163:聖騎士ルギス
無事村へとたどり着いたアレンとレウィア。するとそこでは村人達が広場に集まっており、どこか騒がしい様子だった。その様子を奇妙に思いながらアレンは村長を探す。そして村長らしき人影を見つけると、急いで近づいていった。
「村長……!」
「おお、アレン。戻ったか」
アレンが声を掛けると村長も振り返り、アレンが無事戻ってきたことに安心した表情を見せる。
「どうしたんだ? 何で皆広場に集まって……」
「ああ、実はな。客人が来たのじゃよ」
アレンがこの事態の説明を求むと、村長はある方向に顔を向けながら答える。アレンもその方向を向くと、そこには純白の鎧を纏った騎士達が立っていた。その中心には、アレンも覚えがある騎士が居た。
「お久しぶりです。アレン殿」
ワインレッドの目元まで伸びた髪、鷹のような栗色の瞳をした好青年のような雰囲気を持つ男。純白の鎧を身にまとい、その腰は赤い鞘に収められた剣が携えられている。アレンはそんな彼のことを見た瞬間、目を見開いて驚愕した。
「……! お前、ルギス……か?」
「覚えてくださってましたか。光栄です」
ルギスと呼ばれた男は軽く会釈をし、アレンへと近づいて来る。その礼儀作法や身のこなしも洗練されており、騎士らしい威厳のある雰囲気が漂っていた。
「団長、お知り合いなんですか?」
「ああ、まぁな……」
部下らしき男に返答しながら、ルギスはアレンの方に顔を向ける。その顔つきは確かにアレンの記憶の中にある面影が残っていた。
ルギス・ロッダー。かつてはアレンと同じ冒険者であり、ルーキーとして実力を上げていった冒険者。アレンも一時期行動を共にしたことがあり、ルギスも素直な性格からアレンの指示をよく聞いていた。
「お前、聖騎士になってたのか」
「ええ、アレン殿のご指南のおかげです」
「ご指南って……冒険者時代にちょろっと依頼を一緒にやっただけだろ」
アレンは経験豊富な冒険者ということで多くの新米冒険者の世話を任されていた。その中にはルギスも入っており、彼もアレンからの指南を受けた身なのだ。もっとも、アレンからすれば指南と呼べる程たいそうなことはしておらず、冒険者としての知識やちょっとしたコツなどを教えただけのつもりなのだが。
「それでも自分にとっては貴重な経験でした。貴方の知恵と戦略は我々騎士団にはないものがある。今でも勉強になっています」
「それはお世辞を言いすぎだろ……」
ルギスは胸に手を当て感慨深そうにそう言う。アレンは流石に大袈裟だと思い、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「それで、何でお前がこの村に?」
話を本題に戻し、アレンは何故聖騎士団がこの村に来たのかを尋ねる。ナターシャの話では何らかの魔物を追っているとか。その情報を思い出し、彼の頭の中で嫌な予測が立てられる。
「はい、現在我々はある魔物を追っています。その魔物が、この山の付近に居ると思われるのです」
「……!」
ルギスの答えを聞き、アレンはやはりか、と心の中で顔を顰めた。
ということはやはりあの〈最低の魔王候補〉のスライムがこの付近で散らばっているという訳だ。そんな脅威に村が囲まれてしまえばひとたまりもないだろう。アレンの背筋に冷や汗が流れる。
「丁度村の人達に説明をしていたところです。ここまで魔物が来ることもないかも知れませんが、なるべく家の中で防御を固めておいてください」
どうやら聖騎士団は村に注意喚起をする為に訪れたらしい。アレンからすればとても有難いことだが、すぐ後ろには魔族のレウィアがおり、家にはリーシャとルナも居る。少しだけ複雑な気分であった。
「団長、準備が整いました」
「ああ、分かった……ではアレン殿。今は時間がないので、後ほど……」
「お、おう。分かった」
部下の一人の声を掛けられ、ルギスはその場から立ち去る。恐らく作戦があるのだろう。アレンも邪魔はしない方が良いのと、別れた方が都合が良いと考え、そのままルギスを見送った。
「おじさん、あの人達は信用出来るの……?」
「ああ。少なくともルギスは真面目で責任感の強い奴だ。心配はいらない」
ルギスと別れた後、レウィアは少し警戒するように目を細めて騎士団のことを見つめていた。
聖騎士団ともなれば国王直属の騎士団である為、リーシャとルナの正体に気づかれれば特に不味いこととなる。レウィアも嫌でも警戒心が高まってしまっていた。
「でも一部とは言えリーゼは強い……もしもさっき以上の数が居るなら、あの人達じゃ勝てないよ……」
「…………」
聖騎士団の実力は本物である。少なくとも一般の兵士とは比べ物にならない程の力を誇り、特に団長ともなれば上級魔物十体にも匹敵すると言われている。だがそれでも、相手は魔王候補。例えそれが一部だとしても、その実力は魔王の片鱗を思わせる程。聖騎士のルギスが勝てるかどうかは怪しい。
「だったら俺達も出来ることをするしかない。最悪の状況を防ぐ為にも」
アレンは拳を握り締め、力強くそう答える。それを聞いてレウィアも表情を変えないまま、静かに頷いた。
「そうだね……なら早く行動に移ろう」
「ああ、分かってる」
村のことは騎士団に任せ、アレン達は家へと向かう。この事態に対処する為に、魔王候補の脅威を退ける為に、一時彼らは作戦を練る。
◇
家へと戻ったアレン達はひとまずリビングに集合し、リーシャ、ルナ、シェルの三人にスライムのことを説明した。その正体が魔王候補リーゼの一部であること、そして現在村には聖騎士団が来ており、防衛網を張ってくれていることも伝える。ルナは再び魔王候補が現れたことに少し不安そうな表情を浮かべ、リーシャは国王直属の部下である聖騎士団が来ているということに眉を潜めていた。
「えー、なにその状況。なんか凄い面倒くさいじゃん。魔王候補も居るし、騎士団も居るのー?」
「魔王候補は見つかったら厄介だし、騎士団も私達の正体が知られたら不味い……下手に動けないね」
リーシャとルナは自分の手に巻かれている包帯を摩りながらそれぞれ考えを口にする。
片方は敵、片方は味方。だがどちらの存在も二人の正体を知られてはならない相手。大人しく隠れていれば正体を悟られる危険性はないが、それではいざ魔王候補が現れた時、村を守ることが出来ない。身動きの取れない状況に二人は不安を抱いていた。
「でもルギス君……聖騎士団が来てるんですよね? 魔王候補も身体の一部だけらしいですし、何とか対処出来るんじゃ?」
ふとシェルがそう疑問を投げ掛ける。
聖騎士団程の実力ならば魔王候補の一部を倒せるかも知れない。特にシェルはルギスのことも知っており、その実力は確かなものである為、そう期待を抱いたのだ。だがそれに対して、壁際に立っていたレウィアが意見を述べる。
「安直にそう決め付けない方が良い……相手は〈最低の魔王候補〉リーゼ……あいつはアラクネに匹敵するくらい、嫌な奴なんだよ」
レウィアは僅かに眉間にしわを寄せながらそう言う。その声色には僅かに不快な色が混ぜられており、彼女がリーゼのことを快く思っていないことが分かった。
リーシャとルナもアラクネの名を耳にした瞬間、それに匹敵するくらいの厄介さなのだと理解し、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「そのルギスって人がどれくらい強いのかは分からないけど……単純な強さだけじゃあいつは倒せない。リーゼは魔物でありながら魔族の私達に匹敵する程の知能と力を手に入れて、魔王候補になったんだ。油断は出来ない」
レウィアは腰にある魔剣を握り締め、唇を僅かに噛み締める。
本来リーゼはただのスライムであった。暗黒大陸ならばどこにも居る普通の魔物。何の特徴もない、脅威も低いスライムだったのだ。だが突然変異なのか、何かしら要因があったのか、リーゼは特異なスライムへと変貌した。通常のスライムとは比べ物にならない程の大きさへと変化出来るようになり、あらゆる攻撃も魔法も無効化する無敵の身体を手に入れた。そして遂には前魔王候補の一人を喰らい、その地位を奪ったのだ。
「だからこそ、俺達もやれることをやらないと。この村を守る為に」
アレンはソファから立ち上がり、力強くそう言う。その言葉を聞いてリーシャは「おー」と元気よく声をあげ、ルナもしっかりと頷いた。
「なら、どうするの? おじさん」
「俺とレウィアとシェルの三人で森に向かう。レウィアは一応聖騎士団に気をつけながら移動してくれ。作戦は向こうで伝える。で、リーシャとルナは家で待っててくれ」
全員に指示を出し、アレンは行動に移ろうとする。だが当然のごとくリーシャがそれに異を唱えた。
「えー、私も行く!」
「駄目だ。聖騎士団に正体を知られるとまずいし、いざっていう時は村を守ってくれ」
リーシャなら当然自分も一緒に行動しようとするだろうとアレンは予測しており、それを宥めるように別の指示を与えた。どっちにしろ村を危機に晒す訳にはいかない。そしてリーシャとルナは正体を知られる訳にはいかない。ならば総合的に見てリーシャとルナが村に残るのが一番都合が良いのだ。
そのことをリーシャも多少は理解しているのか、まだ不満そうに口を尖らせながらも渋々顔を低くした。
「むぅ……父さんがそう言うなら……」
「リーシャ、お父さん達を信じよう」
「ん、分かってるよー」
ルナに肩を摩られながら宥められ、リーシャもそれで納得することにする。それを見てアレンも満足そうに頷き、村を二人に任せた。
「よし、じゃぁ二人共後を頼んだぞ」
「うん、任せて!」
「お父さんも、気をつけて」
リーシャとルナの頭を撫でながら激励を送り、アレンも自分の準備を整える。そして装備を揃えた後、同じく杖を用意し、準備が終わったシェルとレウィアと共に玄関へと向かった。
「行こう。シェル、レウィア」
「はい、先生」
「…………」
そのまま三人は外へ出ると、森へと向かっていく。その姿を窓から見送りながら、リーシャとルナは小さくため息を吐いた。
「……むー、とは言っても。やっぱり周りが戦ってるのに自分だけ家に居るってのはムズムズしちゃうなぁ」
「しょうがないよ。私達が出る訳にはいかないし」
普段前線で戦ってばかりの為か、やはり大人しく待つというのがリーシャには難しいらしい。彼女は痒そうに頭を掻き、不満そうな表情を浮かべる。それを宥め、ルナは窓から離れた。
「それよりも今はもしもの時の為に準備をしておこう。救急箱とか、包帯とか、用意出来るものがあるなら出しておこう」
「うん、そうだね」
ルナは戦わなくてとも今出来ることを提案し、リーシャもブンブンと首を振るとそれを承諾し、気持ちを切り替えることにした。
「じゃぁ私は外にある倉庫を見てくるから、ルナは家の中をお願い」
「ん、分かった」
リーシャは色々と置いてある倉庫を確認することにし、パタパタと駆け足で玄関へと向かい、扉を開けて外に出て行った。それを見送ってからルナも部屋を移動し、救急箱を探すことにする。
「えっと……こっちの方にあったっけかな」
探しても中々見つからない為、ルナは通路の奥にある部屋へと向かう。そこは薄暗い部屋で、色々と物が置いてある場所であった。だがそこに足を踏み入れた瞬間、ルナは嫌な寒気を覚える。すると、彼女の頭に何かが触れた。その妙な違和感にルナが顔を上げると、そこには異形の姿をした何かが居た。
「……ッ!!」
ルナは思わず悲鳴を上げそうになる。だがその声は液状の姿をした何かによって口を塞がれてしまい、発することが出来なかった。よく見ればそれは緑色のゼリー状の姿をしており、天井に張り付いている。恐らくはスライムなのだろう。
「シィィィ……ドウカ、オシズカニ……」
「……!?」
液状のソレは何と身体の一部を裂き、口のような動きをしながら言葉を発した。その姿にルナは目を見開き、恐怖を覚える。だが真上にはスライムの身体がある為、迂闊に動く訳にはいかず、黙って見上げていた。
するとスライムは何かを確認するようにその半透明な身体でルナのことを見つめ始めた。もっともスライムに目はない為、本当に見つめているのかは分からないが、恐らく顔と言える場所を向けている為、ルナはそう感じた。
「ソノオスガタ、コノセンザイマリョク……マチガイナイ……」
そしてスライムは確信を得るように頷き、ルナの口から身体の一部を離すと彼女の前に降り立つ。グニュグニュと身体を歪ませ、頭を垂れるように変形した後、スライムは言葉を続けた。
「アナタコソガマオウ……ズットサガシテオリマシタ……ワレラガオウヨ」
「……えっ?」
ルナは驚愕する。恐らくは〈最低の魔王候補〉であるリーゼ、の一部が、自分に対して忠誠を誓うように頭を下げてきたのだ。
それは、普段クロがルナに対して見せる態度と、似ているものであった。