168:再起
「はぁ……はぁ……村が見えてきた!」
「ルギス君、村です。もう大丈夫ですからね」
「ああ……すまない」
何とか聖騎士達と無事村へ戻った後アレン達は、怪我をしている騎士達の介抱を村人を頼み、リーシャとルナの安全を確認しようとした。走っている途中周りを見てみると、どうやら村に被害が出ている様子はなく、魔王候補も手を出した痕跡はない。その事にアレンが安堵していると、途中で村長と遭遇する。
「アレン……!」
「村長! 何かあったのか?」
何やら慌てた様子で村長は駆け寄り、息を整える。その様子を見てアレンは嫌な予感を覚える。
「それが、お主の家の方で大きな音がしたから様子を見に行ったら、リーシャとルナの姿が見当たらんのじゃ……!!」
「……ッ!」
やはりと言うべきかアレンが予想していた最悪の未来が当たり、思わず唇を噛み締める。シェルも杖を握りしめて悔しそうに表情を歪めた。
「先生、急ぎましょう!」
「あ、ああ!」
とにかく今は家の状況を確認する必要がある。二人の身に何があったのか、もしかしたら痕跡を辿って彼女達の居場所を特定する事が出来るかもしれない。その希望を頼りに彼らは走り出す。
やがて家が見えて来るが、特に異変があったようには見えない。だがリーシャとルナの姿は見当たらず、家の扉も開けたままとなっていた。そんな彼らの元に、ダークウルフのクロが現れる。
「ワフ! ワゥ!」
「クロ! 無事だったか……!」
クロはアレンの元まで来ると彼の服を口で引っ張り、どこかに連れていくような仕草を取った。かなり焦っているようにも見え、クロは何度も吠え声を上げた。
「何か、呼んでいるようですね」
「ワゥ!!」
「よし、クロ。連れてってくれ」
賢いクロならば二人の行方を知っているかもしれないと考え、アレン達は走り出すクロへ付いていく事にする。すると森の中の様子がおかしいことに気が付く。所々でスライムと思わしき液体が飛散しており、再生もせずバラバラに散らばっていたのだ。何本かなぎ倒されている木々もあり、相当激しい戦闘があったようだ。
「これは……?」
「一体、この森で何が?」
アレン達はその異様な光景に疑問を抱きながらもクロへ付いていく。すると少し開けた場所に、おびただしい量の血が飛び散っている地面の上でレウィアが膝を付いていた。
「レウィア……ッ!?」
すぐさまアレンとシェルは彼女の元に駆け寄り、声を掛ける。するとレウィアはゆっくりと顔を上げるが、その顔は普段以上に感情がこもっておらず、魂が抜けてしまったかのように生気のない表情になり果てていた。
「おじ、さん……」
「何があった? リーシャとルナは……? というかコレは……」
レウィアの声にすら覇気がなく、消えてしまいそうな程弱々しかった。アレンはそんな彼女に手を差し出し、状況説明を求めた。レウィアも一応はその手を取るが、全く力が入っておらず、立ち上がるのに大分苦労した。
「ルナは、連れて行かれた……魔王候補達に……リーシャちゃんの事は……ごめん、分からない」
レウィアの説明を聞き、アレンはショックで胸を抑える。だがまだ希望を失ってはいけないとシェルに支えられながら何とか耐え、必死に頭を回転させた。
ひとまずレウィアから詳細を聞き出し、最低の魔王候補リーゼと最大の魔王候補マギラがルナを連れ去ったということを知る。そしてまだもう一体魔王候補が残っていることも。
「なるほど、魔王候補が三体も。で、その内の二体にルナは連れ去られた……」
「うん……ごめんなさい。おじさん……私の考えが甘かった。まさか奴らに見つかるなんて……」
「レウィアは悪くないさ。とにかく今はルナを助けることを考えよう。諦めるのはまだ早い」
レウィアはこの事態になってしまった事を自分の責任だと言うが、アレンはそれを否定し、前向きに考える。そもそもレウィアが来る前から魔王候補との衝突があったのだ。これは避けられない試練だったかも知れない。それを悔やむよりは、まずはどのようにこの壁を乗り越えるかを考える方が有意義だろう。そう無理やり考えて、アレンは自身の心が折れないようにする。
「後はもう一体居るはずの魔王候補と、リーシャがどこに居るかだな……村の近くには居ると思うんだが」
両腕を組み、アレンは考える。
敵は情報が正しければ三体の魔王候補。状況からして最低の魔王候補リーゼがルナを攫い、その後自分達と戦っていた最大の魔王候補マギラが合流し、飛び立っていったことになる。ならまだもう一体この近くに居る可能性があるのだ。そしてリーシャがこの場に居ないということは……と、アレンがそこまで考えたところで彼らの元に聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「私ならここに居るよ。父さん!」
トンと軽い音を立てながらリーシャが現れ、元気よく手を振るう。服装はボロボロだが怪我をしている様子はなく、アレンはその姿を見て表情を明るくした。
「リーシャ、無事だったか!」
「うん。ばっちし。それに魔王候補の一体も倒したよ! 鳥さんの」
「……!」
リーシャはそう言うと自分の服に付いていた黒い羽根を払い、その内の一本を取ってニッコリと笑う。どうやら残りの魔王候補は鳥型の魔物で、無事彼女が倒したようだ。
「おお、流石リーシャだな。でも、大丈夫だったのか?」
「うん、全然平気だよ。今の私は!」
アレンはリーシャの事をを抱きしめ、改めて彼女の状態を確認した。だがやはり怪我をした様子はなく、むしろ以前よりも元気なように見えた。リーシャ自身も調子が良いらしく、ピョンピョンと飛び跳ねてご機嫌な様子を見せる。
「ルナもきっと大丈夫だよ! 強いから。だから絶対助けようね!」
「……! ああ、そうだな。必ず助けてみせる」
リーシャの心強い言葉を聞き、アレンも悩みを振り払って力強く答えてみせる。
まずはルナのことを信じなければならない。彼女だって多くの戦いを乗り越え、自身が魔王であることを受け入れつつも真っすぐ生きていくことを決意したのだ。今の彼女ならばきっと魔王候補に怯えることもないだろう。ならば自分達もそれに応えなければならない。
そうアレンが決意を固めている一方で、落ち込んでいたレウィアは信じられないようにリーシャの方に視線を向け、目を見開いていた。
(鳥……クロガラスを、倒したのか? あの子が……クロガラスの速さは私でも捉え切れないのに……)
最速の魔王候補クロガラス。鳥型の魔物であり、当然飛行攻撃を得意とする。その速さは目では追い切れず、一般人からすればかまいたちと思う程攻撃された事に気づかない。更には影の能力を利用して己の姿を消し、別の場所に移動する事も出来る為、たちが悪い。素直で真っすぐな攻撃が多いリーシャにとっては相性が悪い敵と言えるだろう。
だが彼女はそれに勝利して見せた。それを疑う訳ではないが、リーシャの実力を知っているレウィアはそれに妙な違和感を覚えた。
(それにリーシャちゃんの気配、昼間の時と何か違う……何だ? この禍々しい感じ……)
よくよく意識を集中させてみれば、リーシャの気配が数刻前と違うことに気が付く。普段は勇者らしい光を感じさせる気配が、今は周りを焼き付くような程眩しく、ピリピリと肌に伝わってくるのだ。
(あの子に一体何が……?)
レウィアはその違和感の正体を探ろうとするが、気配からだけではその答えにはたどり着けない。それに今はそんな事を気にしている状況ではない為、気にしないでおくことにした。
「でも……マギラはもう飛び立ってしまった。魔力も探れない……見つけるのは困難だよ」
「確かにもう魔力は感じられませんね。敵に竜が居ると言うなら、追い掛けるのはかなり困難ですよ」
シェルも意識を集中させて魔力を探るが、あれだけ強大だった魔王候補達の気配はもう感じられない。今はもう魔力を抑え、かなり遠くまで移動してしまったのだろう。そうなるとこの闇夜の中、彼らのことを追うのはほぼ不可能に近い状態である。だが、アレンは諦めない。
「いや、レウィアの話では竜にかなり傷を負わせたんだろう? 満足に飛べないくらい」
「うん……少なくとも尺骨と上腕骨を砕いてやった。今は飛べても、その内飛行はやめるはず……」
いくら竜とは言え片翼を傷つけられてしまえば満足な飛行は出来ない。竜の再生力で多少は平気だとしても長時間の飛行は不可能なはずだ。
「でも、奴らが地上での移動に変えたとしても、この真っ暗な中探すのは現実的じゃないよ?」
「だが奴らの行く先が予想出来れば、追い掛けられるだろう?」
「……!」
アレンは懐から用意しておいた地図を取り出す。そしてそれを地面に広げると、自分達の居場所。そしてレウィアから聞いたマギラの飛び立った方向を確認した。皆も地図の周りに集まり、それを見下ろす。
「奴らの最終目標がルナを暗黒大陸に連れて行くことなら、竜での飛行が最も効率的。なら翼を再生させようとするはずだ」
竜も完璧な生き物ではない。命に関わる傷を負えば再生には時間が掛かるし、十分な休息を取らなければならない。ならば今回も魔王候補であるマギラは竜の命とも言える翼を再生させる為に、安全で効率的に治癒出来る場所を探すはずである。
「と言うことは、魔素の濃い泉があるここですね」
「ああ……」
シェルもアレンが言おうとしている事を理解し、ある場所の事を口にする。アレンもそれに同意するように頷き、地図のある一点を指差した。
「〈英雄の廃城〉。かつて勇者の仲間であった英雄達の為に建てられたと言われる城……因縁を感じるな」
それは今はもう廃れた城となった場所。殆ど城らしい原型は留めておらず、旅人などには絶好の観光場所として知られている。
更にこの城の近くには魔素の泉があり、その泉に浸かれば体内の魔素が充満し、竜ならば再生能力を強めてあっという間に傷を治すことが出来るとアレンは推測したのだ。
「だけど……奴らがここに向かうとは限らないんじゃ?」
「いや、きっと向かうはずさ……最低の魔王候補って奴がズル賢くて、慎重な奴なら……」
レウィアはまだ不安そうな表情を浮かべていた。当然アレンの推測が当たるとは限らないし、確証がある訳ではない。彼女がその作戦を受け入れるのにはリスクがあった。だがアレンの瞳には希望の炎が灯っており、確かな未来を見据えていた。
「それに俺はルナのことを信じているからな」
アレンのその言葉を聞き、レウィアの心も揺れ動く。
信じる。それは今の彼女にとってとても難しいことであった。だが、それを失ってしまえばもう前を向くことは出来ない。諦めてしまえば、取り戻せる未来も手に取ることが出来ない。どうせこのまま絶望しているよりは、手が届くかも知れない未来を追いかける方が有意義だろう。
「一緒に戦ってくれ。レウィア」
「……分かった。私も、おじさんとルナのことを信じる」
もう一度アレンに手を差し出され、レウィアはそれを掴む。今度は先程よりもその握る手には力が込められており、レウィアの漆黒の瞳にも光が戻り始めていた。
「英雄の廃城なら日の出までに十分追いつける。すぐに動こう」
「よーし! じゃぁ魔王候補達全員ぶっ倒して、ルナのことを助けるぞー!」
「ええ。必ず取り戻しましょう。ルナちゃんを」
リーシャもグッと拳を握り締め、やる気を見せつける。シェルも決意を固めると、アレンに笑顔を見せた。
アレン達は再起する。大切な家族を取り戻す為に、強大な敵に立ち向かう。