特別短編:万能の冒険者
今回はコミカライズ配信記念。
特別短編となっております!
どうかコミカライズの方もよろしくお願い致します。
それはまだアレンが冒険者時代の頃の話。まだ今ほど老けてはおらず、熟練の冒険者として多くの若者達から頼りにされていた頃、彼は〈万能の冒険者〉として多くの依頼を請け負っていた。
そして今日もまた、アレンは王都のギルドで慌ただしい一日を送っている。
「アレンさん! ダンジョンでマルクの奴がミミックに捕まったって!」
「全くあいつは……なら好物の金貨を見せて、ミミックが口を開けた隙に助けてやれ」
「アレン先生! 東の森にケンタウロスが出たんですけど、弱点ってなんでしたっけ?」
「予備動作だ。攻撃して来る時必ず隙が出来る。皆で囲んで慎重に戦え」
カウンターで昼食を取っていたアレンの元には次々と後輩冒険者達が駆け寄り、仲間のピンチやら、凶暴な魔物が現れたやらと、助けを求める声ばかりが集まってくる。アレンはそれに一人ずつ対応し、必死に頭を回転させていた。
「ふぅ……相変わらずここは騒がしいな」
アレンは止まっていた食事の手を動かし、パンを一欠けら口に放り込む。後輩冒険者の多くが助けを求めてくる為、彼はろくに食事を楽しむ余裕すらないことに思わずため息を吐いた。
「ガッハッハ! 坊主は皆の人気者だからな!」
「坊主はやめてくれ……ていうかグラン、暇なら皆のことを手伝ってやれよ」
アレンの隣に居る白髪を逆立たせた老齢の男、グランは愉快そうに大きな声で笑う。老齢を感じさせない逞しい筋肉に、よく日に焼けた肌をしていた。
グランはアレンよりも更に年上であり、歴戦の冒険者として知られている存在であった。比較的に三十を超えた辺りから冒険者を辞めるのが多い中、彼だけは未だに最前線で戦い続けている。言わば本物の冒険者なのだ。
「儂も忙しいんだ! 北の砦で大量のゴブリンが出たらしい。そいつらを一掃せにゃならん!」
「はぁ、本当に忙しい事件ばっかりだな」
どうやらグランも対処しなければならない案件があり、それどころではないらしい。それならさっさと出発しろよ、とアレンは心の中で呟いた。
「アレンさ~ん!」
そんな彼らの元に受付嬢の一人が駆けつけて来る。何やら焦っているようで、その手には書類が握られていた。それを見てアレンは嫌な予感を覚える。
「なんだ? どうした?」
「緊急の依頼です! 第二ダンジョンでボスが現れたらしんです!」
受付嬢はそう言うとアレンの前に資料を並べる。アレンはそれを手に取ってさっと目を通し、大体の状況を把握した。
「だったらパーティを送り込めば良いだろう? 実力の見合った」
「それがその魔物の様子がおかしいらしくて、かなりの強敵らしいんです。ですのでダンジョン内の新米冒険者達は緊急避難してるところで……」
「なるほど……つまり時間稼ぎって訳か」
ダンジョンには当然様々な冒険者が潜っている。だがそこに現れたボスというのがかなり実力が高い魔物らしく、今ダンジョン内に居る新米冒険者は慌てて撤退しているようだ。その為の時間を稼ぐ為に、アレンに白羽の矢が立ったという訳である。
「至急お願いします! あと出来ればボスの情報収集も!」
「欲張るなぁ……まぁやれることはやるが」
相手がどのような魔物か分かっていない以上、情報には高い価値がある。ギルド側としても対処出来る魔物ならば対処して欲しいし、それが不可能なら出来る限り有効な情報を集めて欲しいのだ。
アレンはそのやり方は十分理解している上、そういった戦いは何度も経験して来たので慣れていた。なので特に渋る様子も見せず、その依頼を受けることにする。
「でも流石に一人は厳しいな……支援役が一人は欲しい」
「当然儂は無理だぞ! この後北の砦に行かんとならんからな!」
アレンは仲間が最低一人は必要だと考え、周りを見渡す。だがグランは当然無理な上、周りの冒険者達も忙しそうに慌しく走り回っている。今日は特に魔物が出現したり、依頼が多かったりと大変なのだ。するとそんな中で、アレンは一人でテーブルの椅子に座っている少女を見つけた。
「よし、じゃぁシェル。一緒に来てくれるか?」
「……! あ、はい!」
白いローブを纏った可愛らしい少女。彼女はアレンの後輩冒険者であり、色々と面倒を見ている子であった。丁度支援系の魔法が得意であり、相性が良いと思ったアレンは彼女に協力してもらうことにした。
そしてアレンはシェルに状況を伝え、依頼の手続きを済ませる。そして早速目標のダンジョンへと向かった。
第二ダンジョン。王都の近くにある比較的難易度の低いダンジョン。出てくる魔物もそこまで凶暴ではなく、内部構造も入り組んでいないことから冒険者初心者が挑むダンジョンとして知られている。
だがダンジョンも所詮は自然の一部であり、全てが思い通りに進むことはない。今回のように突然ボスである魔物が出現することもあるし、その魔物の戦闘力が信じられない程高い場合もある。
だからこそ、そんな不測の事態に対応する為に、経験が豊富で知識もあり様々な手段を持つ〈万能の冒険者〉アレンが重宝されるのだ。
「ダンジョン自体に異変は起こっていないみたいだな。問題はボスか」
「そうですね。一体どんな魔物なのか……」
アレンは通路の壁や天井を確認しながらシェルと共に注意深く先へと進んでいく。
通常ダンジョンにはトラップや何らかの仕掛けが設置されていたりするのだが、この第二ダンジョンはそのような物はない。ただし油断は出来ない為、予想外の事態に対応出来るようアレンは意識を集中させた。
「ん……?」
ふとアレンは歩みを止める。足元に奇妙な液体が零れており、それが気になったのだ。
アレンは警戒しながら腰を下ろし、シェルに周囲の確認をしてもらいながらその液体を確認した。
「これは……」
「どうしたんですか? 先生」
それはドロドロとした粘着質のある液体であり、明らかに魔物に関係する液体であった。体液か、ひょっとしたら有害な毒液か、アレンは近くに落ちていた棒を使ってそれを突く。
(この液体は……虫型の魔物が出す毒液? 何故こんなものが……?)
アレンは液体の正体に気がつき、同時に疑問を抱く。ここで虫型の魔物との戦闘があったのだろうか。それにしては周りに戦いの跡がないし、虫型の魔物が居た痕跡もない。このダンジョンに虫型の魔物が生息している話も聞いていないし。何だか妙であった。
そんな風に考えていると、アレン達の前方からこちらに走ってくる足音が聞こえてきた。その音はかなり慌しく、アレンとシェルは各々武器を構える。すると通路の奥からは、まだ新米の冒険者達が現れた。
「うわぁぁぁああ……あっ! アレンさん!」
「おおっ、アレン師匠ー! 助けてください!!」
彼らは恩師であるアレンが来てくれたことに喜び、早速助けを求める。アレン達の後ろに回ると、暗闇が広がっている通路の奥を指差した。
「あいつっ、あいつです! このダンジョンのボス! 何でか知らないけどすっごい強いんです!!」
ズン、と暗闇の中から重々しい音が響いてくる。それは赤黒い皮膚に、歪に膨らんだ身体をした怪物、巨大なトカゲ型の魔物であった。
「キシッィイィィアアアァアアァアアア!!」
口から炎を吐き出しながら、その魔物はアレン達に対して威嚇の体勢を取る。後ろに隠れている冒険者達はそれを見ただけで怖がり、今にも泣き出しそうになっていた。
「サラマンデルか……!」
サラマンデル。トカゲ型の魔物で竜の一種と言われている少しだけ珍しい魔物。だがその力は竜と比べれば天と地の差があり、人によっては翼を失い、トカゲに成り下がった竜、などと呼ぶ者も居る。だがもちろん危険な魔物であることには変わりなく、特にこのサラマンデルは何か様子がおかしかった。
「あいつ攻撃しても全然怯まないし、魔法も効かないんです! おかげで武器も駄目になっちゃって……」
「……よし、お前達はまだ走れるな? ならこのまま出口に向かえ」
「えっ、良いんですか?」
アレンはまず逃げ遅れている冒険者達の撤退を優先する。どちらにせよ彼らの実力ではサラマンデルと戦うのは厳しいだろうし、魔力も大分減り、武器も失っている。今なら出てくる魔物も居ない為、すぐにダンジョンから脱出出来る。
「こいつは俺とシェルが相手する。その間に全員撤退するんだ」
「りょ、了解です! 有難うございます! アレン師匠」
アレンにお礼を言って冒険者達は一目散に逃げ出す。それを見てサラマンデルは不愉快そうに声を荒げ、ズンと前足を地面に叩き付けた。
「シィィィアイアアアアアアア!!」
「やれるな? シェル」
「もちろんです……!」
サラマンデルの口から炎が漏れ出し、飛び上がってアレン達へと襲い掛かる。すかさずシェルが杖を振るうと目の前に氷の盾が出来上がり、サラマンデルはそれにぶつかり、盾を蹴って後方に下がった。
「シュルルゥゥゥ……カアッ!!!」
突如サラマンデルの首辺りが膨らみ、次の瞬間口から巨大な炎が吐き出された。前動作で気がついていたアレンはすぐさまシェルを連れて近くの岩陰に隠れ、炎をやり過ごす。
「ッ……確かにこいつは、普通のサラマンデルと違って凶暴だな……!」
「というか、凶暴過ぎます……! 何でここまで……!」
通常のサラマンデルはここまで暴れまわるような魔物ではない。そもそもその膨張し過ぎた筋肉のせいで動きが鈍く、鈍足な魔物であり、出会った冒険者にもいきなり炎を吐きつけるような性格はしていないはずなのだ。
だが目の前のサラマンデルは心なしか目が血走っているように見え、ずっと咆哮を上げながら暴れまわっている。明らかに様子がおかしかった。
「キシィィアイアアアアアア!!」
「----ひゃっ!?」
突如アレン達が隠れていた岩が砕かれ、そこからサラマンデルの太い腕が突き出てくる。シェルはその衝撃でゴロゴロと地面を転がってしまい、アレンも飛び散った岩の欠片で傷付きながらもサラマンデルと対峙する。
「う……おっ!?」
「カァァアァアアア!!!」
サラマンデルの鋭い爪が舞い、反射的に前へ出したアレンの剣がぽっきりと折られてしまう。慌ててアレンは折れた剣を手放すと、サラマンデルから距離を取った。
「ッ……だったら、こうだ!」
すぐさま自分がもう一つ用意した武器、斧を取り出し、アレンは前へ踏み出す。そして思い切り振り上げると、サラマンデルの腕に真っ直ぐ振り下ろした。
「キィィイアアアッ!?」
「……!」
ザン、と音を立ててサラマンデルの片腕が宙を飛び、奇声が上がる。だがサラマンデルは怯むことなくアレンの方に血走った目を向けると、咆哮を上げて炎を吐き出した。その直後、アレンの前に氷の壁が現れ、炎を防ぐ。
「先生……すいません、大丈夫ですか!?」
「おう、シェル。助かった……!」
立ち直ったシェルが駆けつけ、魔法を使ってサラマンデルを牽制する。その隙にアレンも体勢を立て直し、斧を構え直した。
「やっぱりあのサラマンデル、何かおかしいな。腕を斬り落としたのに痛みを感じていないみたいだった」
「そんなっ……狂気状態ということでしょうか?」
「いや、それとは様子が違う。もっと別の……操られてるみたいな……」
戦って分かったことはやはりサラマンデルの状態が異常であること。攻撃しても一瞬声を上げるだけで痛みを感じているような素振りはなく、いくら魔物とは言えその行動は生き物らしさがない。そのことを考慮し、アレンはある事に気がつく。
(……! そういうことか)
通常のサラマンデルらしくない行動。そして先ほど見つけた奇妙な液体。それらが結びつき、答えへとたどり着く。その直後、氷の壁が砕け散り、サラマンデルが飛び出してくる。
「キシャァァアアァァアアアア!!」
「……っと!」
「わわ!」
片腕で振るわれた攻撃を回避し、アレンとシェルは別々の場所に移動する。二人で囲むようにサラマンデルと対峙すると、アレンは斧を握り締め、走り出す。
「シェル、俺が奴の懐に入り込む。援護してくれ!」
「……! 了解です!」
シェルに指示を出し、アレンは走り続ける。サラマンデルも血走った目をアレンの方に向けると、尻尾で攻撃する。だがアレンはそれをギリギリのところで回避すると、そのまま跳躍してサラマンデルの背中へと飛び移った。そして斧を持っていない方の手を付け、魔法を発動する。
「燃え広がれ! 火炎扇!」
「……!? な、何でサラマンデル相手に火魔法を……!?」
アレンが発動したのは火属性の魔法。サラマンデルの皮膚に直接炎を当てるつもりなのだ。だがそれを見てシェルは疑問に思う。そもそもサラマンデルに火属性は通用しない。火に強い耐性があり、殆どのダメージを無効化してしまうので有名なのだから。故にアレンの行動を不可解に思った。
だが炎を浴びせられているサラマンデルに異変が起こる。ガクガクと身体を震わせ、白目を剥くと奇声を上げ始めたのだ。
「キィ……キ……ギギギギィィアアアッ!!?」
「……!?」
やがてサラマンデルの背中を突き破って何かが飛び出してくる。それは昆虫型の魔物であり、蜂のような姿をした刺々しい印象の強い魔物であった。
そんな昆虫型の魔物に対して、アレンは躊躇なく斧を振るう。そのまま奇声を上げていた魔物は潰されてしまい、呆気なく事切れてしまった。同時にサラマンデルもその場に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなってしまう。
「やっぱり〈スチールビー〉が寄生してたか……」
「スチールビー……寄生蜂ですか……!」
「ああ。毒液で魔物を操り人形にする昆虫型魔物。まさかこのダンジョンに入り込んでいたとはな」
特殊な毒液を使用し、大型の魔物を操る魔物、スチールビー。魔物に寄生するという習性からその存在は気づかれにくく、寄生されていた魔物を倒したとしてもスチールビー自体が無事であれば他の魔物に寄生し、隠れ続ける。かなり厄介な魔物と言える。ただし熱に対してかなり耐性がない為、アレンは直接炎の熱を伝わらせてサラマンデルから切り離したのだ。
「よく気づけましたね。流石先生です」
「毒液を偶々見かけたから気づけただけさ。運が良かったよ」
「いえ、やっぱり凄いですよ!」
「はぁ……じゃぁそういうことで良いさ」
シェルは改めてアレンのことを尊敬し、キラキラとした瞳で見つめる。その視線に困ったような笑みを浮かべ、アレンは頭を掻いた。
「それじゃ戻るとしよう。他の冒険者達のことが心配だし」
「ええ、そうですね」
それから脅威がないことを確認した二人はギルドへ戻ることにし、来た道を戻り始める。
これが万能の冒険者の日常の一部。余談ではあるが、ギルドに戻った後アレンはまた厄介ごとを受付嬢から依頼され、また別のダンジョンへ向かうこととなった。