172:勇者と魔王と父
(ぐっ……ぉお! くっ、〈魔炎・連華〉ッ!!)
リーシャの絶え間ない斬撃で身体を傷つけられながら、マギラは何とか状況を変えようと漆黒の炎を放つ。その炎は円を描くように向かっていき、リーシャを逃げられないように囲んだ。そして闇の炎が彼女を包み込もうとする。だがリーシャは怯むことなく赤黒い聖剣を振るうと、その炎の渦を一瞬で断ち斬ってしまった。
「はっ、なにその技? ぜんっぜん凄くないね」
クルクルと剣を回しながらリーシャはそう言い放ち、つまらなそうに鼻を鳴らした。そして跳躍すると、マギラに向かって巨大な赤黒い斬撃を放つ。マギラもすぐさま炎を吐き出し、その斬撃を相殺しようとした。
「伝説の竜なのに、その程度? がっかりだなぁ」
(うごぁ……ッ!?)
だがリーシャの放った斬撃の方が強く、衝撃は消すことが出来ずにマギラは吹き飛ばされてしまう。竜の巨体が揺れ動き、後ろにあった城壁を崩壊させながら倒れこむ。辺りに砂埃が舞い、瓦礫が飛び散った。
(何だ? これが勇者の力だと……ッ? これが、魔王様の宿敵?)
マギラは困惑する。自分が知識として知っている勇者と、今自分が戦っている勇者の姿があまりにも違っていたからだ。
てっきり勇者は光を象徴するような存在だと想像していた。魔族や魔物の闇とは正反対な、反吐が出る存在。だが目の前のリーシャは、赤黒く禍々しい光を纏い、稲妻のように散るオーラを纏っている。更にその戦い方は乱暴で、聖剣を片手で扱い、不規則な斬撃を放つ。マギラはその戦い方に全く対応する事が出来ずにいた。
(これでは、まるで……----ッ!?)
マギラは起き上がり、すぐに炎を放とうとする。だがその瞬間、前方から聖剣が飛んでくる。その回転する刃が頬に突き刺さり、マギラは悲鳴を上げた。すると、マギラの視界に、リーシャが舞い降りる。
「----ほい、っと」
リーシャは華麗にマギラの顔に脚を付け、頬に突き刺さっていた聖剣を掴む。そして思い切り引き上げると、そのままマギラの片目を斬り裂いた。
「ゴガァァァァァァァアアァァ!!!?」
マギラは天が裂ける程大きな咆哮を上げ、そのまま漆黒の炎を吐き出してリーシャを飲み込もうとする。だが彼女はすぐにそれに反応すると、マギラの頭を蹴って宙を舞い、華麗に壁の上に着地した。
「あはははは、弱いね。弱すぎるよ」
〈……ッ!!)
トントンと肩に聖剣をのせながらリーシャは欠伸をする。その仕草は本当に退屈そうで、目の前で叫び声を上げているマギラを冷めた目で見つめていた。
ーーーー選ばれし者よ。あまり力を使い過ぎるな。それは危険過ぎる。
「……平気だよ。すっごい身体の調子良いもん。全然大丈夫」
そんなリーシャに聖剣王殺しは注意を促すが、彼女は気にした様子を見せず、クルクルと聖剣を回す。普段のリーシャらしくない彼女の態度に、王殺しはなお不安を募らせた。
ーーーー……〈王殺し・燐〉……〈王殺し〉のその先にある、禁断の奥義……死の刃の力を、常に使えるようにした状態……。
王殺しはリーシャに声を聞かれないよう、心の中で思考する。
今回リーシャが使用した技は普段の〈王殺し〉とは違う技。通常の王殺しはどんな物も概念的に斬り裂き、存在を断ち切ってしまう究極の奥義だが、この〈王殺し・燐〉はその力を常に刃に纏わせ、一撃ではなく何度でも死の刃を振るい続けられるようになるのだ。
ーーーーだがそれは、所有者の命をすり減らし、無理やり身体を強化しているに過ぎない。癒えた傷も、再生能力を高めて強制的に塞いだだけだ。
リーシャの身体から漏れ出している赤黒い光は、その力の残り香。今の彼女の身体は大幅なエネルギーを常に消費している状態。リーシャ自身はかなり体力がある為大丈夫だが、下手をすれば自滅してしまう可能性もある。
だが彼女はそれも承知の上であった。リスクのある技と分かりながら、家族を守る為に選択したのだ。故に王殺しは勇者を見守ることしかしない。王殺しはあくまでも勇者の武器であり、所有者の思いに従うものであるから。
ーーーー己の力に飲み込まれるなよ。勇者よ。
リーシャは片手で乱暴に聖剣を振るい、マギラに斬撃の嵐を浴びせる。マギラも漆黒の炎で応戦するが、明らかにリーシャの方が押していた。
(ぐっ……うぅ、勇者……! 貴様は、何なのだッ!?)
「……?」
マギラは瓦礫の上をよじ登り、半壊している城を更に破壊しながらリーシャから距離を取ろうとする。そして思わず疑問に思っていたことを問いかけ、己の思いをぶつけた。
(勇者の責務を果たさず、魔王様とも戦わず、周りから隠れているだけの貴様が……ッ! 何故そこまで戦える!? 何故そんな力を持っている!?)
「……はぁ、またそんな質問?」
質問を聞き、リーシャは呆れたようにため息を吐いた。その瞳は冷たく、彼女はクルリと聖剣を回転させると、マギラに向かって走り出す。
「悪いけど鳥さんにも答えたからさ、あなたには答えない」
マギラは炎を放ち、近づいて来るリーシャを阻もうとする。だが彼女は止まることなく、片手で聖剣を乱暴に振るい、炎を断ち切った。そしてマギラの前まで来ると、勢いよく跳躍する。
「私は家族を守る為に、あなたを殺すだけだよ」
(……ぐっ!!)
赤黒い光を纏いながら、リーシャは聖剣を振り上げる。禍々しく放たれた斬撃は中に赤黒い稲妻を落とし、マギラの樹木のように太い前足を斬り裂いた。
「ガァァァアアアアアアアアッ!!?」
マギラは悲鳴を上げ、身体を捩じって暴れながら少しでもリーシャから距離を取ろうとする。最早そこに竜としての威厳はなく、生き物の生存本能に従って逃げる事だけに集中していた。
(つ、強すぎる……! この勇者は異常だ。に、逃げねば……!!)
マギラは翼を広げ、残っている足を必死に動かして助走も付けずに空へ飛び立とうとする。それを見てリーシャはすぐさま走り出し、聖剣を引きずりながら凄まじい速度でマギラへと向かっていく。
「逃がさないよ。あんたは、今ここで……殺す!!」
刃が赤黒く輝き、リーシャは渾身の一撃を放とうと聖剣を振り上げる。だがその直後、リーシャの横にアレンが現れ、彼女の腕を取って制止した。
「よせ! リーシャ!!」
「ッ……父さん?」
どうやら先回りしていたらしく、深追いしようとするリーシャのタイミングを見計らって止めに入ったようだ。
思わぬ制止にリーシャは動きを止めてしまい、目の前で飛び立つマギラを茫然と見上げる。まだ間に合う。だが、彼女は振り払えるはずの父親の腕を払えず、困ったような表情を浮かべた。
(ぐっ……! 魔王様、お許しを……! 今は引きます。だが貴方様は必ず、取り戻してみせる……!!)
空へと飛び上がったマギラは前足と尻尾を失ったせいで不安定になりつつも、何とか空高くへと舞い上がる。そしてルナとリーシャのことを見下ろし、声を響かせた。
(忘れるな! 勇者よ。貴様のその力は、光の力などではない! 貴様こそが世界の秩序を乱す闇だ……! 貴様は何も、守ることなど出来ない!!)
「----ッ!」
マギラは最後にそう言葉を残すと、傾きながら闇夜の中へと姿を消した。それを見届け、アレンも掴んでいたリーシャの腕を離す。ふと見ると彼女の放っていた赤黒いオーラは消え、どこか疲れたように呼吸が乱れていた。
「はぁ……なんで、止めたの……? はぁ……あと少しで、倒せたのに」
リーシャは純粋に疑問そうな表情を浮かべてアレンの事を見上げる。その瞳は先程までの禍々しさは一切なく、子供らしい綺麗な瞳に戻っていた。
「リーシャ……」
「……ルナ? 何でそんな顔してるの?」
ふとリーシャが振り返れば、そこには複雑そうな表情を浮かべているルナの姿があった。不安と、悲しみ、それらの感情が入り乱れた、形容しがたい表情。その顔で見つめられると、リーシャの胸が痛むような感覚を覚えた。
「リーシャ、それ以上はやめてくれ。お前が、そんな事をする必要はない」
「……で、でも……敵は倒さないと」
アレンに言葉を掛けられ、リーシャは自分の思いを伝えようとする。だがアレンは真剣な表情のまま静かに首を横に振った。
「もちろん。家族を守る為に戦うのは立派なことだ。でもだからって、今のお前は……」
リーシャの肩に手を置き、アレンは語り掛ける。
先程までの彼女は、あまりにも普段の姿からはかけ離れていた。もちろん誰かの為に戦おうとする時の彼女は勇敢だが、今回のは規格外過ぎる。一歩間違えればそれは過去のアレンと同じ、目的を見失い、手に入りもしない答えを求めて戦い続ける獣と化していただろう。
リーシャもアレンの表情を見て自分が何をしていたかを理解し、ようやく落ち着いた思考を取り戻す。そして聖剣を下すと、静かに頷いた。
「うん……ごめんなさい……父さん……」
身体の力を抜くと、ざわついていた心も静かになる。先程までリーシャの頭の中を埋め尽くしていた強い闘争本能はどこかへと消え、聖剣の輝きも失われた。
「ちょっと無理してた。でも大丈夫。私は私のままだよ」
「……リーシャ」
気持ちを切り替えたリーシャは手を上下に振っていつものように元気な振る舞いを取る。それを見てアレンはまだ複雑な表情を浮かべていたが、リーシャは聖剣を鞘に戻すとルナの元へと駆け寄って行ってしまった。
「ルナ! 無事だった?」
「うん。リーシャも、大丈夫?」
「もっちろん。ちょっと大変だったけどね」
ルナと会話することでようやくリーシャは子供らしいリーシャへと戻り、普段の明るい元気な口調で話すようになる。ルナもそんな彼女を見て安心したように頬を緩めた。その様子を見てアレンもようやく笑みを浮かべ、二人の元に寄る。
「とにかく、ルナが無事で良かった。リーシャも、よく頑張ったな」
「うん。お父さん達ならきっと来てくれるって信じてたから」
「そういえば、よく分かったね。あの竜がここに降りるって」
改めてリーシャは疑問に思う。アレンはマギラ達がこの〈英雄の廃城〉に訪れると予測し、見事的中させた。手がかりもなく、情報も少ない中どうやって推測したのか気になったのだ。
「ああ。ルナならきっとここを選んでくれると思ったからな」
「私も。お父さんならここに駆けつけてくれるって思ってた」
「えー、何それ。二人ともなんかずるいー」
アレンとルナは顔を見合わせ、ニコリとほほ笑む。その姿にリーシャは何となく嫉妬してしまい、ルナの肩を掴んでブンブン揺らしながら詰め寄った。
そんな和やかな雰囲気の中、瓦礫の上にレウィアとシェルが現れる。
「ルナ! おじさん……!」
「先生! 皆も無事でしたか」
二人はアレン達の姿を見ると無事だと知って安堵し、アレンも手を振った。そしてリーシャとルナの肩に手を置き、アレンは短く息を吐き出す。
「さぁ、帰ろう。俺たちの家に」
真っ黒だった夜空に、月が現れた。その月は綺麗に半分が隠れており、眩しいくらいに青白く輝いている。
アレン達はその静かな光に包まれながら、村へと帰るのだった。