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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
7章:王を殺す者
180/207

171:分かり合えない



「……捕まえた」


 マギラに監視されながら大人しく瓦礫の上に座っていたルナは、ふと人差し指を動かし、そう呟く。そんな彼女の足元からは黒い影が伸び、周囲の影と同化してなにやら蠢いていた。


(……? 魔王様、どうなされたのですか?)

「……そろそろ、良いかなと思って」


 泉に浸かっていたマギラはふとルナのその様子が気になり、首を動かして彼女の方を向く。するとルナは瓦礫の上から立ち上がり、伸ばしていた中指と薬指を折った。その瞬間、周囲の影が動き出し、泉に浸かっているマギラの身体へと侵食し始めた。


(なっ……!? これは……!!)


 マギラはその異常に気がつき、泉から出ようとする。だがそれよりも早く影が侵食し、マギラの身体に絡みつくとそのまま拘束してしまった。首から尻尾まで影でしっかりと固定されてしまい、マギラは呻き声を漏らす。


(ぐっ……ぉ……!!)

「全部のスライムを見つけるのに大変だったから、ちょっと時間が掛かっちゃったけど……時間帯が良かったね。この暗闇の中なら、私の魔法も遠くまで届く」


 泉の近くに寄りながら、ルナは指を動かす。するとマギラの身体に絡み付いている影が更に絞まり、拘束を強めた。


「ようやく全部捕まえられたよ。リーゼと……マギラだっけ?」


 ルナはただ大人しく捕まっているだけではなかった。リーゼに村人を人質にされた時からずっと、闇魔法を使って周囲に影を侵食させていたのだ。そしてこの地域に潜んでいるリーゼの分裂体であるスライムを全て補足し、いつでも影で拘束出来るように準備しておいたのである。


(こ、これほど強力な魔法が使えるとは……! 我が身動き一つ取れんだと……!?)


 マギラは必死に影から抜け出そうとするが、ルナが放つ影は竜の鱗に食い込む程頑丈で、動けば動く程よりきつくマギラの身体へと巻きついた。


「本当はこんなことしたくないんだけどね。村人を人質に取られてるかもしれないから、しょうがないよね」


 ルナはそう言ってマギラの前へと立つ。黒竜と比べればその姿はあまりにも小さく、か弱く思えるが、そんな少女に今のマギラは抗う事が出来ずにいた。


「じゃぁ、お話しよっか。最大の魔王候補さん」

(……!!)


 ルナは静かにそう語りかける。その姿を見た瞬間マギラは寒気を覚え、命の危機を覚えた。今まで自分が連れていた少女がこんなにも強大な存在だったのかと、改めて魔王という存在の異質さを認識する。


(な、何のおつもりです?……魔王様)

「ただの話し合いだよ。貴方達は私に危害を加えるつもりはないみたいだから、出来れば戦いたくないの」


 ルナはそもそも争いを好まない。家族を守る為ならば力を振るうが、魔王の力は強力過ぎる為、誰であろうと傷つけることを嫌う彼女はなるべく戦いたくないのだ。

 故に、ルナは敵を無力化してしまい、強制的に話し合いをさせれば良いと結論を出した。今回の魔王候補達はアラクネのように魔王であろうと倒そうとはして来ない為、ある程度話し合いの余地があると考えたのだ。

 ルナは一度深呼吸し、目を瞑る。そして気を引き締めると、強気な姿勢でマギラに語りかけた。


「最初に要点だけ言っておこうか……私は貴方達の王になるつもりなんてない。ただお父さん達と静かに暮らしたいの」

(な、何故です? ……貴女は選ばれし王、それ程強大な力を持ちながら、何故王になることを拒むのです!?)


 ルナは魔王になることを拒絶する。だがマギラはそれを理解出来ず、疑問を口にした。魔王の紋章を持つ者が魔王という存在を拒絶するなど、到底信じられなかったのだ。


「なら魔王候補の貴方は何で魔王になろうとしないの?」

(我が称号はただの肩書きです。王が不在だから与えられた仮初の地位に過ぎません)


 今度は逆にルナが質問し、マギラはそれに嘘偽りなく答える。

 ルナを魔王にしようとするマギラ達が魔王候補を名乗るのは、それがただの肩書きに過ぎないから。彼らも本当に魔王になるつもりはなく、あくまでも候補であることを承知しており、魔王と同じ名を与えられていることを誇りに思っているからだ。


「なら私のこの魔王の紋章だって、ただの称号に過ぎない。紋章があるからって、魔王になる理由はない」

(ち、違います! それは特別な証! 我らの称号とは違う……!)

「同じだよ」


 マギラの否定に対してルナは少しだけ声を荒げ、自身の手の甲に巻かれていた包帯を取る。そこには翼の形をした魔王の紋章があり、淡く紫色に輝いていた。


「こんなの、ただの紋章……皆が決め付けた印に過ぎない……! この紋章のせいで、私は普通でいられないの……!」


 彼女はその手の甲を握り締め、悲しそうな表情を浮かべる。

 この紋章は言わば呪いだ。自身が魔王であることは受け入れたが、それでも魔王という地位に就くつもりはない。だが周りはそれを強要し、なりたくもない王にしようとする。


「今なら分かる。何でお母さんが人族の大陸に訪れたのか。何でわざわざ危険な敵国で生活していたのかも……」


 ルナの母親であるセレーネが人族の大陸に向かったのは、魔族の間では武者修行ということになっている。だがルナには彼女の気持ちが何となく分かった。レウィアから聞いたアルティ家という魔族の中では数少ない貴族という環境、そして暗黒大陸で唯一〈魔王〉の血を引くルーラー家、その狭間にセレーネは立たされていたのだ。


「貴方達みたいな、全てを称号や肩書きで決め付けようとする世界が、大嫌いだったんだ」


 ルナは拳を握り締め、声を張り上げてそう言い放つ。その言葉にマギラは動揺してしまい、目を見開いて彼女のことを見つめた。


(……!! セレーネ・アルティのことを、知っているのですか……!)

「貴方は何で魔王を望むの? そんなに王が必要なの? 世界を滅ぼすと言われてる力を欲する程、暗黒大陸は危機に陥っているの?」

(……ッ!!)


 改めてルナはマギラへと問いかける。その瞳は真っ直ぐで、一切の迷いもなく光に満ちていた。それはマギラが想像する魔王とは程遠い姿であり、マギラは拒絶するように拘束されている首を震わせる。


「私は王になんて、なるつもりはない。リーシャと戦いたくないからね。これだけは絶対に変わらない。それでも、貴方も思いを曲げないって言うなら……私は分かるまで伝え続ける」


 ルナが堂々とそう言い放つと、マギラの瞳は揺れ動いた。混乱と戸惑いがその中には渦巻いており、マギラの心は波立つ。


(わ、我は……ただ、魔王様を……ッ)


 マギラは魔物の本能に従い、何とかルナに魔王になってもらおうと言葉を伝えようとした。だがそれ以上の言葉は出てこず、マギラの声はルナの頭の中に小さく響いて虚しく消えていった。


(そ、それが貴女様の答えだと言うのですか……? 我々が、間違っていると……?)

「それは、分からない。ただこれは私の意地なだけ。貴方の意思全てを否定するつもりはない」


 答えが分からなくなってしまったマギラは項垂れ、そんなマギラにルナは影の拘束を解きながら語りかける。


「でも……もしも貴方が本当に魔族、魔物のことを思って行動しているのなら、私のお姉ちゃん……レウィアさんと協力して。あの人は本当に国の為を思っているから」

(……!)


 ルナはレウィアが優しい人だという事を分かっている。彼女はいつだって魔族の未来を考え、か弱い民を助ける為に行動していた。妹のルナが人族の大陸で見つかった時も、レウィアはルナの安全を考え、戦争が起こらないように真実を伝えない事にしたのだ。そんなレウィアだからこそ、ルナはマギラに助けをする提案を持ち掛けた。


「私は魔族も人族も……皆が手を取り合えるって信じてるの」


 手を差し出し、マギラを受け入れるようにルナは手の平を向ける。マギラをそれを見て瞳を揺らし、戸惑うように視線を動かした。


(だ、だが……そんなモノ……!)


 簡単には受け入れられない。マギラはずっと暗黒大陸で戦い続け、弱肉強食の頂点に君臨し続けたのだ。そんなマギラが唯一忠誠を誓うのは魔王だけ。自身の主となる存在が必要なのだ。それは紛いものでもなく、魔王候補から選ばれたものでもない。本物の魔王を欲しているのである。


「----〈王殺し・燐〉」


 直後、マギラの真横から赤黒い斬撃が放たれる。その一閃でマギラの漆黒の鱗が剥がされ、宙を黄金の髪をした少女、リーシャが舞った。


(……ぬ、ぐぉ……! 勇者か……ッ!)

「----! リーシャ!」

「ルナ、下がってて!!」


 マギラは翼を広げながら泉を出るとその長い尾を振るい、リーシャに攻撃する。だが彼女はそれを華麗に回避し、赤黒い火花を散らしながら聖剣を振るった。その一閃だけでマギラの翼の端が斬り裂かれ、黒竜は唸り声を上げる。


「ルナ、無事か!?」

「お父さん……!」


 すると呆気に取られていたルナの元にアレンが現れる。アレンは心配そうな表情を浮かべながらルナの状態を確認し、怪我をしていない事を知ると安心したように息を吐いた。ルナも家族が助けに来てくれたことを喜び、アレンに抱き着く。


(勇者……勇者ァ……!! 貴様を、消せば……!!)

「消えるのは、あなたの方だよ」


 その横ではリーシャを壁際まで追い詰めたマギラが口を広げ、漆黒の炎で包み込もうとしていた。だがリーシャは逃げることなく赤黒く輝く聖剣を振るうと、その一撃だけでマギラの炎を真っ二つに斬り裂いてみせた。更にその斬撃はそれだけで留まらず、マギラの頬を掠め、鱗を抉る。


(う、ぐが……!?)

「あはははははは! 弱いね。あなた」


 リーシャは楽しそうに笑いながら跳躍し、稲妻のように赤黒い線を散らす。マギラは斬撃の衝撃でふらついてしまい、近くの壁に激突するとその壁を崩壊させながら倒れ込んだ。凄まじい衝撃音と砂埃が舞い、辺りが見えなくなる。

 するとその煙の中から突如リーシャが現れ、マギラの首を斬ろうと飛び掛かった。それを打ち落とそうとマギラは尻尾を振り下ろすが、リーシャは躊躇なく聖剣を振るい、その尻尾を斬り落としてみせた。


「グゴォァアアアアアアア!!!」


 痛みでマギラは咆哮を上げる。更にリーシャは追撃しようとするが、マギラは翼を大きく振るうと突風でリーシャを吹き飛ばし、その間に体勢を立て直した。だがリーシャもすぐに持ち直し、赤黒いオーラを纏いながら聖剣を構える。その刃は赤黒い光を鈍く放っており、まるで血が滲んでいるように不気味な剣と化していた。

 ルナはそんな変わり果てたリーシャを見てショックを受ける。アレンも普段のリーシャからほど遠い戦い方と見た目に、思わず言葉を失った。


「お父さん……あのリーシャは、なに?」

「お、俺にも分からん……勇者の力なのか?」


 見た事もない力を使って荒々しく戦うリーシャの姿に、二人には自身でも気づかないくらい小さな恐怖心が芽生える。大切な家族がいつの間にか遠くへ行ってしまったような、そんな感覚にルナは困惑するように胸元の前で手を握りしめた。その甲には、魔王の紋章が紫色に強く輝いていた。








「グギ……ィ……!!」


 レウィア達の前で影に拘束されたリーゼは液状の身体でありながら全く抜け出す事が出来ずにいた。この影はただの影ではなく、リーゼの身体に直接浸食して拘束しているのだ。そのせいでリーゼは分裂する事も出来ず、苦しみながら拘束されているのである。


「これ……一体どうすれば良いんでしょう?」

「……多分今はルナが拘束してくれているから、安全だと思う」


 動けなくなっているリーゼを見ながらシェルは困ったように杖を握りなおす。敵を無力化出来たのは幸いだが、問題はこっちがどう動くかであった。何せ相手は無尽蔵に分裂し続けるスライム。アレンとは違い、シェルはその対処法をすぐに思いつくことが出来なかった。


「下手に攻撃しない方が良い。こいつはズル賢いから、何をしてくるか分からない」


 レウィアは手を上げ、シェルに指示を出しながら自身もリーゼから一歩離れる。

 さっさと煉獄の剣に封印するのも良いが、まだ目の前のスライムがリーゼの本体とは限らない。無駄な体力を消費しない為と、ルナ達の方がどうなっているか分からない為、様子を伺う事にした。


「…………」

「どうしました? レウィア」


 ふとシェルがレウィアの方を向くと、彼女は何か気になったように目を細め、英雄の廃城の方を見ていた。シェルもそれが気になり、試しに魔力を探ってみる。だが感じ取れるのは魔王候補の強大な魔力だけで、何か異変が起きているようには思えなかった。


「この、禍々しい気配……魔王候補のものじゃない……まさか、リーシャちゃん?」


 レウィアは信じられなさそうに声を震わせる。

 どうやらかなり想定外の事が起こっているらしく、珍しく彼女は動揺していた。


「先生達に、何かあったんですか?」

「……分からない。分からないけど、何か嫌な感じがする」

「だったら、様子を見に行った方が……!」


 彼女がそう言うのならばすぐにでも行動した方が良いとシェルは判断し、共に馬を呼び寄せようとする。だがその時、影に拘束されていたスライム達が一斉に身体を引き千切り、拘束から脱出した。ただしそれは分裂したのではなく、不必要な部位だけを引き千切ることで無理やり、拘束から抜け出したのだ。


「グギギィァアアアアアア!!!」

「----!」


 スライム達は奇声を上げながら一斉にレウィアへと襲い掛かる。だが更に小さくなったスライム達の攻撃など何ら脅威ではなく、レウィアは魔剣を振り上げる。


「〈煉獄の剣・二奏・浄化の棺〉」


 真っ黒な鎖が出現し、スライム達はその鎖に拘束される。かなり小さくなり、力も弱まった為、スライム達は全く抵抗出来ずに次々に刃へと吸い込まれていった。


「ギィイィアアァ!! ヤメッ……ヤメロォ!! ォォァアアァアアアッ!!!!」


 最後に本体であろうリーゼは叫び声を上げ、草を掴んで必死に吸い込まれないように抵抗した。だが次々と身体に鎖が絡みつき、リーゼは小さな悲鳴を漏らして完全に刃に吸い込まれた。

 レウィアは全て封印した事を確認すると魔剣を振り払い、鎖を消し去る。そして静かに刃を鞘へと収めた。


「ふぅ……急ごう。ルナ達が心配だ」

「ええ、そうですね」


 二人が指笛を吹くと、少ししてから西の村で借りた馬達が戻ってくる。その馬に乗って二人は走り出し、真っすぐ英雄の廃城を目指した。

 誰もいなくった草原では、冷たい風が吹いている。すると、鬱蒼と生い茂っている草の間から小さなスライムが顔を覗かせた。それは石ころ程度のサイズしかなく、かなり弱っているようであった。


「ギギ……ィ……タスケ……ニゲ……ネバ……」


 最低の魔王候補はどこまでも保険を掛けておく。

 他の誰にも教えていない彼だけの能力。それは自分の分裂体が残っていれば、本体の意識を移す事が出来る〈共有思考〉。リーゼにとって本体という概念はなく、分裂体全てがリーゼなのだ。

 リーゼは崩れかけている身体を何とか保ちながら、英雄の廃城とは反対方向を進み始める。

 最低の魔王候補は逃げることを選択した。自身が望んだ魔王の奪還も諦め、最大の魔王候補も見捨て、己が助かるだけの道を選んだ。



 

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