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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
7章:王を殺す者
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174:黒幕たち



 高低差が激しく、岩場の多い山の中。そこはアレン達が住む村からは少し離れた場所で、人が生息するのが難しいと言われている場所。一度足を踏み間違えれば深い霧が覆われている谷の底へと落ちていく事となるだろう。

 そんな場所で逞しく生きる鹿型の魔物達が居る。彼らは岩の隙間に生えている草を食べ、一時の休息を楽しんでいる。だがそこに近づく、不穏な影があった。


「ブルル……ッ」


 群れの一頭がその違和感に気がつき、周囲を見渡して敵が居ないかを確認する。だがこのような場所に自分達以外の魔物が来るはずもなく、相変わらず広大な自然が広がっているだけであった。その直後、彼らの足元から緑色の液体が現れ、一頭の魔物に付着する


「ブルウゥゥァアッ!?」


 身体の一部が溶け始め、同時にその液体は身体を大きくしていく。それを見て他の魔物達は一目散に逃げ出した。

 やがて、魔物は完全に取り込まれ、緑色の液体は鹿型の魔物と同じくらいの大きさへと成長する。


「フゥゥ……ハァ……」


 ようやく通常のスライムと同等の身体へと戻った最低の魔王候補リーゼは、自身の身体を確認し、一時の安心を得る。


「ヨウヤク、シコウガデキルクライノ、オオキサニ、モドレタ……クッ、レウィアメ」


 リーゼの分裂は万能ではない。小さくなればそれだけ力が弱まるし、知能も下がってしまう。唯一残っていた分裂体も、何とか生きようとする本能から魔物を捕食しただけで、思考回路は殆ど獣と同等になっていた。もしも誤って川などに落ちてしまえば、それだけでリーゼの命は尽きていただろう。正にギリギリの賭けであった。


「コノママ、マモノヲホショクシツヅケレバ、スウジツデ、モトノオオキサニモドレル……モットクワネバ」


 リーゼはブルブルと身体を震わせ、己の中から湧き出てくる欲に埋め尽くされる。

 この程度では足りない。もっと巨大な肉を、もっと栄養価の高い餌を捕食しなければならない。そうしなければリーゼの身体は全盛期のような大きさにはならない。否、もっと必要だ。

 敵にレウィアが居たとは言え、今回は三体の魔王候補で挑んだのにも関わらず、大敗してしまった。つまりその程度の戦力では足りなかったという訳だ。ならば今度はもっと圧倒的な数で攻めるしかない。リーゼはそう作戦を立て、次の戦いに奮い立つ。


「ソノトキニナッタナラバ、カナラズマオウサマヲ……! ソシテアノ、ニクタラシイレウィアモ……!」


 リーゼは怒りからブルブルと身体を震わせ、甲高い声を更に荒げた。だが直後にリーゼは言葉を止め、周囲を見渡した。


「……ッ?」


 何か、嫌な気配が流れてくる。ドヨリとした気味の悪い雰囲気に、冷たさを纏った気配。それは漠然としたもので、魔力も感じ取れない為、リーゼは警戒心を高める。するとそんなリーゼを煽るかのように、その場に更に異変が起こった。


「キリガ、フカクナッタ……?」


 谷底にしか掛かっていなかった霧まで出始め、リーゼの視界は霧に覆われてしまう。すぐ傍には崖がある為、迂闊に動けば落下してしまう可能性がある。リーゼはしばらく考えた後、今は様子見に徹することにした。すると、前方の霧の中から何者かが近づいて来る足音が聞こえてきた。


(ニンゲン……? ボウケンシャカ?)


 影からしてどうやらそれは人のようであった。恐らくは剣を所有しており、細身な体格から女性であろう。リーゼはそこから判断して冒険者だと推測する。


(ナンデモイイ……ニクナラバ、ホショクスルダケ……!)


 だがリーゼは敵である可能性を考えず、今はただ捕食したいという欲望から攻撃に出る事にする。

 ヌルリと動き出して一気に距離を詰めると、その人影に向かって液状の身体を広げ、勢いよく襲い掛かった。


「ギギギギイィィァアアアアアアアア!!!」

「…………」


 リーゼは咆哮を上げ、人影を飲み込もうとする。だがその瞬間霧に一筋の線が走り、直後にリーゼの身体が真っ二つに斬り裂かれた。


「カッ……!?」


 二つの身体に分かれたリーゼは地面に落ちた後、すぐに融合しようとする。今の状態では分裂よりも一個体の方が良いと判断したのだ。だが身体が思うように動かず、リーゼは困惑する。すると霧の中に隠れていた人影が、ユラリと姿を現した。


「ふぅ……スライム……? にしては、随分変な魔力だね」


 リーゼは不可思議な姿を目撃する。

 霧の中から現れたのは 純白の剣を持った少女とも言えるし、若い大人の女性とも言えるくらいの年頃をした女性であった。簡素な服装にボロボロのマントを羽織っており、ブロンドの髪を肩くらいまで無造作に伸ばし、太陽のような黄金の特徴的な瞳に、可愛らしさと大人びた雰囲気を併せ持つ顔つきをしている。

 だがその表情は優れなく、肌はまるで病人のように青白く、風が吹けば折れてしまいそうな程華奢な身体つきに、細い手足をしている。

 一瞬、その女性の片腕が奇妙な方向に曲がっているように見える。だが次見た時には元に戻っており、女性も気にした様子はなかった。だが今のリーゼにその謎に考えている余裕はない。何故ならば今リーゼの身体にも、異常が起こっているからだ。


(……ドウイウ、コトダ? カラダガ……ホウカイ、スル……!?)


 早く融合しようとしているのに、リーゼの身体は少しも動かず、更には砂のようにボロボロと崩壊し始めているのだ。その不可思議な現象にリーゼは混乱し、必死に抵抗しようと策を考える。


「まぁ、どうでも良い……どうでも良い。他のことなんて、どうでも……」


 だが現実はリーゼに冷たかった。女性はユラリと動き出し、手に持った純白の剣を引きずりながらリーゼへと近づいて来る。それを見てリーゼは苦渋の決断で身体を分裂させ、更に小さくなった身体の一部で女性を攻撃しようとする。だが次の瞬間、分裂体ごとリーゼの身体はまたもや斬り裂かれてしまった。


「グゴガァァァアアアッ!!?」


 激痛と共にリーゼの身体が更に崩壊していく。本来なら斬撃など効かないリーゼの身体は、まるで存在自体を拒絶されているかのようにこの世から身体が消えていく。

 このままでは自分が自分ではなくなってしまうと危機を覚え、リーゼは小さくなってしまった身体を必死に動かして、その場から離脱しようとする。


「キサマ……ナニモノダッ!? ナンダソノチカラハァ!?」


 後ろに下がりながらリーゼは思わずそう叫び声を上げる。

 問わずにはいられなかった。突然現れ、意味不明な力を振るい、魔王候補である自分を追い詰める謎の存在を。

 するとその女性はただでさえ生気のないその表情を更に暗くし、自虐的に笑った。


「私……? 私に名前なんて、ないよ……〈竜殺し〉〈死狩り火〉(流浪人〉……最近は、〈黄金の剣使い〉って呼ばれてたね……」


 黄金の剣使い。それはかつて冒険者の間で噂になっていた謎の人物の名であった。曰く、突然現れ、突然消えてしまう謎の剣使い。凶悪な魔物を一瞬で倒し、名乗ることもなく消えてしまうことからその存在はおとぎ話のように囁かれていた。だがリーゼは当然その事を知らない。知っていたとしても、結局何者なのかは分からない。


「好きに呼べば良いよ……私は、何者でもないから……」


 女性はそう言って小さくため息を吐く。そして疲れたように純白の剣を横に軽く振るった。風が吹く音と共に、リーゼの身体が斬り裂かれる。


「ガッ……!?」


 リーゼは叫び声を上げることも出来ず、視界が真っ暗になる。最早逃げる力すら残っておらず、リーゼの意識はそこで途切れた。


「さよなら……さよなら。弱かったね。あんた」


 女性は剣を鞘に収め、背を向ける。その腕は痛々しく捻じ曲がっていたが、すぐに元通りになった。そして何事もなかったかのように、深い霧の中へと姿を消してしまった。



















「報告致します……独断で人族の大陸に向かったクロガラス様が死亡……マギラ様も傷を癒す為、火山の中で眠りに付きました……リーゼ様は現在調査中ですが、すぐに分かるかと……」


 薄暗い部屋の中、そこではベージュ色の髪をし、真っ黒なメイド服を着た少女シーラ・ドールが控えていた。そしてその前には、シーラに背を向けて椅子に座り、本を読んでいる魔族が居る。


「ハッハッハ、魔王候補が一気に少なくなったねぇ。ていうか減りすぎじゃない?」


 影が掛かっているせいで姿はよく見えないが、声質からして四十くらいの男性。だが魔族の場合は所有魔力によって年齢に差異が出るので、正確な年齢は分からない。だがその魔族の男は雰囲気とは逆に、その口調はどこか砕けたような、まるで子供が遊んでいるような軽い言葉使いであった。


「……対処しなくても、宜しいのですか?」

「いいよいいよ。どうせ彼らは俺の言うことなんて聞かないしね。それに、魔王候補が十人も居るなんて元から多すぎると思ってたからさ、丁度良いよ」


 男は本を閉じると椅子から立ち上がり、棚に戻す。そしてクルリとシーラの方へと振り返った。


「この調子でもっと減ってくれたら助かるね。こっちは魔王候補が好き勝手した事後処理でてんてこまいなんだからさ」


 クルクルと指を回しながら全く困っていなさそうな態度で男はそう言う。そして思い出したかのようにポンと手を叩いた。


「あ、そうだ。あの件、片付けてくれた?」

「はい。ジョー様が魚人族の国を滅ぼした件ですが……国王や有力貴族は拘束。現在は魔幻牢に閉じ込めております。ラグ様が大陸を消滅させた件も、目撃者は排除しておきました」


 シーラはそう言って書類を出し、横にあった机にのせる。男も歩み寄ってそれを手に取るが、さっと目を通したら紙を後ろに放り投げ、また一瞬だけ目を通すと紙を放り投げた。


「ハハハ。ありがとね。シーラちゃん」

「いえ、仕事なので」


 そして全部読み終わると、気がつけば男の後ろに散らばっていたはずの紙は全てシーラの手元に収まっていた。その異変に気がつきながら男は何も気にせず、椅子に座って机に足をのせた。


「さてさて、あと何人くらい減るかなぁ。大穴はやっぱりレウィアちゃんかな? それともあっちか……」


 パタパタと手を叩きながら男は楽しむようにそう言う。その言葉の意味を知っているシーラは、どこか複雑そうな表情を浮かべるが、自分はあくまでも宰相の秘書である為、すぐに気持ちを切り替えた。


「セレーネは本当に面白い置き土産を残してくれた……ま、しばらくは様子を見よう」


 暗黒大陸を唯一纏める権限を持っている人物、でありながら玉座には興味はなく、魔王候補達の戦いをただ楽しむだけの男、宰相。

 彼は世界を鑑賞し、己は干渉しないでただ楽しむ。


「長く楽しまなきゃもったいない。ゆっくり、じっくりと、ね」




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[良い点] おもしろくて、一気に読んじゃいました。次の更新おまちします。
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