何か忘れ物かと首を傾げた。すると彼は、木の杖をトンと肩に乗せながら口を開いた。


「子育ては大変だから無理しないように。特に、おとぎ話に出てくる英雄くらい才能がある子だとね」


 そう言い残すと彼は扉を開け、ゆったりとした足取りで外へと出て行った。アレンはその姿を呆然と見送る事しか出来なかった。


「やっぱ敵わんな。あいつには……」


 クシャクシャと髪を乱れさせながら頭を掻き、アレンは扉を閉める。

 昔からメルフィスは賢く、鋭い男であった。出会った時から彼は油断ならない性格なのである。例えそれが味方であったとしても。







「ねぇルナ、今の時期って確か森の魔物は皆冬眠してたり、巣篭もりで大人しくなってるはずだよね?」

「うん、そうだよ」


 森の中で二人の少女が話をしていた。

 一人はブロンドの髪をポニーテールにし、金色の瞳に真っ白な服を着た可憐な少女、リーシャ。四年の月日が経ったことで身長も伸び、顔つきも大人びたものへと成長している。身体付きも女性らしくなり、逞しく育っているようだ。

 もう一人は漆黒の髪を肩まで伸ばし、同じく黒の瞳に漆黒の服と長いスカートを着た少女、ルナ。こちらは特に成長が著しく、気弱そうな印象はなくなって美しさに磨きが掛かっており、その顔つきもどこか姉であるレウィアに似ている。


「クロも普段より毛が柔らかくなってるし、寝る頻度も増えたからね」

「それにしては随分と苛立ってるけど……」

「ウルルルル」


 ふと二人が自身の背後を見ると、そこには同じく成長したダークウルフのクロの姿があった。こちらも魔物として立派に育ち、まだ小さかった身体は今では二人を乗せられるくらい大きくなっている。毛は刃のように輝き、顔つきも大人のダークウルフのものとなって鋭く眼光を光らせせていた。そんなクロは何故か毛を逆立て、低い唸り声を上げていた。その視線はリーシャとルナの先へと向けられていた。


「どう考えても、この人が原因だよね……」

「うん……」


 リーシャとルナもその方向へと視線を向けると、何と二人の目の前には女性が倒れていた。

 年齢は十八程か、見方によってはもっと若く見える。リーシャと同じ綺麗なブロンドの髪に、病人のように真っ白な肌。身体付きはかなり細く、使い古された衣服にボロボロのマントを羽織っていた。


「なんでこの人倒れてるんだろう? 魔物に襲われたって感じじゃないし」

「怪我もしてないみたい……身体は華奢だけど、健康そのものだよ」


 不思議なことに、その女性は衣服は汚れ所々破けているのにも関わらず、その肌には一切の傷がなかった。つまり戦いによって力尽きたのではなく、別の要因で気絶してしまったということだ。その時、リーシャは女性の腰に剣が装備されていることに気がつく。同時にその剣から発せられる異様な雰囲気も。


「これ、聖剣か魔剣だ……」

「え、じゃぁこの人剣士? 冒険者とかかな」

「でも冒険者なら証明書とか依頼書を持ってるはず……」


 聖剣か魔剣の武器を所持しているという事は只者ではないはず。だがこの女性は身元を証明する物はもっておらず、冒険者でもないようだった。ならば本当にただの旅人かもしれない。リーシャとルナは少し困った表情を浮かべながら顔を見合わせる。


「とりあえず、村に連れて行こうか」

「うん。放っておくわけにはいかないしね」


 いずれにせよこのまま森へ放置しておく訳にもいかない。外傷はなくとも魔法で何らかの影響を受けているかもしれないし、安全な場所へ連れて行くべきだ。

 力持ちのリーシャがその女性を背負い、ルナ達と共に村へ戻る事にする。その道中、ルナはリーシャと女性の顔を見比べてふと思った事を口にした。


「でもこの人さ、なんかリーシャと似てるよね」

「えー、そうかなぁ?」


 試しにリーシャもすぐ近くにある女性の顔を見てみるが、自分ではいまいちよく分からない。横ではクロがワンと吠え、急かすような素振りを取った。リーシャはそれにはいはいと答えながら、村への帰り道を進む。



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[良い点] シェルおめでとうございます(祝) [一言] 主要人物が着々と。
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